魔法―――
それが伝説や御伽噺の産物ではなく、現実の技術となったこの時代。
かつては超能力と言われていた超常の力も科学技術の粋により魔法として再現された。
超能力は魔法によって体系化され、魔法は技能となった。だが、その実力は変わりなく脅威。
核兵器すら捻じ伏せる強力な魔法技能師は、国家にとって兵器であり力そのもの。
―――そして魔法という力は、人の欲望を際限なく溢れ出させる代物でもある。
優秀な魔法師を生み出すための人体実験を繰り返された。それは非人道的な実験もあるが、力に取り憑かれた国は多くの
そしてその過去の産物である研究所から、一人の少年が生まれた。
山梨県某所―――
とある屋敷にて一人の女性と一人の少年が椅子に腰を掛けて対面していた。
お互いの手元には紅茶―――最高級の茶葉使用したもの―――が置かれており、二人とも味わいながら飲んでいる。
「明日には、あなたはこの屋敷から出るのね……」
女性の言葉に少年はただ苦笑する。
「まあ、何時までもこの屋敷にいるのは些か窮屈過ぎる。羽目を伸ばしたいんだよ」
少年は窓から空を見上げながら言う。そう、少年は今までの人生の大半をこの地で過ごしてきた。まだ十五歳だが、色々な事情が重なり今まであまり自由が取れなかったが、今日からは比較的自由な生活が出来る。
「私もそれには反対しないわ。亜夜子さんが暴走しなければいいのだけれど」
「…………亜夜子なら分かってくれるだろう。多分」
親族である亜夜子は、少年をかなり慕っており一種の好意を向けているほどだ。その好意は兄に向ける兄妹愛に近くもあり、異性に向ける好意にも近いという、どういう反応をすればいいのか分からない感情を向けられているのだ。
「ふふ、かなり慕われているようね。貴方がこの四葉の次期当主候補だと知っての行動。恋というのが人を盲目にする、という噂は本当のようね」
四葉―――
少年は、その四葉の次期当主候補の一人だ。
「貴方には四葉を引き継いで欲しいのだけれど……あまり乗り気じゃなさそうね」
「まあ……確かにそうだが、俺としてはその深雪って子に継がせた方がメリットが大きいと思うのだが?」
「言いたい事は分からなくともないわね。あの二人―――特にガーディアンである達也さんと私の相性は悪いもの。楔は必要なのは必然ね」
少年以外にも四葉の次期当主候補はまだ居る。最有力候補が先ほど言った深雪という女性。プロフィールを見るからに、四葉を引き継ぐには十分過ぎるほどの素質がある。少年の出生情報は四葉でもかなり秘匿されており、限られた人間しか知らない。もし明るみに出れば、最有力候補は少年となる。
「それに、達也って本当に失敗作なのか?確かに魔法師としては欠陥しているが、これは魔法師としては異常だぞ。分解魔法に再成、そして挙句の果てには戦略級魔法……なんかもう色々な意味で魔法師としても像を破壊してくれるなぁ……」
「確かに魔法師としては達也さんは異端ね。手元に置いておきたい程優秀よ」
「優秀、ね……それにしても随分冷遇されているようだが?」
少年は目の前の女性を呆れを含んだ視線で睨む。そんな視線を何処か吹く風のように女性は紅茶を飲んでいる。
「それで……あの子たちとは今の所どのような関係まで行ったのかしら?」
女性は真剣な目付きとなり、少年を射抜いている。その視線を受ければ常人なら冷や汗を掻きまくり冷静な判断が出来ないほどだ。だが、少年はその程度では動じないで口を開く。
「無論、問題ない。『忍術使い』九重八雲の師事を受ける事にはなったが、特には問題は無かった。達也とはCADに関して話は通じるし、深雪にとっても俺は良き相談相手として接してくれる。一言で表すなら良好な関係だ」
「……そう、それなら結構だわ。くれぐれも四葉の関係者だって事は気付かされないでちょうだい」
「了解。しかし……あの二人による叛意を承知しているのに驚きだわ。それを地味に楽しんでいる母上も母上だが」
「あら、酷い言い草ね。息子である貴方に同意されないのは悲しいわ。私はこんなに蓮夜さんを愛しているというのに」
「……実の息子を利用している母上には言われたくは無いね」
蓮夜はやや呆れ気味にため息を吐いてから、少し温くなってしまった紅茶で喉を潤す。
彼女は、息子である蓮夜を使って司波兄妹に四葉を裏切れないようにするのだ。仲良くなればなるほど司波兄妹は泥沼に嵌ることとなるのだ。
「だが……達也なら平気で俺を殺しに掛かるだろうな」
「恐らくは、ね。けど、深雪さんは違うわ。あの子はそんな簡単に割り切れない。あの子が悲しむような事は達也さんは絶対にしないから、問題はないわね」
「ああ……深夜さんによる人造魔法師実験の被験者だったっけ?やる事がエグイよ、母上」
