一科生の二科生の一触即発の雰囲気に中、蓮夜は水波に少し遅れると連絡しておこう、などと違うことを考えていた。これは、一種の現実逃避である。
「いい加減に諦めたらどうですか?深雪さんは、お兄さんと一緒に帰ると言っているんです。他人が口を挿むことじゃないでしょう」
当初は、蓮夜はほのかと雫とどっかのカフェなどで談笑しようと約束していた(これは俗に言うデートだと蓮夜は認識していなかった)。
放課後、深雪と待っていた達也にA組のクラスメイトが難癖を付けてきたのだ。達也自身はそんな事を気にしていなかったが、E組メンバーの懐は達也ほど寛容ではなかった(達也は達観しているとも言う)。
一科生の理不尽な行動に、意外なことに達也のクラスメイトである美月が切れた。
「別に深雪さんは貴方たちを邪魔者扱いしていないじゃないですか。いったい何の権利があって二人の仲を引き裂こうとするんですか」
「……だとよ?」
「……どう反応しろと?」
その二人の仲の元である達也と深雪から若干距離を取る蓮夜。だが、距離を取る感覚が絶妙過ぎて達也以外気付いていない。
「み、美月は何を勘違いしているのでしょうね?」
「深雪……何故お前が焦る?」
「えっ?いえ、焦ってなどおりませんよ?」
渦中の兄妹の片割れである深雪が、美月の言葉に混乱している。そんな深雪の態度を見た一科生が益々ヒートアップしていった。
(……これ、収拾が着くのか?)
なんか終わることがなさそうな雰囲気に蓮夜は段々と不安を募らせていく。どうやら達也の僅かに緊張の顔持ちをしている。蓮夜も達也も、魔法が使われる事を危惧しているのだ。
「うるさい!他のクラス、ましてやウィード如きが僕たちブルームに口出しするな!」
ウィードとブルームという呼称は差別用語として校則で禁止されている。そして、この暴言に反応したのは、一番興奮している美月だった。
「同じ新入生じゃないですか。貴方たちブルームが、今の時点でどれだけ優れているというんですかっ?」
美月の言葉は、不思議と校庭に響いた。一瞬の静寂―――嵐の予感だ。
「……どれだけ優れているか、だと?いいだろう―――だったら教えてやる!」
一科生の男子が取り出したのは―――特化型のCADだ。
汎用型のCADは最大九十九種類の起動式を格納出来る。特化型は起動式が九種類しか格納できない代わりに、使用者の負担がかなり少ない。
蓮夜が真夜から入学祝で貰ったCADとメーカーは違うが、同じである拳銃形態の特化型CADを向けている。
「ちぃ!面倒な!」
蓮夜は左手を前に突き出し、何かをしようとする。が、
「なっ!?」
驚愕の声を上げたのはギャラリーでもなく、特化型CADを向けていた一科生の方だ。
CADは弾き飛ばされ、その眼前では伸縮警棒を振り抜いた姿勢で、不敵な笑みを浮かべている千葉エリカがいた。
「この間合いなら身体を動かした方が速かったようね」
これで事態が収拾したのかと思ったが、どうやら一科生のプライドは思いのほか無駄に高かったようだ。
一科生数人が二科生に負けた、という事実に躍起になったらしく、起動式を展開し始めた。
「―――って何故ほのかまで!?」
起動式を展開したほのかの側で、慌てている雫が居た。
蓮夜はほのかが展開した起動式を見て、
「蓮夜!」
その時、達也から呼ばれたが、一体何故呼ばれたのか分かっていた蓮夜はすぐさま行動に移した。
「―――ったく、馬鹿どもが」
タン、と蓮夜は地面を踏むのと同時に全方位にサイオンが放たれる。
蓮夜のサイオンが広がり、その範囲内に居た起動式を展開した魔法師たちは、
正確には、しっかりと起動式を読み込み魔法は発動した。だが、蓮夜により事象改変をジャミングされたのだ。しかも、殆どの者が知覚出来ないほど薄く展開しているため、バレる事が無い。
だが、どうやら一番遠くに居たほのかまでは届かず、第三者によりその起動式が破壊された。
「止めなさい!自衛目的以外の魔法による対人攻撃は、校則違反である以前に、犯罪行為ですよ!」
