マリスビリーと暁美ほむらは宇宙規模の恥知らず   作:あばなたらたやた

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第七幕:騙り、語り、談る

 

 マリスビリーは特に何も言わなかった。それにワスは頬を突く。勝ち誇ったようにニヤニヤと。

 つんつんつん。

 

「さて、ねぇ、ねぇ、貴方は何て言葉を返すのでしょう? 楽しみだわ、人理を守る蒼いインキュベーターさん? ねぇ普通のインキュベーターと何が違うのか、教えてくださらない? 私の貴方」

「うん、その可能性は想定している。だけどその仮定にいる僕は、あまりにも人間を軽視している」

 

 マリスビリーは堂々と、正々堂々していた。否定もしない。笑いもしない。ただ、目の前の言葉を、一つずつ頭の中で組み直しているようだった。

 

「僕は暁美ほむらを殺すために、今回の計画を設計しているわけではないからね」

「解像度が足りませんでしたか」

 

 マリスビリーは小さく笑う。ワスは肩を落とす

 

「残念」

「だからこそ面白い。君は僕の計画そのものではなく、目的と性格から逆算している妄想した。そして結論として、妄想上の僕からすると暁美ほむらは危険すぎる、としたわけだ」

「貴方の計画から見れば、彼女は不要でしょう?」

「そこは否定する」

「……あら?」

「暁美ほむらが不要だ、という部分ではないよ。人類史にとって、不要な人間などそう簡単には定義できない」

「…………」

「君の推論では、暁美ほむらは『円環の理』『時間遡行』『世界改変』という、現在の宇宙に存在する不安定要素の集合体だ。だから、それらを取り除けば安全になる」

「……ええ」

「しかし、それは『危険なものを取り除けば安全になる』という、あまりにも単純な安全保障論だ」

 

 マリスビリーは穏やかに笑った。

 

「僕は人類が危険を生み出すことそのものを、悪いとは思っていない。火も、刃物も、原子力も、情報ネットワークも、全部そうだ。それらは人類に苦しみ以外のものを与えた。もし取り除くならば苦しみだけを狙い撃つ」

「物事は使い方次第、と?」

「それだけではないよ」

 

 彼は首を横に振る。

 

「危険なものを扱えるようになること自体が、人類の進歩だからだ。宇宙も危険だが、やり方次第でただのエネルギーにできるのだから」

「その理屈なら、世界改変の力も残すのが道理となりましょうね」

「残すべきかどうかは、別の問題だね」

「結局、選別するのでしょう? 貴方が」

「もちろん」

 

 即答だった。

 

「しかしそれは『暁美ほむらだから殺す』という話にはならない。彼女が何をする人間か? が大切になってくるわけだ」

「…………彼女の本質によって?」

「行動によってだ。君は先ほど、こう言ったね『心は心。奇跡を起こす魔法の原動力などではない。あくまで人類なのだから、最低限のルールは守れ』。僕はその部分にも同意しない」

「ほう?」

「人間の心が世界を変えることを、僕は否定したくない」

「……意外ですわ」

「考え方が逆なんだ」

 

 静かな声だった。

 

「人類史そのものが、そういうものだからだ。一人の人間が抱いた思想が、何千万人もの人間の行動を変えることがある。一つの発明が文明を変える。一つの物語が世代を変える。一人の人間の決断が国家の命運を変えることさえある」

「それと世界改変は違うでしょう」

「違うとも」

「ならば」

「だからこそ、僕は慎重になるわけさ」

 

 マリスビリーは続けた。

 

「世界を変えるほどの力を持った人間が存在するなら、その人間を殺せば問題が解決する、という発想そのものが危険なんだ」

「なぜ?」

「次に世界を変えるパワーを持つ人間が現れたとき、また殺すのかい?」

「…………」

「その次は?」

 

 沈黙。

 

「そのまた次は?」

「無限に続く、と」

「その通り。暁美ほむらと鹿目まどかが示してしまった。気持ち次第で世界は変えることができるという実例を。直接の一回目を粉砕したところで、別の人物が起こすのは確定事項だ。人類の強みの一つは数。数の強みは試行回数。試行回数はそのまま成功率に直結する。人類が絶命しない限り、たった一人によって変えられてしまう可能性は、依然と残り続ける」

 

 マリスビリーは微笑んだ。

 

「人理を守るために、人理を変えられる人間を片端から殺す。そんなことを望まない。本末転倒だし、停滞した世界は腐っていくだけ。ただし」

 

 その声音が少しだけ低くなる。

 

「君の妄想には、一つ非常に興味深い点がある」

「どこでしょう」

「『三人を消す』というところだよ」

「…………」

「なぜその三人なんだ? 最初のループを始める暁美ほむら。鹿目まどか。そして、共に時間歩んだクリプターの暁美ほむら」

「貴方にとって危険だから。貴方の目指す人理継続保障は安定した世界に見えるますけれど?」

「一部否定する」

 

 マリスビリーは即座に否定した。

 

