オーバーロード17 支配の共鳴 清書版   作:地道にモモンガ

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同名タイトルの清書版となります。


プロローグ 001話 アインズは冷静になりラナーは保身の為に画策し始めたようです。(最新話からのエピソード分岐)

 

プロローグ  魔導王大いに激昂し皆に命ず

 

001話 アインズは冷静になりラナーは保身の為に画策し始めたようです。

 

 

Side:アインズ(鈴木悟)

 アウラとマーレにこの世界の友人を作らせようと思い立って向かった、ダークエルフの集落へのお忍びの外遊。その旅は思いもよらぬ形でエルフ王国とスレイン法国との戦争へと巻き込まれることとなった。

 そして――エルフ王の居城。そこでアインズたちは、意図せずしてスレイン法国の切り札たる番外席次と交戦することになる。

 エルフ王をマーレの手によって退け、追撃中に遭遇した番外席次を完全に打ち倒し、捕縛した。

 そして――その尋問によって。

 

 かつてシャルティア・ブラッドフォールンを洗脳し、アインズ自らの手で死へと追い込ませた、あの事件の黒幕が――スレイン法国であったことが判明した。

 

(スレイン法国……! やはり、やはり貴様らの仕業であったか……!!)

 

 アインズの内に、かつてないほどの怒りが湧き上がる。

 

 ナザリックの同胞を傷つけた者たち。自らの手で大切な家族を殺させた者たち。

 

 その存在を、今度こそ明確な敵として認識した瞬間だった。

 

 ――バツン!

 

 頭上に緑色の精神安定エフェクトが走り、荒れ狂う感情が力尽くで強制鎮静される。

 

(……ふぅ。怒っている。私は確かに怒っている。だが、同時にこの感情はどこか冷めているな。これが『強制鎮静』の恩恵か、それとも心が死にかけているのか……。だが、引くわけにはいかない。ナザリックという大切な家族を傷つけた者には、相応の絶望と対価を支払わせねばならないのだから)

 

 

 エルフの王国から一時帰還して数刻。ナザリック地下大墳墓・第十階層『玉座の間』。

 アインズは骨の指先で玉座の肘掛けを固く握りしめ、眼下に平伏する最高幹部たちを見下ろした。

 スレイン法国への報復ならびに侵攻計画を立案させるにあたり、アインズの脳裏には「ある三名」の顔が浮かんでいた。

 アインズの考える、魔導国に忠誠を誓う者の中で最高峰の頭脳を持つ者。それがアルベド、デミウルゴス、そしてラナーだった。

 能力も忠誠心も申し分ないが、パンドラズ・アクターはここには含めづらい。

 ドッペルゲンガーである彼は、変身対象となった存在の能力を模倣する特性を持つ。そしてその性質によって、ユグドラシルにおいてNPCが創造可能な最高峰の知力を持つ者の能力を、実に九割程度まで再現している。

 もしそれを純粋な知力として評価するならば、本来ならばアルベドたちと並ぶ、あらゆる作戦の相談相手として用いてよい存在なのだろう。

 しかし、自らの黒歴史を完全に体現したあの装いと口調を、目の前で余すところなく再現され続けることには、アインズ(鈴木悟)として耐え難いものがあった。

 かつて自分自身が考え、格好良いと思って作り上げたもの。それを、今の自分が客観的に見れば見るほど、全身を駆け巡る羞恥心と、創造主としてあの姿を生み出してしまったことへの罪悪感にも似た感情が込み上げてくる。

 しかも、それは過去を思い出して恥ずかしくなるというだけではない。

 パンドラズ・アクターが視界にいる限り、あの装いと芝居がかった口調によって、自らの黒歴史を現在進行形で目の前に突き付けられ続けるのだ。

 会話をするたび。姿を見るたび。あの独特な口調を聞くたび、鈴木悟の心は、じわじわと精神的に削られ続けていく。

 能力だけを見れば、作戦の相談相手としてこれほど頼もしい存在もそうはいない。それでも――。この精神的負担を抱えながら、冷静な相談相手として接し続けることは、アインズにとって容易なことではなかった。ゆえに、いささか頼りづらいのである。もっとも、英雄モモンの役割もまだ演じさせており、エ・ランテルの監視――という名目の、自分の冒険者ロールを楽しむためのキャラクターとして、まだまだ引退させずに据え置いておきたいという事情もある。無論、ドッペルゲンガーとして命じればどんなロールもこなす便利な存在であるのは間違いないのだが。

