マリスビリーと暁美ほむらは宇宙規模の恥知らず 作:あばなたらたやた
クリプターの部屋には静かさがあった。先ほどまでの戦闘の気配は、もうない。クリプターは、しばらく何も言わなかった。
マリスビリーも急かさない。そして、時間が経った後、クリプターが小さく息を吐いて呟いた。
「……変な気分ね。自分を見ているのに、自分ではないような……そんな感覚」
「貴女は、彼女を『自分』だと思ったのかな。それとも『別人』?」
「……どちらでもあるわ。考えていることも、守ろうとしているものも、私と同じだった。でも……あそこまで極端になった姿を見せられると、私にはもう『私自身』とは思えなかった」
「彼女を見て最初に抱いた感情は?」
クリプターは少し考える。
「……怖かった」
「過去の自分が?」
「彼女そのものが怖かったというより……」
視線を落とす。
「私がああだったことが……怖かった」
今回の邂逅を経たクリプターの内面は、かなりブルーだった。
単純に悪魔ほむらを見て、自分の過去を反省したという話ではない。むしろ、自分自身を初めて自分の外側から観測したことによって、過去の自分に対する認識そのものが変化したのだ。
「最初にあるのは恐怖かい?」
「ええ、過去の私をを見たことで、昔の私はあそこまでに限界だったのかと思ったわ」
「確かにね。シンプルに悪魔ほむらが怖いのではなく。自分の延長線上に、あの姿が存在していることが恐ろしいわけだ」
これまでのクリプターにとって、過去の自分は必死だった私、間違いもした私として理解できていた。ところが悪魔ほむらは、それをさらに先まで突き詰めていた。
「まどかを守る、自分が責任を負う、自分が犠牲になる、他者の介入を拒む、まどかのためなら自分自身を壊しても構わない……そう思っていた。今もそう思っている」
「そうか。わかるんだ。悪魔の考えが」
もしクリプターが『なぜそんなことをするの?』という疑問を投げかけられたら、それに対して、悪魔ほむらが『まどかを失いたくないからでしょう』と即答するのは簡単に予測できてしまう。
『なぜ自分だけで背負うの?』と問われれば『他の誰かに任せて、まどかが傷つく可能性を残したくないから』と理解できる。
『なぜ人の言葉を聞かないの?』にも『聞いてしまえば迷うから』と言うだろう。
「クリプターと悪魔は時間差があるだけで同じ存在だ。他人が悪魔ほむらの論理を外部から観察するのと対照的に、君は内部から理解できてしまう。だからこそ、その理解から自分は彼女を簡単には責められないという感情が生まれる」
「だけどこれは正しいという意味じゃないわ。間違っている。間違っている部分が見えているからこそ、なおさら責められない」
自身が同じ道を歩いてきた道なのだから。だからこそ、まどかの意思を無視しているし、自分を犠牲にしすぎているのもわかる。しかしそれによる孤独を力に変えてしまい、その問題点を認識しながらも、それをしてしまった理由も自分にはわかる。
「なんというかブルーな気分だわ」
「マリッジブルーというわりには、相手を手に入れてないようだけど」
「そうね、まどかを保護しないといけないわ」
クリプターは、悪魔ほむらへ歩み寄ろうとした。しかし悪魔ほむらは、それを拒絶した。悪魔ほむらにとって、理解されることは脅威だった。
相手は過去の自分なのだから、わかってあげれられる。話を聞けばいい。自分も同じだから寄り添えばいいという単純な構図ではなかった。
悪魔ほむらにとっては、理解されることは一人で戦う理由が揺らぐことだった。
「最後の言葉。あれにはどういう意味を込めたんだい?」
「シンプルよ。貴方がいつかこちらを振り返るなら、私はここにいると告げただけよ」
最後の言葉の意味をマリスビリーは理解する。
「私達は共にあるわ。それだけは忘れないで、という真意は助けを求めれば、貴方を助ける者がいるということか」
私が貴方を救うのではなく。
私を頼ってではなく。
私が貴方は間違っているから否定するのでもなく。
クリプターは、悪魔ほむらに何かも与えなかった。しかしクリプターという自分自身の存在だけを残した。
「助けを求めたら手を貸してくれる、という可能性だけを置いたわけだ。慈悲深いね。それとも今もそうなのかな」
「……ああ、そうね。私は、助けて欲しかった。みんなが悲しむことのない世界を望んでいる。貴方はどう思ったの?」
マリスビリーに自分と違う視点を求めた。彼女は自分の中にあるものを、かなり理解してしまった。だからこそ逆に、私ではない人間が、あの私を見たらどう見えるの? という問いが生まれる。
マリスビリーは、人類を個人の感情だけではなく人間という種、人間が未来へ続くことという非常に大きなスケールから物事を見ている。だから、あの悪魔を、貴方は一人の人間としてどう見た? という問いを投げたくなる。
マリスビリーが彼女を、正しい、間違っている、善と悪という二元論で裁かないことも、クリプターにとって意味があるものだった。
「僕はシンプルに素晴らしいと思ったよ。自己救済。良いんじゃないかな。過去の自分を否定するのも肯定するのも自由だ」
「どっちつかずの半端な答えね」
「手厳しいね」
クリプターはその答えでは納得しなかったらしい。マリスビリーは苦笑いしつつ『これは傾向の話だが』と続ける。
「人間は基本的に過去を否定する傾向にある。自分の未熟さや愚かさを容認した上で、受け止められる者は少ない。誰だって自分が劣っている部分を見せつけられるのは嫌だろう?」
何事も例外は存在するが、この議論では置いておく。
「自分の道のりは肯定したい。しかし自分の弱さは否定したい。そういう矛盾が発生する。これはクリプター、君も感じたんじゃないかな」
「そうね。私の場合はセンチメンタルな気分になったけど」
「盲目的な肯定でも、反射的な否定でもない。それだけで君達は出会った価値があると思うよ。少なくとも過去の強さも弱さも抱き締める土台はある、と言うことだ」
「人間観察は得意のようね。ジロジロと見て、いやらしい」
「君が聞いてきたのに酷いな……性格を分析しているのに肉欲の話に持っていく君は普通に性欲強いんじゃない?」
ほむらパンチが炸裂した。
「デリカシーがないのは頂けないわね」
「ええ、全く。淑女になんて言い草なのかしら。素晴らしいパンチでしたわ! クリプター!」
背後に現れたワスに向けて、クリプターはほむらパンチを繰り出す。それをワスは受け止めて、反撃としてワルプスギスカウンターが発生する。
「ぐはっ」
「今のは痛いね。シンプルに威力が高い。というかワス、君はどうしてここへ?」
「マリスビリー、貴方の役に立ちたい、という魔法少女がいまして。ぜひ顔合わせを」
「うん、構わないよ。その子はどこに?」
「遊園地。巴マミと遊んでますわ」
「名前は何というか子なのかな」
「愛無き悲しき存在。人に尽くしても尽くしても無能だと誹られ、無価値で無意味な泥人形」
名前を教えろよ、という乱暴な言葉がクリプターの喉まで上がってくる。
「それでは、失礼しますわ。我が愛しき戦友達よ!」
待て待て待て待て! 帰るな帰るな帰るな! そう呼びかける前に、ワスの姿は消えた。
「行ってしまった」
「頑張って。応援しているわ」
「そうだね、働かせてもらおうか。君はどうする? クリプター」
「寝るわ。疲れたもの」
「そうだね、それがいいだろう。ではまた後で」
マリスビリーと一緒にいるほむらの呼称について
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クリプターほむら
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クリプター(のみ)