放課後を迎えて、あちこちから、友達と喋るような声や、部活動に励む人たちの声が聞こえてくる。
「まずは、自己紹介をしよっか。私の名前は盃森紋華」
騒々しい校舎の中で、私たちの会話は、紋華の軽い自己紹介から始まった。
「卯実の隣の席の人だよね? 私は奏蕾。よろしくね!」
はっきり言って、それは自己紹介というにはあまりにも簡素なものだった。
おそらく紋華は、形式的な自己紹介よりも早く踏み込んだ話に移りたいという気持ちが強いのだろう。
「それで、奏蕾ちゃんも、異能力者なんだよね?」
自己紹介という手順を早々に済ませた紋華は、まるで遠慮する様子もなく、角や羽や尻尾をジロジロと眺めながら、勢いよくそう尋ねた。
「ううん。わたしは異能力者じゃないよ?」
「……えっ?」
しかし、奏蕾から返ってきた答えは、紋華にとってはまるで予想していなかったようで、すぐに、驚き戸惑うような表情に変わった。
「……じゃあ、それは?」
納得できないとでも言いたげな、訝しむような表情で、紋華は奏蕾の尻尾を指さす。
その指の先では、奏蕾の尻尾が、まるで作り物ではないことを主張しているかのように、揺れている。
「ああ、これ? うーんとね……」
考えるフリをしながら、奏蕾はさり気なくこちらを見た。
……おそらく、本当のことを言っても問題ないか、ということだろう。
私は、小さく頷いた。
「私は、本当はドラゴンなの。今の姿は、魔法で人間に変身した姿なんだ!」
返事に気付いた奏蕾は、私に明るい表情で頷き返すとすぐに、ためらうことなく正体を明かした。
「……? ……ふーん。なるほど?」
対して、紋華は一瞬ポカンとした表情を見せたけれど、すぐに、何かを考えるような顔になった。
「……羽とかあるけど、飛べたりするの?」
真剣な表情で問いを投げかける紋華の姿は、まるで、研究者か何かのように見えた。
「飛べるよ! 魔力を使って、羽ばたくと……こんな風に!」
その場で、奏蕾が実際に身体を少し浮かせてみせると、偶然すれ違った人が、まるで信じ難いものを見たかのような表情で二度見した。
「おお、なるほど。魔力、魔力かぁ……」
しかし紋華はというと、大したリアクションもせず、それどころか、少し落胆したような声を出した。
紋華が予想と違った反応をしたからか、むしろ、奏蕾の方が不思議そうな表情を浮かべて首を捻った。
「やー……ね。そのね、先に言っちゃうと、私は異能力者なんだ。思い描いた生き物を、無から創り出すことができる」
「おー……それは、すごいね!」
奏蕾からしたら、紋華が急にどうしてそんなことを言い出したのか、まるで意味不明といったところだろうか。
無難な……というよりは純粋な反応を示しつつも、同時に、頭の上に疑問符が浮かんでいそうな仕草を見せた。
「まーねー。……なんだけど、そんな私の異能にも、ちょーっと難しい制限があってね」
紋華の言葉に、奏蕾は続きを促すように頷く。
とりあえずは紋華が話を続けるので、一旦、それを聴いてみることにしたのだろう。
「私の力で創り出せるのは、私が想像したものに限るんだ。無意識のうちに実在できるはずがないって思ってると、創り出せない。……例えば、空を飛ぶドラゴンとか」
言いながら、紋華は異能を使ってその場に蝙蝠のような何かを具現化した。
胴体と羽は蝙蝠そのものだけど、蛇のような尻尾があり、足には猛禽類のように鋭い爪が付いている。
……ただ、その大きさはせいぜい握り拳程度のものであり、はっきり言って、あまりインパクトはない。
「創り出せたとしても、想像が不足している部分は、ハリボテみたいな感じになっちゃう」
言葉の上ではある程度理解できているようだけれど、しかし感覚としてはあまりピンときていなさそうな様子の奏蕾に、紋華は一度言葉を切って、少しだけ考えるようなそぶりを見せた。
「そうだね……骨格の形状、筋肉の仕組み、関節の可動域、血液の成分、種としての起源、進化の過程、生息地、捕食対象、種の保存方法、その個体が経験した過去、私という人間に従う理由。これで全部ってわけじゃないけど、最低限このくらいの要素は思い描いておかないと、形を維持することすらできない」
先ほどの小さなキメラを消し、代わりに別のナニカをその場で具現化させた。
……しかし、それがどんな形をしているのかを認識できるような間もなく、すぐに崩れて、泥のように溶けてしまった。
「……だけど逆に、私が納得できて、その上でちゃんと細かく設定を詰めていると、本当にどんな生き物だって具現化できるの」
紋華の傍らに、私から見てもかなりの力を持っていることがわかるようなナニカが、ゆっくりと具現化しかける。
「ただ……特殊能力みたいなものは持たせられない。魔法とか魔力とか、そういうのは無理。そこまでできちゃったら、異能力としての枠すら超えちゃうってことなんだろうねー」
残念そうに言いながら、紋華は指を鳴らして、出現しかかっていたソレを消す。
「話を戻すと、魔力って聞いて私がちょっとガッカリしたような反応をしちゃったのは、参考資料になりそうかと思ったら別にそんなことはなかったかーって思ったから」
そこまで聞いて、奏蕾は、納得したような表情をした。
ただ、その納得はどちらかというと、紋華が話したことによって疑問が解決したというよりは、どうして急にその話をし出したのかがわかった、というような感じに見えた。
「うーん……同類、ってわけでもないみたいだけど……まあ、いっか。とりあえず、私のことはそんな感じだから。友達の友達として、よろしくね。奏蕾ちゃん」