 一方で、新たに陣営に加わり、直接の接点はないものの今のところ非常に良く働いているラナーについてである。

 彼女の内面にある異常性については、乙女心など鈴木悟の頃からてんで解する自信のない身からすれば、すべてアルベドへ丸投げであった。「女性同士気が合うだろう」などという考えは、元の世界のジェンダー差別や偏見に触れる古き思考かもしれないが、こればかりはどうにもならないのだから仕方がない。

 転移した異世界の現地人の中でも、ナザリックの邪悪な構造に適応できる「精神性の怪物」と言って差し支えない頭脳とメンタル。それは異世界でも二度と誕生しないかもしれない奇貨であった。その忠誠の基であるクライムなる青年共々、永遠に魔導国へ仕えさせるべきだ。

 その点、アルベドたちの立案した先の策――二人を悪魔化させる策は、誠に凄惨にして見事なものであった。悪魔族となった二人が周囲の人間社会で生きていくには目立ち過ぎるため、好意を向け合う二人が他の地で生活することを困難にする。その上、周囲の同僚となるナザリックの面々に対して謀反などの実力行使に出たとしても、圧倒的強者であるナザリック側が優位にあるため十分に対応でき、そういった不穏な選択肢を最初から諦めざるを得ぬ状況に縛り付ける名案と言えた。

 

 

 絶対者の怒りと沈黙によって満たされた空気は、物理的な重圧となって空間を押し潰していた。アインズ・ウール・ゴウンは、かつてないほど明確な殺意をスレイン法国へと向けていた。階層守護者たちはその壮絶な覇気に当てられ、歓喜と畏怖に身体を震わせながら膝を折っている。

 

 眼下に平伏するアルベドやデミウルゴスをはじめとした階層守護者たち。その前で、とっくに怒りが鎮静し落ち着きを取り戻したアインズは、内心で自らを必死に鼓舞していた。アインズの脳裏には、先ほどまでの尋問で得られた情報と、今後の法国への対応が浮かんでいた。

 

「アルベド、デミウルゴス。そしてラナー。お前たち三名を中心に、スレイン法国への侵攻計画を立案せよ」

 

 玉座の間に、静かな声が響く。

 

「魔導国が国家として正式に侵略を仕掛ける、初めての戦いだ。法国がどのような末路を迎えることになろうとも、我が怒りから逃れられると思うな」

 

 その言葉に、守護者たちの身体が震えた。

 

「ただし、無闇に戦力を投入すればよいというものではない。外交による孤立化、敵戦力の分析、国内の政治情勢の調査……あらゆる手段を検討し、侵攻後の処遇まで含めた計画を立てよ」

 

 アインズは一度言葉を切り、さらに続けた。

 

「番外席次から得られる情報だけでなく、法国の歴史や六大神に関する伝承、保有するアイテムについても可能な限り調査せよ。必要であれば、周辺国への接触も躊躇うな」

 

 そして、アルベドへと視線を向ける。

 

「アルベド。ラナーには、魔導国上層部が把握している周辺国への活動状況と、ナザリック地下大墳墓に関する概要を共有せよ。最高機密を除き、彼女が作戦を立案するために必要な情報はすべて開示して構わん」

 

「承知いたしました、アインズ様」

 

「三名の知恵を結集し、法国が取り得るあらゆる選択肢を想定した上で、我々にとって最も有利な結末を導き出せ。侵攻を始める前に、外交と調略によって得られるものがあるのなら、それも利用するのだ」

 

(……うーむ、ちょっと過激な指示に傾きすぎていないだろうか? 主人として相応しい振る舞いができているか……?)

 

 内心で湧き上がる不安を押し隠し、アインズはさらに言葉を重ねた。

 

「ああ、だが慌てる必要はないぞ。法国が何らかの方法で番外席次の敗北と魔導国の関与に気づいたとしても、個々人の戦力はあの小娘以下であり、上層部は合議制であることは既に判明している。余程の秘匿戦力や『法の外の存在』が潜んでいない限りはな」

 

 そこで一度、守護者たちを見渡す。

 

「数日で準備を整えて法国に接触すれば、相手は完全に後手に回るだろう。お前たちならば、今後の大陸全土、あるいは別大陸との接触も見越した見事な作戦立案を成すと信じているぞ」

 

 最後に、アインズは声を強めた。

 

「ただし今回は、立案から行動までの早さを第一とする。明け方、再び階層守護者とラナーで正式な協議を行う。事態の終結まで、臣下の口上など無駄は極力排除せよ。これを破ることこそ、ナザリックの主人に対する不敬であると自覚せよ」

 

「「「「御意!!!!」」」」

 

 悟が社畜時代から耳にしてきた「期待している」「信じている」という、上司からの無責任で安易な言葉。それをまた自ら放ってしまったことへの罪悪感はあったが、ここ一番の非常事態であることを考えれば、気にするほどのことではなかった。

