水底の魔法少女とドラゴンの落とし子   作:ピンノ

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10話 有効打

 

「先手はお譲りします。お好きなタイミングで仕掛けてください」

 

 

 先端にガラスのような半透明の玉が付いた短い杖を構えながら、ミラージュシャインは奏蕾に対してそう言った。

 

 随分と余裕を感じる発言に聞こえるかも知れないけれど、先んじてフィールドを構築している現状を考えると、むしろ、今の時点では向こうが先手を打っていると言っても過言ではない。

 

 

「いいの? じゃ、やっちゃうよー!」

 

 

 ただ、奏蕾はその事実に気付いていないのか、それとも、地の利を問題としないほどに自信があるとでもいうのか。

 

 ……まあ、おそらくは前者だろう。

 しかし、わざわざ指摘するのも面倒なので、私は黙って見守ることにする。

 

 

「危ないから、ちゃんと防御してね!」

 

 

 優しいのかなんなのか、奏蕾が警告をしながら、手のひらを前に突き出すと。

 直後、その先に、拳ほどの大きさの光の球が現れた。

 

 ……そして。

 

 それはすぐに、一筋の熱線として放たれた。

 

 見覚えがある現象……いや、技だ。

 私が奏蕾を最初に保護した時に、怪異もどきに向けて放ったもの。あれと、おおよそ同じものに見える。

 

 それは、瞬く間に目標へと到達し、正確に、ミラージュシャインに命中した。少なくとも、私の目にはそのように見えた。

 

 命中と同時に、その場所が爆ぜて、煙が立つ。

 

 ……そして、少しして煙が晴れると。

 そこには無傷のミラージュシャインが、爆発によってえぐれた地面の上に、何事もなかったように立っていた。

 

 

「……なるほど。昨日のディープマリンの配信でも垣間見えたところですが、攻撃能力はやはり優秀なようですね」

 

 

 おそらくだけど、ミラージュシャインは今の攻撃を受けて傷を負わなかった、というわけではない。

 

 そもそも攻撃を受けなかった。そう考えるのが自然だろう。

 

 あとは、どうやってやり過ごしたのか。

 そしてどんな手札を持っているのか。

 

 私が奏蕾の立場なら、まずはここで、それを考える。

 

 

「ノーダメージ!? むぅ……それなら!」

 

 

 奏蕾は……何かを思いついたのだろうか。

 駆け出して、直接ミラージュシャインに接近する。

 

 

「お譲りしたのは、あくまで先手です。こちらから手を出さないというわけではありませんので、ご了承ください」

 

 

 対するミラージュシャインが取った行動は、牽制。

 手に持った短い杖の先端から、光の球を打ち出して、奏蕾の接近を阻止しようとした。

 

 ……が、それを躱して目前まで到達した奏蕾が、そのまま大きく腕を振るう。

 

 目にも留まらぬ速さで繰り出された直接攻撃だったけれど……しかしその瞬間、ミラージュシャインの姿がブレ、攻撃は空振った。

 

 そして先ほどまでミラージュシャインが立っていた場所に5つ、まるで鋭い剣で切り付けたような跡が残った。

 

 

 ……これは、まさか残像が見えるほどの速さで攻撃を回避したということだろうか。

 

 もしそれが素の身体能力でできるというのなら、よほど魔法少女としての能力を身体能力に割り振っていることになる。

 

 しかし、先ほど牽制で放った魔力弾には、十分な威力が込められていたように見えた。

 

 魔法少女の総合スペックには限界がある。

 それを考えると……少しばかり腑に落ちない。

 

 ……となると、何かしているのは、間違いないか。

 

 

「うそっ!? はや……!」

 

 

 攻撃を避けると同時に、あっという間にまた距離を取ったミラージュシャインは、奏蕾に向けて杖先を向ける。

 

 

「攻撃能力については、遠隔も近接も、共に申し分ありませんね。……それでは、次は耐久性を見てみましょう」

 

 

 杖先の玉には、何の変化も起こらない。

 しかし、周囲に立ち並ぶビル群のガラス窓が、夕陽を反射してか僅かに光った。

 

 ……いや、夕陽の反射ではない。

 四方八方のビルの窓ガラスから、大量の光の球が放たれている。

 

