魔訶不思議大冒険 作:一番好きなのは界王拳
「――は、はは。こりゃ、参ったな……」
そして現実を直視させられた。
下半身が完全に消滅したはずにも関わらず、脳無の体は既に下半身を再生させている。
超かめはめ波のダメージすら再生したように、傷一つ残さず。
何処にも欠損はなく。
文字通り万全状態で完全回復してしまった。
「セルかよお前。消し飛ばしても再生するって……!!」
龍星はドラゴンボールにおけるかつての強敵を思い出しながら、自身の切り札すら通用しなかったことに希望を失いかけていた。
恐らく知識にあるセル同様、脳を破壊すれば倒せたのかもしれないが下半身に脳は当然存在しない。
それでも諦めることはない。
自分ですら勝てない相手に他の者が対抗出来るかと言われれば確信を持って頷けない。
だからこそ、ここで倒さなければならなかった。
もし自分が倒れてしまったら蹂躙が待っている。
切り札は通じなかった。
だけど倒せる可能性を秘めた力なら、まだ残っている。
それは“大猿化”。サイヤ人だからこそ出来る変身だ。
しかしそれを使えば理性を失い、たちまち全てを壊し尽くすだけでなく、最悪の場合は自分自身がヴィランになってしまう。
だからこそ使う訳にはいかない。
使う時は、本当の最終手段。
そのため、使えるのはもう一つの方。
自分一人では撃てない上に完成まで時間はかかってしまうが、それでも、今の状況を打開できる可能性を秘めた、大猿以外の選択肢。
龍星が持つ、もう一つの切り札。
龍星は最後の望みを託すように、その技を作り出すべく両手を天へと掲げるのだった。
「なんだ、両手を上げて降参か? はは、そうか。やっと脳無には勝てないって分かったわけか!」
「――大地よ……海よ……空よ……そして生きているみんな――ほんの少しだけでいい、元気を分けてくれ……!!」
死柄木の挑発に乗らず、龍星は自分だけではなく世界そのものに力を借りようとする。
相手が降参だと思ってくれてるならば、むしろ好都合。
「だけどこっちも制限時間があるんだ。降参したからといって生きて帰すのは無理だね。脳無!」
「――クソッ!!」
まだ十分気が集まっていない。
今の状態では、せいぜい通常のかめはめ波程度の威力しか出せない。
超かめはめ波ですら消し飛ばせなかったのだから通常のかめはめ波と同程度ならば倒せるわけもない。
龍星はその場で両手を掲げたまま脳無の拳を頬に受けた。
よろけそうになるのを踏ん張り、つー、と鼻血が流れる。
未だ戦意に満ち、決して諦めていない瞳。
「――イラつくなぁ、その目!! そうだ、時間一杯痛めつけてやれ。その生意気な目を向けられないように!」
そして何度も何度も、脳無のラッシュが龍星の体に叩きつけられる。
体中に響く衝撃。
何本もの骨が軋み、折れる音が響く。それでも龍星は両手を上げ続けた。だが、脳無の攻撃を受けるたび、両手に集まりかけていた元気が不安定に揺らいでいく。
そしてついに。
「ごふっ……!」
深く突き刺さった蹴りが龍星を吹き飛ばした。
その影響で両腕に集まっていた光が弾け、光の粒子となって霧散してしまう。
壁に埋まっていた龍星の体が、力なく地面へ落ちる。
道着はが完全に破れ、下半身も所々が裂けていた。中途半端にインナーが破れ、露わになった身体には無数の血と痣が刻まれている。
何とか倒れるのを堪え、両手を地面につく。
四つん這いの姿勢で咳き込むたび、口から血が溢れた。
そう、だからこそ龍星はこの技を使うことを躊躇っていた。
