奏蕾の時間差と囮を使った一撃が、ミラージュシャインに、浅いとはいえ、確かなダメージを与えた後。
奏蕾はさらに、魔力球を両手に纏わせてそれを地面にぶつけて爆発させながら戦うという、自爆上等の戦い方を、新たに編み出していた。
「速くて避けられちゃうなら、避けれない範囲で攻撃する! どうかな!」
元々ミラージュシャインによる攻撃でダメージを負っていた上に、そうやって自爆しながら攻撃していることになるわけだけれど、それでもこうしてまだ戦えているのは、素直にすごいと思う。
一応、動きは最初と比べてかなり鈍くなっているし、おまけに、自分もそれを受けることを加味してか爆発の威力自体も最初の熱線などと比べてかなり抑えられているように見えるけれど……それでもだ。
奏蕾は、想像以上によくやっている。
「……く、まさか、そんな強引な手段で……!」
……ただ、その一方。
そんな奏蕾に対して、未だにタネを破られていないにも関わらずここまで追い詰められているミラージュシャインは……もうちょっと何とかできなかったのか。
そもそも、あのタネの仕組みを考えると、ある程度学習能力があればここに辿り着くのは予測できることだと思う。
光の操作によって虚像を作り出して、それを自分に被せ、体捌きに虚実を入り混じらせて戦う。
それ自体は、私も、かなり強力な戦術だと思う。
もちろん、やろうと思えば、姿を消してしまうこともできるだろうし、全然違うところに虚像を作り出すこともできるだろう。
そうしないのは、彼女がそれを思いつかなかったとかではなく、おそらく、極端な偽装は、むしろ音などの別なアプローチで簡単に看破されることにつながるからだ。
理論上は、本当によくできている。
しかし……現実はどうだろうか。
「……フィールドは破られてない。タネも完全には見切られてない。なのに……まさかとは思うけど、ここから負けること、ある?」
あからさまに、ミラージュシャインは手札を隠して戦っている。
もちろん、これはあくまで奏蕾の試験なのだし、その辺りは好きにすればいいと思うけど……それはそれとして、こうも真正面から追い詰められて、思うところはないのだろうか。
私が呟くと、ビルの窓ガラスがひとつ、不自然にピカッと光った。
そして、その直後。
そこからこちらに向かって飛来してきたそれを、反射的に、水を出現させて捕らえてみると、それは魔力で作られた光の弾……ミラージュシャインが奏蕾に向けて放っていたあれだということに気がついた。
「……内包している魔力量は、結構多め。それに、速度も今見た感じでいうとかなり速かった。これを、奏蕾はあれだけの数受けて戦ってるって考えると……」
……おそらくミラージュシャインは、私に判断材料となるサンプルとしてこれを渡してきたのだろう。
資料は多いのに越したことはないけれど、今、そんなことをしている場合なのだろうか。
それとも、あるいは単なる事故か。
仮に事故だとしたら、彼女のコントロール能力に大きな疑念が生じることになるけれど。
水に包まれ、ぷかぷかと浮いている光弾を眺めていると。
気のせいか、小さく、舌打ちのようなものが聞こえた気がした。
「はぁ、はぁ……どうする? このままなら、わたし勝っちゃうよ!」
ミラージュシャインの魔力弾観察を一度切り上げ、二人の戦いに視線を戻すと、ちょうど奏蕾が、ミラージュシャインに勝利宣言のようなものを口にするところだった。
お互い、既にかなり疲弊しているようには見える。
模擬戦としての、勝負の結果が出るのも、もうすぐといったところだろう。
そして現状では、奏蕾がやや優勢か。
「……よくわかりました。奏蕾さん、あなたはたしかに、強いです。身体能力、判断力、どれを取っても、私からは文句の付けようがありません」
息を整えながら、ミラージュシャインが話し始め、そして、それを聞くために奏蕾も一度攻撃の手を止めた。
「ここからは、個人的なプライドの問題です。実質的に、試験はもう終わりですから、無理に耐える必要はありません」
言い終えると、ミラージュシャインは手に持っていた短杖を、自身の真上に放り投げた。
……そして、その直後。
杖先の球体から、魔力弾が四方八方に乱射され、それらがビルのガラスに当たって軌道を変え、奏蕾を狙って降り注ぐ。
しかも。よく見ると、魔力弾は、杖から放たれたものだけが全てではない。
反射しているだけの窓ガラスに混ざって、直接魔力弾を放っている窓ガラスも、いくつかある。
その様相は、もはや、雨や霰のように見えた。
「そんな、うっそ……ぐぇっ」
被弾し怯む奏蕾に、ミラージュシャインは、さらに直接仕掛けていく。
先ほどまでと同じように、姿がブレて──その直後、奏蕾に横薙ぎの蹴りが直撃した。
しかも、その一撃だけでは終わらず、ミラージュシャインの体が再度ブレ、追撃を叩き込む。
魔力弾も止むことはなく、降り注ぐ魔法とミラージュシャインの連撃が、奏蕾に、何もさせることなく追い詰めていく。
「……光の性質の付与。もしかして、自分の体にも?」
「うむ、そう、これが彼女の本命の戦い方じゃ。……本来は、あの虚像も、あの速度と併せて使う想定だったりするぞい」
光速そのもので動いているというわけではない。
おそらくだけど、あれはあくまで、光とは速いものであるというただそれだけの性質を、自分の体に適用したというもの。
「こ、の!」
