マリスビリーと暁美ほむらは宇宙規模の恥知らず 作:あばなたらたやた
【未来:人理継続保障機関フィスフ・カルデア】
「貴方はなぜ、私を支援するの? 私の行為は恥知らずな行為よ」
大人になり、白衣を着て、博士となったほむらが、マリスビリーに問いかける。マリスビリーは、すぐには答えない。しばらく彼女を見る。
そして、言う。
「うん、そうだね。僕が君に協力するのは貴方が正しいからではないさ」
「……じゃあ何故?」
「僕は貴方の目的に賛成も否定もしない。そういうのじゃなくて、ただ、貴方が一度、諦めたものを、もう一度自分の手で拾い直そうとしているから、かな」
マリスビリーが最も強く興味を持ったのは現在のほむらが、過去の自分を見捨てていないという点だ。
大人になった暁美ほむらは、まどかを諦めて、前へ進んだ。
これは単純な敗北ではない。
彼女は何度も繰り返し、何度も失敗し、何度もまどかを救おうとして、それでも最後は私がまどかを救うという願いそのものを手放した。
現在のほむらは、昔の自分を否定しているわけではない。むしろ『あの頃の私は、あまりにも愚かだった』と思いながらも『私が間違っていたとは言えない』という矛盾した感情を抱いていた。
マリスビリーの表裏を見透かす性質は、暁美ほむらのナーバスな部分を見抜いていた。そして、
「貴方は過去の自分を嫌っているわけではないんだろう?」
「……嫌ってはいないわ。ただ、もう終わったことよ。今もこうして過去を変える技術を研究している。未練がましい女だと笑えばいいわ」
「そうかもしれない。でも、今も終わったことにしておく必要はないと、僕は思うかな」
マリスビリーは、過去のほむらやまどかに特に思い入れはなかった。
「過去に諦めたことは正しかった」
「……貴方がそれを言うの?」
「何度やっても同じ結果になるのであれば、諦めるのは合理的だ。十分に努力し、一人の努力では、世界の構造そのものを変えられなかった。なら、貴方が『鹿目まどかを救う』という目的を変えるのは敗北ではないし、当然の権利だ。暁美ほむらにも人生はある」
しかし。
「だからこそ、今度は一人でやる必要がない」
その言葉に、ほむらは耳を疑った。
「貴方は、そして君は、何度もやり直した。戦い、学び、失敗した。泣いて、喚いて、それでも続けた。それだけしても、届かなかった」
そう、それは至極真っ当な結論。原因はほむらの努力不足などではなく、現実的な問題。
「貴方が一人だったからできなかった」
ほむらは静かに唇を噛み締める。彼女は長い間、私がもっと上手くやればよかった、と自分を責めてきたから。
私がやるしかない立場と能力にいた。そして大切な人を救いたい、という願いがあってやってきた。仲間を作るのも試したが、時間遡行に共に歩めるものはいない。
孤独がそのまま強さになる。
「貴方は、過去の自分に何を与えたいんだい?」
「……まどかよ。あの子を、円環の理から取り戻す。そして、もう一度、普通の人間として生きられる可能性を与える」
「なるほど」
「手を貸してくれることには感謝するけど、貴方にも考えはあるのでしょう」
「ええ、もちろん」
マリスビリーは軽やかに頷いた。
「僕はインキュベーターの逆をする。宇宙を維持することで人類を生かすのではない。宇宙がなくても、人類が存続できる構造を作るんだ」
一見すると二人の目的は全く違う
ほむらは、まどか一人を救えばいいが、マリスビリーは人類を宇宙規模の危機から救いたい。
対立しそうだが、実際には、共通しているものがあったどちらも、現在の世界の構造に人間の生存を依存させない、という共通項がある。
まどかは円環の理という宇宙的・法則的な役割を担うことで、魔法少女たちを救済している。それはつまり人類や魔法少女の救済が、まどかという一人の少女の超越的存在にインフラが依存してしまっていることを意味してしまっていた。
マリスビリーは、人類の存続そのものが宇宙という外部環境に依存していることを嫌った。
二人の願いは重なる。だから、ほむらを支援する答えは、単純ではない。
「僕は君を助けたいわけではないんだ」
マリスビリーは平然と言う。
「……なら、なぜ?」
「貴方の目的が、僕の目的と同じ方向を向いているからね。君は鹿目まどかを、円環の理という構造から切り離したい。僕は人類を、宇宙という構造への依存から切り離したい。
「それが、重なるの?」
「人間を、人間の外側にある何かの都合から解放する、という点で」
しかし、それだけではない理由があった。合理的な協力者ではなく、マリスビリーが願う奇跡が。
「人間が自分の過去を捨てずに、未来へ進めること」