「危険だから、ではない。正しくは彼女たちが『世界を変えられること』を知っているからだ」

「…………」

「それが君の本当の推論じゃないのかい?」

「…………」

「君は僕が、彼女たちの力そのものを恐れていると思った」

「違うと?」

 

 マリスビリーはワスに身体を預けた。

 

「僕が警戒するのは、力じゃないんだ」

「では何を?」

「経験だよ」

「経験?」

「成功体験。認識。知識。前例。一度世界を変えてしまった人間や、それを信じる人間は、二度目には『世界を変える』という選択肢があることを知っている」

「…………」

「一度目には奇跡だったものが、二度目には目指す手段になり、そして三度目には、現実的な選択肢として並ぶ」

 

 マリスビリーはそこで言葉を切った。

 

「これは危険だ」

「貴方も、そう思うのですね。だったら、それこそ殺す理由になりえそうですけど?」

「ならない」

「なぜ?」

「選択肢を知っていることと、それを悪用することは同じではないからだ」

「…………」

「暁美ほむらが世界を改変した。だから彼女は危険人物だ。それは揺るがない。それは事実。しかし同時に」

 

 マリスビリーは穏やかに言った。

 

「その力を持ちながら、何度も同じ人間を救おうと選択した人間でもある」

「…………」

「僕はそれを無視できない」

「一人の少女のために、世界すら変える女ですよ。殺しておいた方がお得なのではなくて?」

「そこまで強く誰かを愛する人間が、その力を何に使うのかは全てが終わるまでわからない。だけど君の予想は、非常に的確だった」

「それはそれは、ありがとうございます」

「その的確さ、その推理の合理性が正しいとは限らない」

「……貴方がそれを言いますか」

「言うさ」

 

 マリスビリーは笑った。

 

「僕は人間を愛している。合理的な人間、非合理的な人間。その灰色の中間で漂う者達。僕はそれを見れば大体わかるけど、それが他の人々ができるとは思っていない」

「…………」

「君は暁美ほむらと鹿目まどか……マルグリットを」

「マルグリート」

「うん、そうだね、間違えてごめんね。マルグリートを『意図して世界改変能力を手に入れた人物』とだけど僕は、『世界改変能力を持ってしまった一人の人間』として見る」

「対して違いはないでしょう?」

「違いは大きい」

 

 マリスビリーは静かに答えた。

 

「前者なら、排除すれば終わる。その在り方がなんであれ自分の性質に染め上げようとするならば、僕の利害と衝突するから肯定することは難しい」

「後者なら?」

「なぜその力を持ったのか。その力で何を望み、何を恐れ、何を守ろうとしているのか。それを知らなければならない。自分の意思に関係なく、持たされた力の責任に対して向き合い終えるまで待つ。それくらいの偽善はさせてもらうさ」

「…………偽善、ね」

「無知で飢えて犯罪をする子供に、我慢して働いて社会に貢献しろ、と言っても無駄だ。できない人にはできない。しかし腹を満たし、教育を施せば共に歩む仲間なるかもしれない。まぁ人類にとって危険だという結論が出たなら」

 

 マリスビリーはそこで初めて、笑みを消した。

 

「その時は僕も、彼女を止めることを選ぶだろう」

「殺す?」

「必要なら。それは『最初から殺すと決めていた』という意味ではない。結果として殺す可能性はあるだけの話だ。平和的に解決するならそれが望ましい」

「怖い人」

「君ほどではないと思うけどね」

「私は妄想を語っているだけですよ」

 

 マリスビリーはコメントを控えた。そして別の話題を出す。

 

「君の『自爆説』については、少し興味がある」

「それはなぜ?」

「希望を抱いた瞬間に絶望の刃が見えなくなると言う表現」

 

 マリスビリーはその言葉を反芻する。

 

「実に好ましい」

「貴方ならどうするのです?」

「簡単だ。希望を抱いた瞬間こそ、一番警戒する。成功を確信したとき、人間は最も視野が狭くなるからね。君の妄想は、なかなか面白かったよ」

「ええ、ええ、そうでしょう。私は最高ですよ」

「自信家だね。いや誇張主義なのかな」

 

 マリスビリーは穏やかに微笑んだ。

 

「君の妄想の中で備えるべきなのは、僕が暁美ほむらを殺すこと、ではないと思うよ」

「それ以上に危険なものが?」

「僕が人間を合理的な部品として扱い始めることだ」

「…………」

「もし僕がそんな存在になったなら時は、僕を消したほうがいい。それはオリジナルのマリスビリー・アニムスフィアの人類愛から外れている」

「…………」

「人を傷つけ、人を助け、人を尊び、人を愛し、だから苦しみを排する。そういう矛盾した性質こそが人類を愛する、ということだ。合理性だけ、あるいは非合理性、目的の達成や破壊。それら一つの側面のみを、極端に出力される状態では人類を愛することは難しいだろうからね。そんな僕は消すべきだ」

