オーバーロード17 支配の共鳴 清書版 作:地道にモモンガ
プロローグ006話:対スレイン法国戦略協議③ 〜そして一番楽しい祭りの準備!の準備〜
ナザリック地下大墳墓、第十階層――玉座の間。
レスタトの相談役就任という予想外の出来事を経て、対スレイン法国戦略協議は再開された。
議題は、三段階からなる対スレイン法国戦略の第一段階――周辺諸国の囲い込みと孤立化である。
アインズが示した戦略大綱に従い、各国の情勢、担当者の能力、周辺諸国との関係を踏まえた人員配置が進められていく。
ナザリックが誇る圧倒的な軍事力と情報網。そして、転移魔法による機動力。それらを最大限に活用するべく、外交、調査、調略を担う者たちへ次々と役割が割り振られていた。
臣下たちは主の深遠なる構想に感銘を受けながら、それぞれの立場から献策を重ね、作戦の具体化に協力している。
「――では、大まかな役割分担は決まったな?」
玉座に鎮座する異形の王、アインズ・ウール・ゴウンが重々しい声で一同を見渡した。
空虚な眼窩の奥に宿る赤き鬼火が、静かに揺らめく。
「では、ラナーがフェーズ1に取り掛かる前に……クライムをここへ呼ぶとしよう。すぐに玉座の間へ拝謁するよう伝えよ」
アインズの傍らに控えていたメイドが、速やかに深々と一礼した。主人の命を伝えるべく、彼女は静かに退室していく。
「ラナーの従者たる騎士であるということは、すなわち我が魔導国に仕える騎士でもあるということだ」
アインズは、居並ぶ守護者たちへ説明するように言葉を続けた。
「クライムには、我が国の友好国に対し、かつて王国に仕えた人間がなぜ魔導国に身を置くことになったのかを、自らの言葉で語ってもらう」
彼はそこで一度言葉を区切った。
「ラナーが何を選び、クライム自身が何を受け入れたのか。それを当人の口から語らせるのだ。こちらが一方的に説明するよりも、実際にその立場を選んだ者の言葉のほうが、説得力を持つ場合もある」
もちろん、語らせる内容をどこまで明かすかは慎重に選ばなければならない。
しかし、クライム自身の経験は、魔導国が異種族や元敵国の人間をどのように扱うのかを示す、一つの実例になり得る。
魔導国は、敗者をすべて殺戮するだけの国家ではない。
少なくとも、そうした国家ではないことを、他国に理解させる必要があった。
やがて、玉座の間の巨大な重扉が低い音を響かせながら開かれた。
姿を現したのは、白銀の甲冑に全身を包んだ少年――クライムであった。
彼は居並ぶ異形の守護者たちの威圧感に身をすくめながらも、ラナーの斜め後ろまで進み、恭しく騎士の礼を取った。
「し、失礼いたします! 命に従い、拝謁に伺いました……!」
緊張のあまり声を震わせ、床へ視線を落とすクライム。
しかし、伏せた視線の端に見覚えのある人影が映り込み、彼は目を見開いて息を呑んだ。
「セ、セバス様……!? セバス様のおっしゃっていた『主君』というのは……魔導王陛下だったのですか……!?」
かつて王都で出会い、己の剣の師と仰いだ老執事。
そのセバス・チャンが、ナザリックの頂点に立つ魔導王の傍らに控えていた。
クライムにとって、セバスは強さだけでなく、騎士としての在り方を教えてくれた人物でもある。
そのセバスが、これほどまでに絶対的な忠誠を捧げる主君。
目の前にいる死の支配者は、いったいどれほどの存在なのだろうか。
「お久しぶりですね、戦士クライム」
セバスは温厚な、しかしどこか厳格さを感じさせる微笑みを浮かべた。
「不意打ちのような形となってしまいましたが……私が仕える主人は、ナザリック地下大墳墓にて我々を導いてくださる至高の主。魔導国建国以前から今日に至るまで、それは何一つ変わりません」
「セバスには執事長として、メイドのソリュシャンと共に旧王国での伝手や潜伏拠点を探してもらっていたのだ」
アインズが粛々と補足する。
「先のヤルダバオトによる王都襲撃の際、きな臭さを感じて撤退を命じた。その後、バハルス帝国との縁ができたこともあり、当初予定していた王国との友好的な関係構築は頓挫したのだ」
アインズは、かつての王国との交渉を思い返す。
「その後、エ・ランテルを我が領地として譲り受けて以降も、王国との友誼を模索したのだが……己の欲に目が眩んだ愚かな貴族の行いによって、ランポッサ三世との交渉は完全に破綻した」
魔導国の紋章を踏みにじるという、愚かにもほどがある行為。
それを看過してまで友誼を結び続ける理由は、もはやなかった。
「我が国としても、誇りある魔導国の紋章を踏みにじるような振る舞いを許容し、友好関係を維持するわけにはいかんからな。……生者が不死者や他種族に向ける偏見は、根強いものだ」
アインズはクライムへ視線を向けた。
「悪魔族へと種族を変えたお前も、いずれ、その意味を嫌でも思い知ることになろう」
「は……はいっ!」
クライムは緊張しながらも、力強く返答した。
「さて! そうならぬためにもだ」
アインズは骨の指を一本すっと立て、言葉の調子をわずかに強めた。
「クライムには再びセバスと共に旅に出てもらう。行き先は――真なる竜王の血を引く竜王女が治める国、竜王国だ」
アインズは言葉を区切り、感情の読めない骨の顔をクライムへ向けた。
「友好の外交使節団としての務めの合間に、セバスに師事してもらう。名付けて――『パワーレベリングしてもう死なないぞ!』作戦だ!」
「ええええぇっ!?」
唐突かつ奇妙な名称の作戦を突きつけられ、クライムは素で素っ頓狂な悲鳴を上げた。
(……あ、いかん。ついノリで言っちゃった! オッサンゲーマー用語の素が出ちまった!)
