マリスビリーと暁美ほむらは宇宙規模の恥知らず 作:あばなたらたやた
戦闘は終了した。
クリプターほむらとワスとの対決は、ワスが満足した事で終了した。周囲の建物や人命は多数失われている気はするが、戦闘を担当した巴マミ以外の魔法少女が頑張ったお陰で人的被害はなかった。
戦場から撤退し、裏路地でクリプターほむらは大きくため息をつく。そんなクリプターほむらの肩に、ボロボロになったマリスビリーが乗っかる。
「はぁ」
「お疲れ、クリプター」
「ええ。貴方ボロボロね。どうしてそんなことになっているのかしら?」
「ワスに手荒く扱われてしまった。彼女を怒らせてしまったかな。予備とかないから普通に困っているんだ」
「未来の技術でなんとかならないのかしら?」
「もちろん自動修復機能はある。しかしこのレベルの損壊を直すには時間が必要だ。機能に問題はないけど、今は問題がないからと言って問題が起こらないとは限らない」
「まずは体を直しなさい。それが最優先よ。アレの相手は私がするわ」
視線の先には、悪魔がいた。
黒い翼にドレス。臨戦態勢の悪魔になった暁美ほむらは存在していた。
「貴方達は、一体何者なの? いきなり出てきて、いきなり戦い始めて、意味がわからないわ。何が目的なの? 答えなさい」
「私は、暁美ほむらよ。今より少し先の未来からタイムトラベルしてきた存在。悪魔の力も、魔女の力も、魔法少女の力も、全て使える」
顔を覆っていた黒いベールを外して、その顔を見せる。そこには『暁美ほむら』の顔があった。
瓜二つどころではない。そのものだ。
「…………そう」
「驚かないのね」
「いいえ。驚いているわ」
悪魔ほむらは、目の前の女を改めて見る。
顔立ちに声。仕草。魔力の質。そして何より理屈では説明できないシンパシー。
「貴方は、私なのね。なら聞かせなさい。貴方の目的は何? 私は未来で何を失ったの?」
「…………」
「私がそこまで変わるには、何が必要だった?」
「目的は鹿目まどかの人格と記録を手に入れること。それに私は変わったわけでも、失ったわけでもないわ」
「?」
「貴方が今ここで選んでいるものを、私は最後まで選び続けた。ただ、その結果として……私は貴方とは違う場所に立っている」
悪魔ほむらは、複雑な感情になった。確定的ではないが、目の手の存在は未来の自分。その出現は、同時に自分が未来で敗北している、という事実と繋がってしまう。
タイムトラベルという過去へ戻る行為をしてる時点で、何かに敗北し、あるいは失い、やり直すことが前提にあるからだ。そして、最も気になるものが一つ。
「……まどかは?」
「存在しているわ」
「そう」
その返答だけで、わずかに肩の力が抜ける。
「私は守れたのね」
「……貴方の望んだ形ではないけれど」
悪魔ほむらの目が細くなる。
「……どういう意味?」
「まどかは私が与えた世界をただ受け入れたわけではない。彼女は円環の理に回収されてしまった。切り離した人格と記録は統合され、円環の理は完全な形で再稼働してしまった」
「…………」
「私はあまりにも無力だった」
ここで初めて、悪魔ほむらは未来の自分を見る目を変えた。敵を見る目ではない。自分自身を重ねる。
「貴方は……何をしに来たの」
「確認と、そしてお願いをしにきたの。私が、まだ貴方だった頃に信じていたものが本当に、私のものだったのかを」
悪魔ほむらは黙る。
「貴方が悪かったとは思わない。貴方は、まどかを愛していた。私も、愛していた。ただ愛しているからこそ、私は最後に彼女へ返す選択肢を選ぶつもりよ」
「……何を?」
「彼女自身の人生を」
この瞬間、悪魔ほむらにとって、クリプターほむらという存在は、もはや単なるあり得たかもしれない未来の自分などではなかった。
それは、自分自身がこれから一歩を踏み出し、辿ることになるかもしれない現実の道筋、残酷なまでに地続きの可能性へと姿を変えたのだ。
絶望も、執着も、すべてを背負って泥を啜り続けるその姿を凝視しながら、悪魔ほむらは静かに、けれど逃れようのない重みを込めて紡ぎ出す。
「……貴方を認めるつもりはないわ。けれど、もし本当に貴方が『未来の私』であるならば、それを否定することもできない」
