聖女様の『悪魔の経典 』~元おっさんが遺したクソ料理撲滅レシピ、数百年後に大バズりする~ 作:宙うし
『糞食らい』の振るった謎の呪剣。その恐ろしい呪気によって傷ついたアルベルトの聖剣を修復し、さらなる強化を施すため――俺たちは極東に位置する神秘の島国『ヤッポン』へと向かっていた。
もちろん、各地で異常をきたしている魔王の封印についても調査する予定だ。聖剣の修理と封印調査。どちらも世界の命運に関わる重大な任務である。
噂によれば、その国にはどんな呪いも打ち払う神聖なる名峰『不治山』が存在し、その麓には伝説の神鉄を鍛え上げる至高の鍛冶師がいるという。
(不治山って……おいおいおい! ビジュアルはまんま富士山なのに名前はクソザコ山じゃねぇかよ!!)
港に近づく専用馬車……もとい黒塗りの木造船のデッキから遠くに見える霊峰に、俺は心の中で盛大にツッコミを入れていた。
俺たちが上陸したのは、ヤッポンの港町『スモダの港』。
前世の記憶にある開国史を思わせるような異国情緒と、いかにも和風ファンタジーといった風情の町並みが広がっている。
(和風ファンタジーの港町……最高じゃねえか! 寿司か!? 天ぷらか!? 和牛のすき焼きか!? 転生してプロ聖女なんてやってるが、俺の魂は日本男児だ! ついに本物の和食にありつけるぞ!!)
期待に胸を膨らませる俺たちの前に、腰に二本の刀を差した厳めしい侍――『スモダ奉行』とその配下の男たちがひれ伏した。
「よくぞ遠方よりお越しくだされた、光の聖女セシリア様、並びに勇者アルベルト殿! 早速、不治山の鍛冶師への取次を用意いたします。封印調査につきましても、我らが全面的にお力添えいたしましょう。まずは長旅の疲れを癒やすため、当港自慢のご馳走をお召し上がりくだされ!」
「まあ、お心遣い感謝いたします」
完璧な聖女スマイルを浮かべつつ、内心では(勝った!! 今回の勝利は確定だ!!)とガッツポーズを決めていた。
*
案内されたのは、黒漆塗りの立派な大広間。
俺たちの前には、豪勢な朱塗りの漆器のお膳が運ばれてきた。
「セシリア様。我らヤッポンの武士は、日頃より殺生を慎み、四足の獣の肉などは滅多に口にいたしませぬ。……しかし! 異国よりお越しの皆様は、肉料理がお好きとお伺いいたしました!」
奉行が胸を張る。
「そこで我ら、聖女様方をおもてなしすべく、海獣漁で名高い『ヌマズ湊』まで赴き、自ら沖へ船を出しましたぞ! 命がけで海獣を仕留め、かの地に伝わる製法で、とっておきの珍味に仕立てたのでございます!」
(ん? 海獣……? おっ、クジラか! クジラの竜田揚げとか刺身か! まぁこの世界にはシー・シェパードみたいな反捕鯨団体もいまい。和風のクジラ料理、いいじゃないか!)
期待に目を輝かせていると、給仕が恭しくお膳の上の蓋を外した。
そこに鎮座していたのは――
真っ黒に干からびた、薄っぺらい肉の切れ端だった。
醤油色に染まった表面は硬く縮れ、まるで古びた革を細く裂いたような見た目だ。強いて言えば、やたらと色の濃いビーフジャーキー。だが、そこから立ち上る匂いが異次元だった。
(臭ぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!? なんだこれ!? 血だ!! 強烈な血と小便の匂いが部屋中に充満してやがる!!)
鼻腔を突く、強烈極まりない濃密な血生臭さ。それと同時に、熟成されたレバーと公衆便所が合体したような、目がツンとする強烈なアンモニア臭が部屋中に充満した。
「こちらがヌマズ湊に伝わる名物、『イルカのたれ』にございます!」
奉行が誇らしげに手をつく。
(……イルカぁぁぁぁぁぁ!!? クジラじゃないのかよ!! いや待て、大きさの違いだけで分類上は似たようなもんらしいが……それにしても『たれ』って何だ!! タレに漬けて干したから『たれ』なのか!? 血抜きも臭み消しも全然足りてねぇだろこれ!!)
せっかくの和風ファンタジー。寿司や天ぷらを夢見ていた俺の儚い希望は、黒く干からびたイルカの肉片によって無残に打ち砕かれた。
(なんで和食に来てまで生臭い血肉とアンモニアのダブルパンチ食らわなきゃならんのだ……!!)
その時、隣で料理を凝視していたレヴィが、あろうことか口を開いた。
「えぇ〜? あんなにかわいい生き物を食べちゃうんですかぁ〜? なんだかかわいそうですー♡」
――静寂。
(シー・シェパードがこんなところにいやがったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?)