周囲から元気を集めれば、今の龍星ですら脳無を無力化できるほどの威力を得られる。だが、その代償として集めている間は無防備になってしまう。
霧散したが、全てが霧散したわけではない。
何とか手に残せた元気玉の気を握りしめ、龍星は起き上がる。
「本当に頑丈だな、あいつ。もう死んでてもおかしくないだろ」
「死柄木弔、このままだと他のプロヒーローが来るかもしれません」
「分かってる。とっとと殺してズラかるぞ」
絶体絶命。
現状、龍星にまともな勝ち筋は残されていない。
唯一の勝算だった元気玉も完成には至らず、ダメージの蓄積によって膝をついてしまっている。
乱れる呼吸を整えながら身体に鞭を打つ。
全てを壊し尽くすか。
このまま死を迎えるか。
「――サイヤ人は戦闘民族だ」
否。
そんな選択など、龍星は取らない。
大猿になれば脳無を倒すことも可能だろう。
だけどそれは、自分が自分でなくなってしまう。理性を失い、周囲にあるものすべてを破壊しかねない。
純粋なサイヤ人でありながら優しい心を持つ龍星には選べない道。
龍星は自ら、最終手段を捨てた。
「なめるなよ……っ!!」
口元の血を拭き、インナーを破り捨てた龍星の気が高まる。
人は時に火事場の馬鹿力というものを発揮する。
それはサイヤ人である龍星も例外ではなかった。
もはや死に体に近いというのに、その瞳には強い闘志が宿っていた。
死柄木も、黒霧も、死体である脳無でさえ、その気迫に圧倒される。
「いいや……関係ない! 殺してゲームクリアだ!!」
怯まず、死柄木が動く。
同時に龍星が飛び込んだ。
拳を突き出す龍星に対し死柄木がワープゲートによって消え、入れ替わるように出現した脳無が拳を叩きつける。
拳と拳による衝撃波が空間を震わせ、至近距離で生み出された気功波が脳無の体を覆い尽くした。
腹部を貫通しているが、やはり再生してしまう。
不意をつくように背後から現れた黒霧のゲートを跳んで避け、黒霧の身体を構成する金属部に尻尾を巻き付けると龍星は空中で回転してぶん回し、投げ飛ばす。
着地を刈るように伸ばされた死柄木の手を見ずに回避し、蹴るより早く脳無によって殴り飛ばされる。
生えていた人工物の木を貫通し、壁をぶち破りながら転がる。
龍星は瞬時に加速し、脳無の顎を蹴り上げた。
巨体が浮き上がる。
追撃を仕掛けようと龍星も空中へ飛び込むが、脳無は構わず拳を振るった。
舞空術によって空中戦で動ける龍星は間一髪で首を反らして避けると、拳を返す。
返した拳が脳無の頬を捉える。だが脳無は怯むことなく、その巨腕を振り下ろした。龍星は両腕を交差させて受け止めるが、衝撃を殺しきれず、身体が大きく押し下げられる。
すぐに加速して放った飛び蹴りが顔面に直撃する。
が、やはり効かない。
脳無に捕まる前に顔面を蹴って宙返りで距離を取る。
互いに一度地面へ着地すると、間髪入れずに再び空中へ飛び上がった。
拳と蹴り。
互いの攻撃が何度も交錯し、衝撃が空気を震わせる。
しかし、脳無にはショック吸収がある。龍星の拳がどれだけ叩き込まれようと、その巨体は怯むことすらなかった。
一方、龍星にはその能力がない。脳無の拳を受けるたび、確実に蓄積していくダメージが、ついに限界を超えた。
胸部に叩き込まれた一撃によって、龍星の体が地面へと叩き落とされる。
地面に突き刺さる龍星を脳無が引き抜き、そのまま勢いよく叩きつけた。
一瞬意識が途切れ、白目を剥きかけた龍星の姿が、次の瞬間には残像を残して消えた。
脳無から距離を取った龍星は、荒い息を整えながらチャンスを窺う。
