蜂の巣と属性十倍の間で命乞いをするだけの簡単なお仕事です 作:翔田美琴
ユクモの澄んだ空気を切り裂いたのは、レム判事の氷のように研ぎ澄まされた美声だった。
「静粛に。……これより、この二匹が纏う『虚飾の織物』を、糸の一本に至るまで解体する」
藍色のジャッジメントコートを翻し、レム判事は手袋を嵌めた指先で、泥に塗れたジェシカのバッグを摘み上げた。
そして、人垣の誰もが見える頭上高くへと掲げる。
「刮目せよ。己を高貴な捕食者と偽り、弱者を踏みにじることでしか自尊心を保てぬ哀れな詐術の証を。……このバッグ、王立古生物書士隊の鑑定を待つまでもない。安物の粗悪な合皮に、他国の紋章を杜撰に模倣しただけの【完全な贋作】だ」
「な……っ!? や、やめなさいよ! それは限定品の、本物のぉぉっ!!」
ジェシカが顔を真紅に染めて叫ぶが、レム判事は鬼哭斬破刀真打の切っ先を僅かに動かし、バッグの縫い目を美しくスライスした。
中から雪崩れ落ちたのは、強盗と恐喝でかき集めた端た金と、他人の貯金口座から不正に引き出した擦り切れの紙片。
「課金という名の虚無の数字に魂を売り渡し、友人の信頼を盗み、逆恨みで闇討ちを重ね、コンビニやスーパーのレジすら漁った前科の数々。果ては転売という名の浅ましい利鞘稼ぎで客に返り討ちに遭った、ただの【社会的汚物】。……それが貴様の、メッキすら剥がれ落ちた剥製の内実だ」
広場から、どっと嘲笑が沸き起こる。
「うわぁ、ブランド品すら偽物かよ!」「前科まみれの泥棒女!」「どの面下げて勝ち組気取ってたんだ!」
「ヒィィッ! ち、違う、私は、私は特別な存在なのよぉぉぉっ!!」
ジェシカは両手で耳を塞ぎ、かつてない屈辱に爪が食い込むほど頭を抱え込んだ。
「……やってられるか。次はそこの、空っぽの王冠を被った道化だ」
エリオット隊長がクロームレイザーの巨大な刀身を石畳へ突き立てる。
地響きとともに、ユウキの目の前に転がっていた【中身ゼロの革財布】が跳ね上がった。
「『金持ってるから私を見ろ』と喚き散らしたその懐に、一体いくらの価値が眠っている? ……答えはゼロだ。一銭の価値も生み出せず、雪かき一つすら『重い』と投げ出し、ギルドの受付では文字すら読めぬ無能を晒して放逐された寄生虫。己の無知を棚に上げ、他者を『猿』と見下すことでしか呼吸ができない、哀れな【0円女王様】の玉座がこれだ」
「あ、あ、あああ……っ!」
ユウキの喉から、言葉にならない掠れた呻きが漏れる。
虚栄の鎧を一枚ずつ剥ぎ取られ、心臓の最も柔らかく醜い部分を白日の下に晒される拷問。周囲を取り囲む村人たちから投げられるのは、怒りですらない。ただの「哀れみ」と「汚物を見る冷笑」だった。
「ふっ、弾丸を撃ち込む価値すらない空洞だな」
レンブラント氏が紫煙を二人の頭上へ吹きかけ、冷ややかに締めくくった。
「知性なし、財産なし、誇りなし。あるのは他責という名の醜悪な脂肪だけ。……これ以上なく芸術的に、貴様らの正体が暴かれたな」
喝采と侮蔑の嵐が吹き荒れる広場の中央で、二人の地雷女は完全に己の存在価値を否定され、泥水を啜りながら絶望の底へと沈み込んでいった。
ユクモ村の広場で徹底的に虚飾を剥ぎ取られた二人に、足を止めて咽び泣く猶予すら与えられなかった。
「立て。巡回指導の行程はまだ緒に就いたばかりだ」
レム判事の冷徹な声が響き、二人の首根っこには重厚な鎖が掛けられた。逃走防止の魔導錠が冷たく軋む。
