聖女様の『悪魔の経典 』~元おっさんが遺したクソ料理撲滅レシピ、数百年後に大バズりする~ 作:宙うし
スモダの港を発った俺たちは、神聖なる霊峰『不治山』の麓にある、伝説の鍛冶師の隠れ里へと向かっていた。
ところが、旅の道中、俺には一つ大きな悩みができてしまった。
「セシリア様! こうして近くで見ると実に見事な山容でござるな! まさに武士の魂を映す霊峰でござる!」
……こいつである。
スモダ奉行と熱い義兄弟の契りを交わした勇者アルベルトが、どういうわけかヤッポンの武士道にすっかり感化されてしまったのだ。
(うっぜぇぇぇぇ!! なんでお前まで『ござる』とか言い出してんだよ!! 侍に転職したつもりか!?)
そんな侍かぶれの勇者を引き連れ、俺たちはようやく不治山の麓にある隠れ里へと辿り着いた。
荘厳な霊峰を間近に仰ぐその里で待っていたのは、里長を務める老鍛冶――『鬼鉄』。
「おお、聖女様、勇者様! よくぞお越しくださった! その聖剣を鍛え直すには、不治山頂の火口から湧き出る『神聖なる霊炎』が不可欠にございます! ……しかし、あろうことか火口に凶悪な化け物が住み着いてしまい、炎が使えぬのです! どうかお助けくだされ!」
(……出たよ。RPGで鍛冶屋がいたら三百パーセントの確率で発生する『定番おつかいクエスト』だ……!! だりぃなぁおい!!)
「お任せあれ、鬼鉄殿! このアルベルト、聖女様とともに必ずや魔物を討ち果たしてみせるでござる!」
(だから『ござる』やめろっての!!)
さっそく山頂へと向かった俺たちの前に現れたのは、六つの眼を見開き、禍々しい異形の刀を構えた男の鬼だった。
「ククク……我は鬼の始祖より賜りし『上限ノ壱』……月のように冴え渡る我が剣技『満月の呼吸・第一の型――』」
「ぬうっ、剣鬼だとっ! ならば拙者も侍として応えねば! シュバルツ流奥義『九頭龍――』」
(待てぇぇぇ!! お前ら両方まとめてアウトだボケぇぇぇぇぇぇッ!!!)
「神聖極光破ァ!!!」
俺は極大の神聖光を容赦なく叩き込み、六つの眼の剣鬼を吹き飛ばした。
秒殺である。
(……あぶねぇ。あのまま両者に技名を最後まで言われてたら、いよいよ言い逃れできなくなるところだったぜ……)
だが、本当の地獄はクエストを達成した後に待っていた。
眼下には麓まで延々と続く岩だらけの山道が広がっている。前世で富士山に登ったときには、山小屋で冷たいジュースだって買えた。だが、この世界には、そんな気の利いた施設などない。
しかも、ただでさえ過酷な登山の中で、レヴィが輪をかけて危険で鬱陶しかった。
「はぁッ……あんッ……♡ はぁぁっ、足が……足がガクガクしちゃいますぅんっ……♡ あっ、聖女様ぁ……激しすぎますぅ……♡」
(……何なんだその声はぁぁぁぁッ!? 登山で息が切れてるだけだろ!! R18指定でBANさせようとしてんのかこのクソ見習い!!!)
耐えかねた俺は、自分の腰の水筒をひったくるように外すと、レヴィの口に強引に突っ込んだ。
「ほら、ゆっくりお飲みなさい、レヴィ」
「ふぐっ……!? んぐ、んっ……んむぅ……♡ んっ、これ……聖女様の、太くてかたい……っ♡ ごくっ……ふはぁぁん……♡ 聖女様が直接お口をつけた……聖女様のエキスが入ったお水……甘くてぇ……とっても美味しいですぅ……♡」
(うわキモっ!!)
自分の水筒の水を全与えして、なんとかレヴィを黙らせることに成功した俺は、カラカラの喉のままボロボロになって麓の里へと戻ってきたのだった。
*
「おお素晴らしい! これで無事に聖剣を打ち直せますぞ! さあ聖女様、遠路遥々の戦いでお疲れでしょう。当村に代々伝わる神聖なご馳走『せいだのたまじ』をお召し上がりくだされ!」
里長たちが大鉢に盛られた料理を運んでくる。
そこに鎮座していたのは――
濃い茶色のたれをまとい、艶やかに輝く小粒のジャガイモの山だった。湯気とともに、味噌と油の香ばしい匂いが立ち上っている。
(は? 富士山の麓だぞ!? 水が美味い場所柄なんだから、そこは『冷やしとろろ蕎麦』とかをズルズルとすすらせろや!! なんでこんな灼熱の運動直後に、ホカホカでコッテリしたイモを食わされなきゃならんのだ!!)
