職場体験で他所の小学校に行かなければならないなんて、めんどくさいことこの上ない。
中学生にもなって、なぜ職場体験が小学校なのか。おまけに、生徒全員が別々の学校に割り振られているため、誰かに口裏を合わせてサボることもできない。
僕の職場体験先は、三門市の中心部から離れた、田舎の方にある自然豊かな小学校だった。
自然豊かといえば聞こえはいい。実態は自然しかないという表現の方が正確だ。
校舎の裏には手つかずの山があり、グラウンドの端には雑草が我が物顔で生い茂っている。
コンビニはおろか、その他のチェーン店さえ数キロ圏内に無い。
今日から1週間、僕はこの学校に併設されている職員用の古い宿舎で寝泊まりしながら、小学生たちの相手をしなければならない。
「今日から1週間の間、職場体験でこのクラスに来てくれた見習いの先生です」
朝のホームルーム。小5の教室の教壇に立ち、担任の教師から紹介を受けた。
「神園冬です。短い間ですが、皆さんと仲良くできればと思ってます。よろしくお願いします」
僕は黒板の前に立ち、用意していた無難な挨拶を口にした。
教室を見渡して、少し驚いた。クラスの生徒数は、なんとたったの5人。
後で担任から聞いた話では、この学校は全校生徒を合わせても30人にも満たない小規模な学校らしい。
5人の小学生たちは、見慣れない中学生の登場に目を輝かせている者もいれば、恥ずかしそうに下を向いている者もいる。
......まあ、少人数の方が面倒くさいトラブルも少なくて済むか。
僕は内心でそう結論づけ、教師に促されるまま、教室の後ろに用意されたイスへと腰を下ろした。座らせてくれるなんて優しい。
午前中の授業は、拍子抜けするほど平穏だった。
算数の時間は丸付けを手伝い、図工の時間は生徒たちが描く絵を適当に褒める。小学生からの質問に対しては出来るだけ簡単に答える。
「神園先生、教えるの上手!」
「すごーい、一瞬で計算わかっちゃうんだね!」
小学生特有の無邪気な称賛を浴びながら、僕は愛想笑いを浮かべてやり過ごす。
そして、お昼休みの時間。
給食を食べ終え、生徒たちがグラウンドへ遊びに行こうと騒ぎ始めた頃だった。
「ねえねえ、神園先生!」
僕の席の前に、2人の生徒がやってきた。
1人は、元気の良さそうな男の子。もう1人は、髪をツインテールに結んだ、少し気の強そうな女の子だ。
「どうしたのかな?」
僕が顔を上げると、男の子が目をキラキラさせながら身を乗り出してきた。
「俺、緑川駿!こっちは黒江双葉!」
黒江と呼ばれた女の子が、ツンとした態度でそっぽを向くが、その視線はチラチラと僕の方を見ている。
「あのさ、神園先生って、ボーダーの人なんでしょ?」
緑川の言葉に、僕は少しだけ目を細める。
「どうして知ってるのかな?」
僕がボーダーの隊員であることは、この学校には伝えていない。隠しているわけではないけど、わざわざ言いふらすようなことでもないからだ。
「ボーダーのホームページを見たんだ!」
ああ、そっか。B級隊員以上は全員ホームページに顔と名前が乗るから知っててもおかしくない。
ホームページを見る暇人が小学生にいるとは思いもしなかったけど。
「まあ、そうだよ。ホームページを見てるなんて、よっぽどボーダーが好きなんだね」
僕があっさりと認めると、緑川は嬉しそうに飛び跳ねた。
「うわっ!すっげー!本物のボーダー隊員だ!俺も絶対ボーダーに入るんだっ!」
「うるさい、駿。近所迷惑」
「なんだよ双葉、お前だって気になってただろ?」
「....少しだけね」
子どもたちがわちゃわちゃとしてるのは微笑ましい光景ではあるけど、僕休んでいい?一応僕にとっても休み時間なんだよね。
「あのさ、先生。ボーダーにいるなら『迅さん』って知ってる?」
「迅さん?」
予想外の名前が出てきた。ボーダーに所属しておいて、S級隊員を知らない人間はいないだろう。
本部で偶然会った時に模擬戦を申し込んだら断られた。黒トリガーを使っていいとまで言ったのに、断られるとは思わなかったよ。
「知ってるよ。数えるくらいしか話したことは無いけど」
「迅さんはすっごいかっこいいんだ!俺、昔ネイバーに襲われそうになった時、迅さんに助けてもらったんだ!
