魔訶不思議大冒険 作:一番好きなのは界王拳
翌日、ねじれと共に登校する龍星は校門の近くで多くの気を感じ取った。
明らかに一般人の気。ヒーローであるならば相応の大きさがある。
「一般人だね。多分マスコミ辺りじゃないかな、オールマイトが就任するって噂を聞きつけたのかも」
成長した今でも龍星以上の探知能力を持つねじれも感じ取っており、予想したのだろう。
わざわざ今更マスコミがこのタイミングで集まってくるのもそれくらいしかなく、龍星も同じ考えだったようで頷いていた。
「それくらいしかないだろうね。でも行くしかないか……」
近づけば近づくほど目視で分かるようになる。マスコミの矛先は生徒たちに向けられており、それは1年だろうと2年だろうと3年であろうと関係なく対象になっている。
3年はともかく、1年も2年も対応が難しいかもしれない。
龍星は気を消して気配を殺そうかとも考えたが、それで他の人たちを驚かしても申し訳ないので素直に突撃していく。
が、忘れてはならない。
「オールマイトの授業はどんな感じですか?」
「オールマイトはどんな授業をしてるの?」
「オールマイトの学校での様子を――」
「ええっと、オールマイトは――」
龍星は嘘が下手すぎる上、基本真っ直ぐでお人好しであることを。
答えてしまったら最後、質問攻めに遭うことは考えるまでもない。
前世という経験があっても、彼の主人格は既にこの世界で生きてきた龍星弥斗という人間に染まり切っている。未だに残るのはせいぜいドラゴンボールの知識が半端ないくらい。
なにより彼もイカれた憧憬を持つ青年であった、ある意味の子供だ。マスコミに対する対応に慣れてるはずもなく。
だからこそ反射的に龍星は答えてしまいそうになり、咄嗟にねじれが間に入り込む。
「ごめんなさい。そう言ったことは学校を通してからして貰えませんか。貴方達にとって仕事であっても双方の同意がない場合、勝手な取材はただの迷惑行為です。私たちにはこれから授業がありますので先に失礼します」
龍星の手を引っ張り、マスコミの中を毅然と気にせずに進むねじれと違って龍星があたふたしていた。
それに龍星の前では普段見せないような態度だ。冷静でありながら冷たいというか。
「大丈夫だよ、ビート君。ああいうのって相手にした方が逆効果になるから」
「そうなの?」
「うん。少なくとも今回は答えなくちゃならない時じゃないから対応は先生に任せるのが正解。それに対応も分からないでしょ? まだ習ってないもんね」
「うん……ありがとう。ねじれちゃんが居なかったらゴリ押しするしかなくなってたかも」
「その方が色々と面倒になるからダメ。大丈夫、ビート君は私が守るからね」
そう言って微笑むねじれに、引っ張られながら龍星は時折思うことがあった。
普段は可愛いとか綺麗とかそう言った感想しか出ないのに、自分の彼女はたまにかっこよくなる時がある、と。
それはそうと情けなかった自分にもため息を吐いた。
本来の年齢は彼女より歳上である。が、蓋を開けて見ればこれ。
前世なんてドラゴンボールの知識以外はあってもないようなものだなと苦笑いを浮かべた。
実際に普通に生きてきた彼にとって、このヒーロー社会は経験なんて役に立たないのもあるが。
そんな1幕はあったが、別れを惜しむねじれに放課後一緒に帰ろうと誘い、それぞれの教室に辿り着いたあと。
スルーされたと落ち込む葉隠にドンマイと肩を叩いたり、焦ったという上鳴に共感したり、疲れ切っている耳郎におつかれと言ったり、轟に声をかけてどうだったか聞いたら普通に流したと告げられたり、そんな会話をしてたらホームルームが始まった。
「昨日の戦闘訓練、お疲れ。VTRと成績、見させてもらった。爆豪、お前もうガキみてぇなマネするな。緑谷は……個性の制御がいつまでも出来ないから仕方ないじゃ通させねえぞ。俺は同じ事言うのが嫌いだ。それさえ出来ればやれる事は多い。焦れよ緑谷」
朝のHRで相澤は昨日の戦闘訓練について爆豪と緑谷に注意を促す。
といっても緑谷に対しては激励半分といったところ。実際に龍星弥斗といういいお手本が居るだけあり、緑谷の超パワーは制御さえ出来れば強力な武器になる。