だが、逃げ場はない。村人たちが期待に満ちた目で見つめている。
俺は心の中で般若の顔で咆哮しながら、震える手で箸を取り、艶やかな小イモを口の中へと叩き込んだ。
――噛んだ、瞬間。
(うっ!!!! ね、ねとねとだぁ!!? 油と煮詰まった濃密な味噌が、ねっとりと歯と上顎にへばりついて離れねぇ!!)
さらに、追い打ちをかけるように分厚く硬いイモの皮が口腔攻撃してくる。
(ゴ、ゴワゴワが歯茎に引っかかって鬱陶しいことこの上ねぇ!!)
そして、ねとねとゴワゴワの地獄を突き破り、中のイモを噛み砕いたその瞬間――
(パ、パッサパサだァァァァァァ!!!??? 飲み込めねぇぇぇぇ!! イモが!! イモが喉に張りついて離れねぇぇぇぇ!!)
口の中にわずかに残っていた唾液という唾液が、一瞬でイモの組織に吸い尽くされた。
登山で極限の脱水状態だった俺の口内から、一撃で水分が全滅したのだ!!
「素晴らしい……!!」
そんな俺の隣で、アルベルトが感極まった声を上げた。
「なんと力強い大地の味でござろう! 登山で疲弊した身体に、甘辛く炊いたイモの滋味が染み渡るでござる! まさに武士の兵糧にふさわしい逸品!」
「おお、勇者殿! よくぞお分かりくださった!」
(何が武士の兵糧だよ、この似非侍! こっちはその兵糧に兵糧攻めされてんだぞ!!)
「ん〜、美味しいですぅ♡ でも、ちょっとお口がモサモサしますねぇ」
(そりゃお前は大丈夫だろうよ!! 俺の水を全部飲んだんだからなぁぁぁ!!)
俺は、どうにか一口目を飲み下すと、最後の力を振り絞って鬼鉄に微笑みかけた。
「……鬼鉄様。大変美味しゅうございます。あの、もしよろしければ……お茶を一杯、いただけませんか?」
「おお! これは気が利かず、申し訳ございません! それでは聖女様に、我が里に伝わる由緒正しき『茶の湯』をご披露いたしましょうぞ!」
鬼鉄は奥の間から、立派な茶釜や茶碗、竹の細い道具を次々と運び出してきた。
畳の上に正座すると、厳かに一礼し、ゆったりとした所作で茶碗を清め始めた。
(……おい)
続いて茶筅を改め、茶杓を手に取り、慎重に抹茶をすくう。
(おいおいおい……!!)
「ほっほっほ。茶の湯とは、一つ一つの所作に心を込め、客人をもてなす我が国の伝統にございます」
「わぁ〜! これがヤッポンの茶道なんですねぇ♡ なんだか素敵ですぅ!」
「実に素晴らしい! これほどまでに礼節を重んじるとは! まさに武士の精神でござるな!」
レヴィとアルベルトが、鬼鉄の優雅な手つきに感心している。仕方ないので俺も神域の顔筋コントロールを繰り出し、後光が射すような聖女スマイルを浮かべ、静かに頷いた。
「まあ……なんと奥深い文化なのでしょう」
鬼鉄は満足げに微笑むと、ようやく茶碗に湯を注ぎ、茶筅を手に取った。
シャカシャカシャカ……。
(さっさと茶ぁ寄越せやボケぇぇ!!!!! こちとら喉にイモ詰まっとんじゃぁぁぁ!!!!!)
――数百年後。
【聖教本部・公式】
本日、聖教中央大書庫に保管されている『悪魔の経典』より、第十五篇「せいだのたまじ」を一般公開いたしました。
光の聖女セシリアが極東の霊峰不治山を訪れた際に記したものとされています。
『悪魔の経典』
第十五篇 せいだのたまじ
【材料】
小ジャガイモ:大量(皮ごと使うぞ)
味噌、砂糖、油:どっさり(濃密に煮詰めろ)
水またはだし汁:適量
【作り方】
1 小イモを油で炒める
洗った小イモを皮つきのまま、多めの油で炒める。
2 味噌と砂糖で煮詰める(絶望ゾーン)
水またはだし汁と味噌、砂糖を加え、イモが柔らかくなるまで煮込む。さらに水分を飛ばし、タレがねっとり絡みつくまで煮詰めろ。
3 完成
大鉢に盛り付けて完成だ。見た目だけは甘辛く照り輝く極上の味噌ジャガに仕上がるぞ。
【戒め】
甘辛い味噌の照りと香ばしい匂いに騙されるな。一口噛めば、油と味噌が歯にねっとり張り付き、ゴワゴワの皮が舌をこすり、中のイモが口内の水分を根こそぎ奪い去る。油断すると、喉の奥でイモがロックされて窒息することになる。後世の人類よ、この料理を食べる前には絶対に『マイ水筒』を確保せよ。
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@聖女様ガチ勢
第十五篇キターーー!! 「マイ塩」の次は「マイ水筒」で草www
@一般信徒
え……? これって普通に甘辛くて美味しい家庭料理じゃね……?
