蜂の巣と属性十倍の間で命乞いをするだけの簡単なお仕事です 作:翔田美琴
日没の刻。雪山深奥【ルージュの石室】の広間には、氷点下の風よりも刺すような緊張感が張り詰めていた。
床に転がされたのは、ノルマの半分にも満たない数個の粗悪な鉄鉱石。
その前で、ジェシカとユウキはボロボロになった作業着のまま膝をついていた。しかし、エリオットの監視から離れて石室へ戻るや否や、二人の性悪な口からは再び恨み言と責任転嫁が漏れ出していた。
「……っ、あんなの無理に決まってんじゃない! 岩が硬すぎるのよ! ピッケルが安物だから掘れなかったの! 全部あの陰気な銀髪オヤジのせいよ!」
「そうよ! あんな重いもの持たせて、虐待で訴えてやるんだから! ちょっと、誰か責任者呼びなさいよ! あんたら全員クビにして、慰謝料で一生遊んで暮らしてやるわ!」
負け犬の遠吠えのように喚き散らす二人の頭上へ、凛とした、だが一片の慈悲も含まない冷徹な美声が降り注いだ。
「――相変わらず、自省という概念を持ち合わせていないようだな」
藍色の耐熱耐寒ジャッジメントコートを翻し、現れたのはレム判事だった。
白銀の短髪、整った口髭、そして冷ややかに細められた紫の瞳。腰には片手剣『ロイヤルローズ』と太刀『鬼哭斬破刀真打』を佩いている。
「あ、またあのオカマ……! いい気にならないでよ、女のくせに髭なんか――」
ジェシカがいつものように嘲弄を浴びせようと口を開いた瞬間。
ダンッ――!
レム判事のステンレス製ブーツが、音もなく石畳を踏み抜いた。
発動しているのは『完全見切り』。無駄な挙動の一切を排した神速の踏み込みとともに、レムの手袋を嵌めた両手が、ジェシカとユウキの頭頂部を鷲掴みにした。
「がっ……!?」
「ひっ……!?」
「黙れ。貴様らに発言権など与えていない」
ゴギィィッ!!
一切の容赦のない膂力で、二人の後頭部が凍てついた石畳へと垂直に叩きつけられた。
鈍い打撲音と骨がきしむ音が室内に響き渡る。抗うことすら許されない、完全なる【物理土下座】の姿勢で、二人の額は冷酷に床へと縫い止められた。
「あぐっ……! い、痛いぃぃっ! 頭割れる、割れるぅぅ!!」
「は、離しなさいよぉぉ! 死ぬ、死ぬのはいやぁぁぁっ!!」
もがき苦しむ二人の頭を片手ずつで踏み敷いたまま、レム判事は懐から機構の罪状調書を取り出し、感情を排した声で読み上げ始めた。
「これより、貴様らの罪状を最終宣告する。
被告人、ジェシカ・フローベル。
己の虚栄心と課金ゲームへの執着を満たすため、過酷な狩猟を終えた新米ハンターを闇討ちし、生命線である素材を強奪・横領。
さらには生活の糧を得る露店商に対し凶器を用いて脅迫、ゼニーを略奪。
己の弱さを棚に上げ、他者を愚弄し、他責と暴言をもって欺瞞を重ねた罪――極めて重篤」
「ヒィィッ! ち、違う、あいつらが勝手にぃぃっ!」
ジェシカが喚こうとするが、レムの足元に体重が乗せられ、言葉は悲鳴へと変わる。
「被告人、ユウキ・ナガサト。
空洞の自己承認欲求に憑りつかれ、所持金ゼロの無能でありながら傲慢にふんぞり返り、村落の善意に寄生。
課された雪かき等の最低限の労働を放棄し、知性なき暴言をもってギルドの業務を著しく妨害。
他者を利用することのみに腐心し、反省の弁を弄んで欺こうとした罪――更生の余地なし」
「ご、ごべんなざいぃぃ! 言うこと聞く、言うこと聞くから許してぇぇぇ!!」
ユウキが床を爪で掻きむしりながら涙と鼻水を撒き散らして命乞いをする。
「……貴様らの吐く『ごめんなさい』など、唾棄すべきノイズに過ぎん。他者を踏みにじった痛みを、まずはその頭蓋と身体に刻み込むがいい」
レム判事は冷たく言い放ち、時空の狭間から無造作に新たな大型ピッケルを召喚し、二人の目の前の床へ突き刺した。
「明朝より、第2フェーズへ移行する。採掘ノルマは三倍。達成できぬ場合、貴様らのその無駄に肥大化したプライドごと、雪山のクレバスへ永久凍結処分とする。……以上だ」
石畳に額を擦り付けられたまま、二人は底知れぬ絶望と恐怖に打ち震えるしかなかった。