「貴方は自死を恐ろしいと思わないのですか?」

「オリジナルは命を消費した。なら僕もその理想に殉じることに迷いはない」

 

 人類を愛している。人間を愛してある。人を愛している。そんな愛している皆から苦しみを取り除きたい。

 

「僕は僕の視点からアプローチしているに過ぎない。結果的にそうなれば、誰がやるかはどうでも良い」

「……………」

「そこにあるだけで感動する。中身や性質を気にするけど、そこにある、それが大切なんだ。僕の生存より、みんなの苦しみが消えるなら、その役目は誰でも良い」

 

 観測者から見えるのは外側だけ。世界の危機を救われれば、それを成し遂げた人物は誰でもいい。それこそマルグリート、鹿目まどか、暁美ほむら、そしてマリスビリー・アニムスフィアでも、誰でもいい。

 無関係な一般市民でも構わない。

 ワスはつぶやく。

 

「個人を大切にする。全体を大切する。重要だから大切な人に任せる。大切な人だからこそ役目を任せる。個人を尊重する」

 

 尊重しているからこそ、同じ人類の一人として犠牲になることも覚悟していると考える。みんな同じ、ではなく、みんな違う上で、必要があればあれば犠牲になる覚悟があると思っている

 

「そうだね、もっと言わせてもらうなら、人間はもっと外側を観測し、分析するようになってほしいね」

「外側……外見ということかしら? 外見だけ見て判断するなんて、それこそ人の価値を軽んじているように見受けられますけど」

「人は外見に現れる。太った人間がカロリー過多であるように

「しかしその方にも理由があるのかもしれない。大きなストレスから逃げるための肥満かもしれない」

「それだ」

 

 マリスビリーは覚えが悪い生徒へ諭すように言った。

 

「その考え方が人を苦しめる。目の前の外側に中身を与えるから、人は苦しむ。肥満は肥満。その現実を受け止めず、自分の都合の良い注釈をするから苦しむことになる」

 

 外側と内側。

 表と裏。

 そこにマリスビリーは美しさを感じない。だってそうだろう? 見れば一目瞭然だ。

 人を騙す人間は人を騙す行動をする。

 人に施す人間は人に施している。

 現実で発生したことに余計な先入観や、推測や予測をする前に、現実で起きたことをちゃんと認識するべきだ。

 取得する情報が間違えているなら、そこから派生していくものは、現実の誤差は大きくなっていく。

 

「知性を落とすとか、賢すぎるから苦しむとかではなく、考える前に現実を受け止め、分析してから、それぞれの価値観や感情に応じて選択すればいい。外側にあるものを観測して、解析すれば、苦しむことは少なくなる」

 

 テストの点数が赤点だった。そっか、自分はあんまり勉強ができないのか。

 『だから』自分は勉強なんてやめてしまおう。どうせできないんだから。

 『だとするなら』なぜそうなったかを分析してみよう。どんな問題が得意で、どんな問題が苦手なんだろう? 勉強するかは置いておいて、自分の今を見つめよう。今の現実と向き合おう。

 

「物事の過程や内面は必要ない。目の前に発生する結論という現実を、そのまま受け止めきれない豊かな感受性と賢さが、人間をここまで苦しめた。僕は人類に『それはそれ』『これはこれ』と切り分けられる人間になってほしい」

 

 賢い人間『だから』素晴らしいのか?

 愚かな人間『だから』必要ないのか?

 美しい人間『だから』求められるのか?

 醜い人間『だから』存在してはいけないのか?

 

 違う、違うんだよ。どちらでも、何であっても、己の信じる選択を選び、進むことが大切なんだ。選んだ自身がその選択を正しくしていくのだから。

 

 無価値な人間が、いたとして。そんな人が誰かに愛されたい。誰かの役に立ちたいと願って、行動するのは尊い行為なんだ。それは善悪なんて評価は不適切で、否定も肯定も必要なく、純粋にそこにあるだけで素晴らしいのだから。

 

 本質なんて言葉は、現実から目を逸らす為の手段だ。無価値は無価値。しかし、それでもと、自分の未来をより良いものへする行動こそ、まさしくすべてを表しているではないか。

 

「……それはあまりにも人類を……愛し過ぎている」

 

 ワスは言った。

 

「悲しい人」

 

 ワスは怪訝そうに、自分の顔を覆う。

 

「誰かの為にひたむきに頑張るという姿勢には共感する部分もありますわね。その恋しているような純粋に人類のために行動できるならば、その人類への愛は疑いはない。出力は変だと感じましたが、まぁそこは私も戒めるべきと感じますし……なぜ? なぜこんな気持ちに……何か大切な。マルグリートから感じたものと同じものを貴方から……あら、お客様?」

 

 ワスは魔力を感知して視線を上げる。

 ワスの視線の先には、赤、青、黄、そして黒の魔法少女がワス達のことを見下ろしていた。そして黒、悪魔ほむらは強い警戒をした様子で、口にした。

 

『私の知らない、魔法少女』

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