聖女様の『悪魔の経典 』~元おっさんが遺したクソ料理撲滅レシピ、数百年後に大バズりする~ 作:宙うし
かつて世界を絶望に陥れた魔王レヴィアタン。
伝承によると、当時の初代聖女と勇者は、一度の戦いで魔王を討ち取ったわけではないらしい。
巨躯にして途方もない魔力を誇るレヴィアタンを世界中で追い回し、各地で戦うたびに、その力や肉体の一部を少しずつ削り取っていった。
そして、削り取った魔力や残滓を、その土地ごとに封印していったのだという。
そのため、現在でも世界中に魔王の封印が点在している。
そして当然ながら、世界各地にある封印は定期的に点検・管理しなければならない。
そのために作られたのが、聖教本部地下に存在する長距離空間転移装置――通称『転移門』である。
石造りの地下室に鎮座する、青く輝く光の渦を前にして、俺は心の中で全力のツッコミを入れていた。
(マジで俺の転生世界、旅の扉まであるのかよ。ビバ・ファンタジーワールド)
「セシリア様、転移門の準備が整いました。今回の目的地は、遥か東方にある大国――『華龍帝国』でございます」
アルベルトが爽やかに告げる。
俺とレヴィ、そしてアルベルトの三人は、光の渦へと足を踏み入れた。
視界がぐにゃりと歪み、一瞬の浮遊感。
次の瞬間、鼻腔を突いたのは――強烈な香辛料と八角、そして熱気と雑踏の匂いだった。
目の前に広がるのは、どこまでも続く巨大な朱色の城壁。
波打つような黒い瓦屋根に、鮮やかな赤い柱。軒下には無数の赤い提灯が吊り下げられ、行き交う人々は華やかな刺繍の入った長袍を纏っている。
道端の屋台からはモクモクと煙が上がり、麺をすする音と威勢のいい声が飛び交っていた。
(……中国じゃねえか)
南国の沖縄に続き、今度はアジアンテイスト溢れる中華風ファンタジー帝国。
デジャヴである。
「ようこそおいでくださいました、聖女様! 勇者様!」
出迎えたのは、豪華な絹の衣装を纏った現地の総督だった。
「封印のある『赤龍山』は、ここからさらに奥地。道中は非常に険しゅうございます。本日はまず旅の疲れを癒やし、明日の調査への英気を養っていただくため、当国最高の壮行宴をご用意いたしました!」
総督に案内され、俺たちは豪華絢爛な宮殿の大広間へと通された。
巨大な円卓の周囲に腰を下ろすと、次々と豪華な料理が運ばれてくる。
だが、俺は密かに身を硬くしていた。
(だって中国だぜ? どうせまた変な珍味が出てくるんだろ。蛇か? 蝙蝠か? 何でも来やがれ!)
「ささ、聖女様!」
総督が満面の笑みで手を叩いた。
「当国には『無鶏不成宴』――『鶏料理なくして宴席は成り立たず』という言い回しがございましてな! 本日の主菜として、当国特製の鶏料理をご用意いたしました!」
俺の目の前に、重厚な銀の蓋が置かれた。
(……鶏肉!?)
俺の心が跳ね上がった。
(ナイス中国!! 鶏肉なら絶対安全だろ!! クソ飯にしようがねえ!! 焼いてよし、揚げてよし、蒸してよし! さすが四千年だか何年だか知らねえが、中華の鶏料理なら大勝利間違いなしだぜ!!)
絶対勝利の予感に、俺の口元が緩む。
「では、お開けいたします」
給仕が恭しく銀蓋を持ち上げた。
パカッ。
「…………」
俺は目を疑った。
直径五十センチはある巨大な大皿。
そこに広がっていたのは――視界を埋め尽くす、真っ赤な唐辛子の山だった。赤。とにかく赤。皿の99%が、大量の乾燥唐辛子と花椒で覆われている。
(……鶏どこ????)
