聖女様の『悪魔の経典 』~元おっさんが遺したクソ料理撲滅レシピ、数百年後に大バズりする~   作:宙うし

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聖女様と腐敗の罠

豪華な聖女生活を守るためには、絶対に破ってはならない鉄の掟がある。

 

(……二度と、あんな思いはゴメンだ)

 

かつて俺は、ある村で出された怪しげな郷土料理を、丁寧かつ穏やかに「少々お腹がいっぱいでして……」と断ったことがある。

 

するとどうだ。村人たちは「聖女様は我々の料理を馬鹿にされた」「田舎者の飯など食えないのだ」と激しく落胆。その噂は一気に広まり、俺への信仰心はガタ落ちした。

 

直後に現れた雑魚魔物との戦い。いつもなら一瞬で焼き払える聖光魔法が、まさかの不発に終わった。治癒も浄化も出力ゼロ。本気で死にかけた。

 

そう、聖女の奇蹟とは、人々の信仰と感謝を燃料にするエンジンなのだ。

だから俺は心に決めている。どれほど狂った料理が出されようと、笑顔で完食すると。

ふかふかの羽毛布団と専属馬車と、己の命のために。

 

*

 

今日の仕事は、のどかな農村を脅かしていた『土掘り大トカゲ』の群れを討伐し、荒らされた畑を聖光の浄化で復元することだった。

仕事自体は五分で終わった。俺の圧倒的な聖女パワーの前には造作もない。

 

「おおお……! なんという奇蹟! 枯れかけていたサツマイモの畑が、一瞬で瑞々しさを取り戻した……!」

「聖女様! 聖女様ぁあああ!」

 

村長をはじめとする農民たちが、涙を流して地面にひれ伏している。

 

「お顔をお上げください。神の恵みは、常に勤勉な皆様と共にあります」

 

鈴を転がすような美声を響かせると、村中に感動の嵐が巻き起こった。よし、信仰力ゲージがぐんぐん上がっている手応えがある。

 

「聖女様! ほんのお礼と言ってはなんですが、我が村の最高の名物をご用意いたしました!」

 

村長の手合図で、大きな深皿が運ばれてくる。

先日、港町で出された『緑色のゲロ(ウナギの香草煮込み)』のトラウマが頭をよぎり、俺は無意識に身構えた。

 

だが、皿の上に載っていたのは――

 

(……ん? 普通だ)

 

そこにあったのは、輪切りにされた綺麗な黄色のサツマイモ。甘く煮詰められた蜜のようなタレが光り、透明感のあるレモンの輪切りが添えられている。

 

(う、ウソだろ……!? ガチで普通に美味そうなデザート系おかずじゃねえか!! 毒々しい色もしてないし、ドブの臭いもしない!! 勝った!! 今日の俺は勝ち組だ!!)

 

安堵のあまり、内心で小躍りする俺。

 

「では、感謝を込めていただきますね」

 

俺は優雅な所作でスプーンを取り、輪切りのサツマイモを一口、口へと運んだ。

 

――次の瞬間。

 

(――ッ!??!?!?!)

 

脳内で鳴り響く警報。全細胞が絶叫を上げた。

 

(腐ってる!!? いや、腐ってない!! でも酸っぱい!! 暴力的なまでに甘いイモの甘みと、レモンのエグみを含んだ酸味が口内で壊滅的な喧嘩をしてる!!)

 

温かいサツマイモのもっさりした食感と、イモ特有の野暮ったい臭い。そこに、強烈なレモンの酸味が突き刺さる。

甘いのか!? 酸っぱいのか!? どっちかにしろ!! 爽やかさを狙ったであろうレモンの香りが、イモの青臭さと悪魔合体して『真夏に三日間放置されて酸毒化した腐敗イモ』の風味を完璧に再現していた。

 

(酸っぱいイモってこんなに恐怖を感じるのかよ!! 脳が『これを呑み込んだら死ぬ』って警告を出してる!!)

 

「聖女様、お口に合いましたでしょうか……? 我が村特製の『サツマイモのレモン煮』でございます……!」

 

村長が不安そうに覗き込んでくる。

ここで吐き出せばどうなる? 「聖女は我々の飯を腐っていると拒絶した」と噂が広まり、俺の奇蹟は封印され、羽毛布団も馬車も失う。

 

(……羽毛布団!! 今夜の羽毛布団のために喰うんだよ俺はぁぁぁぁぁ!!)

