蜂の巣と属性十倍の間で命乞いをするだけの簡単なお仕事です 作:翔田美琴
雪原の底、固く締め固められた氷雪の牢獄の真上。
踏み固められた雪を踏みしめ、レム判事はジャッジメントコートの裾を冷風に揺らしながら、底知れぬ白銀の闇を見下ろした。
その紫の瞳に映るのは、もはや人間としての形を失い、雪の重圧に埋もれて首から上だけを辛うじて覗かせている二つの惨めな顔面。
青髪を泥氷に染めたジェシカと、鼻水と涙を凍らせたユウキ。
もはや喚く体力すら残っておらず、ただガチガチと歯を鳴らし、瞳孔を開いて見上げるだけの肉塊に成り果てていた。
レム判事は、耳元のルージュピアスを冷ややかに指先で弾き、一切の体温を含まぬ美声で、未来永劫の檻の規約を宣告した。
「あなた達は永遠にあざわられ、永遠に馬鹿にされ、邪魔をすればピッケルで殴られるだけですよ」
その言葉は、刃物よりも鋭く、二人の凍りついた脳髄へ直接突き刺さった。
「命を奪うことすら生ぬるい。貴様らに与えられるのは、死による安息ではなく、存在そのものが生きた笑い種として消費され続ける無限の屈辱だ。ポッケの民が雪山へ登る度、その足元で嘲笑われ、ユクモの旅人が通りかかる度、唾を吐きかけられる標石となるがいい」
「ひ……っ、あ……あぁ……」
ジェシカの唇から、言葉にすらならない空気が抜けるような音が漏れる。
「そして、わずかでも労働を拒み、あるいは這い出そうと足掻いて採掘者の邪魔をしたならば――炭鉱夫たちの振るう錆びた鉄ピッケルが、その錆びついた頭蓋を容赦なく叩き割る。……法も、倫理も、慈悲も、この深奥には届かない」
「……やってられるか。石ころ以下の存在に、これ以上の言葉は過分だな」
エリオット隊長がクロームレイザーの巨大な刀身の先端で、雪面をドンと叩く。その地鳴りの振動だけで、埋まった二人の首筋がきしむ。
「ふっ、永遠の泥人形がお似合いだ。文句があるなら、その雪の底から神かフォロワーとやらに祈ってみるんだな」
レンブラント氏が冷たい笑みと共に火のついた吸い殻を雪の隙間へ落とし、軍靴で無造作に踏み潰した。
虚栄の鎧を完全に粉砕され、嘲笑の底に生き埋めにされた二人に残されたのは、凍てつく大地の一部として、永遠の恥辱を呼吸し続ける絶望だけであった。
雪原の底から突き出た二つの頭部。
そのうちの一つ、ジェシカの濁った緑の瞳の奥に、まだ消え切っていなかったわずかな歪んだ自負――「私は特別」「いつかフォロワーが」「こんな田舎者どもとは違う」という、救いようのない自意識過剰の残滓が、微かな睨みとなって漏れ出たその瞬間だった。
「あ?」
坑道から引き上げてきたばかりの屈強な炭鉱夫が、足を止めて眉を吊り上げた。
無骨な毛皮の外套を羽織り、肩に担いでいた使い古しの【アイアンピッケル】を無造作に手元へ滑り落とす。
「なんだ今の目は。……おい、今こいつ、変な自意識過剰を感じたからピッケルでかち割るわ」
「ヒッ……!?」
ジェシカの顔面から一瞬で血の気が失せる。
言い訳をする間もなく、炭鉱夫の太い腕が容赦なくピッケルを頭上高くへと振りかざした。
ゴッ――!!
「ぎゃああああああっ!?」
耳蓋を打つ鈍い金属音と頭蓋の軋む音。
ピッケルの背の部分が、ジェシカの頭頂部を容赦のない角度で強打した。
致命傷を避けた、しかし骨の髄まで強烈な激痛を叩き込む職人技の力加減。ジェシカの乱れた青髪が泥雪に激突し、視界が真っ赤な火花で埋め尽くされる。
「痛いぃぃぃ! 頭が、頭が割れたぁぁぁっ!!」
「割れてねえよ、頑丈な面皮しやがって」
炭鉱夫はペッと雪の上に唾を吐き、冷酷な目で鼻先を指差した。
「雪の底に埋まってまで『私を見て』みたいな薄ら寒いプライド垂れ流してんじゃねえよ。目障りなんだよ。ここはポッケ村だ。お前みたいな寄生虫のオナニーに付き合う暇人は一人もいねえんだよ」
隣でその光景を間近で見せつけられたユウキは、全身の毛穴から冷や汗を噴き出させて絶叫した。
「ひいぃぃぃっ! あたしじゃない! あたしは自意識過剰じゃない! 何もない! 中身ゼロのただのゴミですぅぅぅ!!」
「うるせえ、お前も息遣いが生意気だ。次はその薄っぺらい額に鉱石掘り用の刃先を叩き込んでやる」
炭鉱夫がピッケルの切っ先を突きつけると、ユウキは泡を吹いて即座に口を噤み、震える肉塊と化した。
クレバスの縁からその光景を見下ろしていたレム判事は、冷徹な紫の瞳を微かに細めた。
「……言ったはずだ。貴様らが自意識をわずかでも発露させた瞬間、それはこの雪山において排除すべきノイズとなる、とな」
「……やってられるか。石ころ以下の癖に、叩かれるまで己の立場が理解できんとはな」
エリオット隊長が吐き捨てるように踵を返す。
雪に埋もれたジェシカは、痛撃に頭を押さえる手すら出せず、ただ雪を噛み締めながら、己の存在価値が完全に「ピッケルで殴られるだけの障害物」へと墜落した現実を、血の味と共に噛み締めていた。