「おはよう! そういえばさ、昨日行った本部の建物の地下って、何かあるの?」
「おはよ。……地下? そんなのあった?」
組織に相談したついでに買い物やらを色々と済ませて、結局なんだかんだかなりの出費をすることになった、その翌日の朝。
新しい一日は、そんな何気ない奏蕾の一言から始まった。
「建物には、地下に部屋があったりするのもあるんだよね?」
質問をしてくる奏蕾の手には一冊の漫画があり、表紙とタイトルから察するに、それはおそらくミステリー系。
もしかして、朝っぱらから、漫画のキャラクターの真似か何かだろうか。
「でもエレベーターには地下行きのボタンはなかったし、階段っぽいのも、昨日見た中には無かったし……」
そもそも、どうして本部に地下の部屋があることを前提にしているのか。
わざわざ、誰かからあの建物には地下なんて無い、という風に断言されたことがあるわけではないけど……しかし、地下室があるなんていう話は聞いたことがない。
「……地下室なんて、無いんじゃない?」
私がそう言うと、奏蕾は納得できないとでも言いたげな表情を浮かべて見せた。
「いや、地下室は絶対あるよ! わたしの予想だと、たぶん、でっかいロボットが出てくると思う!」
……なんだそれ。
あくびをしながら何気なく視線を外すと、たまたま視線を向けた先に、奏蕾が既に読み終わったであろう漫画が何冊か置いてあった。
その山の一番上には、表紙にデカデカと人型ロボットのイラストが描かれている。
「……まあ、あったら面白いかもね」
言葉をてきとうに流しながらその漫画を手に取ってみると、どうやら、それは街に現れる怪獣を防衛組織の地下からロボットを出撃させて迎撃する物語らしいということがわかった。
……そういえば、こんなものまで買っていたっけ。
昨日の本屋では、かなりの数の漫画を買ったものだから、何を買ったかちゃんと覚えていなかった。
「あったらっていうか、絶対あると思うんだよねー」
譲らない奏蕾は置いておいて、私は昨日買った服に袖を通す。
……実のところ、昨日は結局、奏蕾の分だけじゃなくて私の分の服まで買ってしまっていた。
昨日の散財の中でも、トップクラスの無駄遣いだ。
「……奏蕾」
「うん? なになにー? って、おおー! やっぱり似合うよ! ふふん! わたしの目に狂いはなかった……! でしょ?」
考え事に夢中になっていた奏蕾を呼び、実際に着た姿を見せてみると……奏蕾からは大絶賛だった。
私としては、ああいうところで試着してる時はよさそうに見えても、こうして見るとやっぱり似合わないでしょ? というようなことを言いたかったのだけど……。
なんだか、出鼻を挫かれたような形になってしまった。
「……そうかな」
鏡を見るけれど、イマイチそうは思わない。
なんていうか、派手というかこう……主張が強い。
私としてはもっと、背景に同化するような服がいい。
例えば、アスファルトと同じような色だったりとか。
「うんうん! いい感じだよ!」
……自分には合っていない、とは思うけれど。
まあ、既に着てしまっているから、わざわざ脱いで別な服を着るのも面倒だし。
着て外を出歩けないような、奇抜なセンスというわけでもない。
今日一日くらいは、これを着て生活をするというのも……まあいいだろう。
「……そういえば、奏蕾は、その服にしたんだ」
私のことは、いいとして。
私よりも先に起きていた奏蕾もまた、既に着替えを済ませていた。
「うん! なんとなく」
色々と買ってみた内の、一着。
昨日の試着の時と違い、羽や尻尾を出すための穴が開けられていて自然に着こなしているように見える。
「……いいと思う。奏蕾なら、似合うだろうなって思ってた」
尻尾がゆらりと揺れて、羽が小さく動く。
普通の人には無いそれらのパーツとうまく共存しているその服は、まるで、最初から奏蕾のために作られたものであるかのように思えた。
……まあ、買った後で魔法で改造しているから、正確には、奏蕾のための服に「なった」というのが正しいのだけれど。
