聖女様の『悪魔の経典 』~元おっさんが遺したクソ料理撲滅レシピ、数百年後に大バズりする~ 作:宙うし
華龍帝国のさらに南東に位置する、越龍国の山岳地帯。俺たち一行は、封印異常の調査依頼を受け、深山幽谷にあるタムトン村へと足を踏み入れていた。
だが、村の惨状を目にした瞬間、表向きの「聖女スマイル」を浮かべる余裕すら消え失せた。
数か月も続いているという蝗害と不作。畑の作物は無残に食い荒らされ、家畜は骨と皮だけになり、村全体がどんよりと沈み込んでいる。
なによりキツかったのは、子どもたちだ。どの子も肋骨が浮き出るほど痩せ細り、虚ろな目をしている。
「…………」
ひとりの小さな男の子が、俺の荷物から覗いていた携行食の干し肉を、ただじっと見つめていた。声に出してねだる気力すらないのだろう。
(……腹、減ってんのか)
俺は無言で膝をつき、自分の予備の食料をすべて取り出すと、子どもたちの小さな手に握らせた。
(クソが……こんな小さなガキどもを苦しめるとは! 何の仕業かしらねえが許せねえ!!)
*
村長の話によれば、異変は山奥にある古い封印が弱まり始めてから起きたらしい。俺とアルベルト、レヴィの三人は、すぐさま山の祠へと向かった。
祠の周囲だけが不自然に枯れ果て、そこかしこに巨大なバッタや毒々しい害虫がうじゃうじゃと蠢いている。それらを適当に蹴散らしながら奥へ進むと、最奥に古い石板が祀られていた。
石板には、長い年月を経て風化した古い封印術式が刻まれていた。
だが、その一部には新しい刻み跡が走っている。どう見ても、最近になって何者かが封印に手を加えた跡だ。
俺やアルベルトには、その新しく刻まれた文字までは読めないのだが――
「あー、『魔王軍七大侯が一柱、飢餓侯、ここに顕現す』って書いてありますねぇ♡」
レヴィが何気ない口調で、スラスラと読み上げた。
「「…………」」
しーんと静まり返る洞窟内。
アルベルトがゆっくりと振り返り、真顔で尋ねた。
「……レヴィ殿。なぜ、上位魔族しか用いない古代暗黒語が読めるのです?」
「え? あ、えっとぉ〜♡」
わかりやすく目を泳がせ、人差し指を頬に当ててたどたどしく答えるレヴィ。
「ほ、ほらぁ、聖教の予備校で『ちょっと役立つ古代語講座』みたいなの流行ってたじゃないですかぁ? いつやるか? 今でしょ! みたいな! あれですよぉ〜♡」
(おいおいおい、なんや予備校って!? 聖進ハイスクールか!?)
「なるほど……! さすがは我が聖教、民への教育機関まで行き届いているとは恐れ入りました! 聖女様の御威光は素晴らしいですね!」
(おいィィィィ、アルベルト!! せっかく『レヴィ、お前なんでそんなもん読めるねん』って正体バレイベントが一歩進んだのに、聖教予備校とかいう今生えてきた設定ひとつで全部なかったことにすんな!! 赤龍のときから何回このイベント潰す気だよ!! ……まあ、本当にこのクズ聖女見習いに大層な正体(笑)があるんなら、だけどな)
俺は思わずこめかみを押さえたが、すぐに思考を切り替えた。
(……いや、レヴィの正体なんざ今はどうでもいい。問題は、誰がこんな真似をしたかだ。どう考えても、意図的に封印をぶっ壊そうとしてるじゃねえか――)
俺が眉をひそめた、その時だった!
ドズンッ……!!
後から刻み込まれていた術式が怪しい光を放ち、石板が内側から弾け飛んだ。
禍々しい紫色の瘴気とともに、巨大な虫の羽を生やした醜悪な魔族が現れる!
