「怪異もどきは、人間を襲う、生き物かどうかすらよくわかっていない存在。怪談や都市伝説に出てくるような性質を持ってることから、そう呼ばれてる」
魔法少女についての説明を終え、怪異もどきについての話に移る。
ただ、怪異もどきについては、実のところまだわかっていないことが結構あったりする。
どうしても完璧な説明というのはできないから、ひとまずは、最低限知っておければよさそうな部分を話すことにしよう。
「怪異もどきは人間を襲うけど、最初は、基本的に人気のない場所に発生する。例えば廃墟とか、使われてない建物とか、山奥とか」
どうしてそういった場所に発生するのかまでは、わかっていない。
人を襲うのなら人の多いところに発生しそうなものだけど……まあ、そうでないのは、私たちとしては、少しだけありがたい点。
いや、人を襲う時点で、存在そのものが害悪であるのは変わりないことだけど。
「そういえば、その呼び方で気になってたんだけど、そもそも怪異って、存在するの?」
「……ううん。そういった存在は、確認されてない。あくまで、架空の存在である怪異に似てるっていうだけで、そう呼ばれてる」
名前にもどきと付いているけれど、怪異は、あくまで架空のもの。
それは、考えてみれば、不思議なことに聞こえるかも知れない。
もどきというのは、普通は、それと似たものと区別をつけるために、名前に組み込むもの。
そもそもその名前の元となる怪異が実在しないのであれば、そうして区別する必要性なんて無いように思えるだろう。
「……怪異もどきには、その個体ごとに、怪談や都市伝説に出てくる怪異のような一貫した性質がある」
名前の由来としては、その規則性のような点にある。
単に人を襲う化け物だったら、もう少し違った名前で呼ばれていたことだろう。
「それだけなら、もしかしたらもどきなんて付かずに、そのまま怪異って、呼ばれていたかも知れない」
私たちの認識としては、あくまで怪異もどきは怪異もどきであり、怪異というのはそれはそれでしっくりこない。
それがどうしてかといえば、それは、単純な話でもある。
「……ある程度追い詰めたりすると、まるで本性を表すように、それまでの一貫した性質を捨てて、なりふり構わず襲ってくる。その様子が、怪異と言うにはそれっぽくないから、怪異もどきは怪異もどきって、呼ばれてる」
実のところは、追い詰められた時に姿や性質が変化してただ殺意のみを剥き出しにしてくる様子が、むしろ怪異的だという人もいたりする。
かと思えばその一方で、結局のところ怪異というのはあくまで架空のものであるから怪異なのであり、現実に現れた時点で、どうあれそれはもどきでしかない、なんていう話もある。
「諸説はあるけど、呼び方については、こんなところ。……次は、怪異もどきの持つ具体的な性質、特性について」
呼び方については色々な話があって、掘り下げて話をしようとすればいくらでも話すことができてしまう。
一旦、このくらいで「そういうもの」ということにして話を止めないと、収拾がつかなくなってしまいそうだ。
「まず、怪異もどきは異界という空間を構築して、その中に現れる」
「それって、さっきフィールド魔法の話の時にちらっと言ってたやつだよね?」
話を切り替えると、異界というワードに、奏蕾が反応した。
「……うん。それのこと」
怪異もどきの話をする上で、やはり異界の話は外せない。
奏蕾の言葉に首を縦に振りながら、その具体的な説明に移る。
「異界は、怪異もどきの作り出したフィールド魔法みたいなもの。魔法少女のフィールド魔法と比べると色々違いはあるけど、一旦は、ほとんど同じようなものだと思っていい」
ノートの上をペンが走り、しかしすぐに、書き終わった様子でペンが止まった。
「フィールド魔法と似ているところが多いから、逆に、違うところを説明する」
知識は、流用できるものは積極的に流用してしまった方が早いし楽。
少なくとも、私はそういう風に思っている。
「まず、フィールド魔法と一番違うのは、維持に制限がないところ。魔法少女のフィールド魔法はあくまで一時的なもの。魔力も消費していくし、永久的に展開するのは無理だけど……怪異もどきの異界には、それは当てはまらない」
ある意味では、これが怪異もどきの一番理不尽なところと言ってもいいかも知れない。
少なくともこの性質のせいで、怪異もどきと戦う時には、異界という不利な場所での戦闘が基本になっている。
「ただ、その代わりということなのか、具体的な理屈まではまだわかってないけど、強度はそんなに高くない。フィールド魔法を使えば、ほとんど確実に、上書きできる」
フィールド魔法側の強度が低いと、短時間の上書きにしかならないけれど、それでも、上書きそのものが不可能なことはない。
ただ、一応理論上では、フィールド魔法の効果を増やしすぎると異界よりも強度が低く上書き不能になることもあるらしい。
「……そういえば、フィールド魔法での異界対策は、奏蕾はできそう?」
奏蕾は、様々なことを魔法でできる。
ただ、その理屈は、私にはあまり理解することができていない。
おそらく、魔法少女の魔法とは、そもそも根本的な魔法の原理……魔法体系、とでもいうのか、そういうのが違うのだろうと思っている。
「あの夕方の街とかみたいなやつをわたしが作って、っていうことだよね? ……うーん、わたしの魔法だと……どうやったら再現できるかなー」