「……じゃあ、朝ごはんにしようか」
すやすやと眠っているはねたぬきを揺らして起こすと、私たちはリビングに向かう。
二人分の朝ごはんと、はねたぬきのための分を用意して、テーブルに配膳する。
料理をしている間、奏蕾もやってみたそうに見ていたけれど……火を使ったり刃物を使ったりして危ないから、という理由で特に何かをさせたりはしなかった。
もちろん、それが理由としてほとんど成立しないことはわかっている。
ただ、私の料理はギリギリ手作りと言えるラインではあるものの、かなり手間を省いたものになっている。
手伝ってもらうこともできただろうけど、そうすることで回避できる手間なんて、そのために教える手間の方が上回るだろうということが、簡単に予想できてしまう。
……まあ、とはいえ。
本人が興味を持っていそうな様子を見せているのに触らせないままというのも意地が悪いというものだろう。
いつか、タイミングを見て、教えてみるのもいいかも知れない。
「じゃあ、わたしは冷蔵庫から麦茶出すね!」
「……ありがとう」
私が皿を運んでいる間に、麦茶やらコップやらを運んで並べる奏蕾の姿を見ていると……なんだか、不思議な気分だった。
昨日のようにただ待っていたのなら、客が来ているものと思えたけれど。
まるで、そうではないかのように、思えてしまった。
「……ごちそうさまでした」
朝食を食べ終えた私は、せっかくだし、ということで食器の洗い方と片付け方を教えてみたりした。
それから、一通りを終えて、気が休まって。
ようやく、今日一日が始まるという感覚になった。
……さて、今日は一日どうするか。
昨日のように、予定があるというわけではない。
必要そうなものも、既におおよそ買い終わっているはずだ。
今のところは、怪異もどきが発見されたとかそういう連絡も来ていない。
特に何もせず、のんびりしていたっていい。
だけど……と、そんな風に考えながら、上の空で、静かにスマホをいじっていると。
奏蕾が昨日の夜のようにパソコンを起動して、それから、さらに手元でノートを一冊広げ始めた。
ノート自体は、学校に通い始めることを考えて、かなり余裕を持って、何冊も買ってある。
その中の一冊をどう使おうが、奏蕾の勝手だ。
けれど……一体何をそんなに書いているのか、興味がないと言えば嘘になる。
スマホを置いて、立ち上がり。
近寄って見てみると、奏蕾は特段嫌がることもなく、それどころか、見やすいようにして見せてくれた。
……開かれたノートに書いてあったのは、奏蕾が考えた、配信をする時にどうしたいかの、一種のイメージプランのようなものだった。
どうやら、奏蕾は本当に、魔法少女としての配信に興味があるということらしい。
魔法少女の配信活動。それはすなわち、怪異もどきとの戦闘行為。
奏蕾が、それほどまでに、そこに興味があるというのなら。
「……魔法少女と怪異もどきについて、教えようか?」
情報は、とても大きな価値を持つ。
怪異もどきとの戦闘においては、なおのこと。
命を取りに来ないのが前提である魔法少女との戦いよりも、その必要性は大きいはず。
心の中で、特にやることもないし、なんて補足を入れながらそう言うと、奏蕾は、目を輝かせて、嬉しそうに頷いた。
「……わかった。じゃあ、まずは魔法少女について。既に知ってるようなことも入ってるかもだけど、そこは復習っていうことで」
私の言葉を聞きながら、奏蕾はノートのページをめくって、それから筆記用具を手に持ち直した。
奏蕾だけでなく、はねたぬきも近くに寄ってきて、ちょこんと座った。
絵面は可愛らしいかも知れないけれど……これはおそらく、間違えたことを言ったら即座に指摘をしてくる構えだ。
ふう、と息を吐いて、それから、頭の中で順番を整理して。
そして、私は口を開いた。
「魔法少女は、元々は普通の人。精霊と契約することで、力を得る。得られる力は、主に四つ」
説明をしながら、指を立てて数を数える。
「ひとつは、身体能力の強化。ふたつめは、基礎魔法の習得。みっつめは、固有の能力の開花。よっつめは、フィールド魔法の作成」