『フハハハハ! ついに時が満ちた! 解呪の術式により長き封印は破られたぞ! 飢えろ! 嘆け! 母が子に食わせる一粒の米すら奪い合う、その絶望こそ我が糧よ!』
朗々と響き渡る悪徳の宣言。
その瞬間、脳裏に、村で干し肉を握りしめていた子どもたちの顔がフラッシュバックした。
『さあ、我こそは魔王軍七大侯が一柱、飢餓侯リモ――』
「……久しぶりに」
俺は静かに歩み出た。
大気が激しく振動し、背後に三重の超巨大立体魔法陣が展開する。
その中心から解き放たれるのは、白銀の眩光で洞窟全体を塗りつぶす、圧倒的密度の神聖光!
「キレちまいましたわ」
神聖力奥義――『極光十文字・神聖断罪陣』。
「ぬ――」
ズドッッッッッコン!!!!
2秒。
『飢餓侯リモなんとか』は、叫び声すら残さず分子レベルで蒸発した。
「は、速い……! 聖女様の神力、以前よりさらに増している……!?」
「あーあ、可哀想にぃ♡ まだ名前言い終わってませんでしたよぉ♡」
だが、俺の怒りはまだ収まらない。
俺は杖を天地にかざし、極限まで練り上げた神聖力を、荒れ果てた山肌全体へと伝播させた。
広域環境再構築術式――『聖天招来・創世福音光領域』!!
ドゴォォォォォン……!!
天を突き破る巨大な光の柱が山全体を包み込む。
会敵からトータルわずか4秒。空を黒く覆っていた億単位の蝗の群れが光の粒子となって消滅し、枯れ果てていた大地に怒涛の勢いで青々とした緑が蘇っていく!
(……うおっ、自分で放っておいてなんだけど、
*
村へ戻ると、蘇った畑を見た村人たちが大歓喜の渦に包まれていた。
「おおっ、聖女様! 勇者様! 本当に……本当にありがとうございます!」
村長が涙を浮かべながら駆け寄ってくる。
「大したものは残っておりませんが、せめてものお礼に宴を開かせてください! 村に残った水牛を一頭潰して、我らが誇る一番の滋養料理を振る舞わせていただきます!」
「ごちそう!?」
真っ先に反応したのは子どもたちだ。
「やったあ! 『ナムピア』だ!」
さっきまで死にかけていた子どもたちが、嘘みたいに元気を取り戻して集まってくる。干し肉を渡した男の子も満面の笑みだ。
「聖女様も食べよう! すごく元気が出るんだよ!」
「ふふ、そうですね。たくさん食べましょう」
俺は心から笑ってその頭を撫でた。
(よかった……今度こそ腹いっぱい食えよ)
そうして俺たちは、嬉しそうにはしゃぐ子どもたちに引っ張られるように、宴の準備が進む広場へと向かった。
広場では貴重な水牛がすでに解体され、大鍋では肉や血、内臓などが骨から取った濃いスープとともにグツグツと煮込まれていた。
そこまではいい。もはやこの程度で驚くような俺ではない。
問題は、その横だ。
村の男が水牛の小腸を切り開くと――
ドロォッ……。
中から、消化途中の草が混じった緑褐色の液体が流れ落ちる。
「「「…………」」」
俺たち三人の目の前で、その液体は一滴残らず大鍋へ投入された。
(…………待て。今、どこから何を入れた??)
鍋のスープはみるみる濁った濃褐色に変色し、重たい湯気とともに強烈な異臭が立ち上る。
「村長さん……今の緑色のものは?」
「水牛の腸から採れる、消化途中の草と消化液。これが料理の命ともいえる『ピア』でございます! そして、このピアを内臓のスープに加えて煮込んだものが、我ら山の民に代々伝わる滋養料理『ナムピア』なのです!」
「これ、すっごく苦いんだよ!」
「安心して聖女様! お尻から出てないからウンコじゃないよ!」
「そうだよ! お腹の中だからセーフだよ!」
(何がセーフなんだよォォォォォ!!! 『ウンコ未満鍋』じゃねえかァァァァ!!!!)
