マリスビリーと暁美ほむらは宇宙規模の恥知らず 作:あばなたらたやた
マリスビリーが遊園地に行くと、巴マミとなぎさとセルマが遊んでいた。マリスビリーは全て終わるまで観察する。
(円環の理に否定的。功利主義。シンプルに未熟……しかしこれは年齢のことを考えると仕方ないだろうね)
マリスビリーの外見は青いきゅうべぇの形を模しているので、帰り道のセルマの前に現れると、彼女の興味は一気にマリスビリーへ集中する。
「こんにちは、僕の名前はマリスビリー。君の名前を教えてくれるかい?」
「私はセルマ! セルマ・テレーゼ! きゅうべぇなのに青いし、私の名前は知らないんだ……なんで?」
「僕は特別な個体でね。君を話を聞いて、少し話をしたくなったんだ。良ければ会話に付き合ってもらえないだろうか?」
「うん! いいよ!」
セルマ・テレーゼの起源は役立たず。
あらゆる行動が無意味に近づき、他者の思惑すら破り捨てて、全てを台無しにする傍迷惑な存在。
「何を話す?」
「そうだね、セルマ。君の頑張った話を聞きたいかな。大丈夫かい?」
「大丈夫! セルマは魔女をいっぱい生み出したの! きゅうべぇは宇宙を延命させる為にエネルギーが必要でね、そのエネルギーになれるのは凄い価値あることだと思うから!」
「そうか、それは凄い。セルマは誰の役に立つ為に頑張ったんだ。セルマ、君は頑張ってどう思った?」
「凄い嬉しかった! セルマは全然ダメだったけど、きゅうべぇに褒めてもらって! 嬉しかった!!」
「そう、それは嬉しいね。人に役に立ったり、誰かに感謝されるのは嬉しいものだから」
「うん! そうなの! でも円環の理によって全部無意味になっちゃった……セルマの頑張りも、セルマ自身も」
セルマの温度が低くなる。
「円環の理が魔女になる前に回収しちゃうせいで全部無駄になった! セルマが頑張ったものが全部……全部!!」
「それは……辛いね。頑張ったものが無意味になる。それは想像を絶する悲しみだろう。けれどね、セルマ。君の頑張りは無駄なんかじゃない」
「え?」
「誰の為に頑張ろうと行動する。それはそれだけで尊いことだと僕は思う。君は胸を張るべきだ」
セルマは震えた。何をして否定され、頑張っても無意味とされ、何もするなと言われてきた。肯定されることはなく、ただ誰かのために手を伸ばし続けた。
ポロリ、とセルマの瞳から涙が溢れる。
「行動した理由や内側は考える必要はない。君はただ誰かのために行動した。その勇気と前をむき続けた姿勢、諦めない気持ち。それは君の姿を見れば一目瞭然だ。セルマ・テレーゼ、僕は君に敬意を表する」
「……ッ! マリスビリーは好きっ!」
セルマはマリスビリーを抱き締めた。
マリスビリーは彼女を拒まず、静かにセルマの行動と、その根底にある願いについて考え始める。
セルマ・テレーゼ。
君は、愛されたかった子供なのだろう。誰かに必要とされたかった。誰かに喜んでほしかった。自分がここにいてもいいのだと、誰かに認めてほしかった。その願い自体は、何も間違っていない
(だが、君はその願いを叶えるための方法を、あまりにも不幸な形で学んでしまった)
君は誰かの役に立とうとした。相手が困っていれば手を差し伸べ、何かできることがあれば率先して動いた。君にとって、それは純粋な善意だったのだろう。しかし、他者の求めるものを理解するには、善意だけでは足りない。
相手が何を必要としているのか。今、何をすべきで、何をすべきでないのか。誰かを助けるために、まず何を優先すべきなのか。
セルマには、その順序を汲み取ることが難しかった。結果として、セルマの親切は相手の負担になった。助けようとした行動が、かえって仕事を増やしてしまう。
セルマは喜んでもらいたかったのに、相手から返ってくるのは感謝ではなく、拒絶だった。
『やめろ、動くな』
『お前がいると仕事が増える』
『何もしないでくれ』
(君は、その言葉を何度聞いたのだろうね)
そして、セルマ自身には、自分の何がいけなかったのかを理解するだけの材料がなかった。誰かのために動いている。善意で行動している。相手を喜ばせたいと思っている。
それなのに、どうして拒絶されるのか? セルマにとって、それは理解しがたい矛盾だったとマリスビリーは感じた。
(いや、もっと正確に言うならば、君は自分の行動を改善するための機会さえ、与えられなかったのかもしれない)