「そうなんだ。助けてもらえてよかったね」
なるほど、命の恩人なんだ。緑川がボーダーに、そして迅さんに強い憧れを抱く理由は理解できた。
だからといって、その熱量を僕にぶつけられても困る。
「俺さ、絶対ボーダーに入って、迅さんみたいに強くなるんだ!それで、いつか迅さんの隊に入るのが俺の夢!」
目を輝かせて語る緑川。
迅さんはS級だから隊を作れない、という野暮なツッコミは飲み込んだ。
「頑張ったら、きっとなれるよ」
わざわざ事実を教えて、小学生の無邪気な夢を壊すような真似をするつもりは無い。
何事もなく職場体験の最終日が終わりそうだったのに、どうしてこうなるのだろうか。
僕の周りでは、やたらとイレギュラーゲートが開くことが多い気がする。世界からの嫌がらせだろうか。
けたたましいサイレンの音と共に、緊急放送が響き渡った。
『緊急警報!緊急警報!』
『ゲートが発生しました!市民の皆様は速やかに避難してください!』
『繰り返します。緊急警報!緊急警報!』
『ゲートが発生しました!市民の皆様は速やかに避難してください!』
教室の空気が一瞬にして凍りつき、教師生徒問わずに顔から血の気が引いていくのがわかった。
僕は立ち上がり、教室の窓から外のグラウンドを確認する。
そこには、見慣れた装甲の四足歩行のトリオン兵──『モールモッド』の姿があった。
しかも、1体や2体ではない。ざっと見ただけでも5体以上がグラウンドを徘徊している。
......僕がいなかったら、この学校の生徒は皆殺しにされていたな。
三門市の中心部から離れたこの田舎の小学校に、ボーダーの部隊が到着するまでには時間がかかる。B級隊員ですら、上位勢じゃなければ単独で対応できないのがモールモッドだ。
「皆さん!落ち着いてください!いかのおすしを思い出して!静かに並んでから避難します!」
パニックになりかける生徒たちを、担任の教師が必死に声を張り上げて誘導している。だが、その声も微かに震えていた。
無理もない。
「先生」
僕は担任の肩を叩き、静かに声をかけた。
「避難の誘導は任せます。僕は外の相手をしてくるので、生徒たちから目を離さないでください」
「えっ?神園くん!?君は中学生なんだから、一緒に避難しなさい!」
「問題ありません──僕はボーダー隊員なんで」
教師の制止を振り切り、窓枠に足をかけた。そのまま3階の教室から、躊躇うことなくグラウンドへと身を躍らせる。
落下しながら、僕は右手に握り込んだトリガーを操作する。
『トリガーオン』
空中で僕の身体がトリオン体へと変わり、白スーツの隊服に身包む。着地と同時に、孤月を構える。
僕の存在に気づいたモールモッドたちが、不快な音を鳴らしながら一斉にこちらへ向き直る。
たかが5体。距離と配置は把握した。3秒で終わらせる。モールモッドの動きは、僕にとっては止まっているも同然だ。
『韋駄天』
事前に軌道を描いて高速移動するオプショントリガー。強者相手には軌道が読まれやすいトリガーだが.....僕には関係ない。
だって僕は、軌道をリアルタイムで描くことができるから。
──1体目。
突進してくるモールモッドの刃をミリ単位でかわし、すれ違いざまに装甲の隙間へ孤月の刃を滑り込ませる。
抵抗を感じる間もなく、巨大な胴体が斜めに両断された。
──2体目、3体目。
韋駄天を解除することなく、起動を描き直して反転。
横並びになって迫ってきた2体の首筋を、横薙ぎの一閃でまとめて斬り飛ばす。
──4体目、5体目。
残る2体は僕の姿を見失ったからか後退しようとしてるけど、遅すぎる。
上段からの一撃で4体目を縦に割り、そのまま流れるような動作で5体目の胴体を薙ぎ払う。
......こんなものか
周囲に他のトリオン兵の反応がないことを確認し、僕は小さく息を吐いた。
『神園隊がイレギュラーゲートから出てきたモールモッド5体を撃破しました。処理お願いします』
あとは本部がモールモッドの残骸を処理してくれるはず。