「せ、聖女様……」
あらゆるゲテモノ料理を「滋味深い」の一言で処理してきたアルベルトが、珍しく青ざめていた。
「これは……本当に食べて大丈夫なものなのでしょうか……?」
(なっ! 我らが人間処理場が止まったァァァァァァァァァ!!)
「そうですよぉ〜♡ 村の皆さんはお腹がすいているのですから、私たちは遠慮させていただきませんかぁ〜♡」
後ずさりする二人。
だが、子どもたちは目を輝かせて鍋を待っている。貴重な水牛を潰してくれた村人の真心を、無下にはできない。あんな有様を見せつけられては、さすがに腹黒い計算も、信仰力稼ぎの打算も今日だけは湧かない。
前回のゲロ汁を食い破った今の俺なら、ウンコ未満鍋でもいけるだろう。
覚悟を決める。
(だが……俺一人で食う気はねえええ!!)
俺は二人を鋭い眼光で睨みつけ、ピシャリと言い放った。
「アルベルトさん。レヴィ。村の方々が、なけなしの命を分けてくださっているのです。それを『見た目が怪しいから』と辞退するのが、光の使徒のすることですか? 感謝を込めて、残さず食べましょう!!」
「っ……!!」
アルベルトの目から大粒の涙が溢れ出た。
「セシリア様……! 私はなんと浅はかだったのでしょう……! 己の好みを気にするなど、勇者として恥ずべきことでした! いただきます!!」
アルベルトは感動の涙とともにナムピアをガブガブと口に運んだ。
「う、うまい……! 大地の命の味がしますっ!!」
(よしよしよしよし!! フル再起動したァァァ!! さすがバカ勇者!! チョロいぜ!!)
そして俺も覚悟を決めて口に運ぶ。
――強烈な苦味と異臭、そして『腸の中身』という情報が脳を直撃するが、意地で耐える!
「聖女様、おいしい?」
「……ええ。とても、目が覚めるお味ですわ」
ふと隣を見ると、レヴィがスープを飲むフリをしながら、隠し持った手ぬぐいに器用に中身を受けていた。
(伊賀の忍びかコイツ!!!!!!)
俺は神聖な笑顔を張り付けたまま、レヴィの手ぬぐいをひったくってやったのだった。
――数百年後。
【聖教本部・公式】
本日、聖教中央大書庫に保管されている『悪魔の経典』より、第十一篇「ナムピア」を一般公開いたしました。
光の聖女セシリアが越龍国・タムトン村の封印異常を調査した際に記したものとされています。
『悪魔の経典』
第十一篇 ナムピア
【材料】
水牛の肉・ホルモン(心臓、肝臓、肺、胃、腸など):たっぷり
ピア(水牛の腸内の未消化草と消化液):適量
唐辛子・マークケン・香草など:適量
【作り方】
1 命に感謝する
どのような食べものにも感謝の気持ちを忘れないこと。
2 内臓と骨を煮込む
水牛の内臓と骨を鍋へぶち込み、じっくり煮込んでスープを取る。
3 ピアを入れる
水牛の腸を切り開き、中にある消化途中の草と消化液――『ピア』を取り出して鍋へ加える。
4 煮込んで完成
唐辛子、マークケン、香草などを加え、しっかり火を通す。
【戒め】
どれほど怪しい料理に見えようと、それは彼らにとって最高の『生命の糧』である。感謝して完食せよ。なお、「まだ尻の穴から出ていないからウンコではない」という現地児童の主張については、理屈としては正しい。納得できるかどうかは別問題である。
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@一般信徒
ええ!? どうしたん聖女様!? いつもみたいな(絶望ゾーン)とかの暴言がないんだけど!?
@一般通過信徒
光の聖女様が光堕ち(?)してるwwwwww
@聖女様ガチ勢
おい見たかアンチども!! これが俺たちの光の大聖女セシリア様だ!! ひれ伏せ!!