@ヤッポン民
母ちゃんがよく作ってくれるやつだ。ご飯のおかずに最高なんだけど、聖女様って単にイモが嫌いなだけでは……?
@再現料理部
今回も『悪魔の経典』を参考に古式再現してみました! 甘辛い味噌だれが小イモに絡んで、普通に美味しかったです!
@再現料理部二号
ちょっと口の中がモサモサするけど、ご飯のおかずには最高でしたね!
@一般信徒
えっ!? あの再現料理部が無傷で帰還しただと!?wwww
@一般信徒
再現料理部ですら普通に美味しく食えてるのに、聖女様はなんであんなに恨み節を書いてるんだよwww
@ヤッポン民
聖女様、もしかして味噌が苦手だったのかな? ヤッポンの発酵食品だから、たまによその国の人で苦手な人いるし……。
@一般信徒
聖女様の偏食疑惑、ますます深まってて草
@料理好き
ちなみに『せいだのたまじ』の解説置いておきますね。昔、飢饉の際に当時の代官『中井清太夫』が種芋を取り寄せ、栽培を広めて人々を救ったことから、感謝を込めてジャガイモを『清太芋(せいだいも)』と呼ぶようになったのが由来です。
『たまじ』とは小粒のジャガイモのことで、収穫後に残った小さいイモを無駄にせず美味しく食べる知恵から生まれた伝統料理ですよ。
@一般信徒
へー! 歴史ある素晴らしい飢饉救済レシピじゃん!
@グルメレビュー転載bot
「甘辛い味噌が美味しい、どこか懐かしい家庭料理です」★4.0
@グルメレビュー転載bot
「味噌の味は悪くないけど、よくある田舎料理って感じです。わざわざ食べに行くほどではないかな」★2.0
@一般信徒
評価があまりにも普通で草。なんでこんな地味なイモ料理が『悪魔の経典』入りしてんだよwww
@歴史専攻
ちなみに『聖教史書』の極東巡礼に関する記録には、「聖女セシリア、不治山の火口に巣食いし鬼を討ち果たし、神聖なる霊炎を取り戻す。名工鬼鉄、これをもって勇者アルベルトの聖剣を鍛え直す」と記されています。
この地は、傷つけられた聖剣が再生を遂げた、歴史的にも重要な場所なんです。
@不治山麓民
そうそう! あの里は今でも魔剣や聖剣の一大産地として有名ですよ! 伝統の鍛冶技術が受け継がれていて、世界中の冒険者や騎士が特注の剣を求めて訪れています。
@一般信徒
聖剣再生の奇蹟が起きた場所なのに、経典の内容がイモへの文句なの草www
@勇者研究会
アルベルト様の『極東東行記』にも同様の記述がある。「不治山頂にて、セシリア様、六眼の剣鬼『上限ノ壱』を一撃にて討ち果たされ候。下山の折、疲弊せしレヴィ殿に水筒の水を残らず譲られ候。麓にて『せいだのたまじ』を食し、拙者その滋味に感服仕り候。セシリア様も感極まりて言葉を失い、茶の湯の席にて目を細め、深く噛み締めておられ候」
@一般信徒
ちょっと待て! アルベルト様なんで侍言葉になってんねんw
@勇者研究会
実はこの時期の『極東東行記』、なぜか全編こんな調子なんですよね……。ヤッポン滞在中の記録だけ、やたらと「ござる」「候」が頻出していて、研究者の間でも困惑されています。
@聖女様ガチ勢
登山で大変なのに、レヴィ様に水を全部あげちゃう聖女様……てぇてぇ……。
@グルメレビュー転載bot
「味付けは甘辛くて普通に美味しいですが、皮がゴワゴワするのと、中身が結構パサパサして水分を持っていかれます。お茶は必須です」★3.0
@グルメレビュー転載bot
「ねっとりした濃い味噌で喉が渇く。イモもモサモサして喉に詰まりそうになりました。個人的にはイマイチです」★2.0
@不治山麓観光協会【公式】
『悪魔の経典』公開記念イベント!
今週末開催の『不治山トレイルランニング大会』にて、給水所(エイドステーション)に聖女様ゆかりの『せいだのたまじ』をご用意いたしました!
参加者の皆様、ぜひご賞味ください!
@一般通過信徒
一番喉渇いてるランナーに水分根こそぎ奪うイモ食わせるの鬼畜すぎて草
@不治山麓民
せいだのたまじは美味しいですよ! ぜひ地元の味を楽しんでいってください!
@旅動画勢
【聖地巡礼】聖女様チャレンジ! 給水なしで不治山頂まで往復した直後に、「せいだのたまじ」を一気食いした結果…… 喉にイモが詰まって死にかけましたwww #聖女巡礼 #クソ飯体験 #せいだのたまじ #マイ水筒は持て
@一般信徒
またアホなことやってるwww
でも待てよ。聖女様がこんな普通のイモ料理をわざわざ経典入りさせた理由って、案外これだったりしてなwww