3階の教室の窓からは、その光景のすべてが見えていた。
避難を促す担任の先生の声も耳に入らないまま、私は窓枠にしがみつくようにしてグラウンドを見下ろしていた。
隣では、駿も同じように目を丸くして外を見ている。
「すっげぇ......!」
駿が興奮したような声を上げた。
私の目には、先生の動きはまったく見えなかった。
ただ、窓から飛び降りた瞬間に白い服へと変わり、着地したかと思えば、一瞬で姿がブレて消えたように見えた。
そして次の瞬間には、あの恐ろしい化け物たちがすべて真っ二つに切り裂かれていた。
白い隊服の裾を翻し、静かに刀を振るう神園の姿。
それは、私が今まで見てきたどんなヒーローよりも、どんな映画の主人公よりも──圧倒的に強く、そして美しかった。
「......」
胸の奥で、ドクンと大きな音が鳴った。
恐怖はもうどこにもない。ただ、グラウンドの中央に立つ先生の背中から、目が離せなかった。
『ボーダーに入りたいなんて、親が心配するでしょ。もう少し考えな』
いつもは駿がボーダーの話と迅さんって人の話をするたびに、そう言って冷めた態度をとっていた。
だけど今、ようやく分かった。すごくかっこよかった。
私も、あんなふうになりたいって、近くにいたいって──そう思った。
「避難はもう不要です。ゲートも塞がったみたいですし、安全も確認しました」
数分後、教室へと戻った僕は、担任の教師と呆然としている生徒たちに向かってそう告げた。
トリオン体を解除し、制服姿に戻っている。
「か、神園くん......君、本当にボーダーの隊員だったんだね。信じられない動きだった......」
「市民の平穏を守るのがボーダーの役目ですから、この位は当然です。それより、怪我人がいなくてよかったですね」
適当なボーダーの建前を口にしてから、席に戻ろうとした時だった。
「神園先生!」
緑川が、そしてその後ろから黒江が、僕の前に立ち塞がるようにして飛び出してきた。
「すっげぇかっこよかった!俺、絶対絶対ボーダーに入る!ねえ先生、ボーダーに入るにはどうすればいいの!?」
目をキラキラと輝かせ、身を乗り出してくる緑川。まあ、これは予想通りの反応だ。
だが、驚いたのはその後ろにいる黒江の方だった。
いつもはツンとしていて、緑川がボーダーの話をすれば呆れた表情を浮かべていた黒江が、今は頬を微かに紅潮させ、両手でスカートの裾をぎゅっと握りしめている。
「......わ、私も。私もボーダーに入りたいです」
上擦った声で、黒江がそう宣言した。
「そうなんだ。2人とも頑張ってね」
暗に話を終えようと伝えるも、小学生に伝わるはずもなく会話が続く。
「さっきの神園先生の戦いを見て......私、決めました。私もボーダーに入って、先生みたいに強くなります」
仕方ないので興奮気味の2人に、僕は淡々と事実だけを告げることにした。
「ボーダーの入隊試験に、年齢制限はないよ。ボーダーが求める一定の基準を満たしていれば入隊することは可能だ」
試験もあるから難しいと思うけど。
「マジで!?知らなかった!」
「でもね」
僕は歓喜する緑川の言葉を遮り、2人の顔をまっすぐに見据えた。
「入隊できたからといって、すぐに活躍できるわけじゃない。訓練生であるC級の間は実戦には出られないし、ただの地味な訓練の繰り返しだ。それでも良ければ、親の同意書をもらって本部のゲートを叩けばいい」
「俺は絶対に耐える!迅さんみたいになるから!」
「......私も、やります。絶対に」
2人の目は本気だった。まあ、別にいいか。仮に2人が奇跡的にボーダーに入ったとしても、僕が関わるわけじゃないから特にデメリットはない。メリットもないけど。
「あの、先生」
黒江が一歩前に踏み出し、僕の顔を下から覗き込むようにして言った。
「私がボーダーに入ったら......先生の隊に、入れてくれませんか?」
「は?」
予想外の言葉に、僕は思わず間の抜けた声を出してしまった。
僕の隊に?この小学生が?
