聖女様の『悪魔の経典 』~元おっさんが遺したクソ料理撲滅レシピ、数百年後に大バズりする~ 作:スペカウ
トロワーヌ村を後にした俺たちは、南へと続く街道を進み、港町サンコルノへ到着した。
雲ひとつない青い海。どこまでも続く白い砂浜。
低い赤瓦の屋根が連なる町並みには、道端に鮮やかな南国の花が咲き乱れている。
民家の石垣の上をふと見上げると、そこには魔除けらしき妙な獣の石像が鎮座していた。
(いや、沖縄かよ!!)
心の中で全力のツッコミを入れる。どこからどう見ても南国の離島である。めんそーれ聖女。
町の名前だけ妙に欧風だが、景色はほぼ沖縄だった。
「聖女様! 封印はこちらです!」
町長に案内され、俺たちは町外れの森へ入った。
そこには神殿も祠もない。
でかい岩。
でかい木。
以上。
「この森一帯が、古くより神聖な地とされております」
(御嶽じゃねえか!!)
もう沖縄でいいだろ。
そんなことを考えながら奥へ進むと、巨大な岩壁の隙間に古い石碑が埋め込まれていた。
どうやら、これが魔王の力を封じているらしい。
「封印に異常が起きてからというもの、近頃は辺りの魔物が暴れだしてしまって、おちおち漁にも出られないのですよ……」
「なるほど……わずかですが、瘴気が漏れていますね」
俺がそれっぽく聖女の顔を作った、その時だった。
「メェェェェェェェェェ!!」
森の奥から、とんでもなくデカい山羊が飛び出してきた。
ボサボサの毛に覆われた体は雄特有のいかつい筋肉で隆起しており、頭には威嚇するように巨大な角が伸びている。
「瘴気に当てられて凶暴化した魔物です! セシリア様、お下がりください!」
アルベルトが聖剣を抜いた。
眩い聖光が一閃。
次の瞬間には、牛サイズのムキムキ大山羊が一刀両断されていた。一撃必殺。相変わらずこの男の戦闘力はバグっている。
そして、今度こそ俺の出番だ。
俺はレヴィに先手を打たせてなるものかと言わんばかりに、食い気味に前へ出た。
「レヴィ、ここは私がやりましょう! 聖女として皆さんの負担を減らさねばなりませんからね」
「あ、えっ……!? 聖女様ぁ、私がやりま──」
言葉を遮り、俺は優雅に、しかし素早く石碑に手をかざした。
ほんの少し魔力を流し込む。一瞬で淡い光が広がり──ふっ。
漂っていた瘴気が消えた。
「封印は安定しました」
俺が告げると、町長たちは一斉に頭を下げた。
「おお……!」
「ありがとうございます、聖女様!」
「これでまた安心して海へ出られます!」
うむ。
今回はちゃんと働いた。
胸を張って飯が食える。
そう思っていた、その時だった。
「おい! あの山羊を運べ!」
港の男たちが、アルベルトの仕留めた巨大山羊へ群がり始めた。
「こんな立派なのを捨てるなんてもったいねえ!」
「さっさと切り分けるぞ!」
「鍋を出せ!」
俺の耳がピクリと動いた。
「……鍋?」
「ええ!」
町長が満面の笑みで振り返る。
「この辺りでは、大角山羊は大変なご馳走なのです」
嫌な予感がした。
男たちが手際よく解体を始める。
「骨も入れろ!」
「内臓はよく洗え!」
「香草もたっぷり摘んでこい!」
俺の額に、一筋の汗が流れた。
(山羊を骨も内臓も丸ごと大鍋で煮込み、おまけに強烈な香草までドッサリ投入するだと……?)
前世の記憶が蘇る。
修学旅行。
南国。
山羊。
祝い事。
となると──まさかあれか??
(……ヒージャー汁!)
「今夜は皆様に、この町自慢の山羊汁を振る舞わせてください!」
町長が嬉しそうに言った。
(やっぱりかァァァァァ!!)
