蜂の巣と属性十倍の間で命乞いをするだけの簡単なお仕事です   作:翔田美琴

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第18話 ポッケ村人の唾棄

「ぺっ! 汚らわしい穀潰しが!」

 

処刑台の下、先頭に立っていた屈強な雪山炭鉱夫の男が、ユウキの足元の雪を狙って勢いよく唾を吐き捨てた。

黄色く濁った唾液が、氷の柱に縛り付けられたユウキの剥き出しの足首へピチャリと跳ね返る。

 

「ひっ……! 汚ったない! なによこれぇっ!?」

「汚いのはてめえの性根だ、この寄生虫野郎が!」

 

男は太い指を突きつけ、吹雪を割るような怒号を浴びせかけた。

 

「『重いの無理』だぁ!? 『寒くてダルい』だぁ!? てめえがサボって放り出したスコップの分、村の年寄りが腰を痛めながら雪を掻き出してたんだぞ! それどころか食料庫の干し肉を盗み食いして、『金持ってるから私を見ろ』だ!? 中身ゼロの空っぽ財布ぶら下げて、どの口が抜かしてやがる!」

「そうだ! アイルーたちが凍えながら仕込んだスープをタダ食いしやがって!」

 

毛皮を羽織った村の女将が、泥混じりの雪塊をユウキの額めがけて投げつけた。ベチャリと鈍い音を立てて冷たい泥がユウキの顔面にこびりつく。

 

「ぺっ! この恩知らずの豚め! 受付の嬢ちゃんたちを猿呼ばわりしたんだってねえ!? 自分の名前の漢字すら怪しいくせに、知性があるフリしてんじゃないよ! 難しいことわかんないなら、山奥でギアノスの餌にでもなってな!」

「ぎゃっ!? つ、冷たい! 泥が……あたしの顔に泥がぁぁっ!」

 

ユウキは首を振って泥を払おうとするが、氷柱の鎖に締め上げられて身動き一つ取れない。

 

「おい、ユウキ・ナガサト!」

 

かつてユウキに「殺してやる」と喚き散らされたギルドの荷運び少年が、憎悪に満ちた目を向けて唾を吐きかけた。

「『0円女王様』だっけか!? 偉そうにふんぞり返ってた玉座が、その氷の処刑台かよ! お似合いだな! 他人に寄生しなきゃ水一杯すら飲めない無能のくせに、威張り散らしてんじゃねえよ! 村から消えろ、このクズ!」

 

「消えろ!」

「恥を知れ!」

「生きてる価値もない!」

 

四方八方から浴びせられる唾と、泥雪の礫、そして容赦のない嘲笑の嵐。

かつて見下し、適当にあしらって食い物にしてやろうと舐め腐っていた「田舎者たち」から、虫ケラ以下の汚物として扱われる屈辱。

 

「う……うわぁぁぁん!! やめてぇぇぇ!!」

 

ユウキは泥と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を歪ませ、情けなく叫んだ。

 

「あたしは悪くないもん! なんであたしがこんな目に遭わなきゃいけないのよぉぉ! 難しいことわかんない! わかんないぃぃぃ!!」

「……やってられるか。まだ他人のせいにするか、その期に及んで」

 

エリオット隊長が心底軽蔑しきった目を向け、クロームレイザーの腹で氷盤を踏み鳴らす。

 

「己の吐いた毒が、そのまま汚泥となって跳ね返ってきただけだ。……ポッケの民よ、存分に唾棄するがいい。それが、この女の背負うべき唯一の対価だ」

 

レム判事の冷徹な宣告が響く中、ユウキの薄っぺらな虚栄心は、村人たちの吐き捨てる唾の下で完全に踏みにじられ、泥水の中へと沈んでいった。

 

 

「遠慮する事ないわ。絶望を味合わせて? 鳴き声がワンパターンで飽きてくる」

 

処刑台の上空、寒風を切り裂いて響いた美琴の冷え切った退屈そうな声。

その一言が落ちた瞬間、三人の処刑執行人の気配が、遊びのない本物の殺戮の濃度へと塗り替えられた。

 

「……承知いたしました、創造主。退屈凌ぎの鳴き声すら上げられぬ肉塊に、これ以上の猶予は美意識に反します」

 

レム判事が藍色のジャッジメントコートを翻し、氷柱に縛られたジェシカとユウキの眼前へ音もなく滑り込んだ。

『完全見切り』の神速の運身。手袋を嵌めた指先が『ロイヤルローズ』の鋭利な切っ先を閃かせると、ジェシカの顔面数ミリの空間が紫電と刃風で一瞬にして切り裂かれた。前髪の青い毛先が、チリチリと火花を散らして雪上に舞い落ちる。

 

「ひぐっ……!? あ、頭皮が、耳が……っ!?」

「声が小さいな。……言ったはずだ、美しいアリアを奏でろと」

 

レム判事の紫の瞳が、凍てつく刃のように細められる。

 

「他人の汗と命を掠め取ったその喉笛で、次はどのような不協和音を絞り出す? 耳障りな定型句を繰り返す度に、その四肢の筋を一本ずつ、寸分の狂いもなくスライスして差し上げますよ」

「……やってられるか。だが、創造主を退屈させる罪は重いぞ」

 

ドォォォンッ!!

地響きとともに、エリオット隊長が『クロームレイザー』を処刑台のど真ん中へ叩き落とした。

機構の『属性強化10倍』が放つ暴力的な冷熱の波動が暴風となって炸裂し、ユウキの足元の氷盤を蜘蛛の巣状に粉砕する。極限の属性圧に晒されたユウキの皮膚が、凍結と熱傷を同時に受けて悲鳴を上げた。

 

「ぎゃああああっ!? あ、足が、焼けて凍るぅぅぅ!!」

「ほら、またその声だ」

 

レンブラント氏が紫煙を吐き捨て、冷徹な足取りでユウキの頭上へ影を落とした。

黒系軍服の金バックルがきしむ。腰だめに構えられた『夜砲【黒風】』のロングバレルが、ユウキの額にゴツリと冷たく押し当てられた。

 

「ワンパターンの絶叫しか出んのなら、その喉に直接、鉛の弾丸を無限に流し込んでやる。……蜂の巣になる準備はいいか? 一発ごとに音階を変えて叫んでみろ」

 

カチカチカチカチッ――!

機構特有の『弾薬無限』の魔導機構が、夜砲の薬室で凶悪な唸りを上げる。

泥まみれで唾を吐きかけられた上に、絶対零度の処刑人たちから逃げ場のない死を突きつけられた二人。

見下ろす村人たちの侮蔑の歓声と、虚空から冷ややかに見つめる美琴の視線。

自分たちが今まで他人に味わわせてきた「逃げ場のない理不尽」が、何十倍もの絶望となってその全身を押し潰していた。

 

「ヒィ……ヒィィィィッ……!!」

「た、助け……あ、違う、許して……死ぬのは……っ!!」

 

言葉にすらならない、喉を血で濡らすような本物の恐怖の掠れ声が、ポッケ村の吹雪の中に哀れに響き渡った。

 

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