奏蕾が私と一緒に学校に通うようになってから数日が経ち、最初の休日を迎えた。
外では小雨が降っているので大人しく家の中に籠り、魔法少女としての姿に変身し、資料を広げながら、私はある生き物の再現を試みていた。
「……見た目は、まあこんな感じかな」
外観の再現度は、悪くない。
あとは、性能。理屈の上ではうまくできていると思うけれど、想定通りの能力を発揮できるか、実際に試してみなければわからない。
なにか、ちょうどいいものはあっただろうか。
作り出した半透明のソレから視線を外して、部屋の中を見渡してみる。
……すると偶然、そのタイミングで、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「できたー! できたよ! 卯実!」
開かれた扉からは、奏蕾が大きな声ではしゃぎながら、部屋の中へと突入してきた。
そして、それから少し遅れて、はねたぬきが奏蕾を追いかけるように部屋の中に入ってきた。
「待つッチ! それじゃ意味が……!」
「──見ててね! いくよ、メタモルフォシス・イリュージョン!」
「あ、あー……遅かったッチ……」
はねたぬきが呟いたのと同時に、奏蕾の身体から、眩い光が放たれた。
もしかして、新しいコントでも見せられているのだろうか。
……一応、何がどうしてこうなっているのかはわかるし、そういうわけじゃないことも、知っている。
けれど、ついそう言いたくなるくらい、それはあまりにもきれいな流れだった。
「あ。……えーっと、うまくできたのが嬉しくて、つい?」
光が収まり視界が元に戻ると、そこにはまるで魔法少女のような華やかな衣装に変身した奏蕾がいて、彼女は、軽い口調でそう言った。
……ちなみに、さっきまで私が一人で能力の開発に勤しんでいたのは、ただ集中したかったということだけが理由ではない。
それは、『これ』ができた時に、ちゃんとうまく成立しているのか、確認できるようにするため。
奏蕾には、ついさっきまで、はねたぬきによる説明の下、魔法少女の変身魔法の再現に挑戦してもらっていた。
魔法少女の変身は、精霊の力によるものである。だから、はねたぬきには教える役をやってもらっていて、そして最終的に私が、それを確認する役になる……はずだった。
……認識阻害の力は、2つの姿の間に区切りを作り、それらを同一の人物の姿と認識できないようにするもの。
しかし2つの姿を結ぶ変身過程を見られると、その力は、それを見た者には効果がなくなる。
それらを踏まえた上で、改めて状況を確認すると、奏蕾はたったさっき、私の目の前で変身した。
つまり、それによって奏蕾の認識阻害は私に対しては機能しなくなったので、本当に認識阻害の力が再現できているのか、私では検証することができなくなったということ。
「えっと……わたしは誰でしょう!」
沈黙が気まずくなったのか、奏蕾は何かを押し切るような勢いで聞いてきた。
「……奏蕾。わかってるとは思うけど、これじゃ意味ない」
「あー、やっぱりかー……」
奏蕾は不覚にも失敗した、というような態度を取っているけれど、しかし、それがどこか嘘くさいように感じる。
……その違和感は、奏蕾の声に、後悔や反省のようなものがまるで感じられないからだろうか。
観察していると、むしろそれどころか、どこか安心しているようですらある。
「……えっと、その。卯実に自分が認識されないのって……ちょっと、やだなーって……」
しばらく無言でじっと見つめていたら、奏蕾は目を逸らしながら、バツが悪そうに白状した。
……まあ、気持ちは、わからなくもない。
奏蕾にとって、私はほぼ唯一の身内といってもいい。
「……まあ、そんなところだと思った。……少し、待ってて」
私は机に向き直り、そこにいた半透明の生き物らしきものを消して、置いてあったスマホを手に取った。
そして、ただ、少しばかりそれをいじる。
「……ん。これでよし。奏蕾は、一旦そのままにしてて」
「うん、了解!」
……まあ、せっかくなので。
奏蕾の今の姿を、じっくりと観察してみる。
「デザインは、はねたぬきが?」