でもたしか汁だけなら、案外いけたような気がする。
問題は肉だ。
噛めば噛むほど、山羊特有の獣臭が鼻へ抜けるんだった。
人によっては「山羊小屋を食っているみたい」とまでいう、あの肉。
そして俺の隣には──
「わぁ♡ 山羊のお料理ですかぁ? 楽しみですねぇ、聖女様♡」
何も知らずニコニコしているレヴィ。
俺はその顔を見た。
そして、トロワーヌ村の宴を思い出した。
アンデュイエット。
特大サイズ。
さらにこいつが押しつけてきた一人前。
(…………)
思わず口元が緩みそうになる。
おっと、いかんいかん。
聖女スマイル。
聖女スマイルだ。
「ええ」
俺はにっこり微笑んだ。
「とても楽しみですね、レヴィ」
「はい♡」
(決めた! 今夜こそお前に山羊汁を食わせてやる!!)
前回の借り、きっちり返させてもらおうじゃねえか。
俺は遠くで煮込みの準備を始める大鍋を眺めながら、静かに復讐を誓ったのだった。
*
そして始まった宴の席。
「さあ聖女様! 先ほど勇者様が討伐された大角山羊の肉を惜しみなく使った、サンコルノ名物・特製『山羊汁』でございます!」
銀鍋からよそわれて運ばれてきたのは、独特の強い香気を放つ白濁したスープだった。
椀の中には、大ぶりに切られたゴロゴロとした肉と内臓、そして大量のよもぎ(フーチバー)が浮かんでいる。
スプーンでそっとスープだけをすくい、口に含む。
(お……! やはり、汁自体は普通にうまいな)
臭み消しのよもぎと塩気が絶妙で、出汁が効いていて実に美味い。
肉さえ避けてスープだけを啜っていれば、ノーダメージでやり過ごせる!
前世の知識がある俺の勝ちだ!
俺が
(よし、食いついた……!)
レヴィの瞳の奥に、「あれ……? 今回の料理、実は当たりなんじゃ……?」という油断と期待の色が浮かぶのを俺は見逃さなかった。
「ふふ、とても味わい深い素晴らしいスープですね。……そうだ、レヴィ。貴女はいつも私を支えようと頑張ってくれていますもの。せっかくですから、一番滋養のあるお肉は、ぜひ貴女が召し上がってください」
俺は完璧な聖女スマイルを浮かべ、自分の椀からゴツゴツとした煮込みヤギ肉と内臓の塊を、すべてレヴィの椀へと優雅に移しかえた。
「えっ……! 聖女様、そんなぁ……私なんかに♡ しかも聖女様のお椀から直接……これって、ほとんど間接キスですよねぇ……ぐへへ♡」
(ハハハ! 騙されおったなバカめ!! 前回の惨劇の報いを受けろ!!)
心の中で腹を抱えて大爆笑しながら、逃げ道を塞ぐように優雅に頷いて見せる俺。
大喜びしたレヴィは何の疑いもなくスプーンで大ぶりのヤギ肉をすくい上げ、パクリと口の中へ放り込んだ。
そして、勢いよく噛み締めた──その瞬間である。
「……ッ! ぐ……ふ……っ♡」
一口噛んだ瞬間、レヴィの目の焦点が合わなくなった。
スープには溶け出しきらなかった強烈なヤギの獣臭と、濃縮された内臓のクセが口内で暴れ回っているのだろう。苦悶の表情でプルプルと震えている。
勝った。俺の完全勝利だ。
(あとは俺がこの美味いスープだけを優雅に啜って──)
俺が勝利の余韻に浸ろうとした、まさにその時だった。
「おおおおっ……! なんという尊いお姿……!」
アルベルトがドバッと涙を流しながら、勢いよく立ち上がった。
「自ら率先して封印を修復されたばかりか、美味しい具材を年下の見習い殿に譲り渡す聖女様のその慈愛……! 私は今、激しく感動しております!」
(え? いや、ちょっと待て)
「私がさきほど討伐したあの勇猛な大角山羊の肉が、このような美しい師弟愛の糧となるとは! ならば、このアルベルト! お二人の絆に、私の全霊をもって応えねばなりません!」
アルベルトはそう叫ぶや否や、鍋底に沈んでいた特大のヤギの頭肉と、ぷるっぷるの巨大な内臓塊を、豪快にすくい上げた。
「さあ! 私が仕留めた最高の肉です! お二人で仲良く分け合ってお召し上がりください!!」
ドスン。ドスン。
豪快な音とともに、アルベルトが狩ったばかりの特大獲物の肉が、俺とレヴィの椀へと半分ずつ叩き込まれた。
スープの表面で、見たこともない部位の肉がぷかぷか浮いている。
それと同時に、熱気とともに怒涛の『獲れたて野生ヤギ臭』が爆風となって俺の鼻腔を直撃した。
(待て待て待て待て!! 鍋底にそんな化け物肉がまだ潜んでいたなんて聞いてないぞ!!)
