模擬戦を終えた、その昼のこと。
昼食を食べて空腹を満たすため、私たちは、店名がイタリア語か何かで書かれた、おしゃれな雰囲気のパスタの店に入ってみることにした。
昼食を探していた際に、はねたぬきから聞いたのだけど、どうやら今日の分の交通費は、後で振り込まれるらしい。
本当なら、そこでまた必要な手続きがあったみたいだけど……それは既に、はねたぬきが私の代わりにやっておいてくれたとのこと。
はねたぬきには、いつもお世話になっている。
なんだかんだで、感謝してもしきれない。
……それで。
昼食にこんなところを選んだのは、こうして思わぬところで出費が浮いて、得した気分になったから、という理由もあったりする。
ちなみに、私が注文したのは、ハーブと挽き肉のパスタ。
そして奏蕾は、バジルとエビのパスタにしていた。
メニュー名はもっとカタカナの並んだ難しい感じだったけれど、私はメニューの写真を見て注文しただけだから、そこまではもう覚えていない。
パスタ自体は私も家でよく食べるけれど、それは市販の麺を茹でて市販のソースを和えただけのもの。比べてみると、思っていた以上に違うものだった。
「あのパスタ、っていうやつ、美味しかったね!」
「……うん。奏蕾の口にも合ったみたいで、よかった」
しかし、ああいった複雑な味も美味しいと感じられる辺り……もしかしたら奏蕾に苦手な食べ物というものは無いのかも知れない。
「ねえねえ、あれって、パソコンが売ってる店?」
「……パソコンだけじゃない。家電とか、色々売ってる」
それから、昼ご飯を食べ終えた私たちは、アテもなく街を歩いて回ることにした。
私も、普段はこうやって街中まで来ることはあまりないし、貴重な機会。
これといって目的があるわけでもないけれど、せっかくだから、色々と見て回ることにした。
「そういえばさ、卯実って、戦ったりしてるところを配信したりしてるんだよね?」
家電屋でパソコンの並んでいるところを見ながら、奏蕾が急に聞いてきた。
「……うん。自分では、反響とかは見ないけど」
もしかして、興味があるのだろうか。
考えてみれば、もしも奏蕾が怪異もどきとの戦闘に同行するのであれば、必然的に私の配信に映ることになる。
もしも嫌なら、色々と考えるけれど……どうなのだろう。
「奏蕾は、興味があるの?」
とりあえず、本人の意思については聞いてみなければわからない。
「うん! せっかくだし、やってみたい……かも?」
返ってきた答えとしては、あまりハッキリとしたものではない。
まあ、それも当然ではあるだろう。
なにせ、やったことがなければ、あまり見たこともないはずだ。
魔法少女の配信で奏蕾が見たことがあるのは、せいぜい、昨日の私の配信アーカイブくらいだろう。
「……やってみる前に、色々と見てみるといい。パソコンなら、また貸す」
実際に見てみたら、合わなさそうとか面倒そうとか、そういうこともあるだろう。
ただ、さすがにパソコンは買うとなれば結構な高級品。
家にあるのはどうせあまり使っていないし、いっそのこと、これからは基本的にあれは奏蕾が自由に使っていいということにしよう。
「いいの!? ありがとう! じゃあ、帰ったら早速色々見てみるね」
とはいえ、貸すとしても、その時の決まりについてはあらかじめ色々と決めておく必要はあるだろうけど……まあ、それについては別に後で考えたらいいか。
それから、パソコンの他にも、テレビやらゲーム機やらスマホやら何やら見てみたけれど、買うようなものは特になく、私たちはそのまま店を出た。
店の中では、奏蕾がひとつひとつどれがどういう機械なのか聞いてきたのでその度に説明することになった。
見た目だけで言えば同年代にしか見えないであろうにも関わらず、私がそうして子供でも知っていそうなところから教えている様子は、もしかしたら、居合わせた人の目には少しばかり奇妙な光景に映っていたかも知れない。
「うーん、着てみたけどよくわかんないや……。卯実はどう思う?」
……電気屋の次に訪れたのは、服屋だった。
これから先、共同生活を送るのなら、私の服をずっと貸し続けるというわけにもいかない。
パソコンのような高価なものは仕方ないにしても……基本的には、生活の中での物の貸し借りみたいなものは、できることならしたくない。
理由は単純で、どれが誰のかとか、自分のがどこに行ったのかとかが、わからなくなるから。
それに、そもそも自分のものは自分が好きな時に使いたいし、自分がそう思っているのだから、相手だってきっとそうだろうと、勝手にそう思っている。
「……悪くはない、と思う。でも、羽と尻尾の色を考えると、あまり合わない、かも?」
買ってもいない服に穴を開けるわけにはいかないので、服の中に押し込まれた羽と尻尾が、すごく窮屈そうで不恰好な感じになってしまっている。
この状態で合う合わないを判断するのは、結構難しい。
元も子もないことを言えば、奏蕾ならば最終的には余程なものでもなければ大体は似合うだろうと思っているけど……どうせなら、より良い感じのものを選びたい。
「そうなのかなぁ……? うーん、やっぱりわかんないや。服って、着なきゃダメ? 例えば、魔法で作ったりとかさ」
ただ、奏蕾はいまいち、服で自分を着飾るということがよくわからないらしい。
とは言え、そもそも、私自身もあまり詳しいわけじゃない。
予算も多くはないから、ブランドものみたいなのはとても買えないし、最初からそれなりに安いものを選んで試着させている時点で、妥協する気満々だと言えるだろう。