 

「どうぞ、受け切って見せてください」

 

 

 なるほど。これが、このフィールドの効果ということか。

 

 彼女はおそらく、ガラスを起点に攻撃を発生させることができる。

 そしてここには、攻撃の起点となるガラスが、大量に並んでいる。

 

 ……ただ。

 それだけなら、おそらくもう少しフィールドの強度は高くできるはず。

 

 

「ちょっ、ちょっと待ってぇー!」

 

 

 前後左右、そしてビルという形状から、様々な高さにガラスがあるため、飛んでくる角度もバラバラだ。

 

 それは文字通り全方位からの攻撃であり、少なくとも、全てを回避しきるのは現実的ではないだろう。

 

 それでも、奏蕾はどうにか腕で打ち払い、尻尾で薙ぎ払い、少しは撃ち落としたように見えたけれど……しかし無情にも、被弾は避けられず。

 

 命中しなかった何発かの魔力弾が地面に着弾し、土煙が上がって視界が塞がる。

 

 

 ……魔力弾の発射が収まり、煙が晴れると。

 そこには、奏蕾が痛みに顔を顰めながらも、しかし、しっかりと立っていた。

 

 

「出力は調整しましたが、目立った外傷はありませんね。耐久性についても、想定以上と見てよさそうです。……これほどの力があるのなら、怪異もどきに挑んでも、およそ問題はないでしょう」

 

 

 ミラージュシャインは、冷静に分析している。

 彼女の口から語られた評価については、私もおおよそ同意見だ。

 

 奏蕾は、思っていたよりも戦闘能力が高いらしい。

 

 

「むむむ……! そんな風に余裕見せて言われても、全然納得できないよー!!」

 

 

 ただ、奏蕾自身はあまり嬉しくはなさそうだ。

 まあ、どうせ戦うからには勝ちたいということだろうか。

 

 

「よーし! じゃあ次はもっと本気出しちゃうからね! 痛いかも知れないけど怒らないでよ!」

 

 

「いいでしょう。受けて立ちます」

 

 

 大声を出す奏蕾とは対照的に、ミラージュシャインはあくまで余裕を保ち、涼しい顔をしているように見える。

 

 

「──さて。ディープマリンよ、おぬしはどう見る?」

 

 

 見守っている私に、精霊長が突然声をかけてきた。

 

 はねたぬきはと言えば、一言も発することなく、静かに、固唾を呑んで見守っている。

 

 

「……純粋なスペックだけで言えば、奏蕾が上。ただ、勝負としては、奏蕾が手品のタネに気付けるかどうかで決まると思う」

 

 

 私たちの視線の先では、奏蕾が、また熱線を放つところだった。

 先ほどと違って、今回は両手を使うらしい。

 

 おそらく、それで威力を高めようということなのだろう。

 

 ……が、そうして放たれた熱線は。

 

 ミラージュシャインに命中すると思いきや、その直後に、四方八方に分裂しながら跳ね返っていった。

 

 

「……このフィールドの力は、おそらく二つ。ひとつは、大量に並ぶ窓ガラスのひとつひとつが攻撃の起点になること。そしてもうひとつは、フィールド内のものに対して「それは光である」という概念を付与することで、光の持つ性質の一部分を、任意に適用させること」

 

 

 奏蕾には聞こえない程度の声量で、私はミラージュシャインの手品のタネを推測する。

 

 

 ……魔法少女には、それぞれ何らかの概念を司る力がある。

 彼女は、おそらく光の概念だろう。

 

 仮にこの考えが正しいとしたら、ただでさえ利便性の高い能力を、さらにフィールドの力を使って拡張しているということになる。

 

 そこまですれば、例えば、自分に向けて放たれた熱線に反射と拡散の性質を持たせ、ステッキの先端にあるガラスを起点に熱線を分裂させながら反射させる、みたいなこともできるのではないだろうか。

 

 最初に無傷だったときも、同じ理屈で説明できる。一見して反射していたように見えなかったのは、単に反射先を地面に向けたから。

 地面に向けたのは……熱線の威力を確認するためと、あとは、手札がいきなり割れないようにするため。

 

 ……とはいえ、光の性質を付与できるのは、おそらく何らかの条件もあるだろう。

 