クリプターほむらの唇が、ほんの少しだけ自虐めいた笑みを刻む。それを見つめ返しながら、悪魔ほむらは静かに、祈るような問いを投げかけた。
「貴方は、後悔をしている? 私を愚かだと言うつもり?」
刹那の沈黙の後、答えは淀みなく返される。
「いいえ。少なくとも私がまどかを愛したことだけは、一度だって後悔していないわ」
「……っ!」
悪魔ほむらは胸元に手を当て、微かに震える指先を必死に抑え込んだ。未来の自分は、「お前は間違っている」と突き放しはしなかった。
それどころか、お前の愛は本物だったのだと受け止め、だからこそ私はその愛の果てを、己の意志で選び取ったのだと肯定してみせたのだ。
クリプターほむらは、倒すべき敵などではない。悪魔ほむら自身が愛のために抗い、選択し続けた果てに辿り着く、もう一つの、揺るぎない答え。
全てを悟った視線を受け止めながら、クリプターほむらは穏やかに問いかける。
「貴方は、本当に鹿目まどかを守りたいと思っている?」
「当然よ」
即答だった。
迷いすらない。
「私は、そのためにここまで来た。彼女が苦しまなくていい世界を作る。彼女が自分を犠牲にしなくていいようにする。彼女の代わりに、私がすべてを背負う……それが私の望みよ」
クリプターほむらはそっと目を伏せ、胸の奥を抉られるような、苦しげな笑みを浮かべた。
そこにあったのは、過去の自分に対する愛おしさと、あまりにも残酷な愛の重みを惜しむような、慈しむような感情。
だが、自分に向けられたその温かな眼差しを前にして、悪魔ほむらは酷く不愉快そうに眉を顰めた。
「……何?」
「私だってそうだったわ。『鹿目まどかを守れる自分になりたい』……それが、私のすべての始まりだった。『まどかを救いたい』でもない。『まどかを幸せにしたい』だけでもない」
クリプターほむらは、かつての己の原罪を噛み締めるように、自分自身へ言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「私はただ、まどかを守れる『強い自分』になりたかったのよ」
悪魔ほむらは何も言い返せず、ただ静寂の中で沈黙した。
「だから、あなたの答えを私が否定することなんてできない。あなたは本当の意味で、まどかを守りたいと願い続けている……今も、昔も。だって私自身がそうだったのだから」
クリプターほむらの静謐な声が、凍てついた空間に小さく波紋を広げる。その瞳には、鏡に映る自分を愛おしむような、それでいてあまりにも残酷な運命を悼むような、どこか途方もない深みが宿っていた。
悪魔ほむらはその眼差しから逃れるように視線を鋭く研ぎ澄まし、胸中の焔を吐き捨てるように言葉を重ねた。
「その通りよ。まどかが自分を犠牲にする必要があるというのなら、私がその身代わりになる。世界を的に回し、あらゆる罪を背負う必要があるなら、私がこの手で全てを背負う……ただ、彼女との約束を果たすためだけに」
己を悪魔と称してまで手に入れた理の破綻。まどかを天から引きずり下ろし、この世界に繋ぎ止めた絶対的なエゴ。
それこそが自分の存在理由であり、絶対に譲れない誓いなのだと、悪魔ほむらは己の魂をぶつけるように叫ぶ。だが、帰ってきたのは非難でも否定でもなかった。
「……そうね。それこそが、私の在り方だったわ」
クリプターほむらはそっと目を閉じ、噛み締めるように頷いた。
肯定する。何度拒絶されようと、何度睨みつけられようと、何度でも。なぜなら、いま眼前で執着の炎を燃やしている狂気すらも、かつて自分が確かに踏み越えてきた、愛ゆえの足跡そのものだったのだから。
「あなたは、本当に優しいわ」
「……皮肉のつもり?」
「違うわ。心から、本当にそう思っているの」
だからこそ苦しい。
クリプターほむらは、静かに悪魔ほむらを見つめ返した。その瞳に宿っていたのは、激しい怒りでも、己の選択を誇る傲慢さでもない。
己と同じ狂気と優しさを抱え込み、世界を敵に回してまでただ一人の少女を愛し続ける「私」に対する、切ないほどの深い悲しみだけだった。
「貴方は、まどかを守るためなら自分が悪魔になることすら厭わなかった。世界に憎まれたとしても」
「当然よ。まどかのためなら構わない」
「まどかに嫌われても?」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、悪魔ほむらの表情が止まる。