爆豪はそっけなく返事をし、緑谷は焦燥感に駆られながらも元気よく返事をした。
「HRの本題だ。急で悪いが今日は君らに……学級委員を決めてもらう」
『学校っぽいの来たーッ!!』
龍星はもちろんのこと、こういったことで騒がない面々を除いてほとんどの者が声を挙げた。
しかも息があってるため、タイミングでも計らったのだろうかと龍星は思った。
だがそれとは別でみんなが一斉に挙手をして立候補し始めた。
立候補してないのはせいぜい龍星、轟、麗日くらいだろうか。
皆が立候補するのは単純だ。
ヒーロー科では集団を導くということはトップヒーローの素地を鍛えられる役という理由がある。
だからこそ普通科とは違って大人気の役職なのだ。
もちろん龍星はやろうとは思っていない。そもそも彼は多を導くよりもサイヤ人の本能に従って自ら戦いに身を置くタイプである。
とてもじゃないが指示出来るような人物ではない。彼が委員長になった場合、指示せず突撃するだろう。
「静粛にしたまえ! “多”を牽引する責任重大な仕事だぞ……! やりたい者がやれるモノではないだろう。周囲からの信頼あってこそ務まる責務……! 民主主義に則り、真のリーダーを皆で決めるというのなら……これは投票で決めるべき議案!!」
『腕そびえたってるじゃねーか!』
飯田が声を上げて皆を制止するが、勢いよく上がっている右腕のせいで説得力がない。
しかしみんな自分に入れるに決まっているという意見に対して、だからこそ複数票を取った者こそが真にふさわしい人間だという反論には一理あり、時間内に決まるなら何でもいいという相澤の後押しもあって投票で決めることになった。
ちなみに龍星は投票されても困るので辞退した。
良いのかと聞かれたが、興味ないで終わり。
その結果。
緑谷出久:3票
八百万百:2票
と言った結果になり、0票なのはやはり龍星、轟、麗日のみ。
他は“飯田を含めて1票”ずつ入っていた。
(僕に1票入っている……!? 一体誰が……!!)
自分ではなく緑谷に投票していた飯田はそんな疑問を内に抱えて驚きながらも学級委員決めは終了した。
それはそうといい加減先生は数分もしたら昼食なのに堂々とパンを食い始めた龍星を叱るべきだろう。
昼食。
上鳴、葉隠、耳郎はいつものメンツだが席が近かった轟を引っ張って龍星はランチラッシュの元へ赴いた。
「おぉ、来たね!! 今日は昨日よりも素早く提供してみせるよ!」
「ならより早く味わって食ってみせる……!!」
「何の勝負してるの!?」
「いやほんと」
ちゃんと味わって食べるのは偉いが、全く持ってその通りである。
だが二人なりの謎の友情は芽生えているのだろう。
どこからとも無くゴングが鳴る音が響く。
「にしても龍星が辞退するなんてなぁ」
「普通はやりたがるもんだと思ってたよ、ウチ」
「ねー。ちなみに私は入れるつもりだったよ?」
「同じく! 龍星がすげぇやつってのはよく分かってるからな!」
「気持ちだけでいいよ」
「……お前なら十分果たせそうだが」
「そういう轟の方が向いてるんじゃない? でも轟も別の人に入れたでしょ。八百万?」
「まぁ……向いてると思ったからな。そういう龍星は飯田だろ」
「お、正解。入試の時から向いてると思ってたからね」
そう、0票の時点で確定で龍星と轟は誰かに入れている。そして予め辞退してた龍星は尚更。まぁ無投票があってもおかしくはなかっただろうが。
と、話してる間に龍星の腹の虫が鳴る。
どうやらパン一個では足りなかったらしい。
まだかまだかと待ち望んでると、他と違って量があまりに多すぎるため、配膳ロボが運んで置いてくれた。
早速かぶりつく龍星はそれはもう美味しそうに食べており、女の葉隠や耳郎はまだしも、男の上鳴や轟が霞むレベルの量だ。
彼らが1口食べる頃には既に1皿平らげている。
「相変わらずよく食べるよね、龍星君って」
「こんな食べる生徒他にいないでしょ」
「確かに龍星以外にも結構食べる人はいるけど、ここまではないよな……」
皿を割らないためか配膳ロボが忙しなく動いている。
ロボなんていなかったはずだが、わざわざ龍星のために用意したのだろう。