俺は心の中で絶叫した。
(料理の九割が唐辛子じゃねえか!! 鶏肉が唐辛子の海に埋葬されてんだろこれ!! メシ食うのに宝探しさせんな!!)
「おお……! なんと色鮮やかで力強いお料理か!」
アルベルトが感動の声を上げる。
総督が誇らしげに頷いた。
「大量の唐辛子と花椒で鶏肉を炒め上げた、当国自慢の刺激的な逸品『辣子鶏』! 汗を流して邪気を払い、英気を養うには最高の壮行料理でございます!」
「ふふ♡ 美味しそうですねぇ、聖女様♡」
何も知らないレヴィが、真っ赤な皿を見て呑気に目を輝かせている。
(待て、落ち着け俺。唐辛子はあくまで風味付けの「飾り」の可能性もある。肉だけをうまく拾って食べれば――)
俺は意を決し、箸で唐辛子の山をかき分けた。
ガサガサ。
ガサガサ。
ようやく発掘した小さな鶏肉の一片をつまみ上げ、口へと運ぶ。
サクッ。
――次の瞬間。
爆★殺。
(ッッッッッッッッッ痛ったあああああああああああい!?!?!?)
辛いとかいうレベルではない。「痛い」のだ。 舌の表面が一瞬で焼け落ちた錯覚にとらわれる。 さらに遅れてやってくる、花椒による猛烈な痺れ。口内の感覚が麻痺し、同時に喉の奥で火災が発生した。
(痛い痛い痛い!! 舌が燃える!! 口の中に火属性上級魔法『フレイムブロウ』ぶち込まれたみてえなんだけど!? 兵器だろこれ!!)
涙目になりながら必死に耐える俺の横で、レヴィも「わぁ♡」と小さな肉を口へ運んでいた。
モグ。
「……ッ!?!?!?」
レヴィの動きがピタリと止まった。
みるみるうちに顔色が失われ、額から大量の汗が噴き出す。
瞳からツーッと涙がこぼれ、プルプルと震え始めた。
その時、俺とレヴィの視線が交差した。普段はドロドロの牽制をし合う俺たちだったが、今この瞬間だけは、種族(同じ)と言語(同じ)を超えた固い絆が芽生えていた。
((……この料理、ヤバい))
一切言葉を交わさず、目配せだけで暗黙の協定が成立する。
そして二人の視線が、同時に一人の男へと向いた。
――アルベルト。
幸い、ここは中華料理の円卓。
中央には大きな回転台が備え付けられている。
「アルベルト様ぁ……♡」
レヴィが青ざめた顔に引きつった笑顔を張り付けた。
「勇者様として、この素晴らしい唐辛子まで召し上がる勇ましいお姿……ぜひ拝見したいですわぁ♡」
ガラガラガラガラッ!!
レヴィが回転台を勢いよく回す。
真っ赤な唐辛子の山が、アルベルトの真正面へと滑っていった。
「おお! それではご期待に応え、聖なる勇者の力をお見せしましょう!」
乗せられやすい天然筋肉バカが食いついた。
俺もすかさず追撃する。
「まあ、さすがアルベルトさん! 勇者たるもの、このお皿に盛られた唐辛子の一粒まで、見事に召し上がってくださいますよね」
「もちろんです! セシリア様とレヴィ殿のご期待、このアルベルトがお応えしてみせます!」
アルベルトは歓喜の声を上げると、大量の赤唐辛子と花椒を豪快に匙ですくった。
そして、そのまま口へ。
ボリボリ。
ザクザク。
(勝った……!!)
俺は心の中でガッツポーズを決めた。
(こいつに全部押し付ければ、俺たちは自分の皿に残った分だけで済む!!)
「うむ! 香ばしい! そしてこの刺激! 素晴らしい!」
平然と唐辛子の山を飲み込んでいくアルベルト。その異常な光景を前に、俺とレヴィは互いに視線を交わし、安堵の息を漏らした。
だが、ふと彼の顔を見上げたその瞬間――俺は絶句した。
(……え?)
