「ごめんなさい、ちょっと取り乱しちゃったわね」
マミは未だ流れる涙を人差し指で拭い、高揚した気分を落ち着かせる。とはいえ、その表情には抑えきれない喜びが溢れており、視線は仲間となったほむらへと向けられている。
「良かったね、マミ」
「ええ、ありがとうキュゥべえ」
そんな様子みて、キュゥべえは優しくマミへと言葉を送った。関わりの長さで言えば、この中でマミが一番長く、それだけ彼女の成長を傍で見守って来たのだ。言葉のひとつでも掛けたくなるのが人情というものだろう。
「さて、めでたく魔法少女コンビが結成したところだけど、話はまだ途中だったね。他に何か聞きたいことはあるかい?」
それなら、とマミが手を挙げる。
「あの、ずっと思っていたのだけど。キュゥべえと暁美さんって、どういう関係なの?あっ、人に言えない関係なら、その……言わなくても大丈夫よ?」
「ちょっと待ちなさいマミ。その言い方は語弊を生むわ」
「その語弊とやらがなんなのかを小一時間聞いてみたいところだけど。そんなに面白い話ではないよ。僕とほむらは同じ目的を共有するパートナーだよ」
ほむらの肩からキュゥべえが床に敷かれたカーペットに音も無く着地する。
「キュゥべえとほむらちゃんの目的……?」
「これを話すと長くなるんだけど、大前提として僕という個体について先に説明させてもらうよ」
そう言うとキュゥべえはテーブルの上に跳躍し、置かれている紅茶の入ったティーカップを尻尾で器用に掴み、さも優雅に紅茶に口をつけた。そんなキュゥべえを見てマミは驚いてしまう。
「きゅっぷい、思った通り美味しいね。喋り過ぎてちょっと喉が乾いていたんだ……まあ、これだけでも僕が普通じゃないって分かるだろ?マミ」
「え、ええ。キュゥべえが何かを口にするところなんて初めて見たわ」
「ふふーん、そうだろう?まったく、食事という行為をエネルギーの無駄だと切り捨ててしまうのはあまりにもナンセンスだよ。見てのとおり、僕は普通の生物として普通のことができる」
「え?それって別に当たり前のことじゃないの?」
ちっちっちっ、と尻尾を揺らしながらキュゥべえはまるで‘’分かってないなぁ”と言いたげな表情を浮かべる。
「キュゥべえという種族は‘’群”だ。個々の個体に喜怒哀楽なんていう感情は一切ない。全ての行動原理は一貫した合理性に基づいて決められているんだよ。だから、奴らは徹底的に
「じゃあ、目の前のアンタはその……?」
「そう。疾患とは1ミクロンも思っていないが、僕こそがその精神疾患個体だ。通常なら、隅々まで研究されて処理されるんだけど、生憎僕は人一倍生に執着しているみたいでね。命からがら奴らから逃げ出してきたわけさ」
「……その話は聞いてないわよ」
意外にも、その言葉に一番反応したのはほむらだった。目の前のキュゥべえが普通と違うことは知っていたが、まさかそんな事があったとはつゆ程も知らなかったからだ。
「こうして生きているんだから、湿っぽい話は良いかなって思ってたんだけど、マミはどうも僕のキュゥべえ離れした強さを気にしているみたいだからね。これから共に行動するんだから、後顧の憂いを残さないようにすべきだと考えたまでだよ」
そういえばと、思い出したほむら。初めて会った時も、このキュゥべえは全ての銃弾を避け切っただけでなく、とてつもない洞察力で時間停止の仕組みまで暴いたのだ。その上、歴戦の魔法少女であるマミの腕の中にいた通常のキュゥべえを一瞬で簀巻きにまでしていた。気にならない方がおかしいというものだ。
「些細な疑問だったけれど、よく気付いたわね。感情の機微にここまで敏感だなんて、キュゥべえがキュゥべえじゃないみたい」
「きゅっぷい、それは僕にとっての最大の賛辞として受け取っておくよ」
かたんっ、とティーカップを置いたキュゥべえは、これまた器用に尻尾でフォークを掴み、ケーキをもぐもぐ食べる。見れば見るほど、マミにとってはわけの分からない光景である。
もきゅもきゅ口を動かしながら、ケーキをゴクリと飲み込んだキュゥべえは‘’そういえば”と徐に呟いたあと、フォークをまどかとさやかに向けて言い放つ。
「まどか、さやか、二人に忠告しておくよ。キュゥべえが見える以上、奴らはあの手この手で契約を迫ってくるよ。君達の人間関係や家族構成、使えるものは全て使って、契約せざるを得ない状況を作るだろうね」
「ど、どういうこと……なんで、わたしとさやかちゃんを?」
ケーキを食べ終わったキュゥべえは、身体を二人に向けて、それこそ感情のないキュゥべえと同じく、わざと抑揚の無い声で話し始める。
「まず、まどか。君にはまだ小さな弟がいるよね?名前はたつや。呂律はまだ回らないけど、随分君も可愛がっているみたいだ。それと、お父さんは専業主夫で最近は家庭菜園に勤しんでいるみたいだね。毎日働いているお母さんとは、朝起きたらクソデカ洗面台で他愛もないことを話しているようだ」