ユクモの青々とした渓流を抜け、連行された先は――標高数千メートル、骨身を削る寒風が吹き荒れる白銀の集落、ポッケ村であった。
そこはかつて、ユウキが「寒くてダルい」「重いの無理」と雪かきのスコップを放り出して逃げ出し、ジェシカが村の備蓄庫を物色しようとして警戒網に引っかかった因縁の地。
村の中央、巨大なアイルーキッチンと村長の館を結ぶ広場には、厚手の毛皮を着込んだポッケ村の住民たち、そして腕利きの雪山ハンターたちがすでに黒山の人だかりを作っていた。
「見ろよ、あの情けない顔!」
「雪かきを放り出して食料庫の干し肉を盗もうとした、あの穀潰しの女だ!」
「ユクモで泥棒やって捕まったんだってさ! みっともねえ!」
村の頑固な古株ハンターたちが、氷の塊や雪玉を二人の足元へ容赦なく投げつける。
「や、やめてよぉ……! 寒い、痛い、見ないでぇぇっ!!」
ジェシカは薄汚れたドレスの残骸をかき集め、顔を隠そうとしゃがみ込む。しかし、背後に立つレンブラント氏が夜砲【黒風】の冷たい銃身でその背中を小突いた。
「顔を上げろ。観客への礼儀がなっていないぞ。……貴様が自慢していた『立ち回りの上手さ』とやらを、この寒空の下で生き抜く村人たちに披露してはどうだ?」
「ひっ……! あ、あたしは……あたしは悪くないのにぃ……!」
そこへ、ポッケ村の受付嬢が書類を手に進み出て、集まった全員に聞こえる凛とした声で読み上げた。
「ユウキ・ナガサト! 村の共有資源であるホットドリンクを無断でがぶ飲みし、アイルーたちの仕込みを台無しにした挙げ句、『私を誰だと思ってるの』と逆ギレした罪、村の記録から消えていませんよ!」
「ジェシカ・フローベル! ギルドの新人用ピッケルを盗んで売り捌こうとしたコソ泥! この村の厳しさを舐めるんじゃないよ!」
住民たちから浴びせられるのは、ユクモの時以上の、生活と生存に根ざした容赦なき罵声だった。
過酷な極寒の地で互いに助け合って生きるポッケ村の人間にとって、労働を嫌い、他人の分け前を掠め取る寄生虫は、猛吹雪やティガレックス以上に唾棄すべき害毒でしかなかった。
「……やってられるか。ポッケ村の連中は俺をドドブランゴだのラージャンだのと恐れるが」
エリオット隊長がクロームレイザーの切っ先を雪深き地面に突き立て、二人を見下ろす。
「こいつらは害獣の肉塊にすら劣る。雪かき一つすら己のプライドに負けて逃げ出した無能が、どの面を下げてこの村の土を踏んでいる?」
「う、うわぁぁぁん!! ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ!!」
ユウキは雪の上に頭を擦り付け、凍傷寸前の手で頭を抱えて泣き喚いた。
「もう二度と威張らないからぁ! 0円女王様なんて言わないから許してぇぇぇ!!」
「……その舌先三寸の詫び言に、何の重みもないことは既に実証済みだ」
レム判事がジャッジメントコートを翻し、氷点下の風の中で冷ややかに言い放つ。
「ユクモの湯で恥を雪ぎきれず、ポッケの雪に頭を垂れる。貴様らが積み上げてきた悪行のツケは、この程度で見逃されるほど安くはない。……行け、次の現場へ。己の無価値さを、世界中のギルドの目に焼き付けさせるまで、この行脚は終わらん」
嘲笑と軽蔑の嵐が吹き荒れる中、二人は凍てつく雪道を這うようにして、次なる裁きの場へと引き立てられていった。