「それでも、だとしても、だからこそ、私はこれでいい」
クリプターほむらは目を閉じる。
「そう……貴方が傷つけば、まどかは悲しむ」
「それでも彼女が傷つくよりはいい」
「貴方が罪を背負えば、まどかは自分を責めるかもしれない。まどかは『私のために、親友ここまで堕ちた』と思うかもしれない。それでもいいのかしら?」
「唯に及ばず、彼女が生きていられるなら」
まどかが生きているなら、それでいい。
私がどうなってもいい。まどかに嫌われたって、構わない。世界中のあらゆる罪を、私ひとりが背負えばいい。
何度も。何度も、何度も、壊れそうな心にそう言い聞かせて、この暗闇を走り続けてきた。けれど。胸の奥を激しく掻き乱すこの痛みの正体を、『ほむら』は誰よりも知っている。
どれだけ冷酷な悪魔を気取ろうと、どれだけ理を捻じ曲げて世界を塗り替えようと、その根底にあるのはただ一つ。
あまりにも不器用で、あまりにも切実な、ただの少女の願いだった。
まどかに笑っていてほしい。
まどかに生きていてほしい。
ただそれだけのために、己の魂を磨り潰し、絶望を飲み込み、孤独の中で血を吐くような選択を重ねてきたのだ。だからこそ、自らの傷口を覆い隠すように、悪魔ほむらは再び深く、深く胸の奥へとその想いを繋ぎ止めようとしていた。
「それの何が悪いの?」
クリプターほむらは答えない。しばらくして、静かに口を開く。
「貴方はずっと、自分を犠牲にすることで、まどかを守れると思っているようだけど、まどかが本当に望んでいることを、聞いた?」
「…………」
「私がどうなってもいいと、まどかが言った?」
「……」
「自分の為に暁美ほむらが苦しんでも構わないと?」
「…………」
「暁美ほむらが私のために罪を背負うなら、それでいい、と?」
「………だったら教えなさい、この絶望の因果を断ち切る方法を」
クリプターほむらは、胸を締め付けられるような切なさを孕んで、苦しそうに微笑んだ。
悪魔ほむらは拒絶と執着の混ざり合った、鋭く強い瞳で彼女を強く睨みつける。だが、その凍てつくような視線を正面から真正面で受け止め、クリプターほむらは逃れようのない真実を語りかけた。
「『私』なら、もう嫌というほど知っているでしょう? まどかは、本当に優しい子。誰かが自分のために犠牲になることなんて、何よりも嫌っているということを」
自分だけが理不尽な苦しみを抱え込むことを、決して許さない子。誰か一人だけが傷つき、その犠牲の上に残された者たちが嘘の幸福を享受するような世界を、あの子は決して望みはしない。
どれだけ世界を塗り替えようと、どれだけ悪魔の悪名を被ろうと、その根底にある「鹿目まどか」という少女の本質だけは、決して偽ることができないのだと突きつけるように。
「……全部、知っているでしょう? なのに、どうして貴方は自分だけは、その例外になれると思ったの?」
「…………」
「貴方が傷ついたら、まどかは悲しむわ」
「私が、やらなければならないからよ。私しかできない」
「そうね、それが私たちの始まりだった」
悪魔ほむらは答えない。
『まどかを守る自分になりたい』。
それがいつの間にか。まどかを守れるのは私だけ』になって。そして最後には、まどかのためなら、私が何をしてもいい』になった。
「あなたがまどかを守りたいという気持ちは、本物よ。私には、それを疑うことなんてできない。だってそれは、かつての、そして今も私の中に眠る、一番大切な気持ちそのものだったのだから」
クリプターほむらはほんの少しだけ、苦しそうに、けれど愛おしむように笑った。
その微笑みには、己の過去を愛おしむ温もりと、同じ破滅へと向かう「私」の未来を憐れむ切なさが、残酷なほど深く混ざり合っていた。
「だからこそ私は、改めて貴方に聞きたい。鹿目まどかを守るために、自分自身を傷つけて、それを、まどかが本当に望むと思う?」
マリスビリーと一緒にいるほむらの呼称について
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クリプターほむら
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クリプター(のみ)