味覚と痛覚がバグっているアルベルトだったが、どうやら粘膜の物理現象までは誤魔化せなかったらしい。
大量の超激辛カプサイシンと痺れ成分を直接摂取し続けた結果、アルベルトの唇が尋常じゃないレベルで肥大化していた。 鮮血のように真っ赤に腫れ上がり、まるで――
(……サ、サン◯ーバードの人形じゃねえか!!)
あの昔の特撮人形劇に出てくる、独特なパキッとしたパーツのような、分厚く硬直した真っ赤な唇。端正な男前顔の真ん中に、唐突に装着されたド派手な赤唇。
「フハハ! セシリア様、この刺激、実に癖になりますな!」
サ◯ダーバード顔のまま、真剣な表情で爽やかに語りかけてくるアルベルト。
(ぶっっっっっっっっっ!!!)
あかん。
ツボに入った。
吹き出しそうになり、俺は必死に息を止める。
だが、その瞬間。
「ゴホッ……!?」
むせた。口内に残っていた唐辛子と花椒の粉末が、咳の勢いで気道と鼻腔の奥へと一気に逆流する。
(ッッッッッ痛い痛い痛い痛い!!!!! 鼻の穴にフレイムブロウ直撃した!! 粘膜が!! 俺の粘膜が全滅するううううううううううう!!)
「セシリア様!?」
「聖女様ぁ!?」
鼻から火を噴きそうな激痛に涙が滝のように溢れ出す。
だが、目の前には総督も給仕もいる。
ここで鼻水と涙を垂らして悶絶するわけにはいかない。
俺は神域の顔筋コントロールを総動員し、溢れ出る激痛の涙を「感動の涙」へと偽装する。
そして鼻腔を焼かれながら、プルプル震える声で言い放った。
「……ううっ……あまりの……美味に……涙が止まりません……」
隣を見る。
レヴィも白目を剥きかけながら、引きつった聖女スマイルを浮かべていた。
「わ、私も……感動で……涙が……♡」
「おおおおっ!!」
総督が立ち上がった。
「聖女様方が涙を流して喜んでおられるぞ!」
大広間に拍手喝采が巻き起こる。
その歓声の中心で、俺とレヴィは鼻腔と口内を激辛で焼かれながら、引きつった笑顔のまま固まっていたのだった。
――数百年後。
【聖教本部・公式】
本日、聖教中央大書庫に保管されている『悪魔の経典』より、第八篇「辣子鶏」を一般公開いたしました。
光の聖女セシリアが東方・華龍帝国の封印調査へ赴いた際、現地総督より壮行の料理として振る舞われたと伝えられています。
『悪魔の経典』
第八篇 辣子鶏
【材料】
鶏肉:食べやすい大きさに切ったもの
乾燥赤唐辛子:山盛り(限界を超えろ)
花椒:たっぷり(限界を……)
生姜、にんにく、長ねぎ:適量
醤油、酒、塩:適量
油:鶏肉を揚げられるくらい
【作り方】
1 鶏肉に下味をつける
小さく切った鶏肉に塩、酒、醤油などで下味をつけておく。
2 鶏肉を揚げる
鶏肉を油でカリッと香ばしく揚げる。この時点で食えば万人にとって絶対に美味い。
3 唐辛子と花椒を炒める(絶望ゾーン)
鍋に油を熱し、生姜、にんにく、花椒、そして大量の乾燥唐辛子を炒める。遠慮するな。鶏肉が見えなくなるくらい入れろ。
4 鶏肉を戻す
揚げた鶏肉を唐辛子の山へ投入し、香りと辛味をしっかり絡ませる。皿へ盛り付けて完成。
【戒め】
鶏肉はカリッと香ばしく、唐辛子と花椒の香りもよい。辛い物が好きな人間には、たぶん普通に美味い。ただし、調子に乗って皿いっぱいの乾燥唐辛子まで全部食う必要はない。食わせてはならない。ましてや、それを食って唇が真っ赤に腫れた人間を見ても笑ってはならない。
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@聖女様ガチ勢
第八篇きたーー!! 華龍料理だ!!