アインズの内心で滝のような冷や汗が流れる。
しかし、絶対者としての鉄面皮は完璧に維持されていた。
アインズは一度咳払いを挟み、何事もなかったかのように説明を続ける。
「……コホン。急激な経験値の獲得によるレベル上げは、本人の技術向上が追いつかなければ、慢心や判断の誤りにつながる恐れがある」
アインズは、もっともらしく言葉を重ねた。
「だが、真摯なセバスと向上心あるクライムであれば、適切に成長を促せるだろう。得た力に溺れず、それを扱う技術と精神も磨くのだ」
「は、はいっ!」
クライムは、まだ作戦名の衝撃から立ち直りきっていない様子ながらも、懸命に返事をした。
アインズは、玉座の傍らに佇む老修験者――レスタトへ視線を向けた。
「当然、レスタト翁の分霊体も同行させる。セバスたちと共に竜王国へ向かい、外交任務を果たすとよい」
「クライム、いってらっしゃい」
それまで静観していたラナーが、愛しさに満ちた可憐な微笑みをクライムへ投げかけた。
「強くなって……また私のことを護ってくれますか?」
「も、もちろんですっ! どんなことでも耐えてみせます! セバス様、レスタト様、ご指導よろしくお願いいたします!」
クライムは深々と頭を下げた。
ラナーのために強くなる。
その目的がある限り、彼はどれほど厳しい修行であろうとも、耐え抜く覚悟だった。
「うむ。ではセバス、ソリュシャン、クライム、そしてレスタト翁の分霊体は、早速出立の準備に取り掛かるがよい。竜王女への親書はこちらで用意し、追って届けさせる。現地での立ち回りはセバスたちに任せる。必要であれば追加の人員も回す故、随時連絡を入れよ」
「「「「ハッ!」」」」
セバス、ソリュシャン、クライム、そしてレスタトの分霊体は、深々と頭を下げたのち、玉座の間を辞していった。
彼らの背中を見送ったアインズは、満足げに頷く。
(ふふふ……便利だな、レスタト翁の種族特性は)
アインズは内心で感心していた。
(分霊体なら、本体の記憶や知識を持ったまま別々の場所で活動できる。情報収集や外交の補助に使えば、かなりの効率化が期待できるわけだ)
ただし、分霊体の活動能力まで無制限に増やせるわけではない。
そこは本人から説明を受けたばかりだ。
そして、英霊顕現という、さらに特殊な能力もある。
アインズが興味を抱いたのは、まさにその部分だった。
「レスタト翁。先ほどの話だが、もう少し詳しく聞かせてもらえるか?」
「もちろんでございます、アインズ様」
レスタトは穏やかに頭を下げた。
「英魂群霊集積体という種族は、私も寡聞にして存じ上げぬものですが……」
アルベドが興味深そうに首を傾げた。
「レスタト翁ご自身の分霊体については理解できました。ですが、先ほどお話しされていた英霊の顕現という能力は、また別の仕組みなのでしょうか?」
「左様でございます」
レスタトは、白い髭を蓄えた口元を緩めた。
「拙僧の種族スキルと職業スキルを併用することで、拙僧自身の霊魂を分割し、複数の分霊体として顕現させることが可能となります。分霊体は誕生した時点で、拙僧の記憶と知識を等しく受け継ぎ、拙僧と同じ人格、同じ判断基準をもって自立行動いたします」
レスタトは一度言葉を区切り、続けた。
「また、拙僧の内に宿る英霊たちも、それぞれ独立した人格と意思を持つ存在として顕現させることができます。ただし、彼らは拙僧の分身ではございませぬ。拙僧が有するのは、彼らを顕現させ、あるいは送還する権利のみ。顕現した英霊が何を考え、いかに行動するかは、すべて本人の意思に委ねられております」
「では、その英霊たちも分霊体を生み出せるのですか?」
アルベドの問いに、レスタトは頷いた。
「左様。英霊たちもまた、自らの判断で霊魂を分割し、分霊体を顕現させることが可能でございます。その際に割り当てられる力も、分割する数も、本人が決定いたします。拙僧が命じて分霊体を作らせることも、その行動を指揮することもできませぬ」
「なるほど……。レスタト翁ご自身の分霊体と、英霊の分霊体とでは、成り立ちから異なるわけですね」
「ご理解のとおりでございます。拙僧の分霊体は拙僧自身と同じ人格を有しますゆえ、判断が大きく食い違うことは稀です。しかし、英霊たちはそれぞれ異なる人格を持っております。たとえ拙僧の意に沿わぬ行動であろうとも、彼ら自身が正しいと判断したのであれば、拙僧にはそれを命令によって覆す権限がございませぬ」
