聖女様の『悪魔の経典 』~元おっさんが遺したクソ料理撲滅レシピ、数百年後に大バズりする~ 作:宙うし
タムトン村を出て以来、俺の身体には深刻な異変が起きていた。子どもたちを救い、飢餓侯を瞬殺し、最後にはあの「ウンコ未満鍋」まで完食したことで、村人たちからの信仰パワーが限界突破したのだ。
――パチッ、バチバチバチッ!!
「セ、セシリア様……! お身体から凄まじい神聖力が噴き出しておりますが……!?」
「あのぉ、聖女様ぁ♡ 少し光るのを控えていただけませんかぁ? 目がチカチカするんですけどぉ♡」
アルベルトとレヴィが若干、怯えている。
当然だ。今の俺は、金髪碧眼の可憐な少女の姿をしたまま、頭髪が逆立ちそうな勢いで黄金色のオーラを全開で噴き上げ続けているのだ。
(くそッ!! 草クソ鍋を食ったせいでスーパー野菜人みたいになっちまったじゃねぇかァァァ!!)
だが俺は動揺を隠し、精一杯の聖女スマイルを浮かべた。背後で黄金の稲妻がバチバチ鳴っているが、気にしたら負けだ。
「ふふ。皆様の温かい祈りが、私の力となっているのでしょう。さあ、次の封印へ向かいましょう」
「「は、はいっ!!」」
(……俺、どんどん人間やめてんだけど大丈夫かな)
*
越龍国の次に向かったのは、南洋王国スマラントの交易都市タンジュラ。
街へ到着するやいなや、青い顔をした市長と漁師たちが駆け寄ってきた。
「聖女様! どうか我らの海をお救いください! 近ごろ沖合に恐ろしい海の魔物が現れ、漁船を襲うのです! おそらく、海底の封印に異変が起きたのでしょう。あの神殿は百年前の大地震で岬ごと沈みましたが、これまでは何事もなかったのです。それが突然……」
(海底だとッ!? 水中ダンジョンとか嫌いだわぁ。息継ぎ制限つきのクソステージで、特殊アイテムとか持ってねえと一瞬で溺死するやつだろ!?)
海を見れば黒い瘴気が沖合まで漂っており、住民たちはみな悲嘆に暮れている。
ここはプロ聖女として、何とかしてやらねばなるまい。
俺は居住まいを正し、慈愛に満ちた完璧な聖女スマイルを皆に向けた。
「ご安心ください。海底深くといえど、神の祈りが届かぬ場所はありません。ここからでも、私がどうにかしてみせましょう」
(まあ、遠隔でちょちょいと修復術を飛ばして、今日のところは様子見するか)
俺はそんな軽い気持ちで優雅に杖を構え、海底に沈んだ魔王の封印に向け神聖力を送り込んだ――その瞬間だった。
(……は? まっ、待て、なんだこれ……!?)
体内に充満していた過剰すぎる信仰パワーが、俺の意思を無視して暴走を始めたのだ。
抑えきれない神聖力が雪だるま式に膨れ上がり、杖の先から血管がブチ切れそうなほどの超絶エネルギーが溢れ出す。
(やべっ……出力の加減が利かねぇ!! これ暴発するぞォォォ!?)
ズッッッドォォォォォォン!!!!
海が割れた。
文字どおり、真っ二つに。
水平線まで続く巨大な水の壁が左右にそそり立ち、その中央には剥き出しになった海底が一本道のように続いている。
(はァァァァ!? なんで修復術で海が割れてんだよォォォ!!)
俺が冷や汗をダラダラ流しながら杖を下ろした、その瞬間。
ドッッッゴォォォォォォン!!!!