しかしそれでも、服というのはやっぱり私の中では一種の境界線であり、着ないというのは、そもそもの時点で考えられない。
……ただ、それをさらに掘り下げて理屈で説明するのは、難しい。
そういうものだからそうするべき、みたいな、そういう凝り固まった思考が根底にあることもまた、完全に否定することはできないだろう。
「……ちょっと形を変えたりするくらいなら、いいと思う。だけど……ゼロから魔法で作るのは、なんかちょっと、違うと思う」
保護者的な立ち位置ではあるけれど、私は奏蕾の親ではない。
いちいちああしろこうしろと言うのは、それはそれで、どうなのか。
──本人の気も乗らないみたいだし、この辺りで適当に済ませるか。
そんなことを考え始めた、その時。
「ねえねえ、こんなのはどう?」
初めて、奏蕾が自分で服を選んで持って来た。
「……おお、いいかも」
チラリと値札を見たところ、ギリギリではあるものの予算内には収まっている。
デザインも結構いい感じで、奏蕾が着れば似合うだろう。
「そう? じゃあ着てみて!」
「……? なんで?」
私は、奏蕾の服を買いに来たのだけれど。
「これ、卯実が着たら、結構いい感じだと思うんだよね!」
「……無理。こんなひらひらした服、私には合わないと思う」
私が反論すると、奏蕾はまるでふてくされたように、ぶーぶーとブーイングをし始めてしまった。
私の服なんて選んで、一体どうしようと言うのだろうか。
「……いい機会だし、自分の服も何か買ってみたらいいッチ」
「今選ぶのは、奏蕾の服。私のは、今は必要ない」
さらには、奏蕾の言葉に同調するかのようにはねたぬきまでそんなことを言ってきたけれど、私は拒否した。
家のタンスには何着か入っているし、そもそも、私が着る服なんて適当でいい。
こんな高い服を自分が着るために買うなんて、お金がもったいない。
「……奏蕾は、着てみたいのとか、ないの?」
「うーん、やっぱりよくわかんない!」
改めて聞いてみたけど、結局、奏蕾は乗り気になってくれず。
難航した末、とりあえずで何着か選んで購入した。
……それから。
私たちは、休憩がてら喫茶店で甘いものを食べてみたり、日用品を購入したりして。そうして気付けば、日が傾いて、少しずつ、空が赤みを帯びてきていた。
「……そういえば奏蕾って、文字とか、読めるよね?」
そろそろ夕方になるからではあるけれど、まだもう少しだけ、どこかに寄ってみてもいいかと思い、声をかける。
今日の昼、奏蕾もパスタの店でメニューを見ていたのだけれど、そういえば一体、どこで文字を覚えたのだろう。
「うん、読めるよ! うーんとね、魔法の応用? みたいな感じ」
奏蕾の魔法、ちょっと便利すぎはしないだろうか。
文字の読解にまで使えるとは……いや、もしかして、文字だけでなく、そもそも言葉そのものにまで使える可能性すらあるのかも知れない。
思えば、疑問ではあった。
どうして、生まれたばかりだというのに、こうして、言葉を理解することができているのか。
それも魔法によるものだとすれば、納得……はちょっと難しいけど、筋が通っているとは言えなくもない。
「……文字が読めるなら、本でも、見てみる?」
少なくとも、明後日から学校に通わせる形になるのだから、予習は必要不可欠だろう。
あとは、単純に奏蕾がどういう本に興味を持つのか気になるという点もある。
なんとなく、難しい本には興味を持たなさそうなイメージはあるけれど、実際に手に取ってみたら、想像と違う本に興味を示す可能性だってあるかも知れない。
……そうして、私たちは、近くにあった大型の本屋に入り。
そこで何冊か、軽く試し読みをしてみたところ。
「これとこれと……あとこれ、面白そう!」
奏蕾は漫画に強い興味を持ったようで、せっかくだからということで買いたいものを聞いてみたら、たくさんの漫画を手に取った。
ラブコメ、ミステリー、ファンタジー。それから、日常ものやら他にもなにやら。そのジャンルは、まさに、多種多様と言っていいだろう。
漫画以外にも……本にも興味はあったみたいだけど、単に、漫画の方がわかりやすそうで読みやすそう、とのことだった。
……と、そんなこんなで。
交通費は浮いたものの、結局それなりの額の散財をした、今日という一日を終え。
夕食やお風呂も終えて、早速とばかりに私の貸したパソコンで他の魔法少女の配信を漁っている奏蕾を横目に、私は明日のことを考える。
……明日は、もちろん平日である。
しかし、奏蕾が学校に通えるのは、明後日から。
私は今日、無理を言って、わざわざ、一緒にいられるように奏蕾を学校に通えるよう手続きをしてもらうことにした。
それなのに明日私が学校に行って、彼女から目を離すというわけにもいかないだろう。
とすれば、明日もまた、私は学校を休む必要がある。
もっとも、それ自体は日中の時点でわかっていたから、既に学校には、休む連絡はしてあるけれど。
『明日も学校休むから、明後日ノート見せて』
昨日の欠席連絡に続いて、友達に、そうしてメッセージを送ると。
すぐに、手でバツを作る笑顔のスタンプが返ってきた。
……これでよし、と。
隣では、奏蕾が何やら買ったばかりのノートを取り出して、メモか何かを書き始めていた。
私は寝転がりながら、スマホのメッセージアプリの画面を閉じ、代わりに、動画サイトを開いて、てきとうな動画を選んでタップした。