蜂の巣と属性十倍の間で命乞いをするだけの簡単なお仕事です 作:翔田美琴
渓流の澄んだせせらぎと、湯煙が立ち上る穏やかな温泉街、ユクモ村。本来ならばハンターや旅人が傷を癒やす安らぎの地は今、二人の凶悪な寄生虫によって著しく汚染されていた。
「おい、そこのジジイ! モタモタすんじゃないわよ! 早くその売り上げのゼニーを全部ここに詰めなさい!」
露店の前で鋭利なナイフの刃先を突きつけ、甲高い金切り声を上げているのはジェシカ・フローベルだ。染め上げられたケバケバしい青髪を揺らし、泥に汚れつつあるパリピ風のドレスとハイヒールで石畳を乱暴に踏みつける。手元には、通販で買い漁った安物の贋作シャネルバッグを抱えていた。
「ひ、ひぃぃっ! 勘弁してください、これは今月の仕入れ代金で……!」
「はっ、謝る? あんたが謝りなさいよ! 私の時間を奪った慰謝料よ! 世の中うまく立ち回ったもん勝ちなの! ノロマなあんたが悪いのよ!」
露店主が震える手で差し出した小袋を奪い取ると、ジェシカは傲慢な緑の瞳を濁らせて下品に嘲笑った。背後では、手傷を負わされ倒れ込んでいる新米ハンターの姿があった。渓流から命からがら持ち帰った迅竜の刃翼を、ジェシカが背後から闇討ちして強奪した直後だった。
「チョー笑える。あんたのためのあほ舞台ってわけね。この素材はギルド裏のブラックマーケットで売り払って、次の課金資金にしてやるわ!」
その傍らで、ユクモ温泉の縁側にふんぞり返り、露天商から盗んだ茶菓子を貪り食っている女がいた。ユウキ・ナガサトである。
空っぽの財布を放り出し、手足すら動かそうとしないその態度は、まさに不労所得を当然と信じ込む「0円女王様」そのものだった。
「ふぁ〜あ、マズいお茶。もっと高いお肉とかないわけ? 私を誰だと思ってるのよ! 金持ってるから私を見て! ……って、まあ今は持ち合わせがないだけだけど? 金がすべてでしょ?」
「あんたも少しは働きなさいよ、この穀潰し!」
ジェシカが苛立たしげに怒鳴り散らすが、ユウキは鼻をほじりながら小馬鹿にしたようにせせら笑う。
「あー、難しいこと、わかんない。重いの無理だし〜! ポッケ村でも雪かきなんか押し付けられたけど、寒くてダルいから放り投げて逃げてきたし? ギルドの受付も『字が読めない猿』とか言われて追い出されたけど、あいつらがバカなだけでしょ! 温泉の掃除? するわけないじゃん、あんなの奴隷の仕事だし!」
「ふん、まあいいわ。あそこの新米のガキに荷物全部持たせて、次の獲物を探すわよ。文句言ったら喉笛裂くから」
反省など微塵もない。他責思考と肥大化した虚栄心に脳まで侵された二人は、奪った金品と素材を手に、さらに他者を食い物にするべく歩き出そうとした。
だが、その瞬間。
ユクモの空気が、突如として絶対零度の重圧へと凍りついた。石畳を踏み鳴らす、金属質の規則正しい足音が三つ、立ち込める湯煙の向こうから静かに響き渡った。