学校からの帰宅し、蓮夜は早速自身のCADを調整―――メンテナンスをしている。
この家は四葉から提供されている為、CADをチューニングするための設備などは最先端だ。CADはかなり精密な機械なため、こまめな調整を必要としている。蓮夜も週に一度は必ずしている。
蓮夜が普段私用しているCADは三つ。
一つはブレスレット形状の汎用型CAD。もう一つが入学祝いに母親である真夜から貰ったカラーリングが黒のシルバー・ホーン。そして最後の一つが
「む……基本はブレスレットとシルバー・ホーンにして、予備をこっちにするか」
蓮夜の持ち味は複数のCADを操作する技術である『パラレル・キャスト』にある。
深雪に迫る魔法技能を有している蓮夜が使えば、脅威の一言に尽きる。しかも、固有魔法に四葉の秘匿技術を駆使すれば世界最高峰に名を連ねる事すら夢ではない。
だが、蓮夜はそのような名声は塵にも等しいし、四葉にとってもデメリットしかない。
(さて……シルバー・ホーンには何の起動式を組み込もうかねえ。……放出系魔法か?)
自身の得意な魔法を組み込む事に決め、早速データを送り込む。
数分掛けて起動式を入れたあと、背中を伸ばしていた時後ろのドアが開いた。この家には二人しか住んでいないため、必然的に誰か分かる。
「お忙しい所申し訳ございません」
「気にするな、丁度終わった所だ。で、何の用だ?」
「ご夕食の支度が出来ましたので、呼びに来ました」
「そうか……分かった。すぐ行こう」
蓮夜は席を立ち、水波と一緒に夕食を摂る事にした。
いつもながら美味である水波のご飯を食べた後、二人は大型のディスプレイの前に座る。座るとは言っても、実際ソファーに座っているのは蓮夜だけであり、水波は斜め後ろに立っている。正に主人と従者の関係を改めて思わせる。
蓮夜はコーヒーを一口飲んで、秘匿回線を用いて通信を始める。
ブゥン、という音と共に一人の女性が映った。その人物は蓮夜の母である四葉真夜だ。
『お久し振りね、蓮夜さん。それに水波ちゃんも』
「ご無沙汰しております、奥様」
水波は深く、丁寧なお辞儀をする。そんな水波を見て、真夜は満足そうに笑みを浮かべている。
『どうやら彼女は自分の使命を全うしているようね、安心したわ』
「水波はしっかりと働いてくれている。問題らしい問題は今の所ない」
この僅かな期間しか共に居ないが、かなり助かっている。下手をすれば、自堕落しかねないほど水波の仕事は丁寧かつ隙が無いため、出る幕が無い。
『一高で変わったことはあるかしら?』
「いいや、特には無いな。ただ……報告なら達也が風紀委員に入ったことくらいか?」
蓮夜が思い浮かべるのは今日の昼休みのやり取り。摩利に言い包められた達也の姿だ。
そしてその達也だが、今日の放課後に達也が風紀委員に入るのを反対した副会長と模擬戦することとなっているのを蓮夜は知らない。
更に瞬殺しているのも知らないし、その過程で蓮夜の実力の一部を達也が真由美に漏らした事も知らない。
『あら、達也さんが……どうしてか分かる?』
「現生徒会長七草真由美に気に入られた、からかねぇ……深雪が主席入学したから仕方ないって言えばそれまでだが」
『七草の長女に……達也さんのことだから露見される事は無いでしょうけど、少し心配ね。相手が十師族ともなれば』
真夜の懸念の分かる。十師族が相手となれば、その権力で素性を調べる事など造作も無い。蓮夜も達也も一応は偽造されては居るが、意図せぬ事態で四葉の関係者だとバレるか不安だ。一高には十師族は二人もいるのだから慎重になる必要がある。