「一応補足すると、フィールド魔法を一旦除いて三つと数えるパターンもあるッチよ」
言葉を区切ると、はねたぬきが早速説明に割り込んできた。
三つと数えるか四つと数えるかは、個人の好みだ。
ただ、厳密さみたいなところを重視する人は三、わかりやすさを重視する人は四、と数えることが多い印象、みたいなのはあったりする。
「それぞれの力のうち、どれを強くしてどれを弱くするか、魔法少女は自分である程度調整することができる。……例えば、昨日のミラージュシャインで言えば、能力重視のバランス型、みたいな感じ」
本当にバランス型で配分しているかは、明確にはわからない。
あくまで、私の見立てでは、という注釈は付く。
「私の場合は、能力と身体能力の比重がかなり重め。その代わりに、基礎魔法はほとんど使用不能。フィールド魔法は、そもそもこの比重の割り振りの対象外」
ノートの上でペンが走る音がする。
まるで、早くも学校の授業が始まったかのような気分だ。
「基礎魔法って、あの魔法の球みたいなやつ?」
「うん。あとは……魔力障壁とか」
一度ペンが止まり、奏蕾が質問をしてきたのでそれに答える。
教える上で、疑問に答えることも、大切なことではあるだろう。
「そういうの使えないのって、大丈夫なの?」
……奏蕾の疑問は、もっともだ。
私の場合が少し特殊なだけで、基礎魔法が完全に使えないというのは、本来、かなり重い制約になる。
「……大丈夫。私の場合は、能力とかで補えるから」
ちゃんと説明をするとそれだけではまるで正確ではないのだけど、今しているのは、あくまで「魔法少女について」の説明。
今は一旦、そういうことにして話を進めることにしよう。
そうなんだ、と、納得したような雰囲気でペンを持ち直した奏蕾を見て、私は説明の続きへ戻る。
「魔法少女の能力は、概念とそれに関連する現象の発生で説明できる。ミラージュシャインなら、概念が光で、起こせる現象は反射や高速化、虚像、拡散。……私は水で、水圧や窒息、消火、衝撃の吸収、浮力とかが引き起こせる」
私の言葉を、まるで自分の中で反復しているかのように、一度、奏蕾の持つペンが止まった。
そして、しばらく考えた後。
何かを納得したかのように何度か頷いて、またペンを走らせ始めた。
「……魔法少女の基本的な力については、まあ、こんなところ。あとは、フィールド魔法について」
奏蕾にとっても、昨日のことは記憶に新しいことだろう。
もしかしたら、私の説明を聞きながらミラージュシャインとの模擬戦のことを思い出しているのかも知れない。
「フィールド魔法は、次に説明する怪異もどきの異界に対抗するために作られた特殊な魔法。一時的に自分に有利な空間を作り出して、その場を上書きする」
「もしかして、あの夕日の街みたいなやつのこと?」
「……そう。そしてフィールド魔法は、大まかに言うと強度か効果のどちらを選ぶかで、カスタムできる。強度を高めると、異界に対する上書きは成功しやすくなるし、維持にかかる魔力も減る。しかも、他の誰かからの上書きにも強くなる」
もっとも、異界側にも強度はあって。
フィールド魔法と違って永続的にそこにある分、密度が低いとでも言うのか、強度は低い。……だから、フィールド魔法での異界の上書きに失敗することは、ほとんど無かったりするのだけれど。
「逆に効果を増やすと、自動的に強度が落ちる。強度と効果の配分は、そうやって、効果の薄いフィールドを長期的かつ確実に維持するか、効果の強いフィールドで瞬発的に戦うか……っていう感じでわかれる」
ミラージュシャインは、効果優先型。
私は、バランス型。
あとは……特殊な例として、強度最優先型のフィールドの例もひとつ、私は知っていたりする。
「大雑把だけど、魔法少女の説明はこれで終わり。……次は、私たちが戦う敵。怪異もどきについて」
この説明の中で、より重要なのは、ここから先。
奏蕾が話を聞くことに集中できるよう、ペンが一度止まるのを、待つことにした。