汁だけ飲んで勝ち逃げするはずだった俺の椀が、一瞬で地獄の肉盛りへと変貌を遂げた。
「さあ聖女様、レヴィ殿! 勇者の愛と村民の感謝の気持ちがこもった特製山羊汁、心ゆくまでご堪能あれ!」
満面の爽やかな笑顔で親指を立てるアルベルト。
俺は隣を見た。
レヴィが、死んだような目でこちらを見つめている。
その目は「道連れにしてやる」という強い意志に満ちていた。
「……聖女様ぁ♡ せっかくの勇者様のご厚意、無駄にはできませんよねぇ……?♡」
「……ええ、もちろんです」
俺たちは互いに引きつった笑顔を交わし、同時に肉へと飛びかかった。
噛んだ瞬間、口内で弾ける野生の生命力。
スープの旨味など一瞬で吹き飛ばす、猛烈な獣の洗礼。
(臭っっっっっっっっっ! 汁はいけたのに具がバカみたいに臭い!! なんだこの野生の塊は!!)
涙目になりながら必死に咀嚼する俺の横で、レヴィも白目を剥きかけながら必死に飲み込んでいた。
「おお……! いかがですか、お二人とも!?」
期待に胸を躍らせて覗き込んでくるアルベルトと町長たち。
脳を突き刺す強烈な獣臭に全細胞が拒絶反応を起こしかけていたが、俺とレヴィは神域の顔面コントロールを発揮し、寸分の狂いもない極上の聖女スマイルを張り付けた。
「「──とっても、野性味溢れるお味ですわ♡」」
あまりのシンクロ率に、町長たちは「おおおっ!」と大歓声をあげて感動していたのだった。
──数百年後。
【聖教本部・公式】
本日、聖教中央大書庫に保管されている『悪魔の経典』より、第七篇「山羊汁」を一般公開いたしました。
南方サンコルノの聖域調査の際、勇者アルベルトが討伐した魔獣の肉を用いて振る舞われたとされる伝承の料理です。
『悪魔の経典』
第七篇 山羊汁
【材料】
山羊の肉、骨、内臓:どっさり(雄だとなお凄まじい)
よもぎ(フーチバー):山盛り(スープの防波堤)
塩、生姜:適量
【作り方】
1 煮込む(絶望ゾーン)
山羊を骨ごとじっくり煮込む。スープには良い出汁が出る。だが実はもう手遅れだ。
2 盛り付ける
椀に盛り付け、よもぎを添える。塩と生姜で味をととのえる。
【戒め】
香辛料や酒で臭みを抑えたり、山羊特有の脂を落としたり、若い肉を使ったりすれば、山羊料理は普通に美味い。だが山羊汁だけは違う。獣臭を逃がすどころか、全部スープの中へ回収しているようなものだ。肉を噛んだ瞬間、ムキムキの山羊が口のなかで生き返ってくる。それでも、一人で食べるよりは誰かと一緒に苦しみながら食べた方が、案外いい思い出になるのかもしれない。
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@聖女様ガチ勢
第七篇きた!! サンコルノの聖域回だ!!