レスタトは、少しばかり申し訳なさそうに眉を下げた。
「もっとも、英霊を顕現させることと、その力を自由に使役することは別の話。彼らの協力を得られるかどうかは、互いの信頼と意思次第ということになりますな」
「しかし、分霊体をいくらでも増やせるというわけではないのでしょう?」
アルベドは、さらに踏み込んで尋ねた。
「もちろんでございます」
レスタトは即座に答えた。
「拙僧自身の分霊体であれば、拙僧のHPとMPを分割して割り当てることになります。分霊体の数を増やすことも、一体あたりの力を調整することも可能ですが、無から力を生み出せるわけではございませぬ。レイスや一般人にも等しい僅かな力しか持たぬ分霊体を数多く顕現させることもできれば、拙僧のHPとMPを等分し、それぞれに相応の力を持たせることもできます」
「つまり、広く情報を集めるために数を優先するか、個々の能力を重視するか。その配分が重要になるわけですね」
「左様でございます」
レスタトは静かに頷いた。
「英霊たちも同様に、自らに設定されたHPとMPを分割して分霊体を生み出します。ただし、その配分を決めるのは拙僧ではなく、あくまでも英霊本人。どれほどの数を顕現させ、各々にどれほどの力を割り当てるかも、彼ら自身の判断に委ねられております」
「なるほど。数を増やせば、それだけ一体あたりの力は小さくなる。かといって、一体に力を集中させれば、同時に活動できる範囲も限られる……」
アルベドは思案するように目を細めた。
「しかも、英霊の場合は能力の配分だけでなく、本人がどのような判断を下すかも考慮しなければならない。レスタト翁にとっても、単純に数を揃えればよいという話ではないのですね」
「まさしく。拙僧の分霊体であれば、拙僧自身の判断を各地へ行き渡らせることができます。しかし、英霊たちはそれぞれの意思をもって行動する存在。彼らの力を借りるのであれば、能力のみならず、その人格と考え方も理解せねばなりませぬ」
レスタトは、そこで一度言葉を区切った。
その説明を聞いていたデミウルゴスが、感嘆の声を上げた。
「素晴らしい……実に素晴らしい能力です!」
メガネの奥の細目が、怪しく光る。
「ご自身の分霊体によって広範囲の情報収集と活動を行い、さらに独立した人格を持つ英霊たちが、それぞれの意思で活動する可能性もある。単純な分身能力とは比較にならぬほど、応用の幅が広い」
デミウルゴスは感心したように頷いた。
「私は今回、王国と聖王国の問題が一段落したため、表立った派手な動きは控えようと考えておりました。ですが……人生経験豊かなレスタト翁のご助言がいただけるのであれば、アインズ様へ進言しようか迷っていた、法国との件が決着する前に始めておきたい『個人的な計画』について、ご相談に乗っていただけませんか?」
「小生のような老骨で良ければ、好きに使うとよろしい。……勝手に動いて、我らが王アインズ様に知られぬまま陰で進めるよりずっと、よろしい」
そう答えたレスタトの傍らに、もう一体の分霊が姿を現した。竜王国へ向かう分霊とは別に、デミウルゴスの相談役として行動するための個体である。
老僧のごとき好々爺の笑みを浮かべつつ、レスタトはちらりとアルベドへ意味深な視線を遣った。
「っ……!」
アルベドの背筋が凍りつく。階層守護者統括としての矜持と、彼女が極秘裏に進めている「ある計画」―― 至高の四十一人捜索(および殺害)と、シャルティア洗脳アイテムの捜索(および確保)を目的とする部隊の存在を見透かされたかのような極寒の寒気に、彼女は引きつった笑みを浮かべた。
「……ふふ、私も階層守護者統括、兼宰相の地位をお譲りして、アインズ様のお側に常にお侍りしたいものですわね。……もとより、この場にアインズ様に隠れてコソコソと良からぬ企みを抱く不届き者など、いるはずがありませんもの」
「アルベドさー、それ天地神明に誓ってアインズ様に言い切れるわけー?」
すかさずアウラが意地悪な笑みを浮かべて突っ込む。
「お、お姉ちゃん……! 流石に今は……不敬じゃないかなぁ……」
