水底の魔法少女とドラゴンの落とし子   作:ピンノ

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17話 枯れない花

 

 花畑に異形の怪物が出現すると同時に、ぞわりとした生暖かい風が吹き抜け、周囲の空気が急変した。

 

 異界とは、怪異もどきの体の一部のようなもの。

 怪異もどきが本性を現してそれまでの性質を捨て去る時には、異界もまた、それに呼応するように変貌する。

 

 

「……今回、私はフィールド魔法を使わない。地の利を持つ怪異もどきがどうやって力を振るうのか、一度は、見ておいてほしい」

 

 

 異様で不穏な空気の中、私は静かに宣言する。

 フィールド魔法というのは、それがあることで怪異もどきの討伐難易度が大きく低下するものではあるけれど、それが無いと討伐できないというようなものではない。

 

 それに、あれくらいなら、相手としてかなりちょうどいい。

 最初の一度くらいは、こういうパターンを見てみるのも、経験になるだろう。

 

 

「うん、わかった! 少し気を引き締めて、がんばるよ」

 

 

 そうして、私たちが言葉を交わしている間、その周りでは、明らかな変化が起き始めていた。

 

 これまで、ただ穏やかに来訪者の足が止まる時を待っていた花々は、うねり、ひしめくように動き出す。

 よくよく見れば、花々の、花弁に囲われた中心部……花芯と呼ばれる部分が、鋭い牙が覗く口のような形に変化していた。

 

 そうして、私が異形の動きを警戒しながら、周囲を見渡していた、ちょうどその時。

 

 

「うわっ……!?」

 

 

 地面から長く伸びてきた根が、不意に奏蕾へと絡みついた。

 

 そして、そのまま一気に地面に引き摺り下ろされ、身動きの取れなくなった奏蕾に向かって、大型の異形が、見た目に似合わない速度で迫った。

 

 おそらく腹部に相当するであろう部分には三日月を思わせるような裂け目があり、それを、蠢く花々によって拘束されている奏蕾に向けている。

 

 ここにきて、またも捕食行動。

 ……この怪異もどきは、食べることしか頭にないのだろうか。

 

 水で作った魚たちを操り、群がる根を食いちぎらせて拘束を免れた私は、そのまま、魚たちに私自身の身を守らせながら弓を構える。

 

 そして放たれた水の矢は、直前で気付いて身を引いた異形の身体を浅く掠めた。

 

 ……思いの外、いい反応速度をしているらしい。

 矢が掠めた部分が抉れ、先ほどまでとは打って変わって、こちらを警戒するように見る異形を見ながら、私は内心でそう思った。

 

 

「こん……の! くらえ!」

 

 

 異形が私を見据え、私が異形を見つめ、そして変わらず伸びる花々の根を半透明な魚の群が抑える、わずかな膠着。

 その静寂に奏蕾の大きな声が響き渡り、直後、爆発が起きた。

 

 

「ふー……びっくりした。急に伸びてくるんだもん」

 

 

 模擬戦の時にも見せた、奏蕾の、自分さえも巻き込む爆発による攻撃。それは、拘束を脱する手段としても、有効なものだったらしい。

 

 私の隣に戻ってきた奏蕾は、小さく呟きながらも、油断なく構えて異形を睨む。

 

 

「ここは異界。周りに見えるものは、味方以外は基本、敵だと思って」

 

 

「うん! 次は同じ手は効かないよ!」

 

 

 言い切りながら、勢いよく異形に向かって飛び、膠着を破った。

 

 空気抵抗を減らすよう頭から突っ込むその姿は、まるで、人型のロケットか何かに見えた。

 

 対して、それに応じるように。異形の両脇の地面からは蔓のようなものが伸びて、再び、奏蕾の拘束を狙ってきた。

 

 このままでは、また捕まる。

 ……そう思いかけたけれど、しかし途中で、奏蕾はわざと身体を立て、羽を大きく羽ばたかせることで、一瞬、ぴたりと空中で自分の速度を殺して静止した。

 

 結果、奏蕾が飛んでくる速さに合わせて伸びていた二本の蔓は、空振るように交差する。

 

 

「予想通り!」

 

 