「そうだッチ! 自分でも、かなり魔法少女っぽくできたと思うッチ」
胸元に大きな宝石が輝き、ふわりとした布が幾重にも重なっている。
そして、奏蕾には羽も尻尾もあるけれど……それに対して、ただ穴が開いて外に出せるようになっているだけでなく、それすらも衣装の一部であるかのように見えるよう上手くデザインされている。
これなら……少なくとも衣装デザインだけで言えば、新しい魔法少女と言って、疑念を抱かれるようなことはないだろう。
考えられたデザインの作りもそうだけど、それをこうしてちゃんと形にできる奏蕾の魔法も、やはりすごい。
「……うん。少なくとも見た目は、かなりいい感じ」
率直に感想を伝えると、はねたぬきは少し照れくさそうに笑い、奏蕾もまた、嬉しそうな表情を浮かべた。
……そうして、それから。しばらく衣装を観察していると、玄関の方から、インターホンが鳴り響いた。
私と奏蕾、そしてはねたぬきが来客を出迎える。
ただ、その前に。何かの間違いで関係のない人だったら嫌なので、一応、覗き穴から確認し、それからガチャリと扉を開けた。
「やっほー。呼ばれたから、来たよ。じゃあ、お邪魔しま……えっ誰!? ……また、私の知らない魔法少女の人を家に……?」
最初はいつもの調子で挨拶をしてきたけれど、奏蕾の姿を見た途端、ひどく驚いたような反応を見せた。
「わたしは誰でしょう!」
傘をさしてやって来たその来客……紋華の反応を見て、奏蕾は自信満々な声で尋ねる。
「……いや、知らないと思うけど……。え? 知ってる人……?」
直接尋ねられても、紋華は、まるでピンときていない様子で困惑している。
……これはさすがに、認識阻害がうまく働いていると見ていいだろう。
「……ん。じゃあ、解除してみて」
「おっけー、メタモルフォシス!」
「あー! ……えっ? あれ? 奏蕾ちゃんって魔法少女になったの?」
奏蕾が変身状態を解除した瞬間、ようやくその正体が理解できたみたいだけれど。しかし今度は、別な疑問が生まれたようだ。
たしかに、考えてみれば、この状況だけではそう思うのが自然だろう。
「……いや、そういうわけじゃない。奏蕾には魔法で、魔法少女の変身を、再現してもらってみた」
「あー、なるほど。……なんで?」
方法は理解できたけど、理由がよくわからないといった様子。
ひとまず私は、奏蕾が魔法少女の活動に興味を持っていることと、そのためには、身バレ防止の手段が必要になると考えたことを話した。
「ふむふむ、なるほど。つまり私は、その確認のために呼ばれたってことね。……あれ? もしかしてそれだけのために?」
紋華が訝しむようにそう言うと、奏蕾はさっと目を逸らした。
「……一応、他にもある」
せっかく来たのに、それだけだからもう用はない、というのも薄情な話。
玄関から、リビングへと案内する。
「お、じゃあ、お邪魔するね」
靴を揃え、後ろをついてくる紋華には、どこにも迷うような様子はない。
紋華は、私が案内するまでもなく、この家の構造を既に知っている。
けれど……それはそれとして、一応、客としてリビングまで連れて行く形にした。
「……これ。どうかな?」
リビングに着いた私は、早速、魔法で水を擬似的に作り出し、異能によって成形する。
そうして作り出された形は、奏蕾が変身を習得するまでの間に作っていたもの。
パッと見の印象は、エビなどが近いだろうか。
しかし、エビにしては身体がかなり平たい形になっていて、しかも、腕らしきものが二本、まるでカマキリのように折りたたまれている。
奏蕾もはねたぬきも、それを見てもいまいちよく分からないといった様子で首を傾げるばかりだけれど、紋華は、一目でそれが何の形なのかわかった様子で、身を乗り出した。
「おおー……。これは、シャコだね?」
「……うん。そう」
……シャコというのは、甲殻類の一種で、口脚目に分類される生き物。
たまに、塩茹でや味噌汁の具、寿司のネタとして食べることがあるとも聞く。
そんな、シャコを模した半透明のソレの、折りたたまれた腕の部分をじっと見て、それから、ちらりとこっちに視線を向けてきた。