人は失敗から学ぶ。しかし、失敗の理由を教えてもらえなければ、次に何を変えればいいのかもわからない。
セルマはただ、役に立とうとした。そして、そのたびに拒絶された。
「……うん?」
セルマは抱き締めたまま、少しだけ顔を上げる。
「セルマはね、みんなに喜んでほしかったんだよ! 困ってたら助けてあげたいし、できることがあったら、やってあげたいでしょ? だって、誰かが嬉しいと、セルマも嬉しいもん!」
「そうだね。君の善意を疑っているわけではないんだ。むしろ、僕は君が誰かのために行動しようとした、その気持ちを尊重したいと思っている。ただ、一つ気になることがある。君は、どうしてそこまでして誰かを喜ばせたいのだろう?」
セルマはきょとん、とした顔になる
「えっ? どうしてって……」
セルマは少し考える。
「だって、喜んでくれたら嬉しいでしょ? ありがとうって言ってもらえるし!」
「なるほど。セルマにとって、ありがとうと言ってもらえることは、どんな意味を持っているのか、教えてくれるかい?」
「どんな意味?」
「うーん……セルマが役に立てたってこと! セルマがいてよかったって、思ってくれたってことでしょ?」
「……そうか。君にとって、感謝されることは、自分が相手にとって必要な存在だったという証拠なんだろう」
誰かに感謝される。
それは、自分が相手にとって役に立ったという、明確な証拠になる。自分がいてよかった。自分が行動してよかった。自分が誰かの役に立てた。
そうした実感を得られる。つまり、君のなかでは、次のような論理が成立していたのではないだろうか。
誰かに愛されたい。愛されるためには、感謝されればよい。感謝されるためには、相手を喜ばせればよい。
相手を喜ばせるためには、役に立てばよい。したがって、役に立てば愛される。
実に単純で、実に合理的な構造だ。そして、ここに君の悲劇がある。
「君は役に立つことと、愛されることを、同じものとして扱ってしまった」
「……?」
セルマは、きょとんとした顔でマリスビリーを見つめる。
「でも……役に立ったら、ありがとうって言ってくれるよ?」
「ありがとうって言ってくれたら、嬉しいよ? それって、いいことじゃないの?」
「もちろん、いいことだよ。誰かの役に立ち、感謝される。それ自体は、喜ばしいことだ。ただし、感謝されることと、愛されることは、必ずしも同じではない」
セルマが何かをしてあげたから感謝する人もいるだろう。
セルマが何もしていなくても、君のことを大切に思う人もいるだろう。
セルマが失敗して、相手に迷惑をかけたとしても、それだけでセルマへの愛情がなくなるわけではない。
「君は、その違いを考えたことがあるかな」
「……え?」
セルマの表情から、笑顔が少しだけ消える。
「でも、セルマは……誰かの役に立ちたいんだよ? だって、何もできなかったら……」
言葉が途切れる。彼女自身、何を言おうとしたのか、わからなくなったようだった。
「うん。君は、誰かの役に立ちたい。その気持ちは、よくわかる。だけど君が誰かの役に立とうとしたとき、周囲の人々は本当に君の善意に感謝していたのかな」
あるいは、君の不器用な振る舞いを見て、嘲笑していたのではないだろうか。
『マジ、あの子って空気読めないよね。いっつも余計なことばっかするし』
『ほんとヤバいよね。私が同じ立場だったら、恥ずかしすぎて生きていられないわ』
セルマが誰かのために行動する。
その結果、周囲の人間が笑う。
セルマは、その笑いを自分の行動によって生まれた喜びだと受け取った。だが、周りはセルマの親切に喜んでいたのではない。
セルマを馬鹿にすることで、喜んでいたのかもしれない。
セルマはその違いを理解できなかった。自分が何かをしたことで、誰かが笑っている。自分が誰かの役に立ったことで、周囲が明るくなった。
「そう信じたかったのだろうね」
「え?」
セルマは、マリスビリーの胸元から顔を上げる。
「でも、みんな笑ってたよ? セルマが何かしたら、みんな笑ってくれたんだよ? だから、セルマは……」
言いかけて、止まる。
「……みんな、嬉しかったんじゃないの?」
「そうだった可能性もある。君の行動に、本当に感謝してくれた人もいたかもしれない。僕は君の過去を直接知っているわけではない。だから、君が経験してきたことを断定するつもりはないんだ」
