蜂の巣と属性十倍の間で命乞いをするだけの簡単なお仕事です 作:翔田美琴
雪山深奥の採掘ポイント。吹き荒れる猛吹雪の中、ジェシカとユウキは粗末な作業着姿で、凍りついた岩肌に向かって無様にピッケルを振り下ろしていた。
カチッ、カチッ、と情けない金属音が寒空に散るばかりで、岩肌には傷ひとつつかない。
「手が……手がちぎれそうよぉっ! こんなの無理、絶対に無理ぃ! 爪が全部割れちゃったじゃないの! 大体なんで私がこんな土方みたいな真似しなきゃいけないわけ!?」
ジェシカは凍傷で赤紫に腫れ上がった指先を見つめ、青髪を乱しながら怒鳴り散らした。
「私が新米から素材奪ったのも、あいつが弱っちいのが悪いんでしょ! 騙される方がアホなの! 弱肉強食じゃない! 世の中うまく立ち回ったもん勝ちよ! 私をこんな目に遭わせた奴ら、ギルドに訴えて億単位の慰謝料毟り取ってやるんだからぁ!!」
その横で、膝をついてピッケルを杖代わりにしていたユウキも、鼻水を垂らしながら喚き立てる。
「そうよ! 重いの無理って言ってるでしょ! 私を誰だと思ってんの!? 0円女王様とか言った奴ら全員ころしてやる! 難しいことわかんないし、こんな石ころ掘ったって1ゼニーにもなんないじゃん! お腹すいたぁ! あったかいご飯持ってきなさいよぉぉ!!」
反省など爪の先ほどもない。極限状態に置かれてなお、溢れ出るのは自己正当化と他者への罵倒、そして底の浅い被害者面ばかりだった。
二人の喚き声が反響する岩陰から、ザッ、ザッ、と雪を踏みしめる音が響いた。
現れたのは、耐熱耐寒黒コートを纏ったエリオット隊長だった。
背には鈍く光る大剣『クロームレイザー』。ルージュピアスの呪いにより、その表情は極限まで冷え切り、視線には一片の情けも宿っていない。
「ひっ……!」
「あ、あの、隊長さん!? あたし、もう限界でぇ……! 言うこと聞くから、ちょっと休ませてくれたって――」
ユウキが媚びたような声で擦り寄ろうとし、ジェシカも「そうよ、人道的な配慮ってものが――」と言い募ろうとした、その瞬間。
エリオットは眉毛一本動かさず、背負ったクロームレイザーの柄に手をかけた。
ゴォッ……!
抜刀すらしていない。ただ僅かに鯉口を切っただけで、大剣に宿る【属性強化10倍】と【攻撃力2倍】の異様な気圧が暴風となって吹き荒れ、二人の周囲の吹雪を一瞬で消し飛ばした。大地が震え、岩盤に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
凍りついた空気を裂いて、エリオットの低く、底冷えのする声が吐き捨てられた。
「――うるせぇ、クズ」
絶対零度の拒絶だった。
ポッケ村の連中が「テオ・テスカトルのように傲慢で、ラージャンのように暴れ狂う」と恐れ慄くのも無理はない、圧倒的な強者の威圧。そこには会話の余地も、言い訳を受け止める余白も存在しなかった。
「……やってられるか。貴様らの汚らわしい囀りで、雪山の空気まで腐る。自分の非を他人に擦り付け、奪い、喚くだけの肉塊が、一人前に権利を主張するな」
エリオットはクロームレイザーを無造作に納刀し、ステンレス製の銀ブーツで岩肌の亀裂を踏み砕いた。
「次の一言を発した瞬間、その首から上をクロームレイザーの属性の暴力で叩き斬る。……掘れ。日没までにノルマに届かなければ、ドドブランゴの群れの前に肉餌として放り出すぞ」
「ヒィッ……!!」
「ご、ごべんなざいぃぃぃっ!!」
言葉の暴力で他者を踏みにじってきた地雷女たちは、本物の「規格外の暴力」を前にして完全に声の根を断たれた。
二人は涙と鼻水を撒き散らしながら、折れそうな腕で必死にピッケルを岩肌へと叩きつけ始めた。