マリスビリーと暁美ほむらは宇宙規模の恥知らず 作:あばなたらたやた
「誰?」
目を覚ましたクリプターの目の前に、見知らぬ少女が立っていた。
「セルマはセルマ! マリスビリーの為に円環の理をぶっ潰すんだ! よろしく!」
「ええ、よろしくね。さようなら」
ほむらは即座に銃を構えて発射した。
「うわっ、危なっ! いきなり攻撃してくるとか野蛮人じゃんね。もう少し頭使った方がいいんじゃない? こんな人に愛されてる円環の理さんやマリスビリー可哀想」
「別にいいわ。私が愛しているのはまどかだけ」
「その割に、過去の悪魔の貴方は他の奴も気にかけていたようだけど?」
「マリスビリー!」
「私でも普通に見ればわかるよ。セルマのこと、バカにしている?」
「貴方は役立たずでしょ?」
「だからなんだよてめえ! いきなり人のナイーブなところを刺して、人生頑張ろうとしているところに水差すことしかできねえのかビチグソが! アスファルトにへばりついて黒くなったガム程度の存在でいい気になるんじゃねえぞクソ!」
「罵倒がフルスロットル過ぎるでしょ」
ほむらは呆れたように呟いた。
セルマはマリスビリーの後ろに隠れ、舌を出した。
「べーっだ!」
「……もういいわ」
ほむらは銃を下ろした。
「それで、何をするつもりなの?」
「作戦会議だよ。神を討つ為の準備だ」
【第一の確認:我々は何をしたいのか?】
「円環の理を、人間が制御可能なシステムにする」
「まどかを取り戻す」
クリプターは静かに続けた。その瞳の奥には、長きにわたる彷徨の末に見出した、凍てつくような決意が宿っている。
「彼女が、何のしがらみもなく、自分の人生を選べるようにする。それが私の目的よ。たとえ、その結果として彼女が私を忘れたとしても」
「なるほど、シンプルだ。君はどうしたいんだい? セルマ」
「セルマはね、円環の理をぶっ壊す! セルマの価値を無価値にしたんだからね。ムカつくじゃん!」
セルマの言葉は軽薄に響いて、しかし不思議なほどに淀みがない。絶対的な慈悲のシステムに自らの存在意義を全否定された少女は、その理不尽な救済への反逆を誇らしげに掲げている。
「あ! あとマリスビリーの役に立ちたい! 絶望から希望の相転移ってやつ、セルマも手伝う!」
「なるほど」
マリスビリーは柔らかく微笑んだ。
「私たちは、同じものを求めているわけではない。私は人類全体の未来を、クリプターはまどか個人の自由を、セルマは自分自身の価値を取り戻そうとしている」
「でも、敵は同じ! 円環の理をぶっ潰す!」
「そういうことだね」
マリスビリーは静かに頷いた。
「人類全体の利益、個人の自由、そして自己愛。それぞれ異なる目的が、同じ体制を打倒することで結びついている。これほど強固な利害の一致はないさ」
「セルマ、少し思うんだけど、神を討ち倒した先に何があるのかな」
「んー、円環の理はムカつくから潰すとして、そのあとはキュウべぇにただの資源としてすり潰される未来しか見えないよ」
「そのための人理保障だ」
マリスビリーは一歩も引かず、即答した。
「人間が、自らの未来を選べること。誰かの善意や、宇宙の法則に依存するのではなく、自分たちで未来を維持できること。それが私の望みだ。その為に神を殺し、宇宙を資源にすることで外からの脅威も消し去る」
「私は、まどかが選べるようになればいい。マリスビリーの計画ならそれが叶うわ」
クリプターは俯き、自分の手のひらをそっと握りしめた。
「彼女が神として世界を救い続けるのではなく、ひとりの少女として悩み、迷い、それでもなお歩む道を選べるなら。……彼女が私を選ばなくても構わない」
「セルマは違うもんね!」
セルマはクスクスと、悪戯っぽく笑った。
「円環の理が人類全体を愛するなら、セルマはセルマだけを愛する! 誰もセルマを愛してくれなくても、セルマだけはセルマの味方なんだから!」
「…………」
「過去の私は、どうどうのかしら?」
「シンプルに信用されずに戦うことなりそうだ」
謎の魔法少女と謎の魔法少女が戦いあって、青いキュウべぇがいて、未来の自分とバトルして、そこから宇宙をを犠牲に人間のための世界を作るので、まどかも救われるよ、というものを信用できるかは微妙なところだ。