ほのかの起動式が、サイオンによって構成された弾丸によって砕け散った。
チラリとほのかを見ると顔面蒼白になって、今にも倒れそうになっていた―――いや、実際には倒れそうな所を雫に受け止められていた。
ほのかの起動式を破壊した人物は、生徒会長である七草真由美だった。
「貴方たち、1-Aと1-Eの生徒ね。事情を聞きます、ついて来てください」
そう命じてきたのは、真由美の側で立っている風紀委員長、渡辺摩利だ。それ以前に、何か自分まで巻き込まれたのに異を唱えたい。
誰一人動かない中、達也は全く意に介さず泰然とした足取りで摩利の前へ歩み出た。
「すみません、悪ふざけが過ぎました」
「悪ふざけ?」
その言葉に摩利は眉を顰めていた。無理もない、唐突にそんなそんな事を言われれば。
「はい。森崎一門のクイックドロウは有名ですから。後学のため見せてもらうだけだったんですが、あまりに真に迫っていたもので、思わず手を出してしまいました」
エリカにCADを突きつけられていた男子生徒である森崎駿は目を丸くして驚いている。
「では、その後に1-Aの女子が攻撃性の魔法を軌道しようとしていたのはどうしてだ?」
本来なら、他の一科生たちは魔法を発動した。だが、他の者にとって不可解な現象を追求するのは無意味と考えたのか、真由美が防ぐのに成功した一科生であるほのかに矛先を変えた。
「驚いたんでしょう。条件反射で起動プロセスを実行できるとは、流石一科生ですね」
真面目な声で言っているようだが、あまりに白々しかったので達也に呆れが混ざった視線を送る蓮夜。
「君の友人は、魔法によって攻撃されそうになっていたわけだが、それでも悪ふざけだと主張するのか?」
「攻撃といっても、彼女が発動しようと意図したのは目くらましの閃光魔法ですから。それも、失明したり視力障害を起こしたりするほどのレベルではありませんでしたし」
達也の言葉を聞き、深雪と蓮夜以外は息を吞む。
「ほぅ……どうやら君は、展開された起動式を読み取ることが出来るらしいな」
「実技は苦手ですが、分析は得意です」
「……どうやら誤魔化すのも得意なようだな」
摩利は達也を見極めようとするような、値踏みするような眼差しを向けていた。
丁度話が区切られた所で、深雪が一歩前に出た。
「兄が申した通り、本当に、ちょっとした行き違いだったんです。先輩方のお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」
深雪の懇切丁寧に、真正面から頭を下げる深雪に、摩利もすっかり毒気を抜かれてしまい、軽くため息を吐いた。
「摩利、もういいじゃない。達也くん、本当にただの見学だったのよね?」
なんか親しげになっている達也と真由美に若干訝しげに見ている深雪と蓮夜。自身の記憶が正しければ、入学式の日以来あっていないはずだ。
「生徒同士で教え合うことが禁止されているわけではありませんが、魔法の行使には、起動するだけでも細かな制限があります。魔法の発動を伴う自習活動は、それまで控えた方がいいかもしれませんね」
「……会長がこう仰られていることでもあるし、今回は不問にします。以後このようなことの無いように」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「で、お前は何魔法発動しようとしたんだ、おい」
「痛い!痛いです、蓮夜さん!」
事態が収拾した後、蓮夜は一目散にほのかと雫の方へと赴き、ほのかのこめかみに指の第二関節を押し当て、ぐりぐりしている。痛いらしく、ほのかは若干涙目で訴えている。
「し、雫、助けてっ!」
「ごめん、ほのか。私も少し怒ってるの」
「そんなっ!?」
友人である雫にまで拒絶され、若干絶望している。雫が手を出すことがないのは、それが一因しているが蓮夜の笑顔が怖いという理由もある。
「みんなを止める為に魔法を行使したのは、心優しいお前なら納得できる。だ・が・何でも魔法で解決しようとするな!」
