マリスビリーと暁美ほむらは宇宙規模の恥知らず 作:あばなたらたやた
ワスの後をついていくほむらとマリスビリー。
ビルの上を軽やかに跳躍していく。そして魔獣やナイトメア、そのどちらともいえる無個性存在。群知能的な動きで、人間を喰らうべく活動していた。
三人が着地したその先で目の当たりにしたのは、異形の群れだった。
露出した白骨に、肥大化した異様な筋肉がへばりついたような怪物の群れ。それが地表を隙間なく埋め尽くし、飢餓感に満ちた咆哮を上げている。
ワスは眼下を見下ろして愉快そうに口を開いた。
「さて、どうやって倒そうかしら。ねぇ、我が妹にして最愛の友人。何かいいアイデアはないかしら?」
「普通に倒せばいいんじゃないかしら」
「それだとつまらないでしょう? 派手に、軽やかに、圧倒的な力を見せやりたいわ。悪魔様に、ね」
皮肉か? この女。いや多分、悪意はないんだろうな……はぁ、とほむらはお疲れポイントが加算される。
美しい造形をした少女が、おかしなテンションとテンポで全力を出そうとしている。それは良い……いや、良くはないのだが、まあ大目に見るとして。
「さぁ! 我が妹。私より少し至らぬ者よ! なんか良い感じのアイディアを叫ぶのです! 高く! 高く! 声高らかに!!」
「ほむらキック」
容赦のないほむらキックが炸裂した。
「きゃあーっ!?」という楽しそうであり、満足そうでもありそうな声を残し、ワスは一直線に怪物の渦へと叩き落ちていく。
ほむらはそれを見下ろすこともなく、静かに背を向けた。
「マリスビリー、私は少し様子見するわ。貴方はワス姉さんについてあげて」
「姉さん呼びはするんだね」
「そうしないと面倒でしょう、頼んだわ」
「それが望みなら」
苦笑を漏らしながら、マリスビリーもまた軽やかに跳躍し、ワスの落ちた戦場の渦中へと身を投じた。
ドスン、と激しい衝撃音が響く。
怪物たちの真っ只中に着地したワスの手には、どこから拾ってきたのか、半ばから叩き折れた無骨な直剣が握られていた。
本来なら刃渡りも足りず、碌な武器にもならない代物。だが、本来の性能と悪魔のタイミーシステムによって極限まで跳ね上がった今の彼女の身体能力の前には、そんな制約など一切関係なかった。
「えいっ」
ただの横薙ぎ。それだけで、折れた鉄の塊が空気を置き去りにして真空の刃を撒き散らす。
先頭にいた数体の怪物が、骨も筋肉もまとめて一瞬で細切れの肉片へと変わった。あまりの腕力と魔力の密度に、折れた剣先から衝撃波が走り、後続の群れごとビルの壁面へ叩きつけられる。
「やあ、威勢がいいね」
「遅いわですわ、マリス。最高の見せ場を逃すところでしてよ」
「間に合ったようで何より」
空中から滑り込むように合流したマリスビリーは、ワスの隣に肩に座る。
ワスが折れ剣を振るうたび、爆発が起きて怪物の群れが吹き飛んでいく。肉薄する怪物の頭蓋を折れた剣頭で叩き潰し、その反動で旋回して別の怪物の胴体を真っ二つに引き裂く。
洗練された優雅さと、理不尽極まりない圧倒的な破壊力。
「これが力! これがパワー! これがストレングス!」
「全部、同じ意味だね」
「どうかしら、私のマイリトルハニートースト! 見ていて!? 見てるでしょう! 喝采し、称賛し! 讃えるのとを許します!」
「可愛い妹を食べるんだ」
群がる怪物をゴミのように蹂躙しながら、ワスは頭上のビルを見上げて高らかに笑い声を響かせていた。怪物を片手間で散らしながら、ワスはマリスに声をかける。
「ねぇ、マリス」
「何かな?」
「貴方は、暁美ほむらを殺すつもりですね」
「ふむ、そう考えた理由を教えてほしいかな」
「貴方の計画は、宇宙の消滅と円環の理の制御。なら暁美ほむらは不要。むしろ邪魔という結論になる。そもそも円環の理なんていらないのですから」
折れた直剣の断面が、紫紺の魔力を帯びて鈍く光る。ワスが地を蹴った瞬間、足元のアスファルトが踏み荒らされて、火がついた爆薬のように破裂した。
視界から彼女の姿が消える。次の瞬間には、群れの先頭にいた巨大な骨格肉塊の懐へと潜り込んでいた。
下から突き上げられる折れ剣の切っ先。
刃渡りの短さなど関係ない。刃から放たれた極太の魔力波が怪物の胴体を内側から膨張させ、豪快に弾け飛ばす。
撒き散らされる肉片と骨の雨の中を、ワスは踊るように通り抜ける。
「円環の理も、悪魔も、ループも、全て冥府の奈落へ落とし、喰らい尽くす。それはまるで獣のように」