「私も、先生みたいに刀を使って戦いたいです。だから、先生に教えてほいんです」
勇気を振り絞って訴えかけてきたであろう黒江。どうやら、先ほどの戦闘を見て変なスイッチが入ってしまったらしい。
これは困った。
無下に断って泣かせても面倒だし、かといって安請け合いするわけにもいかない。
そもそも、僕の隊の基準は『僕と対等に戦えるか、僕の予想を超えてくる人間』だ。小学生の面倒を見るつもりはない。
少し考えた後、黒江が絶対に達成できないであろう条件を突きつけることにした。まあ、言ってしまえば遠回しな断り文句だ。
「──いいよ。そこまで言うなら、考えてあげなくもない」
「本当ですか!?」
「ただし、条件がある」
僕は黒江の目をまっすぐに見つめ返した。
「僕の隊に弱者はいらない。だから、もし本気で僕の隊に入りたいなら──最低でも、同期の入隊者の中で『ぶっちぎりの1番』になれば考えるよ」
無理だろう。小学生が入隊できるだけでも奇跡的だと言うのに、更に結果を残すのは絶対に無理だ。入隊と実績、2つの関門を突破しないといけない。
そして、突破したからといって僕は隊に入れると確約はしていない。
「同期で、1番......」
「そう。入隊試験のすべてにおいて他の誰にも負けない圧倒的な成績を残すこと。それができたら、君を僕の隊の隊員として面接くらいはしてあげるよ」
小学生にはあまりにも難しい条件だ。今この時点で諦めてもおかしくない。
「......わかりました」
黒江は僕の予想に反して、力強く頷いた。
「絶対に、1番になります。だから......その時は、約束守ってくださいね」
「ああ、わかったよ」
諦めの悪い子だ。まあ、黒江がボーダーに入る頃には、きっとこの約束のことも忘れているだろう。
いくら年齢制限がないとはいえ、小学生を合格するようなバカはボーダーにいないだろうから、入隊できるのは早くても中学生になった時、つまり2年後のはずだ。
「俺も!俺も迅さんに認めてもらうために1番になる!」
「駿は無理でしょ。1番になるのは私だもん」
騒ぎ始めた2人を横目に、僕は小さくため息をついた。
子どもの相手は疲れる。窓の外では、ボーダーの事後処理部隊の車両がようやく到着したのが見えた。
明日は久しぶりに本部に行こうかな。まだやってないA級隊員が個人戦に来るかもしれないし。
「......???」
僕はスーパーマーケットの青果コーナーで、手持ち無沙汰に立ち尽くしていた。
「どっちのリンゴがいいかしら?こっちの青森産は酸味が強めだけど、長野産の方は蜜がたっぷり入ってるみたいなのよね」
楽しげな声と共に、左右の手に持った2つの真っ赤なリンゴを僕の目の前に突きつけてくるのは、加古さんだ。
「......甘い方がいいんじゃないですか。いや、そもそも炒飯にリンゴを入れる時点でどうかと思うんですけど」
「あら、リンゴの甘みと酸味は豚肉の脂と最高の相性を発揮するのよ?料理はいつだって挑戦なんだから」
そう言って、加古さんは躊躇うことなく長野産のリンゴを買い物カゴへと放り込んだ。
なんで、僕は加古さんと一緒にスーパーで買い物をしているのだろうか。
事の発端は1時間前。本部の個人ランク戦ブースへ向かおうと廊下を歩いていた時に、偶然加古さんと出くわした。
『あら、神園くん。今日も一人?うちの隊に入る?』
いつものごとく飄々とした態度でスカウトされたので、いつものごとく『入りません』と即座に断った。
うん、ここまでは何の問題もない。日常茶飯事だ。
問題はその後だった。
『そういえば、もうお昼ね。神園くん、お腹空いてない?』
突然そう聞かれた僕は、てっきりカロリーメイトか何か食べるものを貰えるものだと思って素直に肯定してした。
『少し空いてますけど』
『あら、それなら私の特製炒飯を作ってあげるわね。ちょっと付き合ってちょうだい』
僕が返事をする間もなく、加古さんは僕の腕を引っ張り、基地の駐車場へと連行された。
そして有無も言わせてもらえず、バイクに載せられ三門市内のスーパーまで連れてこられたというわけだ。
「今回は高いベーコンにしましょう。ほら神園くん、カゴ持って」
「......はい」
手渡された買い物カゴには、ネギや卵といった炒飯の基本具材のほかに、リンゴ、はちみつ、ベーコン、そしてなぜか板チョコなどが放り込まれている。
炒飯を作ってくれるという言葉自体に嘘はないんだろう。多分。でも、買い物に来るくらいの手間がかかるなら、本部の食堂で適当にカレーでも食べて済ませた方がよかった。
『やっぱ炒飯いらないです。帰ります』
そう喉まで出かかった言葉を、何度ギリギリのところで飲み込んだことか。
一応は目上の人間である加古さんが、わざわざ自分のために料理をしようと具材を選んでくれている状況で、それを無下に断るのは失礼にも程がある。
「うーん。神園くん、そこの瓶を取ってくれる?」
「これですか......加古さん、本気で聞きますけど、これを炒飯に入れるつもりですか?」
「当然よ」
ウインクをして見せる加古さんの笑顔は、恐ろしいほどに自信に満ち溢れていた。
......やばい。もしかして、とんでもない地雷を踏んだんじゃないか?