何が聞きたいのか、言葉にしなくてもわかる。
シャコの有名なところは、食用として親しまれていることよりも、その狩りの仕方……もっと言えば、折りたたまれた腕から繰り出される、強烈なパンチにある。
「……多分、再現できてるはずだとは思うけど、まだ試してない」
「じゃあ、今から?」
「うん。……でも、試し撃ちにちょうどいいのが思いつかない」
「それならさ、外に出てその辺の石とかで試してみるのは?」
「……うん、そうだね。そうしよう」
一応、はねたぬきと奏蕾が、ポカンとした様子で置いて行かれているような状態になってしまっているのは……私も、気付いてはいる。
けれど、せっかくだから確かめてみたい、こだわって作ったつもりだから見てみてほしい、という気持ちがどうにも強くなってしまい……つい、そっちを優先させてしまっているような状態だ。
半球を描くような形の、ドーム状の大きな水の傘を展開し、その中を歩いて、私たちは雨に濡れないように外に出た。
そうして、庭の中で適当な石を見つけた私は、その場でしゃがんで、そこに水のシャコを作り出す。
そのバネのような構造の腕で、まるで弓を引くかのように力を溜めさせて、そして、一気に解放させる。
腕の動きは、ほんの一瞬。
直後には、その水のシャコの目の前にあった石に、穴が穿たれていた。
「ふむふむ……やっぱり、魔法と異能の組み合わせって、すごいね。……本物のシャコは、ここまでの威力は出せない。なのに、それと同じような形、大きさ、構造で、これだけの威力になってる」
「……多分、厳密に再現してるわけじゃないところが、大きいと思う。それと……これなら、怪異もどきとの戦いでも、少し工夫すれば戦力として使えるかも」
目の前に現れた結果を、それぞれの視点で分析する。
私としては、これは中々に面白いものができたと言ってもいいような気がしている。
「工夫、ね。まあ、確かに戦力として考えるなら、これだけじゃ足りないよね。……どうするつもり?」
「……うーん。数を、揃えてみるとか……?」
言いながら、水の魚で魚群を作り出す要領で、コレと同じものをたくさん作り出してみる。
「これは、さすがに絵面が……いや、ボクの立場としては戦力になるなら何も言えないッチけど……」
……まあ、たしかに。
甲殻類は、見方によっては虫に近いから、それがいっぱいいるのは、あまり美しい光景ではない。
「うーん……そもそも、その威力ならあの魚たちでも似たようなことできるんじゃない? もっとこう、おっきくしてみるとか?」
奏蕾は、見た目については特に何も思っていない様子だけれど、実用的な視点で意見を出してきた。
そして、その意見は、私としても納得できるものだった。
たしかに、既存の戦力との差別化は重要だ。
「……それなら、このくらい……? おお」
とりあえず、二メートルくらいにして作ってみた。
大きくしてみると……なんだか、結構印象が変わるものだ。
……それから、その後も、ああでもないこうでもないと意見を交わし、最終的に、奏蕾の「大きくする」という案で運用することにした。
少しばかり溜めは必要だけど、高い攻撃能力を持ち、拳を振るうたびに衝撃波を発生させる様子には中々の迫力が感じられるような気がする。
「じゃあね、呼んでくれてありがとう。楽しかった。……それから、はねたぬきちゃんと、奏蕾ちゃんも、またね」
「……うん。こっちこそ、急だったのに来てくれて、ありがとう」
「またね、紋華!」
「いつも、色々ありがとうッチ! また来るッチよ〜」
帰っていく紋華の後ろ姿を見送りながら。
「……結局、奏蕾は配信、やってみたいの?」
私はふと、奏蕾に聞いた。
「うん! 卯実がやってたこと、わたしも、やってみたい!」
返ってきた言葉は、とても単純で、純粋だった。
「……なら、近いうちに、やってみよっか」
「いいの!? やったー!」
呟くように私がそう言うと、奏蕾は、嬉しそうに笑顔を見せた。
……まあ、何事も経験してみるのが大事とは、よく言うし。
試しにやってみるというのも、きっと、悪くはないはずだ。