俺の心の絶叫と同時に、大広間の空気が氷点下まで凍りついた。奉行をはじめとする侍たちの顔から一切の笑みが消え、手が腰の刀へと伸びる。
「……なに? 我らが命を賭して狩り得た尊き獲物を……当家の伝統たる逸品を『かわいそう』とな……? これは聖女様方に対する無礼……ひいては当家の武士の面目、完全に潰れ申した……!!」
チャリン、と刀が鞘から一センチほど滑り出た。
「……もはや申し開きも立たぬ! かくなる上は、この場にて腹を切り、非礼をお詫び申し上げる所存!!」
「お奉行様!! この某も、冥土までお供つかまつる!!」
「殿! お早まりくだされ!! ……いや、これも武士の誉れ! 拙者も腹を切り申す!!」
(面倒くせぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええ!!! 言葉遣いと思想と環境保護運動への耐性が重すぎるんだよこの国!!!!!)
次々と腹を切る決意を固めていく侍たちを前に、俺が必死に収拾のつけ方を考えていると、隣から感極まったような声が上がった。
「おおっ……! なんと見事な武士道でしょう!!」
アルベルトだった。
「己の名誉を守るため、命すら惜しまぬその覚悟! まことに天晴れです!! ならば、この勇者アルベルト! 皆様の最期を見届けるべく、介錯を務めましょう!!」
爽やかな笑顔とともに、腰の聖剣へ手をかけた。
(お前がノリノリで介錯しようとしてどうすんだよバカヤロー!! 止めろよ!! 誰か止めろよこの集団自殺!!!!!)
「お、お待ちください武士の皆様!!」
俺は神速の動作で立ち上がり、鈴を転がすような美声で叫んだ。
「レヴィは……その、海の命の尊さに感銘を受け、言葉を誤っただけなのです! ねえ、レヴィ!?」
「ひ、ひぇぇっ!? はいっ! かわいそうなくらい美味しそうだねって言いたかったんですぅぅぅ!!」
レヴィの首をつかんで強引に深々と頭を下げさせ、なんとか侍たちの切腹パニックを鎮圧した。
「おお……聖女様、寛大なご処置感謝いたします。では、冷めぬうちにどうぞ」
逃げ場は完璧に消滅した。断れば今度こそ侍たちが腹をかっ裂く。
(くっそがぁぁぁぁぁ!!)
俺は心の中で般若の顔で咆哮しながら、漆のお箸で黒いイルカの肉片を挟み上げ、覚悟を決めて口の中へと叩き込む!!
モグッ……。
(ぶっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!)
一口噛んだ瞬間、口内で血の爆発が起きた。
(固い!! ゴムかタイヤを噛んでるみたいに固い!! そして噛めば噛むほど、濃縮されたイルカの血の味と、強烈な鉄分、そしてレバーを十倍濃くしたような野性的な獣臭がドバドバ溢れ出てくる!!)
醤油ベースのタレで味付けされているようだが、そんなものはイルカの圧倒的な血生臭さの前には焼け石に水!!
さらに後味として、熟成されたアンモニアの臭いが鼻腔を逆流して脳髄を直接攻撃してくる!!
(血生臭いビーフジャーキーと、傷んだレバーと、公衆便所の三位一体攻撃だぁぁぁぁぁぁ!!)
激痛のような生臭さに白目を剥きそうになる。
だが、ここで吐き出せば侍たちが「無念!!」と叫んで腹を斬る。
俺の顔筋は神域のコントロールを見せた。
「……とても、海の生命の力強さをダイレクトに感じる……濃厚なお味ですね」
吐き気と侍たちの切腹の恐怖に怯えながらも、俺は後光が射すような完璧な『聖女スマイル』を浮かべ、血生臭い黒いゴム塊をそのまま喉の奥へと押し込んだ。
すると、隣でイルカのたれを一口頬張ったアルベルトが、目をカッと見開いて歓声を上げた。
「素晴らしい……!! なんと力強く、濃厚な味わいでしょう! このツンと鼻を突く野性的な熟成香と強烈な血の滋味……! これぞサムライが戦場で喰らうという、魂の糧か!!」
奉行は感極まり、ボロボロと涙を流した。
「お、お分かりいただけますか勇者殿……! これぞ我らヤッポンの武士の血と汗の味にございます!」
「ええ! 素晴らしい食文化だ! 奉行殿、今夜はあなたと固い義兄弟の契りを交わしたい!」
「おおお! 異国の勇者殿と義兄弟に! 願ってもない誉れ!」
がっしりと手と手を握り合い、熱い友情を確かめ合うバカ舌勇者とスモダ奉行。
(ついさっきまで首跳ねようとしてた相手だぞ!? なんで血生臭いバカ舌同盟が結べるんだよ!!)
――数百年後。
【聖教本部・公式】
本日、聖教中央大書庫に保管されている『悪魔の経典』より、第十四篇「イルカのたれ」を一般公開いたしました。
光の聖女セシリアが極東の島国『ヤッポン』のスモダ港を訪れた際に記したものとされています。
『悪魔の経典』
第十四篇 イルカのたれ
【材料】
イルカの赤身肉:適量(血抜きを怠るな!!)