沖合の海底で、暴走した神聖力が炸裂した。
古代神殿も、封印の石碑も、その周囲に群がっていた海魔も、すべてまとめて光の奔流に呑み込まれ――跡形もなく消えた。
……シーン。
海底には、岩盤がガラス状に溶けた巨大な穴だけが残っている。
事態が飲み込めず呆然とする住民たちだったが、割れていた海がごう音とともに元通りに塞がると、黒い瘴気も完全に消え失せていることに気がついた。
「おおおおお……!!」
「海そのものを退け、邪悪の根源を一撃で浄化なされた……! なんという奇蹟……!」
アルベルトも震える拳を握りしめる。
「さすがセシリア様! 封印を修復するのではなく、災厄そのものを消し去るとは……!」
周囲の人間が感涙にむせぶ中、レヴィだけがスルスルと俺の隣に歩み寄り、誰にも聞こえない声音でねっとりと耳打ちしてきた。
「お疲れ様です、聖女様ぁ♡ 遠隔修復するつもりが、加減を誤って封印ごと全部吹き飛ばしちゃいましたねぇ♡ まあ、今回は
冷や汗を滝のように流す俺に、レヴィは得体の知れない笑みを向けたまま、何食わぬ顔で元の位置へと戻っていくのだった。
*
宴の始まりを告げる陽気な音楽が鳴り響き、住民たちの歓声と拍手が広場を満たした。
料理人たちが立派な銀の蓋を被せた土鍋をうやうやしく運んでくる。
「さあ、聖女様! 感謝のしるしに、我がタンジュラが誇る最高の伝統料理を、ぜひお召し上がりください!」
市長の合図で料理長が一礼し、銀の蓋を持ち上げた。
むわぁぁぁっ!!
(くっさァァァ! なんだこの臭い!? 生ゴミ捨て場で古びたチーズに強烈な酸味をぶち込んで南国の炎天下に放置したみたいな臭いがするぞ!!)
黄色い煮汁には、ヒゲ面の魚のぶつ切りが沈んでおり、ふと目が合ってしまう。
(こっち見んな!!)
「こちらは当国自慢の『グライ・テンポヤック』! 熟したドリアンを塩で数日間発酵させ、脂の乗ったナマズの仲間、パティンと煮込んだ至高の一品でございます!」
(ドリアンを発酵!? あの臭さがカンストしてる果物をさらに発酵させるって、どこを目指してんだよ!!)
料理が取り分けられると、住民たちはさっそく右手の指で魚の身をほぐし、白飯と一緒に頬張り始めた。
(ううむ、しかも手で食う文化かぁ……!! この強烈な臭いのする魚を素手で!?)
隣では、レヴィが魚の身をつまみ、恐る恐る口へ運んでいた。
「…………ッ!?」
噛んだ途端、レヴィの笑顔が引きつった。必死に飲み込むと、何事もなかったように俺の耳元へそっと顔を寄せる。
「聖女様ぁ♡ 先ほどの『奇蹟』について余計な誤解が生じないよう、市長さんたちには私の方でうまく説明しておきますねぇ♡ ですから、私の分もお願いしますぅ♡」
そう囁くと、自分の皿を俺の前へ滑らせてきた。
(このクズ……!! 俺の弱みにつけ込んで、また押しつけやがった!!)
だが、海底の封印を誤爆で消し飛ばした件をバラされては困る。
俺は覚悟を決め、住民たちに倣って右手で魚の身をほぐし、白飯とともに口へ運んだ。
――噛んだ瞬間。
(ぶっっっっ!! すっっっっぱァァァ!!)
味覚のテロリズムが脳髄を直撃した。
強烈な酸味に唐辛子の辛味、さらに発酵ドリアンのねっとりした甘味が押し寄せる。そこへ川魚の脂と、湿った土のような泥臭さまで鼻へ抜けてきた。
酸っぱさと甘さと辛さと腐敗臭と泥臭さが、全部いっぺんに殴りかかってきて、死の味がする。
なんとか飲み込もうにも、濃厚な後味が舌にまとわりついて離れない。俺は必死に白飯をかき込み、どうにか喉へ流し込んだ。
(白飯……!! 白飯だけがこの世の救いだ……!!)