さり気なく互いの距離に若干の空白を残しながら、紋華は奏蕾にそう言った。
「うん! こちらこそ、これからよろしくね、紋華」
対して、奏蕾は、それを理解しているのかしていないのか、いつも通りといった調子で言葉を返した。
「……そうだ。まだ話したいこともあるし、一旦、新しくできた本屋でも見に行かない?」
学校の外に出てすぐ、紋華はそんな提案をした。
……その本屋は、まだ行ったことはないけれど、場所は大雑把に知っている。
ここから歩くには結構な距離があった気がするけれど、まあ、このまま駅に行って帰るだけというのが惜しいと思うのも、理解できる。
「本屋!? 行きたい!」
「……私は、どっちでもいい」
奏蕾も乗り気のようだし、帰るのはもう少し話をしてからでもいいだろう。
「よし、じゃあそうしようか。レッツゴーって、ね」
わざとらしくおどけた様子の紋華に、私たちはついていく。
……その道中は、三人で適当な話をしながら。
急ぐようなこともなく、歩みはゆっくりと進んでいく。
「──それで、どうして卯実と紋華は、仲良くなったの?」
その道中、何気なく、奏蕾がそんなことを聞いてきた。
「それは、私と卯実ちゃんが同類だったから……だよね?」
「……うん。たしかにそれがきっかけだった」
ごく自然に出てきた質問に、私と紋華は、特に何かを考えることもなくさらりと答える。
……しかし、奏蕾は何かがよくわからなかった様子で、首を傾げた。
「あれはたしか、卯実ちゃんが魔法少女になる前だっけ?」
「そうだね。なんか、懐かしい」
昔を懐かしみながら言葉を交わす私と紋華とは対照的に、むしろ疑問が深まったとばかりに、奏蕾はさらに首を傾げた。
「二人ともクラスに馴染めなくて、最初は、あぶれた者同士仕方なく、って感じだったよね」
「うん。そうだった。家が近かったのもあって──」
「うん? うーん? ちょっと待って?」
溢れ出す疑問に耐えられなくなったとばかりに、奏蕾が私たちの思い出話を中断した。
「同類って、どういうこと?」
どうやら、ずいぶん序盤の話で引っかかっていたらしい。
だからそれは……と説明しようとして、ようやく、奏蕾が何をわかっていないのかがわかった。
「あれ。卯実ちゃん、もしかして……隠してた?」
「……いや、別にそういうわけじゃない。ただ、タイミングがなくて忘れてた」
首を傾げる奏蕾に、視線を向ける。
本当に、隠していたわけではない。ただこれといった機会もなくて、つい話していなかった。
「私も、異能力者。魔法少女やってるけど、異能も使える。……だから、同類」
私の口からそう説明すると、奏蕾は、ようやく納得した様子を見せた。
……そして、その直後。
「えっ、そうなの!? どんなの? 気になる!」
急に身を乗り出して、すごい勢いで聞いてきた。
「……別に、そんな大したものじゃない」
興味津々といった様子の奏蕾だけど、私の異能なんて、本当に大したことがない。なにせ、今の今まで、言っておくのを忘れてしまっていたくらいだ。
少なくとも、異能としての派手さや拡張性において、紋華にはとても及ばない。
しかし、そんな風に前置きをしているにも関わらず、奏蕾は、ワクワクした様子で私のことを見つめてくる。
「……私の異能は、液体を操る力。もっと言うと、私の力の支配下にある液体を、自在に操作することができる」
説明しながら、魔法少女としての力で空間に水の概念を付与し、その性質を与えることで、擬似的に水という液体として扱えるようにした。
それから、それを異能で操って魚というカタチを与え、それは、私の意のまま、まるで生きた本物の魚のように空中を泳ぎ始めた。
……魔法少女として変身していない状態では、作り出せる水の量的に、この一匹だけで限界。ただ、変身していれば、これを群れにすることもできるし、もっと大きいものも作り出せる。
本来なら、魔法少女としての力だけでは、空間に水の概念を付与して、そこに水の持つ性質を適用させることしかできない。
どこに、何の力も加わっていない状態で勝手に渦になったり、魚のような形になって泳ぎ始める水があるだろうか。
「……えっ。それ、異能だったんだ……」
「うん。骨格や筋肉の動きまで意識して、再現してる」
……しかし、この魚。自分でこんなことを考えるのはアレかもだけど、改めて見ると、やっぱりよくできている。
幻想的だし、芸術品と言っても過言ではない。
「……昔、紋華と一緒に、こういうのを作って遊んでた。紋華はこだわりが強くて、中々いいねって言ってくれない」
昔、というか、今もだけど。
この、生き物のカタチを与えるというのが、戦闘の中でも、案外役に立っている。
ただ、綺麗なだけではない。
生き物の特徴や性質からは、結構学べることがある。
……考えてみれば、私は、奏蕾にちゃんと自分のことを話していなかった。
それは別に、私が秘密主義だからとか、奏蕾が私という人間に興味がなかったからというわけではないだろう。
ただ、理解が欠けているとわかるだけの角度で、見ていなかった。
それが、紋華という存在に触れたことで、それまでと違う角度で、色々なものを見るようになったというだけのこと。
瑣末で小さなことのようにも思えるけど、もしかしたら、そういうのも、人と人とが関わり合う上では、大切なことだと言えるのかも知れない。
……歩きながら、半透明な魚を指先でつつく奏蕾を見て、ふと、そんな考えが頭に浮かんだような気がした。