蜂の巣と属性十倍の間で命乞いをするだけの簡単なお仕事です 作:翔田美琴
採掘場の吹雪は、さらに密度を増していた。
創造主・美琴が去ったあとの冷気は、もはや皮膚を刺すどころか骨の髄まで軋ませる。
岩肌には、二人が必死に打ち込んだピッケルの刃先が浅く引っかかっているだけ。ノルマの箱は相変わらず底が見えていた。
「はぁ……はぁ……! あ、頭おかしいんじゃないの!? 芸術的に叫べとか、台詞のバリエーションとか、意味わかんない! 私は被害者よ! なんでこんなクソ寒いところで、あんな電波女にダメ出し食らわなきゃいけないわけ!?」
ジェシカは腫れ上がった膝を雪に打ちつけながら、懲りもせず毒づいた。青髪は凍りついてバリバリと音を立て、自慢だったはずのドレスの端切れは泥水を含んで重く垂れ下がっている。
その隣で、ユウキの極薄メンタルはすでに完全に限界を突破していた。
寒さと空腹、そして「世界の創造主」という理外の存在を目の当たりにした恐怖で、思考回路がショートを起こしていた。
「も、もう無理ぃ……! 死ぬのはいやぁぁ……あ、ダメ、ワンパターンって怒られる……えっと、えっとぉ……!」
混乱したユウキは、またしても最悪の選択肢へ手を伸ばした。
過去、修羅場を適当なお道化とおふざけで乗り切ってきた浅薄な成功体験が、暴走した脳髄を支配する。
「……そ、そうだ! 芸術的! おもしろおかしく謝れば、あの人たちもウケて許してくれるかも……!」
ユウキは凍りついたピッケルを放り投げ、雪まみれの体を無理やり跳ね起こした。そして、顔面を痙攣させながら、両手をタコのようにくねらせ、奇妙な腰つきでステップを踏み始めた。
「ほ、ほいさっさ〜の、よいとまけ〜☆ 全宇宙の神々およびイケメン各位! あたしユウキちゃんの脳みそお花畑ダンスで大・赦・免! なんちて、反省の舞〜〜っ! パフパフ〜☆ これで帳消し、はい解散っ! ね? 芸術的でしょぉぉ!?」
極寒の雪山に響く、寒気すら凍りつくような絶望的なスベり倒し。
ジェシカが「あ、あんた何やって……」と引きつった声を上げた、その瞬間だった。
カチリ。
金属が噛み合う、静寂を切り裂く冷たい音。
「……レンブラント」
腕を組んだレム判事の紫の瞳が、侮蔑を通り越して「虚無」を見つめる色へと変わっていた。
「ああ、聞こえているよ、判事」
レンブラント氏が咥え煙草を雪の上に落とし、軍靴の踵で無残に踏み消した。
黒系軍服の襟元を整えながら、彼が抱える『夜砲【黒風】』のロングバレルが、水平に持ち上がる。
「言ったはずだぞ。貴様らにふざけた音を出す口は不要だと」
レンブラントの口調は、怒声ですらなかった。
ただ淡々と、害虫の駆除手順を確認するような平坦さ。
「ギャグ謝罪は即死刑――そう言ったはずだな」
「え……?」
ユウキのタコ踊りがピタリと止まる。
突きつけられた漆黒の銃口の奥で、カチカチと超高密度の弾薬が際限なく充填されていく異音が響く。『反動軽減+3』『フルリロード』『弾薬無限』。機構の魔力が暴威となってバレルを白熱させていた。
「ひ……あ、いや、今のはその……芸術的っていうから……!」
「……やってられるか」
背後から、エリオット隊長がクロームレイザーの刀身を雪原に突き立てた。地響きとともに、周囲の雪煙が一斉に弾け飛ぶ。
「猿の踊りを見せられる俺たちの身にもなれ。……レンブラント、蜂の巣にしろ。手足の先から粉微塵にしてやれば、少しは自分の置かれた現実を理解するだろう」
「待て、エリオット。全身を吹き飛ばしては労働力にならん」
レム判事が冷徹に割り込み、鬼哭斬破刀真打の柄に指をかけた。
「指先と足首の軟骨だけを正確に削ぎ落とせ。……舞を踊る足も、ピッケルを放り出す手も、今の貴様らには過ぎた贅沢品だ」
「ヒィィィィィッッ!?」
ユウキの喉から、もはや言葉にならない引き裂かれたような悲鳴が上がった。
ジェシカもまた、自分ごと掃討対象にロックオンされていることを悟り、雪の中に額を激突させて絶叫した。
「わ、私のせいじゃない! こいつが勝手に踊ったの! こいつを殺しなさいよぉぉぉ!!」
「醜悪だな。仲間を売るその舌から、まずは風穴を開けてやろう」
レンブラントの指が、トリガーに重くかけられた。
黒風の銃口から、目も眩むような閃光と轟音が爆発する直前、二人の限界を超えた本物の絶叫が、雪山全域を揺るがした。