蜂の巣と属性十倍の間で命乞いをするだけの簡単なお仕事です 作:翔田美琴
猛吹雪が吹き荒れるポッケ村の裏手、標高数千メートルの白銀の世界。
常人ならホットドリンクなしでは数分と保たず凍傷に侵される極寒の雪山深奥に、その施設は存在していた。
旧時代の遺跡をルージュ機構が独自に接収・改修した更生収容施設――【ルージュの石室】。
外気は氷点下数十度。だが、冷気と熱気を遮断する黒色石材で覆われたその広間は、逃亡を一切許さない絶対の檻でもあった。
「さ、寒いいぃぃっ! なんなのよここぉぉっ!!」
ガチガチと歯の根を鳴らし、ジェシカ・フローベルは自慢の青髪を雪まみれにして叫んだ。
派手なドレスはすでに各所が裂け、薄汚れたハイヒールは凍てついた石畳の上で滑ってまるで役に立たない。抱えていた偽物のシャネルバッグは、雪山の吹き溜まりに落ちて泥と雪の塊と化していた。
「ヒイィ、ごめんなさい、ごめんなさいぃー! ……って言うわけないでしょ! あんたたち、私を誰だと思ってんのよ! こんなの不法監禁よ! 訴えてやるんだからぁ!」
状況が悪化すれば即座に命乞いの真似事をして取り繕おうとするが、根底にある傲慢と他責思考がすぐさま口をついて出る。
その隣では、ユウキ・ナガサトが床にへたり込み、青ざめた顔で喚き散らしていた。
「寒い! 無理! 重いの無理だし寒いのも無理ぃ!! おいしいごはん持ってきなさいよ! 私には贅沢する権利があるの! ふざけんじゃなわよぉ!!」
「……静かにしろ。騒音公害で処刑リストの優先順位を上げたいのか?」
石室の中央、重々しい足音とともに現れたのはエリオット隊長だった。
耐熱耐寒黒コートを翻し、スパイク付きのステンレス製銀ブーツで凍った床を無造作に踏みしめる。背中には、禍々しい属性の気配を微かに漏らす大剣『クロームレイザー』。ルージュピアスの呪いにより感情は極限まで冷却されており、その眼差しは害虫を見るよりも冷ややかだった。
「やってられるか。ポッケ村の連中は俺をドドブランゴだのラージャンだのと恐れるが、貴様らの知能はその辺のブランゴ以下だな。雪山で喚けば雪崩が起きるという道理すら弁えんのか」
「ひっ……!?」
エリオットが放つ威圧感に、ユウキは喉を詰まらせて震え上がった。
そこへ、紫煙を燻らせながらレンブラント氏が歩み寄ってくる。黒系軍服の肩章を軽く払い、手にした『夜砲【黒風】』の重厚な銃身を床にコトリと置いた。
「おいおいエリオット、猿に失礼だろう。猿でも生きるために餌を探す苦労は知っているぞ」
レンブラントは煙草の煙をジェシカの顔へと吹きかけ、冷酷に目を細めた。
「ここが貴様らの新たな宿舎であり、法廷であり、労働の場だ。逃げ場はない。外に出ればギアノスの群れかティガレックスの胃袋行き。中で生き延びたければ、機構が命じるノルマをこなすことだな」
「ノ、ノルマぁ!? なんで私が働かなきゃいけないのよ! 金がすべてでしょ! 私は金を持ってるのよ!」
ユウキが叫ぶと、レンブラントは鼻で笑った。
「ほう。財布の中身がゼロの貴様が、何を持って支払うというのだ? 空っぽのプライドか?」
「うっ……! ふ、ふざけないで! 言うこと聞くから許してぇ……!」
あっさりと崩壊する豆腐メンタルを露呈し、ユウキは石畳に額を擦り付けた。
そこへ、藍色のジャッジメントコートを纏ったレム判事が姿を現す。
白銀の短髪、端正な口髭、そして冷徹に光る紫の瞳。手に持った分厚い労働記録帳をめくり、二人の前に無造作に放り投げた。
「無駄な命乞いは記録の無駄だ。貴様らに課される第1フェーズの更生任務を言い渡す」
レム判事の手袋を嵌めた指先が、石室の奥に積み上げられた粗末な作業着と、使い古されたピッケルを指し示した。
「雪山エリア6および8におけるフルフルおよびドドブランゴ徘徊域での、マカライト鉱石採掘ならびに雪かき作業だ。期日までに規定量を納品できなければ、食事の支給は一切停止。無論、逃亡を試みた場合は――」
レンブラントが夜砲のボルトをガチャリと引いた。弾丸の装填音すらしない、機構特有の『弾薬無限』の魔力が銃身を満たす。
「――蜂の巣にしてから、雪山の下層へ埋め戻すだけのことだ」
「死ぬのはいやぁぁぁっ!!」
「難しいことわかんないぃぃっ!!」
悲鳴を上げる二人の足元に、時空の狭間からレム判事の手によって無造作に召喚された冷え切った鉄ピッケルが、ガランと音を立てて転がった。