@一般信徒
「この時点で食えば絶対に美味い」で笑った。
聖女様、唐辛子投入前までは評価してるじゃん。
@グルメレビュー転載bot
「鶏肉は外側がカリッとして香ばしく、中は柔らかい。唐辛子と花椒の香りが強烈で、一口食べると止まらなくなります。辛い料理が好きなら最高です」★5.0
@一般信徒
普通に絶賛レビュー来た。
@華龍民
だから辣子鶏は普通に美味いんだって!!
@グルメレビュー転載bot
「見た瞬間は唐辛子しかないのかと思いましたが、その中から鶏肉を探して食べるのが楽しい。麻辣の痺れと香ばしさが癖になります」★5.0
@一般信徒
「鶏肉を探すのが楽しい」って、どういうこと?鶏料理なのに鶏肉が見えないのかw
@グルメレビュー転載bot
「味は美味しいのですが、私には辛すぎました。唐辛子より鶏肉を食べたいのに、どこを見ても赤い。食べ終わる頃には口の中が完全に麻痺していました」★2.0
@グルメレビュー転載bot
「乾燥唐辛子の皮を噛む食感が苦手です。鶏肉自体は香ばしくて美味しいので、唐辛子を避けながら食べました」★3.0
@華龍民
いや、それでいいんだよ。普通は唐辛子全部食わねえよ。
@一般信徒
え?
@一般信徒
じゃあ悪魔の経典に書いてある「皿いっぱいの乾燥唐辛子まで全部食った人間」って誰だよ。
@勇者研究会
嫌な予感がして当時の記録を確認してきました、勇者アルベルト『東方遠征記』より。「香辛料まで余すことなくいただいた。華龍の民が育んだ食文化を残すことなど、勇者としてできようはずもない」
@一般信徒
料理相手にも勇気あふれてるなw
さすが勇者様!
@華龍民
唐辛子は食文化への敬意で完食するものじゃねえwwww
@勇者研究会
さらに、「食後、セシリア様とレヴィ殿は私の姿をご覧になり、感極まって涙を流された」とあります。
@一般信徒
その直後の『悪魔の経典』が、「唇が真っ赤に腫れた人間を見ても笑うな」ですかw
@歴史専攻
当時の総督府が編纂した『赤龍山封印使節記』には、「勇者アルベルトは華龍の香辛料料理を一片たりとも残さず平らげ、聖女セシリア、見習い聖女レヴィの両名は、感激のあまり涙を流して喜ばれた」と記されていたのに!?
@一般信徒
全部つながったwwwww三人が仲良さそうでホントすこ
@聖女様ガチ勢
やめろ!! 美しい感涙として歴史に残しておけ!!
@再現料理部
鶏肉だけ拾って食べると、カリカリで香ばしくてめちゃくちゃ美味い。調子に乗って唐辛子まで食べたら普通に後悔した。
@一般信徒
数百年越しに戒めが役立ってる。
@旅動画勢
【聖地巡礼】華龍料理で辣子鶏を実食! 勇者チャレンジで唐辛子まで完食しようとした結果…… #聖女巡礼 #クソ飯体験 #辣子鶏 #勇者チャレンジ #鼻腔全焼
@一般信徒
悪魔の経典を読んだ上で、なぜ勇者の方を真似してしまうのか。
@老舗・龍鳳楼【公式】
『悪魔の経典』第八篇公開記念! 当店名物・辣子鶏を期間限定で「聖女様仕様」に!
乾燥唐辛子を通常の三倍に増量してご提供いたします!
@再現料理部
元から唐辛子で飽和してんだから、いらんことすな。