「よし、具材はこれで完璧ね。お会計して帰りましょうか」
ご機嫌な様子でレジへと向かう加古さんの背中を見つめながら、僕は小さくため息をついた。
まあ、いい。毒が入っているわけじゃないし、最悪噛まずに水で流し込めば死ぬことはないだろう。
スーパーでの買い物を終え、再び加古さんの大型バイクの前に戻ってきた。
「はい、ヘルメット。しっかり掴まっててね」
渡されたヘルメットを被り、後部座席に跨る。
加古さんがエンジンをかけると、バイク特有の低い排気音が響いた。
「出発するわよー」
加古さんがアクセルを吹かし、バイクが勢いよく発進する。
「うおっ......」
予想以上の加速に、僕は思わずバランスを崩しそうになり、咄嗟に前方にいる加古さんの腰に腕を回してしがみついた。
バイクの後部座席なんて初めて乗ったんだから、仕方ないだろ。
「ふふっ、そんなに強くしがみつかなくても落としたりしないわよ?可愛いところあるじゃない」
「もう少し丁寧に発進できないんですか?」
ヘルメット越しに抗議するが、風の音に紛れてどこまで伝わっているかは怪しい。
というか、これ。
......密着しすぎじゃないか?
僕の身体は、前傾姿勢でバイクを操る加古さんの背中にぴったりと張り付く形になっている。
風は少し肌寒いが、上半身の前面には加古さんの体温がはっきりと伝わってきていた。
それと、風に流れてくる甘くて上品な香水の匂いが、ヘルメットの隙間から容赦なく鼻腔をくすぐってくる。
加古さんはスタイルがいい。
腰に回した腕から伝わる引き締まったウエストの細さと、柔らかな曲線の感触が、意識しないようにしても『大人の女性』であることを意識させられる。
僕は内心で必死に言い訳を並べながら、視線を無駄に遠くの景色へと向けた。
「神園くん、バイク乗るの初めて?」
信号待ちで停車した際、加古さんが少し顔を振り返らせて聞いてきた。
「はい。身近にバイクに乗る大人はいないんで」
「そう。風を切って走るのって、すごく気持ちいいのよ。少しスピード出すから、しっかり掴まっててね」
「えっ、ちょっ──」
信号が青に変わった瞬間、先ほどよりも鋭い加速でバイクが飛び出した。
「わっ......!」
僕は反射的に加古さんの腰を強く抱きしめ、背中に顔を押し付けるようにして身を屈めた。
絶対わざとだ、この人。
「あははっ!いい反応ね!」
楽しげな加古さんの笑い声が、風に流れていく。
結局、本部に到着するまでの間、僕はただひたすらに加古さんの体温と香水の匂いに耐え続けるという、奇妙な拷問を受ける羽目になったのだった。
本部の加古隊作戦室に到着すると、加古さんはすぐさまエプロンを身につけ、料理に取り掛かった。
「神園くんはそこに座って待ってて。すぐに極上の炒飯を作ってあげるから」
「手伝いしましょうか?皮を剥くくらいならできますけど」
少しでもまともな料理になるよう軌道修正を図るための提案だったが、加古さんは包丁を片手に振り返り、にっこりと笑った。
「いいのよ。これは私の『作品』なんだから。口を出すのは野暮ってものよ」
「はぁ......」
完全に断られてしまった。僕は大人しくソファに座り、キッチンの様子を眺めることにした。
それにしても、だ。
(りんご......はちみつ......チョコレート......)