「円環の理は魔法少女を救う大切な装置だ。それを失うのは人類にとっての損失だと思うけど」
「いえ、いえいえいえ? 計画通り宇宙そのものを資源にできるなら、そもそも絶望の産物を魔法少女が倒す必要がないでしょう。普通に警察や軍隊、あるいは特殊部隊が殲滅する。そう言う世界が貴方の望みではなくて? 今を生きる全員のささやかな努力がお好きなのでしょうし」
マリスビリーは苦笑した。マリスは愉快そうに問う。
「何か?」
「怖い人だ」
「あくまで予想を語っても?」
「妄想ならいくらでも」
「なら存分に。恐らくやるとしたら自爆、それも最初のループを止めようとしているタイミングになるでしょう。それならば、緊張や焦り、共に過ごした者への実績で警戒は薄れ、さらにゴールが見えているから意識はそこへ集中する」
背後から襲いかかる三体の怪物に対し、ワスは振り向きもせず、折れた直剣の柄頭で一頭の眉間を力任せに打ちぬいた。
頭蓋が粉砕され?重低音。そのまま反動を利用して身を翻し、残る二体の首筋へ同時に折れ剣を叩きつける。
切断ではなく、圧倒的な質量と超人的な筋力による叩き潰しだ。二体の首が異常な角度で折れ曲がり、文字通り吹っ飛んで街灯を押し潰す。
「希望を抱く瞬間は、それを刈り取る絶望の刃が見えなくなってしまう」
「確かに本当にそれが目的なら、絶好の機会だ」
「そこで貴方は最初のループをする暁美ほむら、鹿目まどか、そして共にタイムトラベルしてきたクリプターの暁美ほむら。その全員を消し飛ばし、ワルプルギスの夜を封印することで全ての安全保障が達成される」
「ワルプルギスの夜を封印は肯定しよう。しかし、他の三人を消滅させる意図は?」
そう、ワルプルギスの夜を消し飛ばしたその時点で、ループは発生せず、因果は集積せず、円環の理は発生しない。
世界は穏やかなに進み始める。わざわざ魔法少女達を消し飛ばす理由はないのではないか? これはモラルではなく、純粋に意味がないのではないか?
「なぜ、僕がその三人を消す行動をすると思ったのかな?」
「簡単ではありませんか。ああ、悲しき運命。この世界は未熟。故に絆や覚醒。メンタルで物理法則が変化するなどあり得ない。心は心。奇跡を起こす魔法の原動力などではない。あくまで人類なのだから、最低限のルールは守れ、と仰る」
「…………」
悪魔から貸し与えられたエネルギーが全身の神経を過剰なまでに研ぎ澄ませていた。跳躍。ビルの壁面を垂直に駆け上がり、群がる怪物たちの頭上へと躍り出る。
空中で体を一回転させ、遠心力を極限まで乗せた渾身の叩きつけ。
ドッン!!
直下型ミサイルが着弾したかのような衝撃波が街を揺らした。着地点を中心に半径十メートルの地面がクレーター状に落ち込み、そこにいた十数体の怪物が影も形もなく押し潰される。爆風によって巻き上げられた瓦礫と粉塵が、戦場を覆い尽くす。
「…………」
「くだらない根性論が幅を利かせた結果が『二度の世界改変』。ふざけるな、あり得ない、こんな結末は望んでいない」
仰々しく、華やかに、芝居がかった様子で語り続ける。
自分の望んだ世界になるように、自分の望んだ過去になるように、自分の望んだ未来になるように。
前へ、前へ、前へ。
前に立つならば切り捨てる。足を引っ張らば撃ち殺す。手が砕け、足が折れ、目が潰れ、内蔵が失われても、それでも光を目指さて行進する、
無駄? 意味がない? 無価値? それがどうした知らぬ存ぜぬ考えるに値しない。そもそもやりたいからやるだけだ。やるなら完遂する。絶望なんてそんなものは弱者の戯言。
人生に対して本気でやっているんだから。だってそれが人間だろう? それが闇を滅ぼす逆光。
「たった数年でそんなことが容易く起きてしまう。前例があるなら恒例になる。誰もがみな、心の強さで世界を書き換える混沌した世界が訪れる。それこそまさにこの世の地獄。俺はこう思う、だから世界よ従え。私はああしたい、世界よ従え。人々は欲深く世界の叫ぶのでしょう!」
「…………」
「マルグリートを始めとした世界を変える力が、ますます増加していくのは明らか。三回目以降の世界改変者が、もし自分のことしか考えぬ者だったら? それはいけない。人理の敵が産まれるリスクは消しておきたい。と、予想しますが、さて、いかが?」
無傷で粉塵の中から現れたワスは、返り血一滴すら浴びていない裾を軽くつまみ、優雅に一礼してみせた。
その足元には、もはや怪物だった頃の原形すら留めていない、圧倒的な暴力の残骸だけが広がっていた。
6幕、7幕はセットです