はねたぬきを通じて、私たちがそこに向かうことを組織に伝え、そのあと、私たちは怪異もどきが出現したという場所に到着した。
「今回は、インターネットでの配信はしない。あくまで、試しに怪異もどきとの戦闘を経験してもらうだけ」
ただし、インターネット上で一般の人に向けた配信はしないけれど、安全のため、組織への映像中継は行うことにはなる。
そういう規則だから、これに関しては仕方がない。
「まずは、練習だと思って。ただ、これは模擬戦とかじゃないから、気は抜かないように」
「うん、わかった! 初の実戦、がんばる!」
気合いは十分、といったところだろうか。
出会った時のことを考えると、トラウマになっていても不思議ではないけれど、その点については意外に問題なさそうだ。
「異界の入り口は、あの辺りみたいだッチ。準備ができたら、突入するッチ」
はねたぬき……というか、魔法少女の精霊には、精霊長みたいに怪異もどきの発生を即座に感知する力はない。
けれど、こうして近くまで来れば、どの辺りに異界への入り口があるかを感じ取ることができる。
「あの辺りってことは、空き家の、ドア? 雑草が絡みついてるね」
人が住まなくなって、時間の経った建物。
前の廃旅館もそうだけど、こういうところには怪異もどきが発生しやすい。
私としては、こういう建物は、さっさと撤去してしまえばいいと思う。
だけど、それはそれで、そういう場所がなくなった時に怪異もどきがどうなるのかわからないという意見もある。その上、権利やら何やらもあるとのことで、そう簡単なことではないらしい。
「……メタモルフォシス」
私は、とりあえず変身を済ませ、準備を整える。
……奏蕾は、魔法少女じゃないからそういうのはない。
しかし、今後もしも配信をしてみたいというのなら、魔法少女の変身に付随している認識阻害の力を、彼女の魔法でできないか確認した方がいいかも知れない。
「そういえばさ、その服って、あれに似てるよね!」
「……あれ?」
変身した私の姿を見て、奏蕾が何かを言い出した。
「えーっと、たしか、袖のところが長くてひらひらしてる……和服! そうだ! 和服っていうやつに似てるよね!」
「言われてみると、たしかに?」
あまり意識したことはなかったけど、たしかに、そう言われたらそういう風に見えるような気がするかも知れない。
「でも、そう見えるのって、袖の部分だけじゃない?」
「うーん、たしかに……! 和服って、もっと前のところがクロスしてたりするんだっけ?」
「実際、和服をイメージしてデザインしたから、奏蕾の感覚は合ってるッチ。だけど、色々と形を調整した結果、和服らしい部分は袖しか残らなかったんだッチ」
「へぇー……っていうか、この衣装ってはねたぬきがデザインしたの?」
「そうだッチ。魔法少女の衣装を作るのは、精霊の役目のひとつなんだッチ」
奏蕾とはねたぬきの会話を聞きながら、私は、改めてこの衣装について考えてみる。
考えてみると……そういえば、この衣装はかなりあちこちがひらひらしている。
もしかしたら、昨日の奏蕾の服のチョイスは、この衣装のイメージに引っ張られてのものだったりするのだろうか。
……いや。今は、いい。
そんなことよりも、まずはさっさと怪異もどきをなんとかしないと。
「……準備ができてるなら、そろそろ行こう。放っておくと、稀に異界の入り口が変わる時もあるから」
「そうなの!? じゃあ、早く倒さないと、もしかしてその入り口の場所が、人のいるところになっちゃうことも……?」
どうだろうか。
そもそも、転移が起こったケースはそれほど確認されていない。
「あり得なくはないッチ。その懸念はもっともだッチ」
「……そっか、わかった。わたしはいつでも大丈夫だよ!」
なんだか、半ば脅して急かしたような形になってしまったけど……まあ、嘘をついたというわけでもないし、問題はないか。
とにかく、今は急ぐことにしよう。
「……うん。じゃあ、行くよ。先頭は私から入る。……一応、入ってすぐに異界から直接攻撃を受けたりエネミーが襲撃してくることもあるから、警戒だけは、しておいて」
自分でも、先ほどからレアケースばかり挙げているような気がする。
しかし、実際にありえるということがわかっているのだから、警戒しない理由はないだろう。
……私は、衣装の上に水を衣のようにしてまとうことで、守りを固めて、そのまま、空き家の扉を静かに開く。
そして足を一歩、踏み出して。建物の中へと踏み入れた、次の瞬間。
景色が、ガラリと変わっていた。
「おお……これは、お花畑?」
後から入ってきた奏蕾が、周りを見渡しながら呟いた。
たしかに、風景を端的に表現するなら、そう表すのが相応しいだろう。
一面に広がるのは、色とりどりのカラフルな花々。
空は青く澄み渡っているし、気温も適温。
一見するとそれは、穏やかで平和な、ただの美しい空間としか思えない。
……けれど。
ここは、異界である。
怪異もどきという、人の命を喰らう化け物の腹の中。
当然、ただ綺麗なだけだなんていうことはありえない。
この空間には、音がない。
花畑にはいそうな、蝶や蜂といった虫もいない。
私たちを除いて、どこを見ても動きがない。
花という、命の象徴ともいえるものに囲まれているにも関わらず、まるで空間そのものが死んでいるかのようにも思える。
……もっとも、そう思うのは、ここが異界だ、ということを私が強く認識しているからかも知れない。