マーレがオロオロとアウラの袖を引っ張った。
(……ん? なんだなんだ? アルベドやデミウルゴスがまた何か裏で企んでるのか? いや、まあナザリックの益になることならいいんだが……)
嫌な予感を敏感に察知したアインズは、これ以上収拾がつかなくなる前に強引に仕切り直すべく、玉座が低く鳴るほど身を乗り出した。
「ンンンッ! さあ、時間との勝負だと言ったであろう! スレイン法国がエルフ王と番外席次の敗北を知り、本格的な行動に移す前……何もさせずにフェーズ1を完遂させたい。サクサク行くぞ!」
アインズは、玉座が低く鳴るほど身を乗り出した。
「スレイン法国が、エルフ王と番外席次の敗北を知り、本格的な行動に移す前……何もさせずにフェーズ1を完遂させたい。サクサク行くぞ!」
「「「「ハッ!」」」」
守護者たちが一斉に応じる。
アインズは満足げに頷くと、今度はデミウルゴスへ視線を向けた。
「聖王国に関しては、緊急性が比較的低い。だが、ドッペルゲンガーと親魔導国派のネイア・バラハだけでは、北部を掌握しつつあるとはいえ、今後の関係構築に不安が残るのも確かだ」
アインズは、少しばかり考えるような間を置いた。
「そこで一つ尋ねる。魔導国幹部の上級外交官という役職を与え、人化の術を使わぬ真の姿――悪魔デミウルゴスとして、バハルス帝国に対する外交官の配置換えとして堂々と聖王国北部へ出入りすることは可能か?」
問いを受けたデミウルゴスは、即座に答えた。
「可能でございます」
「ほう。ならば問題はないということか?」
「いえ。入国そのものに問題はございません。問題となるのは、私が聖王国の民にどう受け止められるか、という点です」
「……ヤルダバオトの件か」
「はい、アインズ様」
デミウルゴスは恭しく一礼した。
「聖王国の民にとって、ヤルダバオトは単なる侵略者ではございません。国土を蹂躙し、多くの命を奪い、国家そのものを破滅の淵へ追いやった悪魔です。あの惨劇から一年ほどしか経っていない以上、その恐怖と憎悪が容易には消えないことは理解しております」
「ならば、悪魔族である其方が姿を見せること自体、逆効果になるのではないか?」
「短期的には、その可能性もございます」
デミウルゴスは否定しなかった。
「ですが、私が人間の姿に偽装すれば、かえって疑念を深めることにもなりかねません。ヤルダバオトは仮面を被った人間の姿を取っていた存在。そして、今回の私は魔導国の外交官として、本来の姿を隠さず聖王国へ赴きます」
彼は淡々と続ける。
「両者の外見には明確な違いがございます。もちろん、それだけで別個の存在だと信じてもらえるとは考えておりません。しかし、正体を隠して信用を求めるよりも、まずは自らの姿と立場を明確に示したほうが、相手に判断材料を与えられるでしょう」
「なるほど。正体を隠して信用を求めるのではなく、まずは違いを明確に示すわけか」
「左様でございます。彼らに恐怖を捨てろと命じるつもりはございません。まずは何を恐れ、何を必要としているのかを理解する。そのうえで、魔導国との協力が彼ら自身の利益になると、実際の成果をもって示すのです」
デミウルゴスの声には、揺るぎない自信があった。
「……具体的には?」
「現在の聖王国には、二つの重要な足掛かりがございます。一つは新たな聖王。そして、もう一つはネイア・バラハ――『顔のない聖女』です」
デミウルゴスの声に、わずかな熱がこもった。
「ネイアは単に魔導国を称賛する者ではございません。災厄を生き延び、民と苦難を共にし、その言葉によって人々を支える存在となりました。彼女が北部の民から得ている信頼は、我々が外交交渉だけで築こうとしても、容易には得られないものでしょう」
「彼女の信頼と影響力を、外交に生かすわけか」
「はい。ただし、彼女の信頼を損なうような振る舞いは避けねばなりません。彼女が民に信頼されているのは、彼女自身が積み重ねてきた行動の結果です。我々がすべきことは、その信頼を利用して民を誘導することではなく、彼女が支持するに値する成果を実際に示すことにございます」
デミウルゴスは、円卓に置かれた聖王国の地図へ視線を落とした。
「聖王国は今、国土の復興、民の生活再建、治安の回復、そして北部と南部の関係修復という難題を抱えております。新たな聖王がどれほど優れた人物であろうとも、それらを一度に成し遂げるのは容易ではありません」