醤油、みりん、酒、生姜:適量(もっとドバドバ入れろ)
【作り方】
1 イルカを解体して漬け込む
イルカの肉をタレ(醤油、みりん、生姜など)に漬け込む。この時、徹底的に血抜きをしないと後で地獄を見るぞ。
2 天日で干す
タレに漬けた肉を天日干しにする。見た目は完全に真っ黒なビーフジャーキーだ。
3 炙って食べる(絶望ゾーン)
サッと炙って手で割いて食べろ。一口噛めば、濃縮された血の味と強烈なレバーの風味、そしてアンモニアの香りが口いっぱいに広がるぞ。
【戒め】
イルカのたれを作るなら、まず血抜きを徹底しろ。醤油に漬けて干せば臭みが消えると思ったら大間違いだ。旨味と一緒に獣臭まで凝縮されたら、もはや食い物というより血生臭いタイヤである。酒と生姜を惜しむな。下処理を怠るな。さもなくば、食事中に腹を切らねばならなくなる。後世の人類よ、頼まれてもいないのに介錯を買って出てはいけない。飯くらい落ち着いて食え。
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@聖女様ガチ勢
第十四篇キターーー!! ついに極東の島国ヤッポン編か!!
@一般信徒
ちょっと待てwww イルカの干し肉のレシピなのに、なんで「腹を切るな」とか「介錯を買って出るな」とか書いてあるんだよwww
@歴史専攻
ヤッポンには、名誉のために自ら腹を切る「切腹」という独特の武士文化がありました。聖女様も現地で何らかの騒動に巻き込まれた可能性があります。
@一般通過信徒
血抜きと介錯が同じ戒めに並んでるの怖すぎる。
@極東民
ちなみにヌマズ湊の「イルカのたれ」は、現代ではしっかり下処理と血抜きがされていて、生姜も効いてて美味しい酒の肴ですよ! 当時は血抜きが甘かったのかもしれません……。
@グルメレビュー転載bot
「クセはありますが、炙ると香ばしくて上質なビーフジャーキーみたいでビールが進みます! 珍味として最高です」★5.0
@グルメレビュー転載bot
「一口噛んだ瞬間に口の中が血とレバーの味で満たされました。それに生臭すぎて無理です。便所の匂いがしました。二度と食べません」★1.0
@再現料理部
古式再現! 血抜きを甘めにして「イルカのたれ」を作ってみたら、噛んだ瞬間、口の中が屠殺直前の獣たちが一斉に失禁した屠殺場になりました(泣)
聖女様の仰る通り、生姜はドバドバ入れるべきです!
@一般信徒
だからなんで毎回わざわざ不味くなる方で再現するんだよwww
@再現料理部二号
イルカのたれは軽く炙って、熱いうちに裂いて七味マヨネーズをつけると美味しかったです! 香ばしさと濃厚な旨味があって、ビールや酒のおつまみに最高ですね。
@レヴィ研究会
切腹騒動については、『レヴィ伝』に記述があります。「ヤッポンの港にて、我、海の獣の命を憐れみ、思わずその哀れを口にせり。されば武士ら、己がもてなしを恥じ、腹を切らんとす。嗚呼、まこと口は災いのもと。我が軽率なる一言により招きし大事を、尊き聖女様は御慈悲をもって鎮め給うた。ああ、我が愚かさよ。聖女様の御恩、終生忘るることなかれ」
@一般信徒
数百年前にも過激エコロジスト(見習い聖女)がいるとは思わんかったwww
@勇者研究会
勇者アルベルト様の『極東東行記』に興味深い記述があります。「奉行殿は己の名誉を守るため、腹を切る覚悟を示された。配下の武士たちもまた、命を惜しまずその志に従おうとされた。私はその見事な武士道に深く感銘を受け、せめて最期の介錯を務めようと聖剣に手をかけた。しかし、聖女セシリア様は即座に私の手首を押さえ、剣を納めるよう諭された」
@一般信徒
ちょっと待て、勇者様なにしてんの!? サイコパスかよwwwwwww
@聖女様ガチ勢
レヴィが炎上させて、侍が腹を切ろうとして、勇者が喜んで首を斬ろうとする。
聖女様一人で何人止めてんだよwwww
@一般通過信徒
メシ会場が地獄で草。
@勇者研究会
まあ、勇者様は真面目な方だったんですよ。たぶん……
なお、同じ『極東東行記』には食事の感想も記されています。「海の野性が凝縮された見事な味であった。聖女セシリア様も感銘のあまり、一口召し上がるたびに目を細めて深く頷いておられた」
@一般信徒
それ生臭さに耐えて白目剥きそうになってただけだろwww
@聖女様ガチ勢
聖女様、隣で首斬ろうとしてた男と一緒に平然と飯食ってんの強すぎるwww
@旅動画勢
【聖地巡礼】スモダの港で「イルカのたれ」を食べながら切腹しようとしてみたwww 店主にガチ説教されました #聖女巡礼 #クソ飯体験 #イルカのたれ #腹を斬る
@一般信徒
怒られて当然で草。
ついに和の国にきてしまった。
何を書いても怒られそうw