何とか残すことのできた、わずかな元気。
残った全ての気と共にこれを直接、脳無にぶつける。ただ攻撃を当てるだけでは意味がない。
確実に肉体を消し飛ばせるよう、全てを叩き込まなければ。
半身だけを消し飛ばしたところで、先ほどの二の舞になる。
だからこそ、一撃で仕留める必要があった。
それが今の龍星に残された、唯一の勝機。
「いい加減執拗いんだよお前!!」
「っ……!」
先ほどと違い、ダメージによって体が反応しない。気を練り上げ、うっすらと膜のようなバリヤーを張る。
迫る死柄木の手。
バリアに気づかず、ようやく届くことに勝利を確信する死柄木の手はついに龍星に触れた。
それはすなわち、崩壊を意味する――
「――かっこいいなぁ、イレイザーヘッド」
その声とともに、死柄木の動きが止まる。
イレイザーヘッドの個性によって死柄木の崩壊を封じていた。
息を切らしていることから急いで来たのは間違いない。
すぐさま龍星が死柄木を横に蹴り飛ばす。その反動を利用して後方へ跳び、イレイザーヘッドの元へと退く。
「……すみません、倒せませんでした」
「いいや……よく生きててくれた。お前も避難しろ龍星。もうすぐ先生達も来る。オールマイトも来るはずだ」
「なら尚更、逃げられないでしょう」
ペッ、と口の中にあった血を吐き出した龍星は息を深く吸って吐き出す。
既に肉体は限界を迎えつつある。
しかし、イレイザーヘッド一人で脳無を相手にするのは無謀だった。
ショック吸収と超再生を持つ脳無に、イレイザーヘッドの個性だけでは対抗することはできない。いずれ押し切られてしまうだろう。
「あれだけのダメージを負っておきながら、まだ動けるのかよ……バケモノめ」
「合流されてしまいましたか……ですがやはり、あの生徒は危険だ」
「ああ、アイツだけはここで殺す」
もはや向こうも意地になりつつある。
膨大な殺意をその身に受けた龍星はうっすらと笑みを浮かべた。
こんな時だというのに、笑みを浮かべられる。
ボロボロでも。
追い詰められていても。
それが逆に、死柄木の神経を逆撫でさせ、憎しみに近い感情を向けられる。
「それに向こうは逃がしてくれないようですよ」
「……」
ヘイトを買ったのはいいものの、買いすぎた。
仮に逃げても脳無が追うのは間違いないだろう。
そしてそれを、イレイザーヘッドは防ぐ術がない。
避難させようと思っても、させられない。
「先生は死柄木たちをお願いします。脳無は変わらず俺がやる!!」
「待て――!」
それでも駆け出した龍星を追う。
生徒を守るのがイレイザーヘッドの仕事。
だがイレイザーヘッドの前に死柄木と黒霧が立ちはだかる。
「悪いなイレイザーヘッド。あのガキを殺すには脳無をぶつけるのが1番だ。邪魔をされたら困るぜ」
「貴方はここで足止めさせていただきます」
「どけ!!」
「大人しく従うヴィランがどこに居んだよ」
死柄木たちも今の龍星を仕留めるには脳無をぶつけたらいいと理解しているがゆえに、図らずも龍星は脳無と戦うことになってしまった。
龍星の元へ向かおうにも、目の前には死柄木と黒霧が立ちはだかっている。
生徒を守らなければならない。今の龍星を脳無と戦わせるわけにはいかない。
相澤は焦燥を押し殺し、目の前の敵へと意識を向けた。
「だあーっ!!」
何度に及んだかも分からない、拳の衝突。
やはりショック吸収の影響でダメージがなく、それでも乱打を叩き込む。
掴みかかる脳無の腕を紙一重で躱し、龍星の蹴りがその顎を打ち抜く。