「そこで、魔導国が支援する、と」
「はい。食料や生活物資、復興資材の供給。流通の再建。治安維持への協力。必要であれば、技術や人材の提供も検討できましょう」
淡々と並べられる支援策。
しかし、その一つ一つが、荒廃した国家にとっては切実な問題を解決するものだった。
「重要なのは、支援を一方的に押し付けないことです。聖王国の主権と法、そして新たな聖王の立場を尊重する。彼らが何を必要としているのかを確認し、合意した内容を確実に実行する。そうして初めて、我々の言葉に信頼が伴います」
「口先ではなく、実績で示すということか」
「左様でございます。私個人への信頼は、すぐには得られないかもしれません。しかし、魔導国との協力によって生活が改善し、治安が回復し、復興が進むならば、民もその成果を無視することはできなくなるでしょう」
デミウルゴスは地図上の北部を指し示した。
「ただし、北部と南部を同じように扱うべきではございません。両地域では被害の程度も、抱えている問題も、魔導国に対する感情も異なります。まずはネイアと新たな聖王の影響力が及ぶ北部で復興を支援し、目に見える成果を積み上げる。その後、北部で得られた信頼と実績をもって、南部との関係構築を進めるのです」
「北部での成功を、南部にも示すわけだな」
「はい。ただし、北部で成功した方法を、そのまま南部へ持ち込むつもりはございません。南部には南部の事情があり、彼らが必要とする支援も異なるでしょう。まずは北部の安定と復興を実現し、その成果を示したうえで、南部の事情に応じた協力を提案する。それが最も確実な進め方かと存じます」
「そして、最終的には聖王国自身に判断させる、と」
「その通りでございます」
デミウルゴスは静かに微笑んだ。
「魔導国との協力を続けることが、自国の繁栄と安定に最も適している。聖王国の人々が、そう判断できる状況を作るのです」
「……強制するのではなく、そう選ぶことが最善だと思わせるのか」
「いえ、アインズ様。そう選ぶことが、本当に最善となるよう環境を整えるのでございます」
その言葉に、アインズは黙り込んだ。
復興を助け、交易を広げ、治安を安定させる。新たな聖王の統治基盤を強化し、北部と南部の対立を和らげる。
それらを個別の支援として終わらせるのではない。
聖王国が抱える問題を解決しながら、魔導国との協力が、その後の繁栄を支える重要な基盤となるようにする。
しかも、北部で得られた成果を南部との交渉にも生かすことで、聖王国全体へ協力関係を広げていくというのだ。
(……なるほどな)
アインズは内心で頷いた。
(単に味方を増やすだけじゃない。相手の国を立て直しながら、魔導国と協力することが最も合理的な選択になるよう、状況そのものを整えていくわけか)
(……デミウルゴス。お前、どこまで考えているんだ?)
アインズは感心した。
同時に、ふと重要な事実に気付く。
(……これ、実行するのはデミウルゴスなんだよな?)
計画を立てた本人が実行する。当然といえば当然である。
(よし。任せよう。適材適所、適材適所……!)
もちろん、アインズ自身にこの複雑な外交を処理する自信がないから、という理由だけではない。
……たぶん。
「よかろう、デミウルゴス」
アインズは威厳を込めて告げた。
「貴様を聖王国北部担当の上級外交官に任命する。まずは北部の安定と復興を支援し、その成果をもって南部との関係構築を進めよ。ただし、聖王国の内政に不必要な干渉をすることは避け、相手の意思と立場を尊重するのだ」
「かしこまりました、アインズ様」
「また、スレイン法国が周辺諸国へ支援を求めた場合、聖王国が安易に応じることのないよう、外交面から働きかけよ。無理に妨害する必要はない。魔導国との協力が聖王国自身の利益にもなると理解させればよい」
「お任せください」
デミウルゴスは深々と頭を下げた。
(……よし。これで聖王国の件は、ひとまず任せられる)
アインズは心の中で安堵した。
(あとは、俺の想定から大きく外れないことを祈るだけだ。……いや、デミウルゴスが考えた計画なんだから、俺の想定を超えているのは当然なのか?)