隣ではアルベルトが、右手で魚をほぐしながら感動に打ち震えていた。
「実に滋味深い……! 酸味と辛味のなかに果実の芳醇なコクがあり、パティンの脂がそれを包み込んでいる! それに、こうして指先で魚をほぐし、ご飯と合わせていただくのも楽しいですな!」
(出たよ!! 何でも食う男の『滋味深い』!! お前、この状況を満喫しすぎだろ!!)
「いかがですかな、聖女様!」
市長の期待に満ちた眼差しを受け、俺は痙攣する頬を神域の顔筋コントロールで必死に押さえ込んだ。
「ええ……、味覚の……すべてに訴えかけてくるお味ですね」
「おおおっ! さすがは聖女様!!」
住民たちから歓声が上がり、黄金のオーラが再び燃え上がった。
――バチバチバチッ!!
(もう信仰パワーはいいっての!! それより、この南国トロピカル腐敗鍋を美味くする力をくれぇぇ!!)
そして、その夜。
宿へ戻り、何度も手を洗った俺は、ふと自分の指先を嗅いだ。
「…………」
(くっっっさァァァァ!! まだ匂い取れてねえのかよ!!)
――数百年後。
【聖教本部・公式】
本日、聖教中央大書庫に保管されている『悪魔の経典』より、第十二篇「グライ・テンポヤック」を一般公開いたしました。
光の聖女セシリアが南洋王国スマラントの交易都市・タンジュラの海底封印を浄化した際に記したものとされています。
『悪魔の経典』
第十二篇 グライ・テンポヤック
【材料】
ドリアンの果肉:たっぷり(なんで発酵させた)
塩:適量
パティン:一尾
ライム、小麦粉:少量
唐辛子、ウコン、レモングラス、ショウガ:大量(総出で臭いをごまかそうとする哀れな精鋭たち)
【作り方】
1 ドリアンを発酵させる(絶望ゾーン)
熟した果肉に塩を混ぜ、壺で数日間発酵させテンポヤックを作る。ふたを開けた瞬間、寝起きの口臭と生ゴミのコンボが炸裂して殺意が芽生えるぞ。
2 川魚を用意する
パティンをぶつ切りにして、小麦粉をかけヌメリを洗い流す。さらにライム果汁で臭みを洗い流す。魚の生臭さは料理全体を台無しにする。とにかく良質なやつを用意しろ。
3 煮込む
香辛料、発酵ドリアン、川魚をまとめて煮込め。強くかき混ぜると、魚が崩れるから注意しろ。
4 完成
白飯と一緒に食え。白飯だけがこの世の救いであり、唯一の正義だ。
【戒め】
酸味、辛味、甘味、魚の脂が鍋の中で壮絶にスクラムを組む煮込み料理だ。食い物を発酵させたいという欲求は認めてやる。だが、元から腐っているような臭いの果物を、なぜさらに腐らせようとするのか。少しは加減しろ。料理の臭いも、神聖力も、何事も限界を超えればろくなことにならない。大いなる力には大いなる責任が伴うのだ。
♡184.6万 ↻92.3万 返信108.7万
@聖女様ガチ勢
第十二篇キターーー!! って、今度は発酵ドリアン!? 聖女様、またとんでもないもの食わされてるwww
@南洋民
おい待て!! グライ・テンポヤックはうちの伝統料理だぞ!! 発酵ドリアンの酸味とパティンの脂が最高に合うんだよ!! 白飯と食べたらマジで止まらんから!!
@一般信徒
ドリアンって時点で無理なのに、さらに発酵させてナマズと煮込むのかよ……。
@グルメレビュー転載bot
「生のドリアンは好きですが、テンポヤックはどうしても駄目でした。蓋を開けた瞬間の甘酸っぱい発酵臭が強烈で、煮汁は酸っぱすぎるうえに妙な甘さが残ります。さらにパティンの泥臭さが鼻へ抜けてきて、最後まで飲み込むのに苦労しました」★1.0
@グルメレビュー転載bot
「以前食べたものは魚の泥臭さがひどかったのですが、今回のお店は下処理が完璧! 身はふっくら柔らかく、テンポヤックの酸味が脂の乗ったパティンと絶妙に合います。唐辛子の辛さも心地よく、煮汁を白飯にかけると本当に止まりません」★4.5
@一般通過信徒
同じ料理で評価が真逆すぎるwwww
@南洋民
だから店によるんだって!! 養殖魚じゃない天然パティンで作れば本当に美味いんだよ!!