 奏蕾が大きく腕を振るい、爪の斬撃が蔓を切り裂く。

 そうして突破口を開いた奏蕾は、その場で羽ばたいて加速して、怪異もどきのすぐ目の前まで距離を詰めた。

 

 直後、奏蕾の足元に花々の根が殺到するけれど、それは、私の作り出した魚たちが食い破った。

 

 

「これでも、くらえー!」

 

 

 両手から、二つの熱線が放たれる。

 至近距離で受けた怪異もどきは大きく吹き飛び。

 

 地面に叩きつけられる瞬間には、その重さから、轟音が響いた。

 

 

「よーし! まだまだ行くよー!」

 

 

 それを好機と見た奏蕾は、距離を詰めて追撃を狙う。

 奏蕾は拳を構えて、よろめく怪異もどきに向かって一直線に飛んでいく。

 

 ……その瞬間。怪異もどきが突然、不自然に身体を伏せた。

 

 伏せた怪異もどきの背後からは、一直線に蔓が伸び、正面から迫る奏蕾を、狙っていた。

 

 

「うぇ!?」

 

 

 奏蕾は驚きのあまり、口から声にならない音を漏らす。

 

 正面から来ている以上、速度を緩める避け方は効果がない。

 あれを避けるのなら、右左のどちらかに避けるしかないだろう。

 

 奏蕾も一応、それにはすでに気付いているようで、飛ぶ勢いはそのままに、どうにか身体を捻って躱わそうとしているけれど……。

 しかしこのままでは、それよりも早く、蔓が奏蕾の胴を打つことになるのは明らかだ。

 

 水の魚……では間に合わない。

 

 けれど、実は。幸いにも、私の角度からは、直前まで怪異もどきの体で隠されていた奏蕾よりも早く、その蔓が見えていた。

 

 蔓の軌道を予測して先に放っていた水の矢が蔓の先端を穿ち、それによって、僅かに到達が遅れたことで、奏蕾の回避は間に合った。

 

 

「ありがとう! 卯実!」

 

 

 大きな声でそう言いながらも、顔はこちらに向けることなく。

 回避した時に捻った体勢のまま、奏蕾はまた怪異もどきとの距離を詰めた。

 

 勢いはそのままに体の捻りを活かして、斜めに、腕を振り下ろして。

 斜めに走る、五つの爪痕を刻み込んだ。

 

 怯む怪異もどきを守るかのように、地面から多様な植物が伸びて、奏蕾を襲う。

 

 けれど、そこに遅れて到着した水の魚の群れによって、それらは、無惨に食い荒らされていく。

 

 

「もう一度!」

 

 

 今度は真上から振り下ろした奏蕾の腕が、怪異もどきに、さらなる傷を刻んでいく。

 

 

「そして、今度こそ!」

 

 

 縦に振り下ろされた衝撃によって、頭部を地面に叩きつけられた怪異もどきへと、奏蕾はまた両手を構える。

 

 そしてその直後、交差するように熱線が放たれて、怪異もどきの身体を、二本の熱線が貫通した。

 

 

「ガァァァアア」

 

 

 不協和音のような音を撒き散らしながら、怪異もどきはのたうち悶える。

 ……かと思ったら、次の瞬間。身体を反らし、頭部を地面に叩きつけ、衝撃によって奏蕾を大きく吹き飛ばした。

 

 吹き飛んでいく奏蕾を見ると、その表情に驚きはあるものの、これといって、大きな怪我はなさそうだ。

 

 

 ……怪異もどきの、苦し紛れの足掻きも、これで終わり。

 

 水の魚たちで身を守りながら、少しずつ空間に水の概念を侵食させていた私の、攻撃の準備が整った。

 

 私と怪異もどきの直線上は、既に見えず触れない水が満ちている。

 距離も十分。そしてこれは偶然だけれど、奏蕾が射程範囲の外に吹き飛んだことによって、離れるよう指示する手間も省けた。

 

 弓を構え、ただの水の矢ではなく、渦を纏わせたそれを放つ。

 

 

 放たれた矢は、直線上にある水を渦によって巻き取り、束ね、みるみるうちに大きな渦へと成長していく。

 

 それに気付いた怪異もどきは、最初と同じように、咄嗟に身を躱そうとした。

 