そんな不安を表に出すことなく、アインズは静かに頷いた。
「恐れながら、アインズ様」
デミウルゴスが慇懃に申し出た。
「現在、ナザリックでは複数の作戦が並行して開始されようとしております。アインズ様のご尊顔を拝せなくなるのは非常に残念なのですが……ご負担にならぬよう、作戦の詳細はレスタト翁と相談のうえで計画し、細かな枝葉の報告については、後ほどまとめて行う形でもよろしいでしょうか?」
「うむ、許す」
アインズは鷹揚に頷いた。
「デミウルゴスには、王国、帝国、聖王国における調査・調略において、非常に大きな実績がある。レスタト翁を良き相談相手とし、後々の益となる活動を行え」
アインズはそこで一度言葉を切った。
「まずは聖王国北部の安定を確かなものとせよ。そのうえで南部にも働きかけ、魔導国との協力関係を広げるのだ。そして、スレイン法国が周辺国へ支援を求めたとしても、安易に手を差し伸べる国が現れぬよう立ち回れ」
(……うん、なんかさっぱり分からんが、無茶な案件を立案者に丸投げした形になってないか、私!?)
アインズは内心で頭を抱えた。
(頼むぞ、レスタト翁! 取り返しがつく段階で軌道修正してくれよ……!)
もっとも、レスタト自身も、英霊たちを顕現させた後は彼らの行動を自由に指揮できるわけではない。
彼の分霊体ならば本体と同じ判断基準を持つため、相談役としてデミウルゴスを補佐することはできるだろう。
だが、英霊たちの協力を得るのであれば、彼ら自身の意思を尊重する必要がある。
アインズがそのことをどこまで理解しているのかは、本人のみぞ知るところであった。
「聖王国に関しては、必要であれば追加でシズや、併合した異形種軍勢の投入を認める。疲弊した北部をまとめ上げ、関係を揺るぎないものとするのだ」
「ありがたき幸せ」
デミウルゴスは深々と頭を下げた。
「……ではレスタト翁、ナザリックの今後の大陸における在り方について、道中じっくりとご相談に乗っていただきたく」
「ほっほっほ。拙僧の分霊体でよろしければ、いくらでもお話し相手になりましょう」
レスタトは愉快そうに笑った。もっとも、その言葉は英霊たちに対しても同じように通用するわけではない。彼らが協力するかどうかは、彼ら自身の意思次第なのだから。
「さて……聖王国はデミウルゴスたちに任せるとして、残る陣容についてだ」
アインズは、再び一同を見渡した。
「そろそろ冒険者として表舞台に出ているモモン……パンドラズ・アクターとナーベラル・ガンマも含め、近隣国および諸勢力への割り振りを続けようか。二人に都合がつき次第、ここへ顔を出すよう伝言を残せ」
まだ、やるべきことは山ほどある。
周辺諸国との関係構築。外交使節の派遣。情報網の整備。そして、スレイン法国が反撃に転じる前に、その外交的な逃げ道を一つずつ塞いでいくこと。
軍勢を動かすだけが戦争ではない。
相手が戦うべきだと考える理由を減らし、相手を助けるべきだと考える国々を増やし、敵対することの利益を失わせていく。
それもまた、ナザリックが得意とする支配の形であった。
こうして、スレイン法国という『巨大な獲物』をじわじわと追い詰めるための、ナザリック総力を挙げた史上最大の『祭りの準備』の準備は、着々とその歩みを進めていくのであった。
設定
レスタト=T・ゲバー=エアーハーヴン
種族特性・職業技能設定案
■ 固有種族:英魂群霊集積体
レスタトは、通常の魂を持つ存在でありながら、複数の魂の在り方を内包し、それらを自在に顕現させる特異な種族である。
その本質は、単純に複数の存在へ分裂することではない。
自己の魂を分けて同一人格の分霊体を生み出す能力と、自己の内に蓄積された英霊を、それぞれ独立した人格を持つ存在として顕現させる能力。この二つを併せ持つことにある。
前者はレスタト自身を複数に分ける技術であり、後者はレスタトが内包する英霊たちに、それぞれの意思で活動できる器を与える技術である。
両者は外見上こそ似ているが、魂の構造も、能力の分配方式も、行動原理も異なっている。
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■ 種族特性Ⅰ:『分霊顕現』
レスタトが自身の魂を分割し、分霊体を顕現させる能力。
分霊体は誕生した瞬間に、分霊時点におけるレスタト本体の記憶・知識・経験・認識を等しく複製している。