 

「うむ、その通りじゃな。……まあ、強いて言うなら、もうひとつあるといえばあるのじゃが、どうじゃろうか」

 

 

 ──拡散された熱線が、ビルの窓ガラスでさらに反射し、複雑な軌道を描きながら奏蕾に迫る。

 

 その様子を見ながらも、私たちは答え合わせを続けていた。

 

 

「その二つに加えてさらに機能を持たせると、もっと強度が落ちるはず。だからせいぜい……このフィールドを展開した瞬間に、全ての窓ガラスからの一斉攻撃が即座に放てる、とか?」

 

 

「正解じゃ。うぅむ、ワシらで頭を捻って考えた魔法なのじゃがのう。こうあっさりとタネが割れるというのは、さすがと言うべきか……」

 

 

 それは果たして、何に対しての言葉なのか。

 特に追求する気にもならなかったので、無視して戦況に視線を戻すことにした。

 

 四方からの反射熱線を大きく跳躍して避けた奏蕾は、高所からの急襲で、反撃した。

 

 それは、ビルの壁を蹴ると同時に、羽を羽ばたかせての急降下。

 凄まじいスピードであったけれど……しかし、ミラージュシャインには当たらなかった。

 

 

「これが本気、でしょうか。たしかに、攻撃力もスピードもかなりのものです。評価を大幅に上方修正する必要がありそうです」

 

 

 奏蕾を背後からの回し蹴りで吹き飛ばし、さらに魔力弾で追撃しながら、いつもの平坦な声で呟いた。

 

 その姿は、まさしく、余裕で圧倒している……かのように見えるけど。

 

 

「……足音のタイミングが、少しズレてた。もしかして、ちょっと焦った?」

 

 

 光の操作による虚像と、実際の足音を、きちんと合わせられるだけの余裕が既に無いらしいことから、さっきの反撃にはよほどヒヤリとしたのだろうと予想できる。

 

 散りばめられた違和感をつなぎ合わせられれば、そろそろ奏蕾も、あのタネに気付いてもおかしくないような頃かも知れない。

 

 

「こんのぉ……! だけど、まだまだ!」

 

 

 回し蹴りだけでなく魔力弾の追撃まで直撃した奏蕾だったけれど、立ち上がって、またミラージュシャインの方を睨みつけた。

 

 ……継戦能力も、文句なし。

 戦闘能力そのものについての評価は、既に予想を軽く超えていたりするのだけど。

 

 しかし、こうも手玉に取られていては、当人にとっては、それを自覚するのは難しいだろう。

 

 

「次は、これで!」

 

 

 奏蕾は、またも熱線を放つ構えをした。

 しかし、今度はそれを同じように熱線として放つのではなく、球体のままにして、それを放った。

 

 放たれた球の数は、両手にひとつずつで、合計二つ。

 着弾までのスピードは、これまでの熱線と比較すると、かなり遅い。

 

 パッと見では、技としては先ほどまでのものと比べて見劣りするように見える。

 

 ……が、しかし。

 遅いということには、案外利点もあったりする。

 

 例えば……。

 

 奏蕾は、その魔力の球がミラージュシャインに到達するよりも早く。

 自分の脚で駆け出して、急接近した。

 

 球よりも早くそこに辿り着いた奏蕾は、腕を大きく振り下ろす。

 

 対して、当然のように、虚像によって回避したと錯覚させるミラージュシャイン。

 そこまでは、まさしくさっきまでの光景の再演に過ぎない。

 

 ……しかし。

 

 その直後、ミラージュシャインが反撃に移るよりも早く、遅れて到達した魔力球同士が衝突して、奏蕾もろともミラージュシャインを爆発に巻き込んだ。

 

 

「ふふん! ようやく、一発!」

 

 

 直接攻撃そのものは、注意を逸らすための囮。そして、球の狙いは直撃ではなく、あくまで爆発への巻き込みだったということだったらしい。

 

 ……煙が晴れると、中から、ダメージを負ったミラージュシャインの姿が出てきた。

 

 果たしてこれが、ミラージュシャインのタネを見破ってのことなのかまではわからない。

 しかし確かに、それは初めて有効な攻撃手段になったようだ。

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