「まあ、彼女にも彼女の事情がある。愛するもののために世界を敵に回すという点では、私たちと大差ないさ」
マリスビリーは立ち上がり、サイドテーブルに置かれたワゴンから、見事に焼き上げられたチョコレートケーキを丁寧に切り分けて並べた。甘い香りが、張り詰めていた空気を少しだけ和らげる。
「さて、せっかくの機会だ。険しい顔をしていても先へは進めない。これからの計画について、紅茶でも飲みながら改めて話し合おうか」
「ケーキ!」
セルマの顔がパッと輝き、先ほどの険しさはどこかへ吹き飛んだ。
「マリスビリー、セルマの分は一番大きいやつね! 脳みそフル回転させたんだから、糖分は必須なの!」
「もちろん、君の取り分は確保してあるよ」
クリプターは小さく息をつき、苦笑しながら空いた椅子に飛び乗った。カップに注がれる紅茶の湯気が、薄暗い部屋のなかで白く揺らめいている。
「……本当に、これで円環の理を倒せるのかしら」
「倒せるかどうかは、これから考えることだよ」
マリスビリーは小さな体を巧みに動かし、ティーポットを置き、まっすぐに前を見据えた。
「大切なのは、私たちが他者から強制されたのではなく、それぞれの意志で、今この場所にいることだ。神の座を引きずり下ろすのに、それ以上の正当性はいらない」
セルマはケーキを一口大に頬張りながら、満足げに目を細め、そして元気よく右手を挙げた。
「よーし! 同盟結成だー!」
人類の未来を望む者。
愛する人の自由を望む者。
自分自身を愛することを望む者。
三つの異なる叛逆が、利害と孤独の糸によってひとつの同盟となった。
人類全体への叛逆/マリスビリー・アニムスフィア
円環の理を、人間が制御可能なシステムへ変える。人類の未来を、神の善意に委ねない。
個人への叛逆/クリプター
まどかを取り戻し、彼女がしがらみなく自分の人生を選べる未来を作る。
愛する人の選択を、世界の都合に委ねない。
自己への叛逆/セルマ・テレーゼ
自分の価値を奪った円環の理を破壊し、自分だけは自分を愛する。自分の存在価値を、他者の評価に委ねない。
三者の共通目的は円環の理とキュゥべえの現体制を打倒することだ。
マリスビリーは、セルマの個人的な恨みを人類全体の利益に還元できるし、クリプターはマリスビリーの計画をまどか個人の自由のために利用できる。セルマは、二人の大きな理念に自分自身の感情と行動を持ち込める。
同盟は価値観の一致ではなく、目的の異なる者同士が相互に利用価値を持つことで成立する。
特にキーになるのはセルマだった。彼女の思想は、マリスビリーの絶望から希望への相転移に別の経路を追加した。
円環の理による救済は『絶望 、円環の理による救済よる希望』という終わりの希望。
セルマによる自己救済は『誰も愛してくれない絶望 、自分だけは自分を愛する希望』という始まりの希望。
円環の理は、人間を広く愛し、救済する存在。それ故に、だからこそ、その普遍的な愛の中で、個人の価値が失われたと感じる者にとっては救いにならない。
セルマに言わせれば『善意の押し付け』『私を無価値にした』『余計なお世話』だからセルマは宣言する。
『私は自分を愛する』と。そう導かれた。円環の理の愛を否定するだけではなく、愛されることを自分の存在条件にしない、という別の希望をマリスビリーの補助を受けながら選んだのだ。
セルマはマリスビリーの思想を完全に理解して同盟に参加する必要がない。
マリスビリーのために役に立ちたい、という個人的な願望が、結果的に人類全体のシステム変革へ接続される。
この役立たず特有のズレが、セルマらしい部分はありつつ、本人が笑える結末になる。
『役立たずは、役立たずのまま笑える』という証明だった。
その先にあるものが、輝かしい希望なのか、あるいはさらなる絶望なのか、それを決めるのは、まだ誰にもできなかった。何故ならば、全て終わった後に『自分で決めるもの』だからだ。
歯車はすでに回り始めた。
歯車は回っている。
歯車は回っている。
歯車は回っている。
カチカチと音を鳴らして。
ギチギチと音を鳴らして。
人類愛を奏ででいる。
マリスビリーと一緒にいるほむらの呼称について
-
クリプターほむら
-
クリプター(のみ)