しかしロボが突然止まる。
『セキュリティ
おそらくロボは緊急停止が成されたのだろう。
そんな警報とともにそのアナウンスが聞こえた途端、食堂は大騒ぎになった。
焦る三人とは違い、訝しむ轟とご飯に夢中で一切気にしてない龍星。
「あの、セキリュティ3ってなんですか!?」
「校舎内に誰か侵入してきたってことだよ! 三年間でこんなの初めてだ!! 君たちも早く!!」
耳郎が近くの上級生に聞くと、素早く避難していた。
その上級生だけでなく、もっと多くの人たちも。
「侵入者ってこと!?」
「やべえって! 龍星! 飯食ってないで避難しねぇと!!」
それを聞いた葉隠や上鳴も立ち上がり、上鳴は龍星の手を掴んで引っ張ろうとするが、テコでも動かないつもりらしい。
全く動く気配すらない。
「ほふぁんゆうへん……!!」
「いや、龍星の言う通り動かない方がいい。こんだけの人数が避難してるってことは動くと却って危ねぇ」
そこをフォローするように轟が避難先を指差すと、人がごった煮になっていてパニックになっている。
それを見たからか、確かにと三人も納得したようで席に着いていた。
すると龍星は気遣いからか気を開放し、エネルギードームを使って自分を含めて5人を覆い尽くす。
これにより、龍星のバリアを破壊するパワーがない限り彼らの身は保証されたし誰かがぶつかってくることもなくなる。
そして龍星は食事を再開した。
侵入者などどうでもいい思考だ。というのも、明らかに一般人と思われる気が多く雄英の敷地内に感じられるのだから原因がマスコミなのを理解しているのだ。
ただしその直前に、何か別の
もしその気が侵入してきてたならば、龍星は対処していただろう。何故なら雄英には龍星の大切な存在がいるのだから。
ただマスコミくらいなら先生たちが何とかすると思ってるため、動かないだけだ。
決して食事を優先したいわけではない。
手を止めてないが。
ないったらない。
そしてその後の委員会決めで緑谷は先ほどのパニックを納めた飯田を委員長に推薦。それを見ていた切島の言葉と、便乗しようと投票したことを明かした龍星の言葉もあってか緑谷の代わりに飯田が学級委員長を務めることとなった。
まぁ結局龍星は呑気にご飯を食べ切って騒ぎが落ち着く頃には満足してたのだが。
この男、全くブレない。
しかしそれはそうと報告はしない訳には行かないため、龍星はマスコミが侵入してくる直前に悪意ある気配を感じたことを担任の相澤に話し、騒ぎを起こすだけ起こして気配が消えたので追わなかったことを告げたら判断を間違えなかったことを褒められ、情報の提供に感謝された。
プロヒーローでもない龍星の場合、独断行動は認められないからだ。もししていた場合、それが間違ってても正解だったとしても立場上相澤は叱らなければならない。
今回の場合は、最悪そのヴィランのアジトに単体で突っ込む危険性もあったので龍星の行動は正解なのだ。
免許がない龍星にヒーロー活動は認められない。
仮に個性を使って人を傷つけた場合――龍星の場合は気を用いて傷つけた場合。
ヴィランとそう変わらない扱いになってしまうだろう。非合法、イリーガルヒーローとして扱われるようになったっておかしくはない。
例え龍星にそんなつもりはなくても、世間はそう判断する。
この世界は少々面倒なのである。
マスコミの起こした騒動から数日後。A組はヒーロー基礎学の時間であり、教室で相澤から内容が話された。
「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見る事になった。災害、水難、なんでもござれのレスキュー訓練だ」
今回は人命救助を想定したレスキュー訓練。相澤はコスチュームの着用を各自の判断に委ね、訓練場まではバスで移動するため準備を始めろと言い放った。
男女に分かれて更衣室に移動し、各々自分のコスチュームに着替える。
「A組集合! バスの席順でスムーズにいくよう、番号順に二列で並ぼう!」
「飯田君、フルスロットル……」
「な、やっぱ向いてるでしょ轟」
「確かにな」