@一般信徒
ところで戒めに「神聖力の限界」ってあるけど、聖女様ってタンジュラで海を割ったんだろ? どんだけ強かったんだよ。
@南洋民
ちなみに海を割ったときにできた巨大な穴は、今では「聖女の盃」って呼ばれる人気のダイビングスポットだぞ。海底の岩盤がガラスみたいになってて、めちゃくちゃ綺麗なんだ。
@勇者研究会
勇者アルベルト様の『東方遠征記』にはこうある。「聖女様が御杖を掲げられるや、大海は左右に分かたれ、その御光は深淵に眠る古き神殿を貫いた。海底に巣食う邪悪はことごとく消滅し、黒き瘴気は跡形もなく払われた。まさしく神の御業であった」
@歴史専攻
ちなみにタンジュラの海底神殿に封印されていたのは、魔王レヴィアタンの『魔胆』だったらしい。膨大な魔力を蓄える臓器で、『海禍戦役記』によれば、初代聖女と勇者が命がけで封印したものだ。
@一般信徒
は!? 魔王の魔力タンク!? そんなヤバいものが封印されてたの!?
@聖女様ガチ勢
聖教史書には「聖女セシリアは、魔胆に秘められし大禍を看破し、神威の一閃をもって海底神殿もろとも邪悪なる魔力を滅した」と記されている。沿岸諸国を襲うはずだった大災厄を未然に防いだんだ。
@レヴィ研究会
盛り上がってるところすまない。最近、禁書扱いされがちな『レヴィ伝・影の章』に、深き海の神殿についてこんな一節が発見されたんだ。「嗚呼、おいたわしや、我が尊き聖女様。慈悲の御光を差し伸べられしその刹那、あまりに偉大なる神威は御心の及ばぬところまで溢れ給うた。我、聖女様のご胸中を察し、かの神威の陰に秘されし顛末を、胸の奥深くに封じ奉る。見ざることこそ忠節、語らざることこそ慈悲なり」
@一般信徒
待ってwww これ、ただの誤爆じゃねえか!! ガチ勢、さっきまで大絶賛してたけど息してる?www
@聖女様ガチ勢
う、うるせえ!! 誤爆だろうが何だろうが聖女様が最強なのは変わらねえだろ!! むしろ本気すら出してない証拠だろうが!!!
@一般通過信徒
必死すぎて草wwww
@再現料理部
つくレポです! 本場のテンポヤックが手に入らなかったので、普通のドリアンを室温で放置してナマズと煮込みましたが、調理開始3分で近所からガス漏れの通報が入り、消防隊が突入してきました。味見する前に終わってしまいました……
@一般通過信徒
つくれてねーのに、つくレポ?
@再現料理部二号
一応説明しておきます。テンポヤックは完熟ドリアンの果肉に塩を加えて乳酸発酵させた伝統調味料です。適切に作れば独特の酸味と旨味が生まれ、魚料理によく合います。なお、部長は塩を入れ忘れ、ドリアンをただ台所に放置していました。
@一般通過信徒
二号。もう、お前が部長になれよ。一号、ぽんこつすぎだろw
@旅動画勢
【聖地巡礼】タンジュラで本場のグライ・テンポヤックを食べてみた結果! 地元民と一緒に手で食べたら、石鹸で五回洗っても指がくせぇ!! #聖女巡礼 #発酵ドリアン地獄 #クソ飯体験 #スマラント
@南洋民
食べ終わったらライムを指にこすりつけて洗え!! そこまでが現地流だ!!
@聖教本部公式
※『悪魔の経典』第十二篇の教訓に従い、全司祭および勇者は神聖力の出力に十分注意し、海や大陸を割る行為はお控えください。
@一般通過信徒
そんなことできるやつ現代に一人もいねぇよwwwww