蜂の巣と属性十倍の間で命乞いをするだけの簡単なお仕事です 作:翔田美琴
湯煙の立ち込めるユクモの路地裏。
倒れ伏した新米ハンターからさらに身包みを剥ごうと手を伸ばしたジェシカの腕を、震える手がすがりつくように掴んだ。露店の店主だった。
「お、お願いだ……それ以上はやめてくれ! その子は村を守るために、ジンオウガの徘徊する山道を命懸けで切り抜けてきたばかりなんだ! ゼニーならもう渡しただろう、これ以上ハンターの誇りまで踏みにじらないでくれ……!」
「うっさいのよ、クソジジイ! 汚い手で触るんじゃないわよ!」
ジェシカはヒールを振り上げ、老いた店主の肩を容赦なく蹴り飛ばした。鈍い音とともに石畳へ転がった店主を見下ろし、緑の瞳を歪ませて唾を吐き捨てる。
「馬鹿を馬鹿と言って何が悪いのよ! 命懸け? そんなの自己責任でしょ! 騙されて奪われる方が間抜けなのよ! だったら消えろ!」
縁側で茶菓子を散らかしていたユウキも、下品な笑い声を上げながら立ち上がり、足元の小石を店主へと蹴り飛ばした。
「あはは、みっともなーい! 金がないヤツに人権なんてないんだよ? 難しいこと言われてもわかんないし〜! 逆らう気なら、あんたら全員ころしてやる!」
二人の暴虐に、物陰から様子を窺っていた村人たちから絶望の悲鳴が漏れた。
受付の職務を放棄され、露店を脅し取られ、怪我人は増える一方。集落の平穏は完全に崩壊寸前だった。長老のもとへ走る者、泣き崩れる子どもを抱きかかえる母親。誰もが理不尽な暴力に怯え、天を仰いでいたその時――
石畳を踏み抜く、硬質で重々しいブーツの金属音が響き渡った。
「……取り乱すな、村人たちよ」
冷徹にして凛とした美声が、湯煙の奥から降り注ぐ。
現れたのは、藍色の耐熱耐寒ジャッジメントコートを翻すレム判事だった。紫の瞳に軽蔑を湛え、白銀の短髪と整った口髭が、法を執行する者の絶対的な威厳を放っている。
「あっ、あの方は……! ギルドが遣わしてくれたのか!? どうか、どうかあの二人の悪鬼を止めてください!」
「露店も、温泉も、何もかもメチャクチャにされたんです! どうかお慈悲を……!」
店主や村人たちが縋るように叫ぶ。だが、その直後に現れた巨躯の影を見て、村人たちの顔色が別の意味で真っ青に染まった。
「……やってられるか。村人の懇願はもっともだが、俺を見るなり『ラージャンが来た』みたいな顔で怯えるのはやめてもらいたいんだが」
銀髪をわずかに揺らし、クロームレイザーを背負ったエリオット隊長が、テンションの極めて低い溜め息を吐きながら歩み出てくる。背後からは、紫煙を燻らせながら夜砲【黒風】の銃口を無造作に下げたレンブラント氏が続いた。
「おいおい、ベルナ村だけじゃなくユクモの連中まで私をイビルジョーを見るような目で見るな。……さて、レム判事。被害者たちの訴状通りの下等生物が、そこに二匹転がっているようだが?」
「ああ。現場の証拠、被害者の証言、すべて揃った」
レム判事の冷ややかな視線が、勝ち誇っていたジェシカとユウキへと突き刺さった。二人の背筋に、生まれて初めて味わう本能的な悪寒が走る。逃れようのない裁きの刻が、静かに幕を開けた。