そう、これはただの憶測でしかない。セルマ・テレーゼの過去を全く知らない。しかし今を見ることで、外側の行動を観測することで内面を掘り下げることができる。
振る舞いを見れば一目瞭然だった。
愛して、愛して、愛して!! こんなにもみんなのために尽くしているんだよ? こんなに頑張ったんだよ! 私は良い子でしょう? みんの好きになるよね? だってみんなのために身を削って頑張って助けたんだから……!! だから私を見て! 私を感じて! 私を愛して……!
「ただ、もし君が経験してきた喜びの多くが、君自身を哀れみ、蔑むことによって生まれていたのだとしたら、君のなかで、ある種の誤った学習が成立してしまう」
人を喜ばせるためには、役に立てばよい。しかし、自分が役に立ったとき、人々は自分を嘲笑する。ならば、人を喜ばせるということは、自分が哀れまれ、蔑まれることなのではないか。
誰かに蔑まれることが、誰かを喜ばせることになる。
誰かを喜ばせることが、誰かの役に立つということになる。そして、誰かの役に立つことが、愛されるということになる。
つまり、セルマのなかでは『人を喜ばせる秘訣は、哀れみと蔑みである』という結論が、成立してしまった可能性があった。
「……ちがうよ」
セルマは、小さく首を振る。
「セルマは、みんなに喜んでほしかっただけだよ? 馬鹿にしてほしかったわけじゃないもん……」
声が少しずつ小さくなる。
「……セルマ、みんなが笑ってくれたら、嬉しかったんだよ? だから……けど、だから」
彼女は言葉を探すように、マリスビリーの服を握る。
「……それが、違ったの?」
「セルマ。君が誰かを喜ばせたいと願ったことは、間違いではない。君が誰かの役に立とうとしたことも、間違いではない」
真摯に、真っ直ぐ、セルマに言葉を伝える。
「仮に、君を嘲笑する人間がいたとしても、それは君の善意が悪だったということにはならない」
彼らの笑いが何を意味していたのか。それを理解することと、君自身の価値を否定することは、別の問題だ。
「君が誰かの役に立てなかったとしても、君の誰かの助けになる為に、行動した事実まで消えてしまうわけではないのだから」
「……うん」
セルマは返事をする。けれど、いつものように明るくは笑えなかった。しばらくして、マリスビリーに顔を埋める。
「……セルマ、どうしたらいいの?」
「どうしたらいい?」
「だって……私、みんなに喜んでほしいんだよ。セルマが何かして、みんなが喜んでくれたら、嬉しいんだよ。でも……もし、みんながセルマを馬鹿にして笑ってたら……」
言葉が震える。
「……セルマ、何をしたらいいの? どうやったらみんなの役に立てるの」
今は、すぐに答えを出す必要はないと思うよ。君がこれまで信じてきたものを、今日一日で変える必要もない」
ただ、一つだけ、覚えておいてほしいことがあった。
「君が誰かの役に立てなかったとしても、それだけで君が誰かに愛される可能性まで失われるわけではないんだ」
「……でも セルマ、何もできなかったら……何もできないセルマでも、ここにいていいの?」
「もちろん。君が僕に何かをしてくれたから、君がここにいていいのではない。君が僕の役に立ったから、君の存在を認めるのでもない。君が誰かを救えたから、君が愛される資格を得るのでもない」
セルマがここにいることと、セルマが何をできるかは、別の問題だなのだ。
「…………」
セルマは、何も答えられなかった。
彼女はマリスビリーを抱き締めたまま、しばらく動かなかった。やがて、ほんの少しだけ顔を上げる。
「……マリスビリー。私、マリスビリーの役に立ちたいよ。セルマは誰かの役に立つのが、だぁい好きだからね!」
いつもの明るい声だった。しかし、その腕は、先ほどよりも少しだけ強くマリスビリーを抱き締めていた。
「……ありがとう、セルマ」
君が僕はを助けようとしてくれたことに。
君が誰かのために行動しようとしたことに。
君が、誰かを喜ばせたいと願っていることに。
僕は、感謝しているよ。
「……えへへ。よかったぁ……!」
セルマは嬉しそうに笑う。けれど、その笑顔には、まだ一つの問いが残っていた。
自分が何もできなかったとしても。誰かの役に立てなかったとしても。それでも、自分は愛されるのだろうか?