「分かりましたからやめて下さーい!」
ほのかの悲痛な叫び声が聞こえたらしく、深雪が苦笑しながらやってきた。
「蓮夜くんもそれくらいにしたらどうですか?流石にやり過ぎだと思うのだけれども」
「む……そう、だな。はぁ、確かにやり過ぎたな、こりゃ」
深雪の一声に、蓮夜は自分の精神状態がよろしくない事に気付いた。
「……悪いな、ほのか。どうやら思った以上に苛立っていたようだ」
「い、いえ……私も深雪さんのお兄さんのおかげで大事に至りませんでした」
「……そうか」
蓮夜はほのかの頭をポンポンと優しく叩いた後に達也の方を見る。どうやら、一科生の生徒である森崎駿と何か言い合っているようだ。
「風紀委員長の前に出たのは深雪の兄である達也だ。礼をした方がいいんじゃないか?」
「えっ?ええっと……はい、分かりました!」
ちょっと困惑気味だったが、すぐに調子を取り戻して達也の方へと向かって行った。
「じゃあ私はほのかについて行きます。あの子だけじゃちょっと不安だから」
「ああ、行って来い。ほのかのフォロー、よろしく」
「うん」
雫は少し微笑んでからほのかの後を追って行った。ほのかが達也に謝っている側でエリカたちが少し驚いている。どうやら一科生の生徒が二科生である自分たちに頭を下げるとは思っていなかったのだろう。
その時、達也が此方の方に視線だけを動かしてきたので、蓮夜と深雪は微笑む。達也はやれやれを言った感じに肩を竦めていた。
「ふっ、俺たちも行くか」
「ええ、そうですね。お兄様たちを待たせるわけには参りませんから」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「おかえりなさいませ、蓮夜様」
無事高校二日目が終わり、蓮夜は水波の出迎えとともに中に入る。
「ああ、ただいま。ふぅ……」
「……?高校で何かありましたか?」
疲れたように深いため息を吐いた蓮夜に、水波は小首を傾げて聞いてきた。
「ちょっとな……一科生と二科生のイザコザだ。それに巻き込まれた、とでも言っておく」
「それは……お疲れ様でした。一高の差別意識は高いと聞いていますけど、本当のようですね」
水波は主人である蓮夜に複雑そうな、そして同情の色も見て取れる眼差しを送っている。
「まーな。一科生のプライドが無駄に高いから対処のしようが無い」
ヘンにプライドが高い一科生は、少しでも二科生に挑発されたら簡単に買ってしまうほどだ。良く考えてみれば、一科生の方が精神的に子供であり、あまり同類に見られたくないというのが本音だ。
「ほのかと雫も大事に至らなくって良かったものだ」
あの騒動で、達也が前に出ていなければ少々危なかった。流石の入学して早々騒ぎを起こすとは思っていなかったものの、まさか生徒会まで出張ってくるとは思っていなかったからだ。
「ほのか?雫?……蓮夜様、その方々は?」
どうやら独り言が聞こえていたらしく、今まで聞いた事が無かった者の名前が、水波は気になったようだ。
「ああ、同じクラスの女子なのだが、早速友人になったんだ。中々素直でいい子だちだったな」
「……そうですか」
水波はそう言うが、その声色には寂しさがあった。何故寂しく思うのか追求したかったが、これ以上踏み込んでは悪い、と第六感的なものが感知したので何も言わなかった。
「夕食の準備は出来ております。いつでも食べれますが、すぐにしますか?」
「そうだな、すぐに食べよう」
今日は色々なことがあった所為で、精神的にも疲れたので早々にゆっくりしたいのだ。
「今日の夕食は?」
「今日は和食です。今日はボイル焼きにしてみました」
「へぇ……珍しい。だがまあ、偶には悪くはないか」
蓮夜は目を瞑り、笑みを浮かべる。その笑みは表面上、取り繕っているような笑みではなく、心から思っているのを表に出しているのだ。水波はその意味を理解しており、自分が信頼されているのに嬉しく思っている。
ゆったりとした時間が過ぎて行く―――