「まぁ、深雪の場合は特に問題は無いとは思うが、一番の問題は達也だな。二科生だから少し目立ってしまったら、一気に注目される。あぁ……面倒事を運んで来ないのを祈るしかない」
蓮夜の表情は、本当に面倒そうだ。すでに一度面倒事が起きている。げんなりとしてる蓮夜を見て真夜は微笑を浮かべていた。
『苦労しているようね。そこまで気張る必要は無いと思うのだけれど。裏で処理するのは私たちでやるから、貴方は達也さんをフォローしてちょうだい。あの子、深雪さんのためなら色々とやるから』
「知ってるよ。兄妹愛か……それだけ残っていれば、精神的にも狂うのは当然か」
人と言うのは繊細かつ精密だ。内臓に関しても、全て揃っているから健全に機能しており、どれか欠損、異常をきたせば不健康となる。それは感情、心なども同じである。しかも達也の場合は情動が消されているから精神的にかなりアンバランスだ。しかも唯一情動で残っている兄弟愛に偏るのは当然の結果だ。だから達也は狂っている、異常という言葉が当てはまる。
「魔法師としても不完全。そして人間性でも不完全となった、か……哀れだな」
蓮夜の目は、親友である達也を気遣う目ではない。ただ単に真実を見て、言っているだけ。とてもじゃないが、友人を想っているような雰囲気ではない。
無機質な目をしている蓮夜を見て真夜は深い笑みを浮かべていた。その笑みもどこか狂気的ではあるが、同時に理性的でもある。
「―――まあいい。母上、前置きはいいから本題に入ろう。あるんだろ?」
『あら、やっぱり分かっちゃうのね。そうね、本題に入りましょう』
真夜はテーブルに置かれている紅茶を一口飲み、一拍置いてから口を開く。
『今一高は"白の一味"に汚染されているわ』
その言葉に蓮夜は僅かに眉を顰め、後ろに居る水波は僅かに目を見開いている。
「"白の一味"―――『ブランシュ』か。反魔法国際政治団体だったな」
『ええ、ブランシュでも一高に居るのは若年層で構成された下部組織の『エガリテ』よ。蓮夜さんにとって取るに足らない相手だろうけども』
反魔法国際政治団体『ブランシュ』。
既に魔法が浸透した世界だが、今も尚そういう反対運動している組織がいくつかあるのだ。ブランシュはその代表だ。中には「魔法師は生粋人間ではない。造られた人間だ」と思っている奴もいるし、魔法師を同じ人間として見ない者もいる。
簡単に言えば、魔法師排斥運動をしている者たちだ。そして、今の現状に満足していないのは一般人だけではなく、魔法師も同じ。
主に冷遇されている二科の生徒たちだ。魔法技能により差別され、今のシステムを変えたいと思っているのも少なからず存在する。
ブランシュは「現代の行政システムに反対し、魔法能力による差別を根絶する」のを理念として掲げている。
才能に劣り、差別されている二科にはお誂え向きの理念がゆえに、付け込まれるのだ。面倒なことこの上ない。
「で、俺はどうすればいいんだ?日本支部を壊滅させればいいのか?」
『いえ、今の所は様子見って所かしら。実害は無いのだし、気にする必要は無いわ』
「……なら、被害が加われば動き出すのか?」
『蓮夜さんが動く必要性は無いわ。静観、かしらね……派手に活躍しなければ問題ないわ』
「了解。俺的には十師族が早々に解決して欲しいんだけどな」
未だあまり表立って行動していないと思われるエガリテは、一高にメンバーは居るが誰かも分かっていない状態だろう。中々骨が折れるかもな、と蓮夜は思う。
そして、極力関わりたくないのに何故か関わるだろうと確信に近い思いを抱くのは何故だろう?