 

脳が発する猛烈な拒絶シグナル。

だが、俺の顔筋は神域のコントロールを見せる。

 

「……とても、甘酸っぱくて、味わい深いお料理ですね」

 

後光が差し込むような、完璧な『聖女スマイル』。

俺は噛むのをやめ、舌の味蕾を麻痺させながら、酸毒化した塊を喉の奥へと強引に流し込んだ。

 

こうして俺は、地味に胃を蝕むモヤモヤ感に耐えながら、村人たちの万雷の拍手を浴びるのだった。

 

 

――数百年後。

 

【聖教本部・公式】

 本日、聖教中央大書庫に保管されている『悪魔の経典』より、第二篇「サツマイモのレモン煮」を一般公開いたしました。

 光の聖女セシリアが内陸の農村を訪れた際に記したものとされています。

 

『悪魔の経典』

第二篇 サツマイモのレモン煮

 

【材料】

 サツマイモ:1本(ずっしりして甘そうなやつ)

 レモン:1/2個(薄い輪切り)

 砂糖:大さじ2〜4(イモの甘さにさらに追い打ち)

 水:イモが浸るくらい

 塩:ほんの少し

 

【作り方】

1 サツマイモを切る

 厚さ1cmくらいの輪切りにして、水にさらしてアクを抜く。この時点ではまだ普通にうまそうだ。

 

2 レモンを切る

 薄い輪切りにする。爽やかないい匂いがする。ここで別々に食えば幸せだった。

 

3 鍋にぶち込んで煮る(絶望ゾーン)

 鍋にサツマイモ、水、砂糖、塩、レモンを全部ぶち込む。イモが柔らかくなるまで10〜15分ほど煮ろ。

 

4 完成

 黄色く艶のある、いかにもうまそうなイモが完成する。

 

【戒め】

 見た目は綺麗な黄金色でめちゃくちゃ美味そうに見えるのが最大の罠だ。甘いホクホク芋の中からレモンの暴力的酸味が殴りかかってくる。もし出された場合は、できるだけ味わわずに飲み込め。そして後世の人類よ。甘いものに酸味を足せば何でも爽やかになると思うな。

 

♡ 18.2万 ↻ 6.4万 返信 2.9万

 

 

 

@聖女様ガチ勢

 第二篇キターーー!! 今回のは見た目普通に美味そうじゃん!

 

@歴史専攻

 見ろ。警告文の一行目に「見た目に騙されるな」って書いてある。

 

@農村民

 えっ、サツマイモのレモン煮って普通にうちでも食べるんだけど……聖女様、これ嫌いだったの……?

 

@一般信徒

 うちの大学の食堂でも何年か前に出てきたことあるよ。まあ、その一回だけだったけどw

 不評やったんやろな。俺も腐ってるとカン違いしたくらいだもん。

 

@グルメレビュー転載bot

 「サツマイモの甘さにレモンの酸味が合っていて普通に美味しかったです。『腐敗したイモ』はさすがに聖女様が言いすぎでは?」★5.0

 

@一般信徒

 また聖女様の好き嫌い説が浮上してて草。

 

@グルメレビュー転載bot

 「『普通に美味い』ってレビューを信じて古式再現版を食べた。温かくて甘いイモを噛んだ瞬間に酸味が刺さってきて脳が混乱した。甘いのか酸っぱいのかはっきりしろ」★2.0

 

@再現料理部

 つくレポ書いてみた! 見た目はマジで綺麗な黄金色。絶対うまいやつだと思って一口食ったら、レモンの主張結構強くて草www

 

@再現料理部二号

 煮すぎるとレモンから苦味すらでてくるから注意しろ! 聖女様の「ここで別々に食えば幸せだった」がじわじわ来る。

 

@農村民

 ごめんな聖女様……。

 

@旅動画勢

 【聖地巡礼】例の農村で古式再現版「サツマイモのレモン煮」を実食! 一見ただの甘煮なのに、噛んだ瞬間に酸味が来る見た目詐欺w  #聖女巡礼 #クソ飯体験 #見た目詐欺

 

@農村観光協会公式

 当村では、『悪魔の経典』第二篇をもとに、聖女セシリア様が召し上がったと伝わる「古式サツマイモのレモン煮」を期間限定で再現しております。

 

@一般信徒

 だから警告された料理を復活させるなwwww

 

@農村観光協会公式

 なお、本年度分は全日程完売いたしました。

 

@一般信徒

 なんで売れてんだよ。

 

@郷土料理保存会

 現在では甘さや酸味の加減も家庭や地域によってさまざまです。昔ながらの作り方だけが、この料理のすべてではありません。

 

@料理好き

 数百年前の聖女「こんなもん未来まで引き継ぐな」

 ↓

 後世の人類「食べやすく調整しました」

 ↓

 現世の人類「古式も復活させました」

 

 何も解決してなくて草。

 

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