蜂の巣と属性十倍の間で命乞いをするだけの簡単なお仕事です 作:翔田美琴
ユウキが泥と唾に塗れて崩れ落ちた直後、ポッケ村の群衆の憎悪は、氷柱に縫い止められたもう一匹の害毒――ジェシカ・フローベルへと一斉に雪崩れ込んだ。
「次はお前だ、青髪の盗賊女!」
人垣を割り、処刑台の眼前へと歩み出たのは、雪山で凍傷を負いながらも家族のために獲物を追う、歴戦の老ベテランハンターだった。その荒くれ者の節くれだった指が、ジェシカの鼻先を容赦なく指弾する。
「新米ハンターを闇討ちして素材を掠め取ったそうだな! 雪山を、ギルドの掟を舐めるのも大概にしろ! 極寒の地で背中を預け合う仲間を後ろから刺すような真似、この地じゃ狂竜化モンスター以下の汚物なんだよ!」
「ち、違う! 私は要領よく立ち回っただけよ! あいつらがトロくて無防備だったのが悪いのよぉ!」
ジェシカは血走った緑の瞳を剥き出しにし、凍りついた喉を振り絞って喚き散らした。
「私は特別なインフルエンサーなの! SNSでフォロワーもいて、Amazonで限定品も買い占めて、課金ゲームのランキングだってトップだったのよ! あんたたちみたいな雪山にへばりついてるだけの田舎者が、この私を裁いていいわけないじゃない!!」
その瞬間、広場を埋め尽くす村人たちから沸き起こったのは、怒りですらなかった。
凍てつく吹雪を掻き消すほどの、心底からの嘲笑と哀れみの爆笑だった。
「フォロワー? 限定品? 課金ゲームのランキングぅ!?」
「ぎゃははは! なんだそりゃ! 腹の足しにも防寒着にもならねえ幻覚じゃねえか!」
「雪山で肉の一塊も焼けねえ女が、実体のない数字をぶら下げて『特別』だってよ! 腹が痛え!」
村の若者たちが腹を抱えて指を差し、子供たちが小石混じりの雪玉を投げつける。
「見ろよ、あの『自称・特別な女』の姿! 泥まみれの偽物シャネル! 凍傷で赤っ鼻! 服はボロボロの雑巾!」
「強盗と恐喝でしか数字を盛れねえ、ただの前科4犯のコソ泥!」
「特別どころか、村の家畜のアイルー以下の役立たずじゃねえか!」
「や、やめなさいよ……! 笑うな! 私を笑うなァァッ!!」
ジェシカの顔面が屈辱で朱に染まり、次いで血の気が引いて土気色へと変わる。
己の全存在を支えていた「都会的でスマートな勝ち組」「他者を見下す選民意識」という薄氷のメッキが、素朴で過酷な現実を生きる村人たちの嘲笑という金槌で、粉々に叩き割られていく。
「……やってられるか。己の価値を他人の数字とメッキでしか測れん哀れな虫ケラめ」
エリオット隊長がクロームレイザーの巨大な刀身をジェシカの眼前数センチに突き立てた。属性圧の余波が、ジェシカの張りぼてのプライドを物理的にも圧殺する。
「お前の自慢の『フォロワー』とやらを呼んでみろ。この極寒の処刑台から、誰か一人でも助けに来てくれるのか? ……答えはゼロだ。お前はただ、誰からも愛されず、誰の記憶にも残らず、汚物として消費されるだけの空洞だ」
「あ……あ、あぁぁ……っ!!」
レム判事の『鬼哭斬破刀真打』が冷たい雷光を放ち、レンブラント氏の『夜砲【黒風】』が冷徹に眉間をロックする。
逃げ場はない。弁明の余地もない。
見下していたはずの「田舎者たち」から向けられる、完全な無価値の烙印。
「私は……私は特別……特別なはずなのに……っ! うわぁぁぁぁぁぁッッ!!」
ジェシカのプライドは完全に破砕され、もはや虚勢の言葉すら紡げず、雪原に頭を打ち付けて狂ったように咽び泣くだけの廃人と化していた。
「村の雪を汚した落とし前だ! 一生そこで雪の重みを味わってな!」
老ハンターの怒号を合図に、ポッケ村の住民たちが一斉に動いた。手にしているのは、過酷な雪山を開拓し維持するための鉄スコップ、巨大な木製シャベル、そしてソリに山積みにされた重い氷塊。
処刑台から引きずり下ろされたジェシカとユウキは、村外れの切り立ったクレバスの底へと放り込まれていた。
「や、やめて! なにする気よぉぉっ!?」
ジェシカが泥まみれの青髪を振り乱して這い上がろうとするが、頭上から容赦なく第一弾の雪塊が叩き落とされた。
ドガッ、と重たい衝撃が背中を直撃し、ジェシカは再び底へと叩きつけられる。
「雪かきを『ダルい』とサボった分の雪だ! 全部てめえの身体で受け止めろ!」
雪山炭鉱夫たちがスコップを振るうたび、何十キロもの固く締まった湿雪が滝のように降り注ぐ。
「冷たいぃぃぃ! 重い、息が、息ができないぃぃっ!!」
ユウキが暴れ狂いながら腕を伸ばすが、アイルーたちすら加勢して固い氷の礫を次々と放り込んでいく。
「ニャーたちのスープをタダ食いした罰ニャ!」
「一生そこで反省するニャ!」
容赦という概念は、極寒の地を生きる彼らには一片も残されていなかった。
他人の命と労力を搾取し、嘲笑い続けた二匹の寄生虫に対し、村人たちはただ淡々と、しかし猛烈な怒りを込めて雪を積み上げていく。
足首が埋まり、膝が消え、腰が氷の重圧に締め上げられる。
「ひぐっ……! だ、誰か助けて……! フォロワー、誰でもいいからぁ……!」
「難しいことわかんない……出汁にして……ここから出してぇぇぇ!!」
「……やってられるか。最後まで他力本願の雑音しか吐けんようだな」
クレバスの縁から見下ろすエリオット隊長が、クロームレイザーの柄に手を置き、冷え切った視線を投げ捨てる。
「ふっ、永遠に冷たい雪の中で眠るがいい。貴様らの薄汚い血も、この雪山の氷点下なら腐臭を撒き散らすこともあるまい」
レンブラント氏が紫煙を吹き下ろすと、煙は落ちていく雪煙に呑まれて消えた。
「主文の最終執行――【雪山永久凍結埋葬】」
レム判事が藍色のコートを翻し、冷徹に宣告する。
「貴様らの空洞なプライドと共に、ポッケの深奥にて未来永劫、冷たき沈黙を保て」
ズザザザザッ――!
最後の巨大な雪崩のような雪塊が頭上から崩れ落ち、ジェシカの絶叫も、ユウキの喚き声も、完全に白銀の闇の底へと圧殺された。
残されたのは、平らに均された雪原と、風の音だけが吹き荒れる静寂だった。