そのため、顕現直後の分霊体は、本体が知っている情報を原則として同じように知っており、本体と同じ人格、価値観、判断基準を持つ。
レスタトがナザリックで会議に参加しながら、別の分霊体を遠方の国へ派遣し、さらに別の分霊体に冒険者としての調査を任せることも可能である。
ただし、分霊体が顕現した後に得た経験や知識が、常に即座に本体へ流れ込むわけではない。分霊体はそれぞれ独立した活動主体であり、活動中に得た情報を本体へ伝達するには、何らかの共有・伝達手段を介する必要がある。
分霊体が本体と同じ人格を持つことは、単なる情報共有以上の意味を持つ。
分霊体はレスタトと同じ目的を望み、同じ価値観で物事を判断する。そのため、細かな命令を逐一与えなくとも、本体の意図を推測し、期待に沿った行動を取る傾向が極めて強い。
もちろん、完全な未来予知ではない。情報不足や認識の違いによって判断を誤る可能性はある。しかし、根本的な価値観を共有しているため、命令の解釈を巡って本体と分霊体が深刻に対立することは少ない。
● HP・MPの分割
分霊体のHP・MPは、顕現時に本体からどの程度の力を割り当てるかによって決まる。
レスタトは分霊体の数だけでなく、各個体に配分するHP・MPの比率も調整できる。
例えば、偵察や伝令、簡単な交渉の補助であれば、レイスや一般人に近い、ごく僅かなHP・MPしか持たない分霊体で足りる場合がある。
一方で、危険な地域での調査や護衛、強敵との遭遇を想定する任務には、より多くのHP・MPを割り当てた分霊体を用意する必要がある。
極端な場合には、本体のHP・MPを等分に分割し、それぞれが本体の能力を分け持つ複数の分霊体を顕現させることも可能となる。
ただし、これは無から力を生み出す能力ではない。
分霊体に割り当てた分だけ、本体が自由に使用できるHP・MPも減少する。複数の分霊体へ大きく力を割けば、それだけ本体自身の戦闘能力や継戦能力は低下する。
つまり、分霊顕現は「活動拠点を増やす能力」であると同時に、「限られた生命力と魔力を複数の活動主体へ再配分する能力」でもある。
レスタトが分霊体を多数展開して広範囲の調査を行う場合、本体が強敵との戦闘に備えてどの程度の力を残しておくかは、重要な判断事項となる。
● 分霊体の限界
分霊体はレスタトと同じ人格を持つものの、本体そのものと完全に同じ存在ではない。
HP・MPの不足は、戦闘能力だけでなく、長時間の活動や強力な魔法の使用にも影響する。分霊体が本体と同じ知識を持っていても、その知識を実行に移すための能力まで必ずしも備えているわけではない。
また、分霊体が破壊された場合、その分霊体に割り当てられていた力を失うことになる。顕現に伴う消耗や、分霊体を維持するための負担も考慮しなければならない。
それでも、情報収集や連絡、複数の交渉現場への同時参加など、戦闘以外の分野では極めて高い汎用性を発揮する。
⸻
■ 種族特性Ⅱ:『英霊顕現』
レスタトが内包する英霊たちを、それぞれ独立した人格を持つ存在として顕現させる能力。
分霊顕現がレスタト自身を複数に分ける能力であるのに対し、英霊顕現は、レスタトとは異なる人格を持つ英霊に活動のための器を与える能力である。
顕現した英霊は、それぞれ固有の性格、記憶、価値観、知識、判断基準を持つ。
レスタトが命じた任務を遂行することはあっても、命令の解釈や具体的な行動方針は、必ずしもレスタト本人と同じにはならない。
慎重な英霊なら危険を避けるために予定を変更するかもしれない。誇り高い英霊なら、屈辱的な条件を拒絶するかもしれない。好奇心の強い英霊なら、任務に直接関係しない発見を追究することもある。
それらは必ずしも能力の欠陥ではない。
むしろ、レスタトとは異なる視点と専門性を持つ存在が、自らの判断で行動するからこそ、本体だけでは得られない知見や発想が生まれるのである。
● 英霊ごとのHP・MP
英霊顕現におけるHP・MPの扱いは、分霊顕現とは異なる。
各英霊には、それぞれのキャラクターのレベルや存在の格に相当するHP・MPが設定されている。
レスタトは英霊を顕現させる際、その英霊に設定されたHP・MPを分割して配分することができる。
例えば、ある英霊が本来の活動に必要なHP・MPを十分に備えている場合でも、複数の任務を同時にこなすために、その力を複数の顕現体へ分けることが可能となる。
ただし、英霊のHP・MPが無制限に増えるわけではない。