反動を利用してバク転し、距離を取ると同時に無数の気弾を放った。
さらに両手を掲げて突き出すことで気功波を撃つと脳無を呑み込み、龍星の突き出された蹴りが放たれる。
しかし煙の中から脳無が脚を掴み、龍星が地面に叩きつけられる。
「がはっ……!」
あまりの威力にバウンドする龍星の腹部に肘が突き刺さり、口から大量の血が吐き出される。
その衝撃で地面には浅いクレーターが生まれた。
さらに脳無は、顔面を血で濡らしながらも構わず龍星の頭を鷲掴みにした。
龍星は震える腕を動かし、脳無の手を引き剥がそうとする。しかし、すでに戦闘能力は大きく低下しており、抵抗する力すら残っていなかった。
容赦なく脳無は龍星を何度も地面に叩きつけた。
その度に地面にヒビが入っていき、勢いよく地面に沈める。
すると掴んでいた手が完全に力を失ったように離される。
抵抗がなくなった龍星の胸ぐらを脳無は掴み、そのまま持ち上げた。
力が入ってないのか龍星の首が後ろへと倒れる。
そして目を閉じている龍星の胴体を締め上げた。
「ぐ、あああああっ!?」
脳無は龍星の胴体を力任せに締め上げる。いわゆるベアハッグだ。
背骨や肋骨が軋み、内側から身体を押し潰されるような激痛が走る。
ミシミシ、と普通は鳴らない音が少しずつ響き、龍星の悲鳴が木霊する。
脳無ほどのパワーともなれば、それはもう簡単に外れる力ではない。
「まず1人」
「龍星っ!!」
悲鳴が聞こえた死柄木はついに殺せることに笑みを深くし、イレイザーヘッドが必死になって駆けつけようとするが黒霧と死柄木が邪魔をする。
千載一遇のチャンス、絶体絶命の危機。
さらに強く締め付けられた龍星の口から吐き出される血液が脳無の顔を濡らして、脳無はそのまま龍星の身体を折ろうと――
「やめろぉおおおおおお!!!」
駆け出してきた、誰も予想しなかった第三者。
それは避難したはずの緑髪の少年――緑谷出久。
その声にイレイザーヘッドも死柄木も黒霧も驚いて反応が遅れる。
誰にも妨害されることなく辿り着いた彼は脳無に背後から殴りかかっていた。
何も考えてない。ただクラスメイトの危機に、体が勝手に動いただけ。
戦いは見ていた。
緑谷が知る限り、クラスメイトで1番最強だと言えるのは龍星だった。
推薦入学である轟をも上回る実力。実際に彼だけは脳無と戦えていた。
だけどそんな龍星でも通じない相手。自分が何を出来るかなんて緑谷は考えていない。ただオールマイトを殺せる算段が何かを考えて。嫌な予感がして。
居てもたってもいられずに様子を見に来たら、龍星がヤバかったから飛び出しただけだ。
(まずいまずいまずい! このままだと龍星君が殺される! 腕なんて気にするな、今出せる全力でッ!!)
飛びかかった緑谷は焦りながらもイレイザーヘッドの助けが期待出来ない以上、自壊覚悟で助け出す以外選択肢なんてなかった。
緑谷の個性、OFAによって右腕に莫大なパワーが集まり――
「龍星君から――離れろォ!!! SMASH!!」
その一撃が、ついに放たれた。
イレイザーヘッドと死柄木たちの行動すら止めるほどの衝撃波。
風圧を撒き散らすその一撃は動きを止めるには十分すぎるもので、同時に緑谷だけは理解した。
全力で放ったはずの一撃。
(痛みが、無い? 折れてない! ここに来てOFAの制御が! ――というか)
土壇場で成功させた、個性のコントロール。
そのことを喜ぶ時間すらない。
不意を突いたはずの一撃。
脳無は微動だにしていなかった。
(効いて、ない……!?)