その答えを、セルマはまだ知らない。
マリスビリーもまた、彼女に今すぐ答えを信じさせることができるとは思っていなかった。
彼女は、愛されるための方法を、まだ一つしか知らないのだから。
しかし希望はある。これから別の在り方を模索していけば、彼女の行動力と善性が、本人の望む形で世界に影響を与えることができる可能性もある。
「成りたいものを目指すからこそ人は理想へと近づけるし、そのために頑張れる。それは特別なことじゃない当たり前のことなんだよ」
そう当たり前で、正しいことだ。だからこそ痛く、苦しく、辛い。それを厭う者は多い。その中で、方法こそ失敗し続けたけど行動し続けたのは本当に素晴らしいことなのだ。
「理想に近づくために努力しているんだから、何もしないでいる者より、何かができる人間になっているのは当然の事だよ、セルマ」
本人は無価値で、無意味で、役立たずかもしれない。しかしだから愛されない理由もないし、セルマ・テレーゼは、そこにあるだけで素晴らしい。
始まりが普遍的で、過程は無様。しかし辿り着くために足掻いた間に生まれるものは、決して無意味で無価値なものではない。
「セルマ。どんなに無様で、醜くても、辛くて、苦して、絶望の底似合ったとしても、自分で人生は叫ぶといい。君は君だ。君の決断を尊重する」
セルマは、何度も頷いた。誰かにそう言ってほしかった。自分の頑張りを、誰かに認めてほしかった。役に立ったからではなく、結果を出したからでもなく。
ただ、自分が頑張ってきたことを、知ってほしかった。
「……マリスビリー」
「うん」
「……セルマ、ここにいてもいい?」
「もちろん」
「……ずっと?」
「君がここにいたいと思う限りは」
「……えへへ」
セルマは泣きながら笑った。それから、少しだけ身体を離し、マリスビリーの顔を覗き込む。
「ねえ、マリスビリー! セルマね、やっぱり誰かの役に立ちたい!」
「そうか。それなら、これから一緒に考えていこう」
「うん!」
セルマは、今度こそ心から笑った。誰かの役に立たなければならないからではない。誰かに愛されるために、頑張らなければならないからでもない。
自分がそうしたいと思ったから。
その選択を、尊重してくれる人がいるから。
それだけで、彼女はもう一度、前を向くことができた。
マリスビリーは、そんな彼女を見つめながら、静かに思う。
(……さて。これからだね、セルマ。君が君自身の人生を、君自身の意思で歩めるようになるのは)
彼は、彼女の未来も保障する。しかし失敗するだろう。逆に成功するのもある。
人生そのものを与えるつもりもない。ただ、彼女が自分で選び、失敗し、学び、また選び直すことのできる未来を、守りたいと思った。
それこそが人理継続保障機関フィフス・カルデア。
マルスビリー・アニムスフィアの冠位指定。
セルマ・テレーゼは初めて、誰かの役に立たなくても、愛されなくても、誰かの隣にいてくれるし、いても良いのだと知ったのだった。
マリスビリーと一緒にいるほむらの呼称について
-
クリプターほむら
-
クリプター(のみ)