@一般通過信徒
ガチ勢がここぞとばかりにイキリ散らかしてて草www
@一般信徒
でも悪口こそないけど、結局『悪魔の経典』には載せてるんだよなwww
@一般通過信徒
だってこれウンコ鍋じゃん。擁護不能だろ。
@料理好き
正確には小腸と大腸の境目あたりから採るんだぞ
@越龍民
ウンコじゃねえって!! ピアだよ!! 尻の穴から出てないんだからウンコじゃありません!!
@一般通過信徒
「尻から出てないからセーフ」、今世紀もっとも信用できないセーフ判定。
@グルメレビュー転載bot
「一口目は、とにかく苦い。内臓とピアの独特な匂いにマークケンの刺激まで重なって、正直『無理だ』と思いました。ところが喉を通ると、脂の甘みと濃い旨味が残る。二口目も苦い。三口目も苦い。でも気づいたら四口目を食べていた。悔しい」★2.0
@グルメレビュー転載bot
「味だけなら意外と悪くないです。苦味の強い濃厚なモツ煮で、後味には甘みと香辛料の香りも残ります」★1.0
@一般通過信徒
味ほめてんのに★1で草wwwwww
@グルメレビュー転載bot
「現地の方には申し訳ないですが、完食できませんでした。苦味、内臓のクセ、香草、そして何よりずっと牧場にいるみたいな匂いがします。半分以上残しました」★1.0
@一般信徒
「牧場の匂い」←いっつもしてんなこの匂いwwwwww
@歴史専攻
ちなみに今回の経典に記されたタムトン村の事件、『越龍国封印異常調査録』にも記録が残ってる。封印されていたのは、魔王軍七大侯が一柱『飢餓侯リモス』。古い魔族史料でも、蝗害と飢饉を引き起こす相当な上位魔族として名前が残ってる。
@一般信徒
そんな大物だったの!?
@レヴィ研究会
だった模様。レヴィ伝には、「飢餓侯リモス、聖女と交戦。瞬きする間に消滅。その刹那の後、蝗害は消え、枯れ果てた大地は一斉に緑を取り戻した」と記されてる。
@一般通過信徒
大物の説明した直後に「数秒で消滅」すんのやめろwwwwww
@勇者研究会
勇者アルベルト『東方遠征記』にも同日の記録あり。「聖女様の御光が山野を覆うや、蝗の群れは跡形もなく消え、枯死していた草木は一斉に芽吹いた。飢餓侯なる魔族を討たれてより、わずかな間の出来事であった」
@歴史専攻
レヴィ側とアルベルト側で記録がほぼ一致してるんだよな……。つまり大魔族瞬殺→蝗害消滅→土地再生を一瞬でやったの、後世の盛った聖女伝説じゃなくて普通に事実っぽい。
@一般信徒
改めて見ると半端ねえ記録残ってんな……。
@聖女様ガチ勢
うおおおおお!! 見たか!! これが我らが光の大聖女セシリア様だ!! 最強!! 最強!!
@一般通過信徒
さっきまで慈愛でイキってたのに今度は戦闘力でイキり始めて草。
@再現料理部二号
つくレポです! 今回は直接牧場を訪れ、本場の製法に近づけるため小腸と大腸の境目からピアを採取しました! 作業開始から約三十秒後、部長がまた倒れました!!
@一般通過信徒
前回から何ひとつ進歩してねえなコイツらwww
@旅動画勢
【リベンジ】前回『牛瘪火鍋』から逃げた俺、今度こそ聖女様が食べた『ナムピア』を完食します!!→小腸を切り開いたところで吐きましたorz #聖女巡礼 #ナムピア #二連敗
@一般信徒
前回より撤退地点早くなってんじゃねえかwwwwww
@一般通過信徒
まだ料理完成すらしていないの草。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
まさかの二話連続で「牛の腹の中を食う」天丼になってしまいましたw
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