「一応は褒め言葉として受け取っておくわ」
流石十師族が一つ、四葉家当主。その程度の皮肉では一向も変化も見られない。蓮夜自身もこの程度では動じないのは百も承知である。別に揺さぶりを掛けようとも思っていない。
「取り敢えずは、四葉だってバレなければ好きに行動して構わないわ。一応、実力を抑えるのを推奨するわよ、あそこには七草と十文字の家の者が居るから」
「そこは知ってるよ。俺も一応は自分で調べて、要注意人物はピックアップしている。後は予想外な展開にならない事を祈るしかない」
「分かっているなら問題はないわね―――ああ、それと貴方に送るものがあるわ」
そろそろ出発しようと思った矢先、母親である四葉真夜が蓮夜を引き止めた。真夜は手元にあるベルを鳴らし、数秒後に室内へと誰かが入ってきた。
「失礼します、奥様、蓮夜様」
礼儀正しく中に入ってきたのは、黒色の小さめのアタッシュケース両手に持っている少女であった。
机に置かれ、アタッシュケースが開かれた。中に入っているのは黒色に染められた拳銃―――拳銃の形態をした特化型CADであった。
「これは……CAD?俺には自分専用のがあるんだが……」
「入学祝いよ。貴方は汎用型CADしか持っていないでしょう?せっかくの機会に特化型も使用してはどうかしら。着色はしているけど、そのCADはトーラス・シルバーが作り出したのだから。勿論限定モデルよ」
「シルバー・ホーンか。色的にはブラック・ホーンだな」
拳銃型CADを手に持って観察する。銃身が長いことから本当に限定モデルのようだ。そして、蓮夜は少し驚きの色を見せた視線で真夜を見つめる。
「あら、どうしたのかしら?」
「いや……まさか入学祝なんてものをくれるとは思っていなかったから。急にどうした?」
「……何よ、文句ある?息子にプレゼントして何が悪いのよ」
少し拗ねたような口調で言うが、実際違和感がないから逆に恐ろしい。一応年は四十代なのだが、初対面では絶対に三十代前半としか思わないほどの若さだ。詐欺とも言う。
そして真夜は蓮夜にとってとんでもない爆弾発言をする。
「ああ、それと入学祝いに水波ちゃんもあげるわ。大切にしてちょうだい」
「ああ、わかっ―――いや待て、何かどんでもない事を言わなかったか?」
「あら、もう一回言うわね。今日から貴方は桜井水波ちゃんと一緒に生活することになっているわ。挨拶しなさい」
「はい、奥様」
先ほどアタッシュケースを持ってきた少女―――桜井水波は一歩前に出て綺麗な作法で蓮夜に向かって頭を下げた。
「どうかこれからよろしくお願いします、蓮夜様」
何か決定事項のようになっているが、蓮夜は拒否したい入学祝いだ。
悪戯を成功させた子供のように、真夜は口に手を当てて上品に笑っている。
「人を入学祝いにするな。俺は一人暮らしも可能だぞ」
蓮夜は一応は料理も出来るし洗濯も出来る。一人暮らしするのに十分な技量を持っているため、女中などは要らないのだ。
「そこは大丈夫だと思うのだけれど、彼女は貴方の『ガーディアン』として側に置くのよ。貴方は四葉家当主であるこの私の実子。いくら魔法技能が優れててもガーディアンを付けなさい」
そこには母親として、息子である蓮夜を心配する感情が見れ―――ない。
そんな真夜にショックを受けるわけもなく、淡々を受け入れている蓮夜は面倒そうにため息を吐く。
「……深雪と達也を雁字搦めにするつもりか?」
「そこまで縛らないわ。けど、水波ちゃんが手札の一つだって事は否定しないわ」
かつて真夜の姉である深夜には一人のガーディアンが護衛していた。
遺伝子操作により魔法資質を強化された調整体魔法師シリーズ『桜』の第一世代である桜井穂波。彼女はすでに故人ではあるが、彼女と司波兄妹はかなり仲が良かった。そして、『桜』の第二世代である桜井水波は、穂波と瓜二つなのだ。それ故、深雪たちには効果があるだろうと思われる。
蓮夜との交友関係、水波は穂波の姪など二重布陣を敷いたのだ。真夜の企みに蓮夜は再びため息を吐く。自分の母親の腹黒さに呆れている。
「けど、まだ引き合わせては駄目よ。そしたら芋づる式に貴方の素性が露見してしまうから」
「分かった。俺も出来る限りの事はしよう。悪巧みも程々にしといてよ。最近、とある十師族が四葉の権力を落そうと画策してるらしいし」
「分かったわ。その時は、力を貸してくれるかしら?」
「……
CADをアタッシュケースに戻し、立ち上がる。ケースは水波が持ち、蓮夜の二歩後ろからついて来ている。
「それと……夏になったら帰って来てちょうだい。じゃないと亜夜子さんが暴走しちゃうから」
「分かったよ。母上も達者でな」
蓮夜と水波はそのまま外に配置された高級車に乗り、四葉の本拠から出た。