 しかし、また自分が大局を見据えて命じているかのような「保険」をかけた形の命令になってしまったのではないかと、今後の先行きに一抹の不安を感じるのであった。

(まあ……何とかなるだろう。これまでも何とかやってこられたわけだし)

 

 

 ちなみに、それを受けてデミウルゴスは――至高の御方の威厳ある口調に混じる怒りに身体を慄かせつつも、残された自分たちへ初めて心から望んで命じられた檄に、そしてまたその動機が「自分たち臣下を害されたこと」に起因することに、激しい歓喜と感涙にうち震えていた。

 彼はすぐさま、拷問担当からの尋問進捗情報の確認と周辺国への情報の再分析、そして法国侵攻計画の本格的な立案に取り掛かるのであった。

 

 そして――守護者統括としての矜持に燃えるアルベド。最愛のモモンガ様との将来のため、公私ともに可能な限り全力で法国に連なる危険分子を根絶やしにしようと目論んでいた。

 あわよくば、心を洗脳する強力なアーティファクトを自ら先んじて見つけ出し……などと秘かに企んでいたアルベドであったが、ナザリックの同胞であり、階層守護者の中で唯一異世界で大きく害されたシャルティアと、この異世界で共に過ごし関係を構築していくうちに、確かな「仲間意識」が芽生えていた。外敵に対して徹底的な制裁を下すこと自体は、己の悪魔としての邪悪さを抜きにしても異論はなかった。

 しかし、大きな問題があった。今回、自分がナザリック大墳墓の守護を任じられ、アインズの御身を自分以外の守護者に委ねて遠征に向かわせるような計画になってしまっては、到底耐えられない。

(デミウルゴスと歩調を合わせた計画の立案を行うべきですのに……! その前に、ラナーへこれまで渡していなかったナザリックの機密を含む情報を提供するという、どこまで渡すか非常に繊細な判断を要する精査作業を並行しなければならないなんて……!)

 アインズに命じられた通り、作戦立案の命が下ったことを伝えた上で計画を練り、さらにラナーにも釘を刺して自分に同調する策を提出させるよう穏便に頼まねばならない。予期せぬ駆け引きに膨大な時間を割かれ、作戦立案への出遅れを予感したアルベドは、秘かに焦りを募らせるのであった。

 

 謁見の間を後にし、自室に戻ったアインズは、大号令とも言える侵攻準備の指示を出したことで未だに興奮と不安が収まっていなかった。だが、流石にやりすぎないよう、落とし前や落とし所をどこに決着させるか自分でも案じ始めていた。

(今後、魔導国が法国に対してどういった侵攻をするにしても、何百年と続く国家のノウハウや、八欲王・六大神・十三英雄の伝承といった情報は正しく入手したいところだな。二十クラスのアイテムの存在も見え隠れしているし、できるだけ魔導国としては有利に立って、法国に自主的……は無理だとしても、アイテムと情報は綺麗な形でいただきたいものだ)

 当然、かつて王国を支配下に置く際に出張ってきた、白銀の鎧を操り「リク」を名乗る存在、およびその背後にある勢力が再び介入してくる危険も容易に想定できた。状況に応じて、前回のように「敗北を演じて本丸を呼び寄せる」といった計画も立てなければならない。

 今後の近隣国や大陸統治のためにも、無用な敵対はこちらとしても望まないのだが、法国への侵攻は自分自身の望みでもある以上、面倒な手順を踏みつつナザリックの戦力を多く投入する必要もあるかもしれなかった。

(いっそ、総力の三割くらいを投入して派手に……でもなー)

 ナザリック本営の防衛や支配地の維持に必要な最低限の戦力と、従属国や友好国への派兵戦力は残しておかねばならない。

 今日もないはずの胃が痛む気がしつつ、まずは大まかな指針を番外席次の拷問中に考え、

「あれ? でもイケるか……? いや、やっぱり厳しいか? うーむ……」

 などと唸りながら、いずれ上奏されるであろう完璧な計画。それに対して、自分はどのような判断を下せばよいのか。アインズはそのことを考え、気を揉んでいた。智者たちが持ち寄る計画が上がってくるまでの間、アインズは守護者たちに対して自分が唯一胸を張って得意と言える「戦闘へ投じる戦力の選定」に没頭することで、何とか気を紛らわせるのであった。

 

 

Side:ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ

 現在、ラナーは自ら部屋へとやってきたアルベドから、魔導王陛下の勅命を受けるとともに、これまで以上の情報を開示されながら、申し送りを受けている最中、深く思案を巡らせていた。

