蜂の巣と属性十倍の間で命乞いをするだけの簡単なお仕事です 作:翔田美琴
幾重にも重なる規律と、絶対的な理によって統制された漆黒の執務室。
淡い魔導光に照らされた黒檀の長机には、ハンターズギルド各拠点から寄せられた、異様な分量の嘆願書が積み上がっていた。
「……またポッケ村とユクモ村からか。読むに堪えん害毒だな」
紫の瞳を眇め、藍色の耐熱耐寒ジャッジメントコートの襟元を正したのはレム判事だ。白銀の短髪に端正な口髭、彫刻のように整った中性的な貌には、隠しきれない軽蔑の色が浮かんでいる。彼の手元にある書類には、朱色のインクで『至急処分要請』の印が捺されていた。
長机の端に腰掛け、黒革の手袋を嵌めた手で書類を放り投げたのはエリオット隊長である。銀髪をわずかに揺らし、テンションの極めて低い声で吐き捨てるように言った。
「やってられるか。ポッケ村の連中は俺をテオ・テスカトルか何かだと思っているらしいが……そんな猛毒の古龍より性質が悪いのが野放しになっている。ジェシカ・フローベル、それにユウキ・ナガサト。この二人の素行記録を見たか?」
「ああ、目を通したよ。呆れて紫煙の味まで濁りそうだ」
壁際で煙草を燻らせていたレンブラント氏が、黒系軍服の胸ポケットから紙片を取り出した。白シャツに映える金のバックルを軋ませながら、呆れたように煙を吐き出す。
「新米ハンターを闇討ちして素材を強奪、露店商を刃物で脅迫してゼニーを巻き上げ、労働の一切を拒否してユクモ温泉の好意を食い潰す。果てはギルドの受付で喚き散らし、業務を完全に停止させたそうだ。ベルナ村の連中は私を凶暴なゴリラか何かのように恐れるがね、真に社会を破壊しているのは、あのような恥知らずの寄生虫たちだよ」
嘆願書に綴られた被害の実態は凄惨を極めていた。
誇り高き狩猟の掟を嘲笑い、「世の中うまく立ち回ったもん勝ち」「金がすべて」と嘯いて他者を踏みにじる青髪の女ジェシカ。そして、財布の中身はゼロであるにもかかわらず「私を誰だと思っている」と傲慢にふんぞり返り、雪かき一つすら放棄して貪り食うユウキ。
「法と秩序を侮蔑し、他責と虚栄に塗れた精神。このような者を生態系の中に放置しておくことは、機構の規律に反する」
レム判事が冷徹に告げ、書類にサインを走らせた。
「これより、ルージュ機構による更生執行プロトコルを開始する。対象の身柄を強制拘束し、過酷なる狩猟の現実をもって、その空洞のプライドを徹底的に解体・再構築する」
「……気が進まんが、害虫駆除なら仕方ない。俺のクロームレイザーの属性値、その傲慢な頭に叩き込んでやるか」
「ふっ、私の夜砲も久しぶりに無駄弾を撃つことになりそうだ。蜂の巣にしてから、労働の尊さを教えてやるとしよう」
三人の規格外ハンターたちの冷ややかな視線が、机上に並べられた二つの人相書きへと向けられた。救いようのない地雷女たちに、逃れ得ぬ再教育の鉄槌が下されようとしていた。