「な、なんでそんな事っ」
身体を縮こまらせて青ざめるまどか。まどかの反応も無理もないだろう。
「そして、さやか」
「あっははー、家族のことはあまりに言って欲しくないんですケド……」
「そっちじゃないよ。君は同級生のお見舞いに行っているみたいだね。名前は上条恭介、クラスメートだけど、君はまるで通い妻のように足繁く彼に会いに行っているようだ」
「通い妻って、あいつとは腐れ縁だし……そんなんじゃないって、ってか、まどかもあたしも勝手に個人情報バラされるの流石にイヤかなー」
落ち着いた口調ではあるが、断りもなく個人情報を暴かれる嫌悪感は隠せない。無意識のうちに二人は、キュゥべえから一歩を距離をとる。その成り行きをほむらとマミは傍で見守っていた。
「ごめんごめん、勝手なことをして悪かったよ。僕はほむらのパートナーだから、彼女に関わる相手がマトモな人間なのか確かめないと不安なんだ。今後こういったことはしないと誓うよ……でも、二人とも何となく分かったんじゃないかな?僕が軽く調べただけでもコレなんだ。魔法少女の素質があると分かれば、奴らはその辺の情報も全て握る。あとは、契約をせざるを得ない場を整えて獲物を待つのが奴らのやり口さ。それに、僕って見た目は可愛いだろう?」
「え、えと、たしかに可愛い……かも?」
まどかは終始疑問形だが、ガワだけ見るのならキュゥべえにはマスコット的な可愛さがあるにはある。
「この見た目がまるでニチアサのマスコットみたいに見えるのも、君達少女の警戒心を緩めるためだよ。だから、どこをとってもキュゥべえという存在は合理性の塊なんだ。もちろん、少女を狙うのも理由があってね……とりわけ二次性徴途中の精神が不安定な女の子ほど感情の起伏が激しい。それは、希望から絶望への高低差が大きいのみならず、相転移が起きやすいというメリットがあるんだ。もし、その特徴が男にあるんだったら僕たちの姿もきっとベルトになってたと思うよ」
キュゥべえの説明は少女達の胸にストンと落ちる。言われてみれば確かにそうだ。魔法少女と呼称するほど、キュゥべえは少女という存在にこだわる。ただただ、エネルギーを回収しやすいという理由で少女を狙っているのは、合理性を重視するという意味では最適解と言えるだろう。同時にそれは家畜を飼い、品種改良を行う人間の産業と本質はなんら変わらない事に、えも言われぬ邪悪さを感じ取ったのだ。
「あなたがただのキュゥべえじゃないってことはよく分かったわ。それに、あの子達が願いを叶えるだけの存在じゃないってことも……なら、二人の目的って?」
マミはほむらとキュゥべえに目を遣った。
「僕たちの目的はただ一つ。ワルプルギスの夜の撃破だよ」
「……聞いたことがあるわ」
それは魔法少女達にとっても与太話のようなものだ。魔法少女でないのなら尚更。現にまどかとさやかにとっては‘’わる、ぷるぎす?”とか‘’ワスプル?”と、聞き返してしまうほど、聞き馴染みのない単語らしい。そんな二人を見てほむらが補足を入れる。
「二人はもちろん分からないわよね。ワルプルギスの夜という名前は通り名、その正体は最強最悪の魔女。アレが訪れた場所は文字通り街ごと全て消えるわ」
「えっ、でもそんな事あったらニュースとかでも流れるはずなんじゃ」
街ごと消えてしまうのなら、ニュースにならないはずがない。だと言うのに、今までそんな存在を聞いたことがない事に疑問が浮かぶ。
「流れているわよ。都市区画ごと木っ端微塵になるような暴風……いわばスーパーセル。あれは超弩級の台風としてこの世に顕在するの。被害を被るのは、何もこの国だけじゃないわ」
「……普通の人には魔女の姿は見えないものね。自然災害として処理されていてもおかしくないわ。でも、なぜあなた達がワルプルギスの夜を?」
マミの質問は尤もだ。なぜ、二人がそんな途轍もない存在を相手取るのかの理由が知りたかった。
「殺されたからよ……私の大切な人達が」
そう言った彼女の瞳にはドス黒い感情が渦巻いていた。怒り、哀しみ、苦しみ、負の感情がぐちゃぐちゃに混ざり、闇よりも深い黒を呈する。マミはそんな彼女の様子を見て、安易に聞いてしまったことを反省した。
「ごめんなさい、嫌なことを思い出させてしまったわね」
「いいのよ。これは私が背負うべき感情だから」
「いいえ、一人で抱え込んでは駄目よ。これでも一応年上だから、何でも相談して欲しいの。それに、仲間でしょ?」
ほむらの手をマミは両手で包んだ。彼女の暖かい体温が直に伝わる。繰り返されるループの中で、この手を一体何度離した事だろう。だが、今は、この瞬間は、まだこのままでいたいと思うほむらだった。
「頼りになるわ、マミ」