『あらどうかしたの、蓮夜さん』
「……いや、なんでもない」
苦虫を噛み潰したような顔をしていた蓮夜に、真夜は問いかけるが首を振って問題ないと言った。
蓮夜はソファーに深く座り、息を吐く。
「なぁ……母上」
『なにかしら?』
「もし俺が、四葉の一員だと達也たちに知られたらどうするんだ?このまま一高に通う?それとも実家に帰るのか?」
急にそんな質問をする息子である蓮夜を訝しげに思った真夜だが、質問に答えることにした。
『蓮夜さんの心情次第、といったところかしら。思った以上にあの子たちに情を抱いているようね』
「まあね。数年間も一緒に居れば、情も移るわ。もしバレて、露骨な敵対心を見せられれば、いくら俺でも精神的にショックを受けるだろうよ」
最初は真夜の命で達也たちと接触した蓮夜だが、今では良き親友という印象を与えてるし、自身もそう思っている。特に深雪からは恋愛感情などはお互い一切無いが、かなりの信頼を寄せられている。達也も自身には好意的なのは見て取れる。
そんな彼らとの関係が一気に崩れるのを忌避しているのは、自覚している。それほど四葉の名は重いのだ。
『私としては、今まで通りの態度で蓮夜さんに接してくれれば文句は無いわ』
「俺としてもそれがベストだ。願わくば、そうなる事を祈ろう」
秘密が何れ何処かで必ず露見する。とは言っても、この程度の隠し事なら何時バレでもおかしくはない。丸く収まる事には越した事は無いが。
「ホント、面倒だな。あの二人は厄介事を持ってくる
『面倒、とか言っておきながら貴方は何処か嬉しそうよ?』
「そうだな……」
蓮夜は口で言っていることと表情が全くの逆だ。それは理解している。そう、蓮夜は退屈なのだ。何もない平穏な学園生活というのは。
本当に面倒そうにしている時もあるが、心の奥深くでは、歓喜している。
だから嬉しい。厄介事を運んできてくれるのが。やっと四葉の監視という名の護衛が居なくなり自由と成ったのだ。少しぐらいは刺激が欲しい。
「―――俺も所詮、人間としては屑なのかもしれないな」
◇◆◇◆◇◆◇◆
同日の夜。
すでに寝る支度まで終えたほのかは、携帯端末を耳に当ててベッドに転がりながら通話している。通話相手は自分の親友である雫だ。
そしてその話題はもちろん魔法―――第一高関連であり、主な内容は深雪や蓮夜について話している。
「―――でね、蓮夜さんと深雪さんは凄い仲良いよね。魔法力も凄いけど、お互い信頼してるのが判るよ、あの二人は」
『そうだね。最初に恋愛感情は一切無いって言ってたけど、どちらかというと"家族"に近いかも』
雫の推論は遠からず、といった感じだ。その事はほのかも雫も分かってはいないが、第三者から見れば二人はそう映っていたのだろう。
『それに良かったね。蓮夜さんと一緒のクラスになって。入学式の時から気になってたんでしょ?』
「……うん。私、あんな繊細に魔法式を編み上げる人初めて見たから。余剰
余剰想子光とは、魔法師が起動式を展開する時に、使いきれずに余ったサイオンの光の事だ。これが少なければ少ないほど、力をキチンと制御出来ている証拠だ。
『それに、友達に成れたし、憧れの司波さんと仲良くもなれたから万々歳だね』
「うん!私、あの時の感動を忘れないよ!」
ほのかは興奮したように声を上げる。それほど感動的だったのが、感情豊かなほのかから見て取れる。
入学試験の時、ほのかは深雪と蓮夜を見ていたのだ。
深雪の美貌は一回見れば忘れないほどであり、魔法力も圧倒的な事から憧れを抱くようになった。対して蓮夜も結構容姿は整っており、女性なら通りかかれば一度は見るくらいだ。しかも、魔法式の発動の際の余剰想子光が他者よりか全く出ず、魔法式から出る光波のノイズも全く無かったのだ。
光のエレメンツの末裔であるほのかは光波に対してかなり敏感だ。そのほのかが言うのなら相当だろう。
「それに、二人とも思った以上に気さで話しやすかったなぁ……」
『うん、それは私も思った。蓮夜さん、基本的に面倒臭がりなのに何だかんだ言って付き合ってくれるし』
面倒とか何とか言いながらも、ほのかたちと行動してくれて、今日もカフェに寄るのは面倒とか言ってたのに一緒に来てくれた。しかも奢ってくれた。本人はそんな自覚は全く無いが、女心が分かっているとほのかは思っている。それは雫も同じだ。
「深雪さんのような魔法力に精密に編み上げる魔法式……まるで|魔法を使うために生まれていたような存在だね《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》!」
この時、ほのかは深く考えないで言った言葉だが、この言葉に隠された意味までは分からなかったようだ。雫も蓮夜の魔法力に賞賛しているようで、気付いていないようだ。
『ほのか、頑張って二人に並べるように努力しようね』
「うん!雫も一緒に頑張ろう!」
二人の目標は深雪と蓮夜―――主席と次席だ。
地元ではツートップだったほのかと雫は、見事蓮夜と深雪に叩きのめされた。
二人は明日に向けて気合を入れてから、就寝した。