ほむらは過去の自分を捨てて大人になった。だが、彼女は完全には捨てられなかった。だからこそ、過去の私はまどかを救おうとした記憶が残り、いまだに囚われている。
「今の貴方が、過去の自分を救える可能性があるなら、それを用意するのは当然のことだ」
マリスビリーはほむらの願いではなく、ほむらの選択を支援している
マリスビリーは、まどかを救うべきとは考えていない。そうではなく、今の貴方がまどかを救うと選んだのなら、その選択を実現できるだけの世界を用意すると考えた。
人間は美しくてもいい。醜くてもいい。賢くてもいい。愚かでもいい。誰かを愛してもいい。誰かを憎んでもいい。一人を選んでもいい。大勢を選んでもいい。
その選択をした人間が、その選択の結果を生きられる世界。
それを保障したい。だから、ほむらへの「貴方はなぜ、私を支援するの?」という質問に、マリスビリーは総括してこう返す。
「貴方が鹿目まどかを愛しているからではない。私は、その愛が正しいとも思っていない。君が過去に何度も世界をやり直したことも、私は美しい行為だとは評価しない。ただ貴方は、一度それを諦めた。そして大人になった」
それでも、過去の自分が間違っていたとは思えなかった。だからもう一度、あの少女に選択肢を与えたいと思い、時間に関する研究を続けて、今も必死に生きている。
「僕はそれを、愚かとは思わない。人間が、自分の過去を完全に切り捨てずに生きようとすること。それもまた、人間が持つ性質だから」
そして少し微笑んで、
「僕は、人間を愛している。だから、人間が何を選ぶかについて、口を出すつもりはない。貴方が鹿目まどかを選ぶなら、それでいい。けど、その選択によって、人類そのものが滅びる必要はないんだよ」
堂々と、人類に対する愛を語り始める。
「貴方は、貴方の愛する少女を救えばいい。僕はその選択で世界を滅びないように、そして人理を保障できるように動く」
「……貴方は、本当にそれでいいの? 私がまどかを選んでも?」
「僕は人類を愛している。貴方が愛する一人の少女も、貴方自身もまた人類。貴方が唯一無二の少女を選ぶことも人類の営み。なら僕は、貴方がその少女を選ぶ行為も保障しよう」
ほむらは、おそらく初めてマリスビリーの人類愛を理解した。
それは、皆を平等に愛するから誰か一人を特別扱いしないという愛ではない。むしろ、人間が誰かを特別扱いする自由まで含めて、人間を愛するというもの。
この二人は、師弟でもなく、主従でもなく、友情でもない、もっと乾いた共同体だった。
「私はまどかを救うわ」
「僕はその選択が成立する世界を作ろう」
「貴方は私を利用している?」
「そうだね」
「私も貴方を利用するわ」
「それで構わないとも。目的が一致している限り、互いに利用すればいい」
マリスビリーは人類を守るという巨大な目的から、人間一人一人を見ていた。ほむらは逆に、まどか一人を守るところから、人類全体の構造を変えようとしている。
二人は、互いに反対方向から同じ場所へ近づいている。そして最終的に二人が辿り着くのが、人間が何かに選ばれなければ生きられない世界を終わらせる思想だ。
まどかが円環の理でなければならない必要もない。
人類が宇宙に生かされなければならない必要もない。
神にも、宇宙にも、運命にも、世界の法則にも、人間の生存を委ねない。その意味では、この二人の共同目的は単なる『まどか救出作戦』ではなく、人間を、超越的な構造への依存から解放する計画だった。
【現在:悪魔ほむらの結界の内部】
蒼いインキュベーター姿のマリスビリーから、未来の暁美ほむらとの会話を聞いて、ほむらは言った。
「……それは、私を支援しているのではなく、私自身を観察しているだけじゃないの?」
「そうとも言えるかな。君は非常に興味深い人間だから」
「……悪趣味ね」
「そうだね、一人の人間が、たった一人の人間のために何度でも同じ時間をやり直す。僕はそれに善悪を付与しない。そこにあるだけで感動した。だから人間がそこまで何かを愛せるという事実を、僕は大切にしたい」
蒼いインキュベーターは静かに語った。
「それでなんでインキュベーターの姿を模しているの? 不快よ」
「人間の姿ではダメだったからね。もう存在しない。意識だけをこの体に移した。その意識構造もオリジナルを模倣した疑似人格だ。オリジナルの肉体、魂、精神は既に消滅した」
「は?」
マリスビリー・アニムスフィアは死んでいる。死んだ後に、自分と同じような存在が計画を続けてくれると知っているから、あっさりと命を消費した。
それは暁美ほむらにとって、大切な少女と重なった。
「最悪よ、貴方。最悪最低。だけど、少しやる気が出たわ。泣いて、挫けているより、できることをするわ」
ほむらの中にあった消えかけの炎が、広がり始めた。