「ふふ、調子も戻ったみたいね。このまま、ワルプルギスの夜も倒しちゃいましょうか」
「無論よ」
ちゃっかり魔法少女だけで話が進んでいるところ、キュゥべえがワザとらしく咳払いをして、話を切りだす。
「そういうわけで、僕も彼女に協力することにしたんだ。予測によれば一ヶ月足らずで、この見滝原にワルプルギスの夜がやってくる。本当かどうか気になるなら明日の天気予報でも見てくれ、明らかに挙動のおかしい台風が観測されているだろうからね」
そう言って、キュゥべえは話をまとめる。
「と、いうことで。僕たちについての大まかな説明は以上だよ。落ち着いて聞いてくれてありがとうね皆。あと、ここで話したことは僕らだけの秘密にして欲しいんだ。やたらめったら広めるものでもないしね。約束は守れるかい?」
まどかとさやかはこくりと頷く。というか、頷くしかなかった。こんな荒唐無稽な話、他人に喋ったところで頭が可笑しくなったんじゃないかと思われるだけだ。
(じゃあ、そろそろ子供は帰る時間だ。今日はゆっくり休んで欲しい)
「えっ、直接頭に声が!?」
(テレパシーさ。近くにいれば、いつでも僕に繋げるように調整しておいたよ。魔法少女の素質を持つ人の特権さ。もし、僕以外のキュゥべえと接触したらまずは相談して欲しい。すぐに駆けつけるよ)
アフターケアもバッチリなキュゥべえだが、ひとつ見落としてしている。
「ちょっと待って、正直あんたと他のキュゥべえの見分けってつかないんだよね」
「!? な、何を言っているんだい!? こんなにハンサムなのに?」
「それは、あんた目線でしょ?ずっと一緒にいるマミさんでも分からないって話じゃない」
「そ、そんな……」
がらりと膝から崩れ落ちるかのように、カーペットに五体投地するキュゥべえ。流石にショックだったようだ。人間でも同じような事はあるのだ、それが異種族なら尚更だろう。
「僕ってイケメンなのに……顔整っているのに……」
「な、なんか悪いこと言っちゃったかな」
「さやかは別に悪くないわよ。そうね……分かりやすい目印でも付けましょうか」
そう言ったほむらは盾の中から
「わぁ、さっきより可愛いねっ」
特に何も気付いていないまどかは、可愛いと言いながらリボンのついたキュゥべえを撫でている。その様子を見ていたさやかは、怪訝そうな目をほむらに向け……。
「……なんか、まど「これで良いわね」……ソウデスカ」
その先は言わせないとばかりに、ほむらは言葉を被せた。ついでに髪もふぁさっ、と靡かせている。
「ご両親に心配かける前に帰るわよ。二人とも送っていくわ」
「僕はもう少しここに残るよ。折角久しぶりに会えたんだし、もうちょっとマミと話していくよ」
「!……ありがとう、キュゥべえ」
帰ると言った時、マミの瞳に僅かながら寂しさが浮かんだのをキュゥべえは見逃していなかった。
「分かったわ。マミ、また明日。放課後に集まりましょ」
「ええっ!もちろんよ!」
ほむらの言葉にマミは笑顔で返した。思っている以上に、気持ちが顔に出てしまう可愛らしい先輩だと再認識するほむらだった。
.*・゚ .゚・*.*・゚ .゚・*.
マミのアパートを後にした三人は、もうすっかり暗くなった街を歩いていく。所々、切れかかっている街灯は、ジリジリと嫌な音を響かせ、工場の機械音がやけに大きく木霊する。
「正直、まだ着いていけてない部分ばっかり。まさか、ほむらがねぇ」
「隠していたのは許してちょうだい。あなた達を巻き込むのは本意じゃなかったの」
「ちゃんと説明してくれたからイイよ。それにしても、何でも願いが叶うかぁ…………」
そう言って、遠くを見つめるさやかは何を思っているのだろうか。それを知る由はない。
「ねぇ、ほむらちゃん。ほむらちゃんは何を願って魔法少女になったの?」
ほむらの隣を歩くまどかが遠慮がちに聞いた。魔法少女は皆、奇跡を願ったのだ。目の前のミステリアスな少女も、それは同じだった。
「……気になる?」
「あ、う、うん。気になるけど、ほむらちゃんが言いたくないなら大丈夫だよ?」
「えー、私も気ーにーなーるー」
二人とも女子中学生だ。気にならないといえば嘘になるが、本人が言いたくなかったら潔く引くつもりだ。目を輝かせる二人にほむらが出した答えは。
「そうね……それだけは秘密よ」
「だ、だよね!ごめんね、聞いちゃって」
「えー!ケチー」
「女の子は隠し事の一つや二つ持っているものよ」
冗談ぽくいうほむらの視線は、まどかを掴んで離さなかった。その視線にまどかは一瞬、どきりと心臓を震わせたが、次の瞬間に視線は元に戻っていた。
その後、三人は夜の街を他愛もない話をしながら歩くのだった。
いつも感想や評価ありがとうございます。まるで乾いた心に潤いが与えられるかのようです( ゚д゚)ンマッ!
誤字報告も助かっております!