変身の魔法は、見ただけであっさりと再現できていたけれど。
どうやら、フィールド魔法を真似するのは、奏蕾にとっては難しいらしい。
その基準は、私には、やっぱりよくわからない。
……まあ、仮に奏蕾がフィールド魔法を使えたとしても、それはそれで、私と奏蕾のどっちがフィールド魔法を使うのかという話になりそうではある。
それならいっそ、別に使えないなら使えないでもいいという考え方もあるかも知れない。
「……とりあえず、異界の共通的な性質についての説明は、このくらい」
もちろん、もしものことも考えるなら、フィールド魔法を使えるのならそれが一番。だけど、そもそも、奏蕾がそれを習得可能なのかどうかすら、わからない。
わからないことを論じても、仕方がない。
とりあえずは、一度話を進めることを優先しよう。
「次は、異界の分類について。……と言っても、個体としての怪異もどきの性質は、そのまま異界の性質と言い換えることもできる。まず、どう分類するかを一言で言うなら、それは、どんな手口で異界内部の人間を襲うのか」
ちなみに、現在わかっている範囲では、怪異もどきが異界の外部に対して影響を与えたという例は確認されていない。
ただ……その代わりと言うべきか、異界の外部から怪異もどきに対して干渉することもできない。
怪異もどきを排除するのなら、異界内部に侵入していくしか、現状では方法がないとされている。
「よくあるのが、『エネミー徘徊型』。異界の中に、手下みたいなのがいて、それが直接襲ってくる」
奏蕾と出会った異界も、それに分類される。
エネミー徘徊型は、比較的シンプルで分かりやすいから、どちらかというと、嫌いじゃない。
「そういえばさ、今更かも知れないけど、なんで怪異もどきは人間を襲うの?」
「……理由については、あまりよくわかってない。ただ、人の命を奪った怪異もどきは力を増す傾向にあるから、それは、彼らにとっての捕食行為に相当するんじゃないかっていう説がある」
魔法少女組織……というか、精霊長には、怪異もどきが発生した時にそれを感知できる技術、あるいは能力がある。
感知した瞬間に魔法少女に、すぐに連絡が送られるのもあって、実際に人が襲われるケースは、実はあまり多くはない。
……多くはないとは言え、あまり気持ちのいい話ではないけれど。
とりあえず、少しばかり曖昧ではあるけれど、一応は納得したような様子を見せたので、話を戻すことにする。
「エネミー徘徊型に続いてもうひとつの括りで話をすると『直接捕食型』。異界内部にいるだけで、少しずつ体力を奪われて衰弱していくのが特徴」
直接捕食型の異界は、時間との勝負になる。
時間をかけ過ぎれば、最悪、何もできずに……なんていうことも考えられる。
「一応、直接捕食型の衰弱の力自体は、大抵の場合それほど強力でもなかったりはする。そこにいる間は少しずつ体力が奪われるけど……命を落とさずに帰って来られれば、そこで奪われた体力は自然に回復する」
勝ち目のないエネミーとの接敵や、活動の継続が難しいほどの消耗。
そういった、魔法少女が命を落としかねないリスクに対して組織がすぐに対応できるようにするため、魔法少女は、精霊を通じて組織にリアルタイムで状況を知らせることができるようになっている。
「……あとは、その両方の側面を持ち合わせてる場合もある」
奏蕾のペンが、ノートの上で忙しく動く。
……しばらくすると、書き終わったようで、ペンが止まった。
「どれであったとしても、攻略手段としては共通していて、それは、異界の核とも言える、怪異もどきの本体を探し出して倒すこと」
エネミー徘徊型にせよ、直接捕食型にせよ、両立型にせよ、最終的にやることは変わらない。
ちなみに、その本体を攻撃するにあたって、その時に異界という向こうにとって有利な空間での戦闘になることは避けたいから、そこでフィールド魔法が活躍する。
「……うん。難しいことを言ったけど、結局、本体さえ叩けば解決する」
「おお、なるほど……!」
そんな風に、身も蓋もないようなことを口にして、奏蕾が感心したように声を上げた、ちょうどその時。
スマホから、ピコン、と通知の音が鳴った。
「近くで怪異もどきが出たみたいだッチ! 卯実、行くッチ?」
「うん、わかった」
突然のことに、奏蕾は、え、と声を漏らして戸惑う様子を見せたけど。私は、すぐに頷いて、より詳細な情報を見るためにスマホを手に取った。
……はねたぬきも言ったけれど、通知の内容は、近くで怪異もどきの反応が発生したとのこと。
情報によると、推定危険度の数値は、それほど高くはないらしい。
人が巻き込まれたというような情報もなく、緊急性も高くない。
「……せっかくだし、一回やってみる? ちょっとしたリハーサル……みたいな感じで」
説明自体は、まだ途中ではあるけれど。
習うより慣れろ、なんていう言葉もある。
「もちろん、嫌なら奏蕾がやらなくたっていい。そしたら私が一人で終わらせるから、奏蕾は見ているだけでもいい」
本来は、私がやるべきことである。
だから、奏蕾には拒否権があって、当然だ。
「……ううん。わたし、やってみる!」
選択肢は、用意した。しかし、奏蕾は、その場で力強く宣言した。
……もちろん、私もカバーはするつもりでいるけれど。
その力強い返事に、ほんの少しだけ、頼もしさのようなものを感じた気がした。