@サンコルノ市民
聖域探検のあとに食べるうちの山羊汁は最高だぞ!
@グルメレビュー転載 bot
「スープは思ったよりあっさりしていて、塩味の出汁として普通に美味しかったです。ただ、肉を噛んだ瞬間に独特の獣臭が一気に鼻へ抜けました。私には山羊小屋を思い出す香りで、肉だけ残してしまいました」★2.0
@一般信徒
汁と肉で評価が分裂してて草。
@サンコルノ市民
これ分かる。素人は最初「普通にうまいじゃん」って汁すすって調子乗るんだよ。肉噛んでから本番だぞ。
@一般信徒
飯食うのにプロ資格がいるとかやばすぎだろサンコルノwww
@グルメレビュー転載 bot
「店に入った瞬間から独特の香りがありました。脂の多い部分はかなり強烈です。途中からフーチバーと生姜を大量投入しましたが、それでも私は完食できませんでした」★1.0
@一般信徒
薬味が救援に来ても戦線崩壊してるじゃねえか。
@グルメレビュー転載 bot
「山羊特有の香りはかなりあります。でも私はこの香りが好きです。骨や内臓から出た濃い出汁に塩だけのシンプルな味付けが最高。むしろ臭みを全部消してしまったら山羊汁を食べる意味がないと思います」★5.0
@一般信徒
臭いを欠点じゃなく個性として評価するガチ勢が現れた。
@サンコルノ市民
結論:山羊汁は店と山羊と本人の好みで全然違う。
@再現料理部
本格ヤギ汁再現してみた!
汁はマジで出汁が効いててうまい! でも煮込み肉を噛んだ瞬間、部屋が牧場になった。
@料理好き
山羊って、肉そのものより脂に独特の香りが乗りやすいんだよ。臭みを抑えたいなら、焼いて余分な脂を落としたり、下茹でして煮汁を替えたりするんだ。
だから他の国の山羊料理と山羊汁はだいぶ違うんだよね。
@再現料理部二号
よもぎマシマシで食ったらなんとかいけるわ。よもぎは救世主!
@一般信徒
【朗報】よもぎ、頑張る。
@一般信徒
ていうかよもぎって草餅以外で仕事することあんだなw
@一般信徒
それより『悪魔の経典』の最後の「誰か」ってなんだよ。ずっと三人旅だろ?
アルベルト様は山羊汁余裕そうだし……。
@一般信徒
あっ。
@レヴィ研究会
…………。
@聖女様ガチ勢
セシリア様×レヴィ様てぇてぇ!!
@勇者研究会
アルベルト様の奮闘記『南国篇』より抜粋。「私は襲撃してきた大角山羊を討伐した。その肉を用いた山羊汁を聖女様とレヴィ殿が互いに譲り合う姿に深く感じ入り、私が仕留めた分は全て献上した。お二人は涙を流しながら喜んで平らげてくださった」
@一般信徒
互いに譲り合うwwwwww
@レヴィ研究会
それ絶対、美しい譲り合いじゃなくて押し付け合いです。
@一般信徒
「誰かと一緒に苦しみながら食べた方が案外いい思い出になる」とかエモいこと言ってるけど、実は共倒れしただけなんじゃ?
@一般信徒
wwwwwwwwww
@聖女様ガチ勢
でも結果的に二人で完食したんだからやっぱりてぇてぇ。
@旅動画勢
【聖地巡礼】聖女師弟共倒れの地! サンコルノの聖域跡を見学したあと、特大ヤギ汁を食って鼻からヤギ吐きそうになったwww #聖女巡礼 #クソ飯体験 #共倒れ系聖女 #サンコルノ
@一般信徒
歴史から何も学んでなくて草。
@サンコルノ市民
だから汁で油断するなって言ってるだろ。