蜂の巣と属性十倍の間で命乞いをするだけの簡単なお仕事です 作:翔田美琴
「うるさい、叫べば助かるってやつだいっきらい。死ね」
虚空に佇む美琴の冷たい吐息とともに、世界そのものが二匹の存在を拒絶するように凍りついた。
慈悲を乞う叫びも、責任を他者へ擦り付ける絶叫も、すべてはただの耳障りなノイズ。
その無慈悲な一言が下された瞬間、三人の処刑執行人の気配から、一切の観察と猶予が完全に消滅した。
「……創造主の御意向だ」
レム判事の手袋が『鬼哭斬破刀真打』の柄を握り直す。
もはや見せしめのためのスライスではない。神速の踏み込みとともに放たれたのは、空間ごと生命の輪郭を断ち割る絶対零度の雷光。
「……やってられるか。綺麗に散る知性すらないなら、ゴミらしく潰れろ」
エリオット隊長が『クロームレイザー』を両手で振り下ろす。機構の十倍属性を乗せた暴力的な刃圧が、雪山の地盤ごと二人の頭上へと轟音とともに落着した。
「ふっ、声の出し方を永遠に忘れさせてやる」
レンブラント氏の『夜砲【黒風】』が、反動ゼロの超高密度連射で閃光の嵐を叩き込む。
雪原を揺るがす轟音と白光の奔流。
「叫べば誰かが拾ってくれる」「喚けば許される」という甘えきった根性の残滓ごと、ジェシカとユウキの薄っぺらな存在は、容赦なき破壊の閃光の中に呑み込まれ、完全な沈黙へと帰していった。
雪山を揺るがした轟音と閃光が完全に霧散したあと、そこには純白の雪原が広がるばかりだった。
かつてジェシカとユウキが喚き散らしていたクレバスの底は、エリオットの属性破砕とレンブラントの弾幕、そしてレム判事の太刀筋によって完全に均され、ただの平坦な氷雪の墓標と化していた。
吹き付ける寒風が、硝煙の残り香を白銀の彼方へと運び去っていく。
「……終わったな」
エリオット隊長がクロームレイザーを背の鞘へと納刀し、重い金属音を響かせた。
銀髪を揺らす冷気の中、彼の手が耳元へと伸びる。紅の光を帯びていた機構の象徴――ルージュピアスを無造作につまみ、静かに耳朶から外した。
カチリ、と微かな解除音が響く。
その瞬間、彼の全身を覆っていた「属性十倍」の暴力的な圧迫感と、神経を極限まで冷徹に研ぎ澄ませていた機構のプロトコルが解かれた。エリオットは深く息を吐き出し、いつもの無愛想だが僅かに人間味の戻った眼差しで雪原を見渡す。
「……やってられるか。無駄な肺活量を使わせおって。だが、これでポッケ村もユクモも、少しは静かになるだろう」
「全くだ。あんな耳障りなノイズを相手に、黒風の弾を消費すること自体が道楽に過ぎん」
レンブラント氏もまた、夜砲のセーフティをかけ、咥え煙草の火を落とした。
厚手の手袋を外し、同じく耳元からルージュピアスを抜き取る。彼を包んでいた無限の弾薬補給と絶対の反動制御の波動が霧散し、一人の歴戦の重銃使いとしての静かな佇まいへと戻った。
「これにて、ルージュ機構による治安是正案件は一件落着……といったところか。判事」
二人の視線の先で、レム判事は一人、ジャッジメントコートの裾を冷風に委ねながら立ち尽くしていた。
手元で鬼哭斬破刀真打を美しく納刀すると、白銀の短髪を指先で払い、紫の瞳を静かに伏せる。
彼もまた、耳朶を飾っていた紅色のピアスへと手を伸ばした。
指先が触れた瞬間、神速の『完全見切り』を支えていた機構の魔導が静かにスリープモードへと移行する。耳から外された小さなピアスは、掌の上で冷たく光を失っていった。
「……法を嘲笑い、他者を搾取して恥じぬ者たちの末路など、いつの時代もこのように無惨で、そして呆気ないものだ」
レム判事の声音からは、執行時の鋭利な殺気こそ消え失せていたが、法官としての厳格な響きは些かも揺らいでいなかった。
彼は掌のピアスをコートの内ポケットへと丁重に収めると、整った口髭の端をわずかに引き締めた。
「村人たちもこれで胸を撫で下ろすだろう。……行こう。美琴様の描く世界の秩序を、これ以上汚泥で濁らせるわけにはいかん」
三人は背を向け、静まり返った雪山を歩き始めた。
過剰な力を封じた彼らの背中を、ポッケ村の暖かな焚き火の煙が遠くで迎えようとしていた。
吹き荒れていた吹雪が嘘のように凪ぎ、ポッケ村の空には透き通るような白銀の青空が広がっていた。
巨大なアイルーキッチンの煙突からは、温かな香草スープの湯気がふわりと立ち上る。集会所前では、炭鉱夫たちが金属音を小気味よく響かせながらスコップを振るい、日常の雪かき作業に精を出していた。
「……ふう。やっといつもの雪山に戻ったな」
先ほどまで処刑台で唾を吐き捨て、ピッケルを構えていた屈強な炭鉱夫が、額の汗を毛皮の袖で拭いながら息を吐いた。
「あの青髪の盗賊女と、喚き散らすだけの穀潰しが消えてくれたおかげで、背後を気にしてピッケルを振るう必要もなくなった。自分の足で立ち、自分の手で雪を掻く。……当たり前のことが、こんなにも清々しいとはな」
広場の片隅では、かつて干し肉やスープを盗み食いされていたアイルーたちが、安心して鍋の仕込みを再開していた。
「ニャーたちのスープを狙う寄生虫はいなくなったニャ!」
「これで村のみんなに、温かいご飯を腹いっぱい食べてもらえるニャ!」
荷運びの少年も、笑顔で重い木箱を担ぎ直す。
「もう『殺してやる』なんて理不尽に怒鳴られることもない。受付の姉ちゃんたちを猿呼ばわりするような奴も、もうこの村の敷居を跨ぐことはないんだ」
村長が杖をつきながら集会所の前に立ち、静まり返った雪山の頂きを静かに見上げた。
「ルージュ機構の執行人たち……そして、あの理外の裁定を下したお方には、感謝してもしきれんのう。他者の尊厳を食い物にし、法を嘲笑う害毒が除かれ、この過酷なポッケの地に、ようやく真の平穏が訪れたのじゃ」
広場には、雪を掻く音、アイルーたちの歓声、そしてギルドへ向かうハンターたちの快活な足音が響き渡っていた。
虚栄と寄生にまみれた二つのノイズは完全に雪の底へと消え去り、大地に根を張って生きる者たちの、逞しく温かな日常の営みだけがそこにあった。