分割すれば一体あたりのHP・MPは減少し、強力な技能や魔法を使用する余裕も小さくなる。反対に、一体へ多くの力を集中させれば、その英霊はより高い能力を発揮できるが、同時に活動できる場所や任務の数は限られる。
この仕組みにより、レスタトは英霊ごとの性質や任務の危険度に応じて、顕現の規模を調整できる。
ただし、分霊体と違い、英霊はレスタト本人と同一の人格ではない。HP・MPを適切に配分したからといって、その英霊がレスタトの望む行動を必ず取るとは限らないのである。
● 英霊の自律性と制御
レスタトは英霊たちを顕現させ、任務を与え、活動方針を示すことができる。
しかし、英霊たちはレスタトの思考をそのまま複製した存在ではない。それぞれが自分自身の意思と判断基準を持っている。
そのため、英霊が任務を遂行する際には、レスタトの命令と英霊自身の判断が一致するとは限らない。
レスタトが「交渉を成立させよ」と命じたとしても、英霊によっては相手の不誠実さを理由に交渉を打ち切るかもしれない。逆に、レスタトなら慎重に距離を置く相手に対して、英霊が独自の判断で大胆な提案を行うこともある。
レスタトは彼らの行動を管理できる立場にあるが、個々の人格を消去して、すべてを自分と同じ考え方に統一する必要はない。
英霊顕現の真価は、単なる命令の代行ではなく、異なる人格と能力を持つ存在たちを一つの目的の下で協働させられることにある。
一方で、独立した人格が存在する以上、任務の与え方には配慮が必要となる。
レスタトは、誰に何を任せるべきかを考え、英霊の性格や得意分野を踏まえて役割を割り振らなければならない。
この点において、英霊顕現は分霊顕現よりも組織運営に近い能力である。
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■ 二つの顕現能力の比較
項目 分霊顕現 英霊顕現
顕現する存在 レスタト自身の分霊体 レスタトとは異なる人格の英霊
記憶・知識 顕現時点の本体と等しく複製 英霊ごとに固有の記憶・知識を持つ
人格 レスタトと同一 それぞれ独立した別人格
HP・MP レスタト本体のHP・MPを分割 各英霊に設定されたHP・MPを分割
自律行動 本体の価値観・意図に沿いやすい 英霊自身の判断基準に基づく
長所 一貫した判断、広域の同時活動、情報収集 多様な技能・人格・専門性による協働
主な注意点 本体の力が分散する 力の分散に加え、人格ごとの判断の違いが生じる
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■ 運用例:ナザリックにおけるレスタトの役割
レスタトの能力は、戦闘だけに限らず、ナザリックが進める外交・諜報・国家運営において大きな意味を持つ。
例えば、レスタト本体が玉座の間でアインズと会議を行っている間に、分霊体を周辺国家へ派遣し、各地の情報を集めることができる。
分霊体は本体と同じ知識と価値観を持つため、アインズの意図やナザリックの基本方針を踏まえた行動を取りやすい。現場で判断を求められた際にも、本体の考え方を推測しながら、一定の一貫性を保って任務を遂行できる。
一方、複雑な交渉や専門知識が求められる任務では、適切な英霊を顕現させる選択肢が生まれる。
ある英霊には商取引や物資輸送の調整を任せ、別の英霊には現地の風習や人間関係の調査を任せる。さらに別の英霊を外交官に同行させれば、交渉相手の反応を異なる視点から分析することも可能となる。
ただし、英霊たちはそれぞれの人格に基づいて行動するため、レスタトは任務の目的だけでなく、どこまでの裁量を認めるのかも伝えておく必要がある。
レスタトが本体と分霊体によって一貫した指揮系統を維持しつつ、英霊たちの多様な判断力を活用すること。それこそが、英魂群霊集積体という種族の持つ組織運営上の強みである。
■ 能力の本質
レスタトは、単純に自分の数を増やすだけの存在ではない。
分霊体によって自らの知識と判断を複数の場所へ広げ、英霊たちによって自分とは異なる人格や専門性を持つ者たちを活動させる。
分霊体は、レスタトの意思を遠方へ届ける手足である。
英霊たちは、レスタトと協働しながらも、それぞれの意思で考え、判断し、行動する仲間である。
前者によって一貫性と広域活動を実現し、後者によって多様性と自律的な問題解決を実現する。
その二つを使い分けることこそが、レスタト=T・ゲバー=エアーハーヴンの真価なのである。