飯田がさっそく委員長として皆を仕切って整列させるが、いざ乗ってみるとバスは想定していたようなタイプではなく、路線バスのような座席が対面してるタイプだったのであまり意味がなかった。
「くそっ、こういうタイプだったか……!」
「意味なかったなー」
ちなみに席だが、轟の横に龍星が居て、彼と雑談していた。
というよりは正確には殆ど龍星が話して轟が受け答えしてる程度だが。
そしてバスで移動中、みんなが話す中で蛙吹が緑谷に疑問を投げかける。
「私思った事を何でも言っちゃうの、緑谷ちゃん」
「あ!? ハイ!? 蛙吹さんッ!?」
「梅雨ちゃんと呼んで」
蛙吹に話しかけられてキョドる緑谷。
男子とは普通に話せる割に女子に対してはこれなので、免疫が殆どないようだ。
麗日には普通に話せるようになってきてるのだが。
「あなたの個性、オールマイトに似てる」
「えっ!? そ、そそそうかな!? いやでも僕はえっとその……」
意図的ではないにしろ緑谷の秘密について核心を突く質問をされ、さらに動揺した。誤魔化すのが下手だ。
これでも龍星よりは上手いので、彼がどんだけ下手なのか分かるだろう。
そんな龍星だが、蛙吹の言葉に言われてみれば気の性質が似ている、と思っていたら。
「待てよ梅雨ちゃん、オールマイトは怪我しねえぞ。似て非なるアレだぜ。それにどっちかというと龍星の方が近いだろ?」
「無関係だよ」
「ホッ……」
図らずとも切島のフォローで矛先が龍星に向かい、難を逃れた緑谷であった。
聞こえた龍星はあっさり否定していたが、本当に無関係だからだ。
「しっかし増強型のシンプルな個性はいいな! 派手でやれることが多い! 俺の硬化は対人じゃ強ぇけど、いかんせん地味なんだよな~」
「僕はすごいかっこいいと思うよ。プロにも十分通用する個性だよ!」
「プロな、しかしやっぱヒーローも人気商売みてぇなとこあるぜ?」
切島の言うとおり、ヒーロー飽和社会となった今市民からの人気もプロヒーローを評価する軸の一つになっている。
No.1になりたければ市民からの評価を得なければならない。当然言動も含まれる。
「派手で強えやつといったらやっぱ、轟と爆豪、それに龍星だよな!」
後部席にいる爆豪、轟、龍星に視線が集中する。
「爆豪ちゃんはキレてばっかだから、人気でなさそ」
「んだとコラ!! 出すわ!」
「ホラ」
「この付き合いの浅さで、既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」
「てめぇのボキャブラリーは何だコラ!! 殺すぞ!!」
既にキレ散らかしてる時点でプロになってもこれなら人気は出なさそうという蛙吹の指摘も間違ってないだろう。
一方で、龍星は人を傷つけたり殺す相手に怒ることはあっても純粋に自分の強さを高めたいからこそ戦闘を好んでいる。
自分自身に負けない己になる為に強くなろうとしてるのが彼であり、言ってしまえばヒーローになるのは強い相手と戦えるからである。
もちろん平和を守るためと仲間や罪の無い一般人が殺されないためにという想いもないわけではない。
が、結局は純粋な善に沿うような存在ではないのは自覚しているからこそ、進んで正義の味方とは思わないし言わないのが龍星だ。
故に、人気商売である件に関しては興味がなかったりする。戦えるならいい、という思考の持ち主なのだから。
「もう着くぞ、いい加減にしとけ」
相澤の言葉でその場は静まり返り、いよいよ目的地である場所へと辿り着く。
バスを降りた目の前には大きなドーム状の建物が建っており、その前には宇宙服のようなコスチュームに身を包んだプロヒーロー・13号が待ち受けていた。ヒーローオタクの緑谷や13号ファンである麗日は興奮気味に喜んでいる。
なお、龍星は人造人間13号を思い出していた。
そして13号の案内で中に入ると、中もかなり広くテーマパークのような作りになっていた。
「すっげぇー! USJかよ!」
「水難事故、土砂災害、火災、暴風……etc、あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も……
(((本当にUSJだった!!)))