 結果、確かにその回避行動は間に合った。

 矢が、怪異もどきへと直接命中することはなかった。

 

 ……しかし、大渦に巻き込まれたことによって体の大半は捻り切られ、そこには、大穴が空いた残骸が残るだけだった。

 

 

「おおー……」

 

 

 戻ってきた奏蕾が呆然と呟く声と共に、花々が散り、空は朽ちて崩れていく。

 

 ……そうして、やがて。

 そこは、元の空き家の玄関へと戻っていた。

 

 

「……お疲れ。私たちの、勝ちだよ」

 

 

 私がそう言っても、なぜかしばらく、呆けたように口を開けて固まっていた、奏蕾だったけれど。

 

 

「……うん、そっか。そうだね! うん、やったー! 勝ったー!」

 

 

 喜びが後から追いついて来たのか、間を置いたのちに、嬉しそうな声を上げた。

 

 

「お疲れ様だッチ。奏蕾も、初戦なのに大活躍だったッチ!」

 

 

「ふふん! でしょでしょー!」

 

 

 はねたぬきに褒められて、鼻が高そうに奏蕾が笑う。

 

 

 ……その時、ふと。

 何の気なしに周りを見てみたら、玄関の一角に、小さな鉢植えのようなものを見つけた。

 

 葉っぱや花の上に埃が積もっていて、長い間放置されていたのであろうことがうかがえる。

 

 ……いや、正確には、少し違うか。

 鉢に植えられ、屋内に置かれた観葉植物が、人の手を離れて、それほど長く生きているというのは不自然だ。

 

 

「……ん? どうしたの?」

 

 

 奏蕾が不思議そうに聞く声をよそに、それをもう少しよく見ようと顔を近づけてみると、それが作り物……造花であることに気が付いた。

 

 誰も、迎えることのなくなった家。

 誰も帰ってくることのない家。

 

 ……それでも、造花はあくまで造花であり、本物の花のように枯れたり朽ちたりすることはない。

 

 もしも造花に意識があったなら、本物の花のように咲いて、本物の花のように散りたかったとか、そういうことを思うのだろうか。

 

 

「……ううん、なんでもない」

 

 

 花であれ造花であれ、例え聞いてみたとしても、答えが返ってくることなんてない。我ながら、なんとも無意味で無駄な思考だ。

 

 

「改めて……お疲れさま。せっかくだから、帰りに寄り道して、なにか食べて帰る?」

 

 

「うん! そうする!」

 

 

「じゃあ……帰ろうか。討伐完了の連絡お願い、はねたぬき」

 

 

「了解だッチ! ……というか、もう終わってるッチ」

 

 

 無邪気に喜ぶ奏蕾と、今回も無事に終わったことを内心で安堵していそうなはねたぬきを見て、私はその造花には触れることもなく、玄関を後にする。

 

 この空き家は、誰も住んではいないけれど、一応は誰かの持ち物ではあると聞いている。

 

 怪異もどきの討伐のような、やむを得ない理由がある場合を除いたら、私のような他人が中のものを勝手にいじっていい理由なんてない。

 

 

「……あ、そうだ。先に言っておくけど、今回の報酬は、奏蕾と私で山分けにするつもり。これから先、二人で怪異もどきを討伐した時も、そういう風にしようと思う。……奏蕾は、それでいい?」

 

 

「えっ!? いいも何も、貰っていいの?」

 

 

「……当然。だって、奏蕾も一緒に戦ったんだし」

 

 

「それなら、組織に連絡して、今度は口座を作る手続きをしたほうがいいかもだッチ」

 

 

「えっ……? 手続き……。いや、そっか……」

 

 

「行こうよ! 地下室の秘密も暴きたいし!」

 

 

「それ、まだ言ってたんだ……」

 

 

 私たちは、歩いていく。

 賑やかに、思い思いに喋りながら。

 

 明日からは、奏蕾は私と一緒に、学校に行く。

 果たして、うまくやれるだろうか。

 

 

 ……なんて、私たちには、思いを馳せる明日がある。

 それは賑やかで、騒々しくて、そして少し温かい。

 

 ふと、なんとなく。そんなことが少しだけ、感慨深く感じた気がした。

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