そう、緑谷の力ではダメージらしいダメージを与えていなかった。
当たり前だ、コントロールと同時にその威力は大きく下がっている。
龍星の攻撃でさえ、脳無にはショック吸収と超再生の組み合わせによって通用しなかった。ましてや、威力を抑えた緑谷の一撃では、怯ませることすらできない。
それこそオールマイトに匹敵する力だったならば、話は変わったかもしれないが。
しかし脳無は思考能力の持たない、生体兵器。
死柄木弔の指示がない以上は、邪魔してきた存在に対象が向けられる。
その影響で解放された龍星が地に落ちて倒れ伏す中、次の狙いは当然妨害してきた緑谷になっていた。
龍星ほど戦い慣れていない緑谷は、考えがまとまらず瞬時に行動へ移れなかった。
脳無に腕を掴まれて持ち上げられる。
「――チャンス到来。そいつも殺せ脳無!!」
「やめろッ!!」
予想外であったが、思いがけない副産物。
生徒1人のはずだったが、2人も殺せる。思いがけない戦果に死柄木は喜びを隠せなかった。
持ち上げられて必死に抵抗する緑谷の攻撃など当然脳無は意に介さず、脳無は手を離して落とすのと同時に全力の拳を突き出していた。
同時にピクリ、と龍星の指が動く。
「――はあ?」
そして次の瞬間。
緑谷の身体は脳無の拳が届く寸前、横から飛び込んできた影によって掻き消えた。
舞い上がる埃。
直後、脳無から数メートル離れた場所に、緑谷を脇に抱えた龍星の姿が、そこにあった。
「え、あ……龍星君っ……あ、ありが――」
助けるつもりが助けられた。
そのことを自覚した緑谷は感謝を述べようとした。
だが、その前に龍星は膝から崩れ落ちた。
崩れ落ちながらも緑谷をそっと降ろしており、手が空いた龍星は左肩を押さえていた。
緑谷を助け出す際に無傷とはいかず、脳無の拳を完全には避けきれなかったのだ。
今ので龍星の左腕はこの戦いでは使い物にならなくなってしまった。
命と引き換えと考えれば安いものだが、顔を真っ青にする緑谷のことを気にするよりも、龍星の頭に浮かぶのはねじれのことだった。
中学2年生の頃に重傷を負ってしまった。
なのにも関わらず、またそうなってしまう。
(本気で、ヤバいかも。でも生きて帰らなくちゃ、ドラゴンボールはこの世界にはない……ねじれちゃんを一人には、したくない。それにこいつを放っておけばみんなが……いずれ、ねじれちゃんたちを傷つける……!)
立ち上がった龍星はふらついており、血溜まりが足元には生成されている。
サイヤ人でなければ彼は既にこの世から去っていたことだろう。
「なんだよ……なんでだよ。おい脳無ッ! なんでそのガキを殺してない!? なんであのガキはまだ生きてる! なんで動けんだよ!! どうして死なない!?」
ガリガリと死柄木がイラついたように何度も首を掻く。
理解出来ないと、意味が分からないと癇癪を起こして。
「み、どりや……あ、りがと。でも……に、げて」
「何、言って……」
ボロボロなのは龍星だ。
それでも緑谷に逃げることを促し、ゆっくりと1歩ずつ、足を引きずるように前に出る。
守る対象が増えてしまった。
今の龍星では守り切ることは出来ない。だからこそ時間を稼ぐために立ち続ける。
もはやまともに戦う力は残っていない。
「殺れ、殺せ、脳無ッ!!」
「やらせるかっ!!」
咄嗟に伸ばされたイレイザーヘッドの捕縛布。
しかし脳無はあっさりと引きちぎり、一瞬にして接近していた。
思わず駆け出す緑谷。
コントロール出来る自信はない。なくても、彼は動かずには居られなかった。
(――ああ、こりゃ死ぬ)
迫る拳。
今度こそ限界を迎え、死の気配を感じ取った龍星は意識が遠のくのを感じ取っていた。
諦めたくない。
ねじれを1人にしてしまう自分の弱さ。誰も守れない弱さ。
絶対に負けたくないという強い気持ちと、怒り。
死ぬことでもう守れなく、傍に居られなくなる絶望。
何よりも、彼女を悲しませてしまう。笑顔を失わせてしまう。
龍星は、そんな未来は受け入れたくなかった。
そんな未来にだけは、させる訳にはいかなかった。
だからこそ諦め切れず、龍星は迫る拳を最後まで睨みつけていた。
そうして龍星の意識が途切れ――
――ドクン。
それは、心臓の鼓動。