13号の説明に何人かの心が一致した。
そんな13号に相澤が近づき、小声で尋ねる。
「13号、オールマイトは? ここで待ち合わせるはずだが……」
「それが、通勤時に制限ギリギリまで活動してしまったみたいで……」
「不合理の極みだなオイ……」
オールマイトの秘密は共有されているため、相澤はため息をつきながらも予定通りに授業を進めるようだ。
まぁここで帰る訳にも行かず、学校側のスケジュールもある。
13号が再び前に出る。
「えー、始める前にお小言を一つ二つ……三つ……四つ……」
(((どんどん増える……)))
「皆さんご存じとは思いますが、僕の個性は“ブラックホール”。どんなものでも吸い込んで塵にしてしまいます。これは簡単に人を殺せる力です。みんなの中にもそういう個性を持つ方がいるでしょう。超人社会は“個性”の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているように見えます。しかし一歩間違えれば容易に人を殺せるいきすぎた個性を個々が持っていることを忘れないでください」
相澤の体力テストで自身の力が秘めている可能性を、オールマイトの対人戦闘訓練でそれを人に向ける危うさを体験した。そして今回は心機一転、人命のために個性をどう活用するかを学んでほしいと、13号は告げた。
「君たちの力は人を傷つける為にあるのではない。助ける為にあるのだと、心得て帰ってくださいな。以上、ご静聴ありがとうございました!」
13号がそう言いながらお辞儀をすると、生徒の皆が歓声と拍手に包んだ。
それに彼女の言葉は龍星にも突き刺さるものだった。
今の彼が10倍の強さを持つ大猿にでもなれば、それこそ簡単に人を殺せてしまうのだから。
「よし。そんじゃ」
「!!」
「おい龍星、持ち場に……っ?」
なにかに気付いた龍星が生徒たちの中から抜けて手摺に持たれる相澤の隣に行くと、広場を睨むように見つめた。
急な行動に注意しようとした相澤だったが、普段と違う険しい表情となっている龍星を見て違和感を覚える。
すると、遅れて空間に歪みが生まれたのを目撃した。
黒いモヤ。
それらが瞬く間に大きくなっていき、人の手の形をしたものを顔につけた妙な男が悪意に満ちた目をしながら顔を出す。
モヤの奥から感じられる猛烈な数の“悪の気”に龍星は既に戦闘態勢へ移行している中。
「一固まりになって動くな!」
急激に増大した黒いモヤから続々と人間が現れ、相澤の鋭く張り詰めた怒号が響き渡る。いつも気だるげな目が、かつてないほどの警戒と殺気に満ちる。
それは相澤消太としてではなく、プロヒーロー・イレイザーヘッドに切り替わった瞬間でもあった。
「13号、生徒を守れ!」
しかしほとんどの生徒は状況を把握しておらず、イレイザーヘッドの声に対して呆けたような反応を示していた。
そんな生徒たちに、イレイザーヘッドは一喝する。
「なんだありゃ? また入試ん時みたいな、もう始まってんぞパターン?」
「動くな! あれは……
イレイザーヘッドの言葉にA組に緊張が走り、空気が完全に凍る。
「先生! 侵入警報は!? 」
「当然ありますが……」
「現れたのはここだけか学校全体か……何にせよセンサーが鳴らないということは、妨害できる『個性』の持ち主がいるということだな。校舎から離れた隔離空間に、時間割を把握した上での襲撃……アイツらバカだがアホじゃない。これは、明確な悪意を持って計画された奇襲だ」
「ついでに言っとくけど、どうやらここだけに現れたらしい。学校側からは気配が全くしない」
轟の冷静な分析に、生徒たちの顔から血の気が引いていく。電波も遮断され、外部との連絡は完全に断たれていた。
龍星の探知によって学校全体に襲撃を掛けたわけではないのは、ある意味安心出来る要素で朗報ではあるが。
それならば異変に気づいた誰かが居れば助けに来てくれる。もしくは助けを呼びに行くか。
「13号! お前は生徒を避難させろ。上鳴は学校へ連絡を試みろ!」
「相澤先生! 先生一人で戦う気ですか!? あの人数相手に、正面からなんて……!」