 種族を変化させ、改めて天上の頂のごとく感じる圧倒的強者の群れの中で生き延びるため、ラナーは元々、時間をかけて行動するつもりであった。直属の上司であるアルベドに対して、魔導国に恭順した王国をはじめとする国々への情報操作(親魔導国化への民意誘導)や、国内の多種族共存共栄化のための様々な政令の提議を「ゆるゆると」小出しに行い、アルベドに過度な警戒を抱かせない程度に有能さを示す……そう考えていたのだ。

 しかし、ことここに至っては、そんな悠長なことは言っていられなくなった。

(アルベド様がどうやら本気で慕っていらっしゃるアインズ様は、アルベド様からしても他種族。私がアインズ様に懸想したり、出過ぎた真似をすれば即座に消される立場であるのは変わらないわ。……けれど、このこれまでの生で蓄えてきた王国周辺国の情報と、十数年にわたる分析による予測が一番発揮できる機会……! 直接戦闘能力において、それこそ百年以上後れをとっているであろう私が、アルベド様を介さずに魔導王陛下およびその側近である守護者に対して、忠誠と能力を強く印象付けられる唯一の機会かもしれないのだから)

 大陸の人間種主体の近隣諸国の中で、明らかに総合戦力が最上位であった人間種至上主義の国家・スレイン法国。過去の神人とやら達が遺したアーティファクトで、眼前にいるアルベドたちと並ぶ最高幹部でもある真祖吸血鬼シャルティアを洗脳することに成功したまま放置したという一件。その犯行が法国の手によるものと確定した今、元王国民や元人間種というだけで、自分やクライムにあの絶対なる君臨者の怒りの矛先が向くのは頂けない。

(クライムはなけなしの勇気で私を庇ってくれるでしょうし、その蛮勇を見守るのを想像するだけで愉しく愛おしいけれど……二人とも生き残って、永遠に一緒に暮らす方がいいに決まっているわ)

 ラナーは決して、刹那的な快楽主義者ではない。彼女にとって一番最悪な末路とは――自分のいないところで別々に処刑され、自分を想うクライムの愛らしい死に様すら想像するしかできないまま処された後、悪魔族の肉体をエルダーリッチなどに再構築され、知性のみを黙々と使われ、自我を歪められ使役され続け、それに対して何の不審も不満も抱かなくなる……幼い頃の自分以上に自我のない人形として存在し続けることだ。

 また、アルベドによってクライムではなくラナーのみに知らされた、番外席次拷問の第一報と、魔導国が行ってきたこれまでの権謀術数を見るに、非常に繊細で深刻な課題が浮き彫りになっていた。

(絶対にあってはならないのは――私が『ヤルダバオト騒動』の段階からナザリックに自国を売り払い、一連の惨劇に裏で関与していたという事実が、クライムに察知されることよ。そしてもう一つ厄介なのが……クライムがガゼフ様やブレインと同等に尊敬していたセバス様が、実は最初からナザリックの執事長であったという事実……)

 もしクライムがセバスの正体を知り、「自分とセバス様の出会いすらラナー様の企みだったのではないか」、「あの方の親切も、自分を裏切りへ誘導するための罠だったのか」と疑念を抱けばどうなるか。クライムの純粋な狂信に亀裂が入り、魔導国やラナー自身に対して払拭しがたい不信と疑惑の種が芽生えてしまう。

(セバス様ご自身が意図的に仕組んだものではなく、偶然と好意からクライムを助け、一時的に武芸を教えたに過ぎない……という形を保たねばならないわ。セバス様がクライムとの接触を避けておられるとしても、クライムが魔導国に二心を抱かぬよう、そして私への絶対の忠誠と愛を揺るがせないよう、口裏合わせ……いいえ、完璧なシナリオの共有が必要ね。セバス様との渡りを迅速につけ、クライムの心にしこりを残さないよう誘導しなければ。……そしてこの件は、直属の上司であるアルベド様と真っ先に話し合い、私の懸念と忠誠の証明としてご理解いただく必要があるわ)

 そして、思考は核へと至る。

(私が以前仕込んだ法国の協力者からの情報を精査すると、発音から伝えられた名称は――『ケ・セィ・ケエ・コクゥ』。間違いないわね)

 ユグドラシルという世界の存在を知らぬこの異世界の人間たちにとって、それは「古代文明の再現不可能な遺産(アーティファクト)」と認識されている。そしてスレイン法国の上層部すら、その本来の文字や言語体系を識読できているわけではない。ただ伝承された「音」のみを不正確に口伝し、ラナーの放ったスパイもまた、その「音」を耳で拾ってラナーへ報告してきたに過ぎないのだ。