――ドクン……ドクン……。
サイヤ人の本能か。それは分からない。
だが。
力を失ったように俯いていた龍星が突如、脳無の一撃をガシッと力強く握り締めていた。
引き抜こうとする脳無は、先と違って全くビクともしない。
「あ? なんだ……?」
「熱……でしょうか?」
「龍星君!!」
途端。
龍星の身体から熱気が溢れ出した。
ゆらり、ゆらりと陽炎のような揺らめきが立ち昇る。
その場にいた誰もが息を呑む。
先程まで確かに感じられた龍星の気配が、まるで別人のものへと変わっていく。
ゆっくりと顔を上げた龍星。
その瞳に、光はなかった。
しかし、その手だけは脳無の拳を恐ろしい力で握り締めていた。
そして次の瞬間。
髪がより逆立ち、全身から噴き上がったのは、
それはまるで燃え盛る太陽そのものが、人の形を成したかのように。
「グ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ッ!!」
「龍星!?」
響き渡る、さながら大猿のような、獣の叫び声。
衝撃波すら伴うそれは周囲を吹き飛ばし、様子を見ていたヴィラン全てを吹き飛ばしていた。
しかも何とか堪えた緑谷やイレイザーヘッド、死柄木や黒霧。そんな彼らですらあまりにも大きな声量に全員が耳を押さえることになり、唯一押さえてなかった脳無の耳から血が噴き出ていた。
明らかに異常な事態。
しかしイレイザーヘッドは抹消を使わなかった。
今起きている現象が何なのか分からない。分からないが、もし個性による暴走であれば、生きてるのが不思議なくらいボロボロである彼を止めた瞬間、龍星弥斗という人物の命を止めてしまう危険性があるからだ。
そうして握り締めたまま佇む龍星に、脳無は力ずくで腕を引き抜くことを諦めた。
代わりに、空いているもう片方の拳を振り上げる。
そして龍星の顔面へ叩き込んだ。
凄まじい衝撃音。
だが。
龍星は微動だにしなかった。
顔を殴られたというのに、首すら揺れていない。
ショック吸収も、超再生も持たない。にもかかわらず、その一撃は龍星に傷一つ負わせていなかった。
それどころか、脳無の拳を握り締める手にさらに力が込められる。
骨が軋む音が徐々に、徐々に響き渡り――
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
やがて砕ける。
更に次の瞬間、龍星は掴んでいた腕を強引に捻り上げた。
脳無の巨体が大きく傾く。
手が離れた影響でよろめいた脳無の腕には黄金色の炎が付着している。
それは先程まで圧倒的な力を誇っていた脳無が、初めて力負けした瞬間だった。
恐怖など知らないはずの脳無が、初めて目の前の存在を警戒するように後退った。
「ウ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
超スピード。
脳無ですら反応出来ない速度で加速した龍星の拳が脳無の頬を穿ち、ショック吸収を貫通する。
殴り飛ばされた脳無の巨体が地面に叩きつけられる。
あまりの威力に地面が砕け散った。
先程殴られた頬には、龍星の身体から噴き上がるものと同じ黄金色の炎が付着している。
しかも超再生による回復が成されない。
いや、超再生もショック吸収も機能していないわけではない。
龍星の攻撃が、ショック吸収能力の限界を上回り、超再生に必要な時間を長引かせる威力を発揮しているのだ。
「――な……なんなんだよそのチート!! この土壇場で意味分からない変身しやがって!! オールマイト並のスペックだぞ!? それを圧倒して……ご都合主義にも程があるだろうが!!」
誰も反応出来ず、死柄木はピクリとも動かない脳無を見て思わず叫んでいた。
先の龍星の数倍、いや数十倍にも及ぶ強さを発揮する龍星。
それはドラゴンボール世界においてサイヤ人に語られてきた、1000年に1人現れると言い伝えられている伝説の戦士。
どんな天才戦士も超えられない壁を超えてしまうサイヤ人として伝説に残るその存在こそ。
名付けるならば、擬似
「う゛ら゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!」