飛び出そうとする相澤の背中に、緑谷が悲痛な声を上げる。
ヒーローオタクの緑谷はイレイザーヘッドというヒーローがどういう戦い方をするのか知っているのだ。
「一芸だけじゃヒーローは務まらん……! 13号、避難誘導を頼む!」
「待ってください先生」
一人で行こうとする相澤に、龍星は冷や汗を搔きながら声を掛ける。
大半のやつらが大した気を持っていない。龍星単体でも制圧可能。
しかしその中で、異質な存在があった。
龍星の気を感じる能力はかなりのものである。
そんな彼を持ってして、
気を感じられない相手は簡単な話、機械や既に命を失った存在、もしくは神の気。
だが気を感じられなくても分かる。
あの脳みそが出ている存在は強敵どころか自分が過去に対峙したヴィランと同等かそれ以上か、少なくともそれに近い力を持つことを。
「龍星は他の奴らを頼む。お前の実力が必要だ」
「っ……!」
そう言って飛び出すイレイザーヘッドに龍星もついて行こうとして、言われた言葉に踏み止まる。
頼まれた以上、それを無視することは担任であるイレイザーヘッドを信じられないといってるようなものであり、彼の信頼を裏切るものでもある。
だからこそ、龍星は先にA組を避難させる選択を取る。
それが終われば、すぐに駆けつけるつもりで。
そんな龍星の魂胆を知らないまま13号は誘導すると、クラスメイトたちは誘導に従って、出口の扉へ向かって全力で走り出す。
――だが。
『させませんよ?』
13号を先頭に避難しようと矢先、龍星達の前に現れたのは黒いモヤのヴィランだった。
わざわざ生徒がいる時間帯を狙ってきたということは、生徒も狙いのひとつということ。
龍星はこっちはこっちで気を読めないことはいいとして、それにしても気配が読めなさすぎたことに驚く。
まるで、瞬間移動だと。
(いや、複数人同時にではないし現れた時と今のように黒いモヤが必要なことからワープ……つまりこいつを制圧しなければ脱出は困難!!)
一瞬で看破したが、あくまでそれだけ。
条件は分かっても範囲も制限があるのかすらも分からない。重量。距離。
仮に無限だった場合――宇宙にでも放り出されてしまえばサイヤ人である龍星でも死は免れない。
『はじめまして……我々は
「オールマイトを……殺す……!?」
緑谷が息を呑み、生徒たちの間に絶望的な戦慄が走る。
オールマイトを殺そうとするヴィランはいるだろう。
だが、こうまで計画的な犯行をするということは、その
「まあ、私のお役目は変わりません。あなた方を……散らし、殺す」
黒いモヤが一気に膨れ上がり、生徒たちを丸ごと呑み込もうと巨大なドーム状に広がり始めた。
「させませんッ!!」
13号が指先のキャップを外し、ブラックホールを発動しようと身構えた――その瞬間。
「死ねぇぇぇぇッ!!!」
「ウラァァァ!!!」
爆豪と切島が、電光石火の勢いで黒いモヤのヴィランの眼前へと跳びかかり、至近距離から渾身の爆破と拳を叩き込んだ。しかし、黒いモヤのヴィランは無傷。
拳はまだしも爆破まで効いていない。
(無敵、いや。モヤの部分にはダメージ判定がない? つまり狙う先は……)
「おっと、危ないところでした……。生徒とはいえ、実に優秀な金の卵ですね」
突撃しそうな性格をしてるくせに冷静に分析していた龍星は今ので確信する。
無敵と呼べる個性を持つ人物を知っている。
しかし本当に無敵であるならば、
「ッチ!!」
「しかし――私の役目は、あなた方を散り散りにすること」
「まずっ……!!」
すると黒いモヤが暴風のような突風とともに爆発的に広がりらクラスメイトたち全員の視界を真っ暗に覆い尽くしていく。
龍星は迎撃するか考えたが、間に合わないことを悟る。
イレイザーヘッドに頼まれたことを果たすべく、クラスメイト達を守ることを最優先にする。
クラスメイトのうち、仮に一人になっては戦闘能力的に危うい人物に向かって駆け出した龍星は、その腕を取った。
掴んだ相手は、葉隠。
同時に龍星はモヤに一気に包まれてしまった。