(ナザリックの偉大な方々から見れば、それは『世界級アイテム』と呼ばれる神級の遺物なのでしょう。……けれど、異世界人である法国の者ども全てがその本質を理解できているはずがないわ。……たしか法国最強でありながらも、番外席次は出生の事情によって同情され、孤立し、腫れ物のように扱われていた。自分もまた、旧王国では似たような立場にあった。もっとも、その理由は少し違っていたけれど。

 慈悲深く、純朴な王女。そんな役柄を演じながら、民に寄り添う政策を献策してきた。けれど――それは、王国を本当に良くしたいというだけのものではなかった。国内の貴族達には採用されずとも、他国が模倣したくなるほど優れた政策を示す。帝国をはじめとする周辺国にまで、その有用性を認めさせる。そうすれば、王国が存続したとしても、自分は民心を得ている王族として必要とされる。もし王国が滅びたとしても――自分の献策を必要とする新たな支配者にとって、価値ある人材であり続けられる。

 王国を生かすことも。王国が滅びることに備えることも。そのどちらにも対応できるように。それが、幼い頃からラナーが積み上げてきた生存戦略だった。

 だからこそ、民衆から支持される一方で、それが必ずしも貴族達にとって望ましいものではないことも理解していた。王族である自分の提案を露骨に退けることはできない。しかし、既存の利権や政治体制を揺るがしかねない自分を、心から歓迎する者も少なかった。同情されることと、信頼されることは別なのだから。

 ――ならば、法国も同じではないか。番外席次は間違いなく法国最強の戦力である。しかし同時に、出生の事情を抱え、周囲から畏れられ、長きにわたって漆黒聖典として生きてきた危険な人物でもある。

 そんな彼女に、法国が最重要機密であるアーティファクトの『弱点』や『再起動までの時間的制約』まで教えているだろうか。

 ……いいえ。危険因子になり得る人物に、そこまで甘く全てを明かすとは考えにくい。音で名称しか聞き及んでいないような最高機密の弱点を、腫れ物扱いの兵器に教えるはずがないわ。

 ならば――問題のアーティファクトについても、彼女が知る情報には決定的な限界があると考えるべきでしょう。ナザリックの偉大な方々はまだその制約に確信を持てていないはず。ここが、私の付け入る隙よ)

 これを踏まえて、近隣の人間種すべてが恭順するか、滅ぶかする前に、印象的な働きを魔導王陛下にまで示さなければならない。

……それも少なくとも、人柄の不明な魔導王陛下とアルベド様両者の怒りを買わずに。

 アルベドから申し送るべきことを聞き終え、一旦計画立案のために退室した後も、内心で思考を続けていたラナーは、鏡の中の自分に向かってそう呟き、さらに深い思案に入った。

「この二つの問題――法国への第一手と、私達二人の生存……そしてクライムの心を完璧に繋ぎ止める策は……立ったわ。アルベド様のみならず、必ず魔導王陛下の御前で申し上げなくては意味がないわね。ふふふっ……クライムがどんな顔をするか楽しみ」

 魔導国内でラナーのみが把握している洗脳のアーティファクト『ケ・セィ・ケエ・コクゥ』。その所在をアルベドに知らせることなく先に入手してアインズとの交渉に利用するのか。自分でアーティファクトを入手し隠し持つのか。どうすれば自分の望みが叶えられ、クライムとの永遠の幸福の時を過ごせるのか。アルベドが個人的目的で献上を強請ってきた場合、どうかわすのか。競わされるかのように立案を命じられたデミウルゴスとアルベド。発言頻度の少ないアウラ、マーレ、シャルティア、コキュートス。そして、クライムとの縁があるセバスチャン。

 

 ラナーは優先順位を誤らない。彼女はもう、幼く無力な少女ではないのだ。太陽のような眩しさと、すべてを蝕む悪意を兼ね備えた「毒の華」が芽吹き始める。

 アルベドからの大量の情報と簡潔な口頭伝達を受けながらも思考を完了し、とっくに自分の立案した策を仕上げていたラナーは、姿見の前で可憐な「王女の笑み」を完璧に作り直した。

 ――しかる後に。セバスチャンとの関係性に関する口裏合わせと、法国に対する第一手となる策の進言をするため。そして玉座の間での協議に向けた「最良の根回し」を仕掛けるため、ラナーは静かに扉へと歩み寄り、控える給仕へと声をかけた。

「――至急、アルベド様へ面会のお目通りを願いたいのですけれど。……ええ、魔導王陛下の御心に添うべくご相談がございますの、と」

 

プロローグ01 終

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