加速する龍星の気によって地面のコンクリートが浮かび、砕きながら起き上がろうとしていた脳無の胸部を蹴り飛ばし、一気に吹き飛ばしていく。
キィィィィン! と空気を切り裂くような妙な甲高い音が響いた。
龍星の姿が消える。
次の瞬間。
脳無の背後で衝撃が弾けた。
巨体が前方へ吹き飛ぶ。
だが、龍星は既にその先にいた。
反応する間もない。
今度は腹部に拳がめり込み、続けざまに側頭部へ回し蹴りが叩き込まれる。
右へ吹き飛ばされたと思えば、次の瞬間には反対側から拳を叩き込まれ、今度は左へと殴り飛ばされる。
まるで見えない何者かに四方八方から攻撃されているかのようだった。
映るのは黄金色と赤色を混ぜたような色合いのオーラのみ。それが光の輪郭となって残る。
脳無の巨体が空中で何度も跳ねる。
しかし、その度に龍星の拳と蹴りが襲いかかり、逃げ場を与えない。
もはや反撃どころか、着地することすら許されなかった。
更に両手から生み出した気弾を連続で与えていく。
煙に覆われた脳無。
その中に突っ込んだ龍星の手によって打ち上げられ、頭上を取った龍星のダブルスレッジハンマーが脳無を地面に深く沈める。
そのまま真っ直ぐに地面を壊しながら脳無を追ったかと思えば脳無の腹に拳を沈めながら空中に躍り出る。
超再生が間に合わず、身体のあちこちが妙な方向に曲がっている脳無。
炎をより拡大させ、一気に加速する。
そんな龍星の右腕に纏わりつく青白い光。その中には、周囲から集められた無数の小さな光が混じっている。
それは、先ほど龍星が集め、わずかに残してあった元気だった。
そこに今起きている変化の、黄金色と赤色を混ぜたような色合いの光が重なっている。
「ダ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ッ!!」
放たれた一撃は黄金色の炎と青白い光を伴って脳無の身体を打ち抜いた。
同時にUSJの天井を覆うガラスを全て砕き、吹き飛ばすほどの衝撃波が巻き起こる。
脳無の巨体はそのまま空高く打ち上げられ、雲を突き抜けていった。
その光景はその場にいた全員の視線を釘付けにし、あまりにも圧倒的な戦闘能力を発揮した龍星に呆然とするしかなかった。
脳無が帰ってくることもなく、しばらく空中で留まっていた龍星だったが効果時間はそう長くなかった。
「……っ!?」
白目を剥いていた瞳に黒い光が戻る。
同時に、燃え盛っていた炎が急速に勢いを失い、龍星を包んでいたオーラが消えていく。
そして、瞳が完全に閉じられた。
誰かが声を挙げるより早く、龍星の身体から力が抜け落ちていく。
僅か20秒の出来事。
先程まで脳無を圧倒していたとは思えないほど、あまりにも無防備な姿。
その身体は重力に従い、ゆっくりと地面へ落下していった。
「どう、なってんだよ……こんなの聞いてないぞ!! 脳無だぞ。オールマイト専用のヴィランだぞ……! それがただの学生にっ! たった一人のガキに!!」
窓ガラスが全て割れた影響で太陽光が入り込む中。
死柄木は膝を着いていた。
信じられない。
信じたくない。
認めたくない。
オールマイトの100%の力に対抗し、確実に息の根を止めるためだけに造り出された最高傑作の『改人』。
ショック吸収と超再生を持ち、どんなプロヒーローですら敵うはずのない怪物が、たった一人の学生にやられた。
絶望を与えるはずだった死柄木が逆に絶望を与えられている。
そんな中、最初に我に返ったのはイレイザーヘッドと黒霧。
「まずい!!」
「やはりここで殺さねば!!」
落下する龍星を受け止めねば死ぬ。
ここで殺さねば脅威になる。
イレイザーヘッドは守るために動き、黒霧がトドメを刺すべく動き出す。
そして――USJの出入り口の扉が轟音と共に吹き飛ぶ。
土煙の中から現れたのは、1人のヒーロー。
「――もう大丈夫。私が来た!!」
遅れて、ようやく。
ようやく英雄が来た。
オールマイトの姿を見た生徒たちが名前を叫ぶ。No.1ヒーローであり、雄英教師。平和の象徴、絶対的な希望。
擬似超サイヤ人って結局なんだよ。スラッグを倒したわけでもないのに妙に記憶に残ってるんですよね。実は好き。