蜂の巣と属性十倍の間で命乞いをするだけの簡単なお仕事です 作:翔田美琴
翌朝。猛吹雪は止む気配もなく、石室の出口からは吹き溜まった雪煙が舞い込んでいた。
床に突き刺さった大型ピッケルを前に、ジェシカとユウキは昨晩の物理土下座による痛みに頭を押さえながら、憎悪に満ちた目で顔を見合わせていた。
「……っ痛ったぁい! あいつ、本当に私の頭を床に叩きつけやがって……! 許せない、絶対に許せないわ!」
ジェシカは青髪をボサボサに乱し、血走った緑の瞳で石室の奥を睨みつけた。
「ノルマ三倍? 冗談じゃないわよ! あんなオカマ野郎、油断した隙に後ろからピッケルで頭カチ割ってやるわ! ユクモの新米を闇討ちした時みたいにね! 所詮は人間、不意打ち食らえば一発よ!」
「そうよそうよ! 私を誰だと思ってんの!?」
ユウキも腫れ上がった額をさすりながら、底の浅い逆恨みを滾らせて立ち上がった。
「難しいことわかんないけど、邪魔な奴は消せばいいんでしょ! 殺してやるんだから! あいつの持ってる高い服とか宝石剥ぎ取って売り払って、豪遊してやるわ!」
二人は床に突き刺さっていた重厚なピッケルを両手で引き抜き、息を潜めて石室の通路へと忍び寄った。
角を曲がれば、藍色のジャッジメントコートを纏ったレム判事の背中が見える。彼の手元には、時空の狭間から取り出されたばかりの各種鉱石が積まれていた。無防備に背を向け、書類に何事かを書き留めている。
(今よ……! 死ねぇぇっ!!)
ジェシカが合図を出し、ユウキと共に雪を踏み荒らしながらピッケルを振り上げた。渾身の力で、その白銀の頭部めがけて鉄塊を振り下ろす――!
だが。
シュンッ――。
空気を切り裂く微かな衣擦れの音だけを残し、レム判事の姿は忽然と掻き消えていた。
『完全見切り』――殺気どころか筋肉の収縮、空気の乱れすら完全に察知した神速の体術。
「え……?」
空振りしたピッケルの重みに引きずられ、二人が無様に前へのめり込んだその瞬間。
バチッ……! バチバチバチッ!!
耳をつんざくような激しい紫電の奔流と、空間そのものを切り刻む鋭利な風切り音が石室に満ちた。
レム判事はすでに二人の背後、間合いの外へと音もなく滑り込んでいた。手には、黄金の刀身から凄まじい雷光を放つ太刀――『鬼哭斬破刀真打』。
スラリと、わずか数寸だけ鞘から引き抜かれた刃から、暴力的なまでの雷気と研ぎ澄まされた殺意が溢れ出していた。
「な、なんなのよ、それ……!?」
「ひ、光ってる……!?」
二人が恐怖で金縛りに遭ったように硬直する中、レム判事は冷徹な紫の瞳を眇め、氷の刃のような声で宣告した。
「――愚かな虫ケラめ。その錆びついた知能では、自らの置かれた立場すら理解できんようだな」
レム判事の指先が、鬼哭斬破刀真打の鍔を静かに弾く。
キィン、と響いた澄んだ金属音と共に、目にも留まらぬ速度で放たれた不可視の刃風が、ジェシカの乱れた青髪の毛先数束と、ユウキの羽織っていた粗末な上着の肩口を、寸分の狂いもなくスライスして切り落とした。
パラパラと、切り刻まれた布切れと青い毛髪が足元に舞い散る。
「ヒッ……!?」
「ひ、悲鳴すら出ない……!?」
肌一枚を薄紙のように掠めた絶対的な死の感触に、二人の膝がガクガクと音を立てて崩れ落ちた。
「次はないぞ。次にわずかでも反抗の素振りを見せ、あるいはその薄汚い武器を私に向けようとした瞬間――その五体を均等な厚さの肉片へと、この太刀で美しくスライスしてあげます」
レム判事の整った口髭の端が、冷酷な嘲笑の形にわずかに歪む。
声のトーンはどこまでも静かで、それ故に抗いようのない絶対の処刑宣告として二人の骨身に染み渡った。
「言ったはずだ。貴様らに人権も発言権もないと。……立て。採掘現場へ行け。一分でも遅れれば、まずはその自慢の指先から一本ずつスライスして雪山に撒く」
「ヒィィィィッ!! 行きますぅぅぅ!!」
「スライスはいやぁぁぁ! 死ぬのはいやぁぁぁっ!!」
ピッケルを抱え直し、二人は雪崩のような勢いで猛吹雪の吹き荒れる採掘場へと転がり出ていった。反抗の意志など、雷光の一閃の前に完全に粉砕されていた。