「……まず、ここがどんな性質を持ってるか、把握する。本体を探すのは、その後じゃないと難しい」
「わ、わかった!」
奏蕾は、頷きながら返事をした。
……さて。
今のところは、敵影はどこにも見当たらない。
今の状況だけで見れば、この異界は直接捕食型っぽいような気がする。
「あ!」
辺りを見渡しながら考えていると、急に奏蕾が、後ろで大きな声を出した。
反射的に振り返ると、足を上げようとしている奏蕾の足に、何かが絡まっているような様子が見えた。
すぐに、ブチブチ、という音と共に、絡まっていた何かは千切れたけれど……。
もしかして、と思いながら私も自分の足元を見てみると、私の足にも、何かが絡み付いているのが見えた。
何か、というより多分これは、根っこではないだろうか。
足を上げてみると、そこには、たしかな抵抗を感じた。
ただ、奏蕾と同じように、足を上げる動作だけで千切ることはできた。
しかし、足を下ろすとすぐにまた同じように根っこが絡み付いてくる。
そして。根っこ、ということは。
……目を閉じて意識を集中させてみると、足に絡みつく根っこを通じて、集中しなければ気づけない程度に少しずつ、体力を吸い取られていることがわかった。
なるほど。
これが、この異界の持つ性質ということか。
間違いなく、これは典型的な直接捕食型の異界。
どれだけ綺麗に見えても、異界は異界というわけだ。
「……気を付けて。この根、私たちの体力を奪ってる」
「うえぇ! ほんとに!?」
奏蕾は大きなリアクションと共に足を上げ、それから、その足を下ろしてもう片足を上げた。
そのまま、何度かそれを繰り返したけど、途中で、それをぴたりとやめた。
足を下ろしたらまたすぐに絡み付いてくるのだから、それがあまり意味のないことだと気付いたのだろう。
どうしたものか。
……まず、単純に、歩きづらい。
あとは、私のような魔法少女や、奏蕾のような人外の力が無ければ、こうして足を上げるだけで千切るのは不可能だろう。
仮に、足だけで千切れないなら……きっと、手も使うしかない。
でも、そのために手を下ろしたら、もしかしたら手も絡み取られてしまうかも知れない。
手も足も絡みつかれて、身動きが取れなくなったら。
……それで終わり。
少しずつ、生きたまま衰弱して。最後には、この花畑の肥料になる。
ここがもしこれだけの異界だとすれば、たしかに、私たちにとっての脅威度は低い。
……しかし、脅威度が低いというのは、決して、普通の人にとって致命的でないということを意味するわけではない。
「えーっと……それでわたしたちは、ここでどうしたらいいの?」
広い花畑を見渡しながら、奏蕾は困りきったようにそう言った。
……そうなるのも、無理はない。
手がかりがない。どうしていいかわからない。
私としても、それが、直接捕食型の異界の嫌いなところ。
「……家でも言ったけど、本体を叩く。この広い花畑の中から、どんな形をしているかもわからない本体を、見つければいい」
足を使う、それか、頭を使う。
あるいは、その両方が要求される。
直接捕食型の異界は、私の思う面倒を、煮詰めたような異界である。
「言葉で聞いた時に思ったより、難しそうだね……これ」
「うん。……魔法少女の活動って、面倒でしょ?」
「うーん、たしかに、難しいし大変だなって感じだけど……でも、放っておいたら、誰かが襲われるかも知れないんだよね?」
てっきり、奏蕾はこれをちょっとした興味本位でやってみているだけだと思っていたから。そんな答えが返ってくるのは、私にとっては、少し予想外だった。
「それなら、放っておけないよ! うーん……でもこれどうしたら……」
「……そう、なんだ」
きっと、きっかけとしては、ただ魔法少女の活動や配信ということに興味があったから、ということではあるだろう。もしかしたら、その興味自体は、今もまだ持っているのかも知れない。
だけど、それと同時に、今はそうやって、他人を思うような気持ちもある。
どちらが本当の気持ちとか、そういうことではなくて、きっと真剣に、奏蕾はそんな風に考えている。
被害に遭っているような誰かを、実際に見たわけでもないだろうに。
それどころか、そもそも、この世界を生きる人間のことを、深く知っているわけでもないだろうに。
「……怪異もどきの本体は、大体隠れるようにして存在してる。だけど、案外、見ればわかることが多い」
十中八九、この怪異もどきは、花の中に紛れていると見ていいだろう。
……他と違う花。
そんなのが見つかれば、それが本体である可能性は高い。
木を隠すには森の中、なんていう言葉があるけれど。
それならきっと、花を隠すのなら花畑、ということなのではないだろうか。
「なるほど! じゃあ、とりあえず、この中をひたすら探して回るんだね!」
「……そういうこと」
「よーし、じゃあ、本体探すぞー!」
早速とばかりに、羽を使って飛び回り始めた、奏蕾の後ろ姿を見て。
私も、周りの空間に水の概念を付与して浮力を適用させることで、空を泳いで移動することにした。
絡みつく根っこが問題なら、足をつけなければいい。
少々強引だけれど、実際それは間違いなく事実であり、羽を使っての移動に切り替えた奏蕾の判断は、とても正しい。
……漠然と思っていたよりも、もしかしたら奏蕾は、怪異もどきを相手にして立ち回る上で必要な素養を、十分に備えているのかも知れない。
そんなことを考えながら、私は空を泳ぎながら、一輪ずつ、地面に咲く花を見て回った。