奏蕾が、無理矢理反撃に出て、腕を大きく振り下ろす。
……しかし、命中したかに見えたその一撃は大きく空振り、ただ地面に五つの爪痕を刻むだけに終わった。
速いというのは、それだけで脅威となる。
そこに加えて虚像による回避能力も備わっていると考えると、たしかに、通常の近接戦闘ではまず後れを取ることはないのだろう。
しかし、見ている感じでは、ミラージュシャイン自身も、もはや涼しい顔を繕うことはできていない。先ほどと比べて、さらに余裕がなさそうな状態になってきている。
それは、当然のことでもあるだろう。
能力を使って無理矢理自分の速度を上げるという力技に、反動がないとは思えない。
「──これで、終わりです」
最後の一撃。
ミラージュシャインの脚が奏蕾を大きく吹き飛ばし、そこに、残った全ての魔力弾が殺到した。
土煙が立ち、やがて、晴れ。
誰も一言も発しない、空白のような静寂の中、奏蕾は一度、よろめきながら立ち上がった。
……が。
「うぅ……むねん」
立ち上がったかに見えたその直後、仰向けにパタリと倒れ込んだ。
「……この模擬戦闘、私の、勝ちですね」
荒い息をしながら、どうにか意地と気合だけで立っているとでも言わんばかりのミラージュシャインが、倒れた奏蕾を見ながら宣言した。
私も、精霊長も、そして、はねたぬきまで。
最後の最後に大人気ない手段に出た魔法少女に、無言で冷えた視線を送る。しかし当人は、素知らぬ顔で受け流しながら、こちらを見てきた。
「はねたぬき、奏蕾の治療をお願い」
「了解だッチ!」
「……さて、ワシはミラージュシャインの治療をせねばのう」
……何にせよ、勝負は終わり。
実際のところは、勝負の世界……それも、言葉の通じない怪異もどきを相手にした時には、大人気ないも何もないのだから、正しいのはミラージュシャインの方。
私たちの態度は、あくまで、一種の悪ノリのようなもの。
奏蕾だって、多分、ミラージュシャインが本気を出してきたことそのものに対して、文句を言ったりはしないだろう。
──夕暮れの街並みは、少しずつ薄れて消えていき……後には、ただのビルの一室、私たちが元いた相談室に、戻っていた。
……どうでもいいけれど、その際に、水で包んでいた魔力弾もまた消失した。
「うがー! 負けたー!! むうぅぅ……!」
はねたぬきの回復を受けて、すっかり元気を取り戻した奏蕾は、悔しそうに大声を出した。
「経験の差、というものです。……奏蕾さん、あなたの力には、目を見張るものがありました。確かに、あなたは強い。そう言って問題ないでしょう」
慰めのつもりかなんなのか、僅かに勝ち誇るような雰囲気を漂わせながら、ミラージュシャインは奏蕾にそう言った。
奏蕾は、その言葉を聞いても、悔しそうに唸っている。
「──そういえば、先の戦いで、おぬしは一度も制止しようという素振りは見せなかったのう。見ていて、不安は無かったのか?」
ミラージュシャインと奏蕾のやり取りをそっちのけにして、唐突に精霊長が尋ねてきた。
「……別に。普通に考えて、そんなヘマするはずないって、思ってただけ」
……たしかに、ミラージュシャインの実力については、今日の戦闘で初めて見た。
そして、彼女のことを、私はあまりよく思っていない。
しかし、だからといって、信頼のようなものがないというわけではない。
本人には絶対に言わないけれど、熱くなってそういう見極めを間違えるようなタイプではないと、私はそう考えている。
「……これで、ここでやることは終わりでいい?」
「はい。確認事項については、以上です。なお、今後あなたが怪異もどきと戦闘をする際に奏蕾さんをどうするかについては、こちら側には強制する権利はありません。判断材料はお見せできたかと思いますので、そちらで判断なさってください」
へそを曲げて床の上に座っている奏蕾に手を差し出して、立ち上がらせながら私が聞くとミラージュシャインがいつもの事務的な口調で答えてきた。
「……わかった。それと、奏蕾」
私もいつも通りに返事をして、そして、今度は奏蕾の方に目を向ける。
拗ねたような表情の奥に、なんとなく、不安そうな色が見えた気がした。
「よく、頑張った。一生懸命に頑張ってた奏蕾は、かっこよかった……と、思う」
模擬戦を始める前、奏蕾は私に、かっこいいところを見せるなんて言っていた。
本人としては、負けてしまったから、それができなかったと思っていそうだけれど、私としては、十分いいところを見れたと思っている。
勝負をして負ける悔しさ自体は、私もよく知っているつもりだから。
こうやってフォローするのも、多分大切なことだと思う。
私も、私を拾った魔法少女……私の師匠であるあの人には、いまだに一度も勝てていない。
仮に私が、魔法少女の中で二位だとするなら、一位はきっと、その人だろう。
「……今日は、ありがとう。お世話になりました」
頭を下げて、部屋を出る。
「ありがとうございました!」
「失礼しますッチ!」
私の声に続いて、元気で明るい奏蕾の声と、未だに緊張が解けていないらしいはねたぬきの声が、部屋に響いた。
見送るミラージュシャインと精霊長の姿を見ながら、私はこれからのことに想いを馳せる。
……けれど、その時。
どこからともなく、ぐぅ、と、音が聞こえたような気がした。
「……とりあえず、お昼ご飯でも、食べようか」
まあ、先のことはまだいいか。
私たちは、組織の本部ビルの近場で、昼食を探すことにした。