先ほどスーパーで買った食材のラインナップを思い出すだけで、食欲がなくなってくる。
どう考えても、あれらがネギや卵と調和する未来が見えない。
カンカンカンッ!という中華鍋とお玉がぶつかる小気味良い音がキッチンから響いてくる。
手際だけを見れば、加古さんは相当料理に慣れているように見える。火加減の調整も絶妙だし、鍋を振るう姿も様になっている。
なんなら、僕よりも料理が上手いんじゃないだろうか。
時折鍋の中に放り込まれる『
「はい、お待たせ!『リンゴとはちみつの焦がしバター炒飯・厚切りベーコン添え』よ!」
ドンッ、とテーブルに置かれた皿。
立ち上る湯気からは、炒飯特有のネギと油の香ばしい匂い.....の中に、強烈な甘い香りが混ざり合っている。
見た目は、意外にも普通の炒飯に近い。
大きめにカットされたベーコンがゴロゴロと入っており、所々に火の通ったリンゴの黄色い果肉が見え隠れしている。
「──いただきます」
僕は覚悟を決め、スプーンを手に取った。
スプーン一杯分を掬い上げ、ゆっくりと口に運ぶ。
......!?
口に入れた瞬間、まず広がったのはバターの芳醇な香りと、厚切りベーコンの強めの塩気と旨味だった。
そこまではいい。問題はその直後だ。
炒飯の熱でトロトロになったリンゴの果肉が崩れ、爽やかな酸味が口いっぱいに広がる。
そして、米粒をコーティングしているはちみつの濃厚な甘さが、ベーコンの塩気を包み込むように追いかけてきた。
塩味。酸味。甘味。
それらが口の中で複雑に絡み合い──
「......あれ?」
僕は思わず声を漏らしていた。
「──美味しい」
お世辞なしの、嘘偽りない本音だった。
リンゴの酸味がお肉の脂っこさを中和し、はちみつの甘さがベーコンの塩気を引き立てている。
いわゆる、甘じょっぱい料理だ。
完全にゲテモノだと思っていたのに、今まで食べたチャーハンで1番美味しい。
「言ったでしょ、最高の相性を発揮するって」
向かい側に座り、頬杖をつきながら加古さんが得意げに笑う。
「これは.....本当に美味しいです。もっと悲惨な味になると思ってました」
「失礼ね。私が作るんだから、美味しいに決まってるじゃない」
僕は次々とスプーンを口に運んだ。最初は警戒していたリンゴの食感も、慣れてくれば良いアクセントに感じられる。
「美味しいでしょ?でもね、私の炒飯はこれだけじゃないのよ。実は、その炒飯には秘密の隠し味が入ってるの」
「隠し味?」
「ええ。実はね、チョコレートをほんの少しだけ削って入れてあるの。コクが出るのよ」
「チョコレート......ああ、なるほど。確かに奥の方で微かにカカオの風味がしますね。これが深みを出してるのか」
僕は納得しながら、あっという間に一皿を平らげてしまった。
「ごちそうさまでした。予想外の美味しさで驚きました」
「お粗末様。神園くんが喜んでくれてよかったわ」
加古さんは満足そうに空になった皿を見つめ、それからふと思い出したように手を叩いた。
「また今度作ってあげるから、楽しみにしてなさい」
「迷惑でなければ、是非」
本当に美味しかった。
「次は『イカスミとイチゴジャムのチャーハン』にしようかしら?それとも『パクチーとマシュマロのチャーハン』なんかもいいかもしれないわね」
「......」
背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。
もしかして、僕は偶然当たりを引いただけなんじゃないだろうか。本当は大半が失敗作のチャーハンを食べさせられるのでは....?
「ねえ、神園くん。お腹も膨れたことだし、やっぱり私の隊に入らない?」
「入りません。僕の寿命が縮むので」
即答する僕を見て、加古さんはまたおかしそうに笑い声を上げた。
加古さん
双葉