一晩が経って冷静に考えてみた結果、あの水のシャコは私には少し使いにくいのではないかということに気が付いた。
確かに、攻撃能力はかなり高い。
近接攻撃要員として、これまで私が普段使っている水の生き物シリーズではできなかったことができる。
……けれど、言ってしまえばそれだけでもある。
力を溜めて解放することで一点を撃ち抜くような高威力の攻撃を繰り出す、というところでは、私が普段使っている水の弓矢とかなり近い。
それどころか、遠距離に対してあまり有効でないところを考えれば、劣化とすら言えてしまうだろうか。
敵の接近への牽制手段になるのはいいかも知れないけど……その場合は、攻撃に少し溜めが必要になるところが厳しい上、敵の接近への対応手段としての性能だけで言うのなら、以前から使っている水のクラゲやタコで十分だったりする。
それにそもそもの話をすると、強みである攻撃能力に関しても、私としては、既に今の時点でそれはある程度揃っている。
戦力の増強を図るなら、どちらかと言えば、それらを通すための補助手段の方を増やしたい。
「……ていう感じで、結局昨日のは、ボツにすることにした」
「えー! そんなぁ……もったいないよ」
朝食を食べながら、考えたことを奏蕾とはねたぬきに話す。
奏蕾は、残念そうに肩を落とした。
勿体無いという考えは、わからなくもない。
けれど、作ってみたはいいけど実際に色々考えてみると……というのは、これまでも割とよくあったことだったりするから、仕方がない。
「……まあ、ボツとは言ってもレギュラーにはならないだけで、それが最適解だと判断したら、使うけど」
「うーん。確かにせっかく考えたのにもったいないッチけど……少しホッとしてる自分もいるッチ……」
……逆に、はねたぬきの考えていることとしては、どうせ絵面を気にしてのものだろう。
たしかに、節のある脚が何本もついているところや、頭部に触覚のようなものを備えているところは、虫みたいで、インパクトが強いと言わざるを得ない。
私としては、性能が高いのであれば、そういうのは別に気にしたりはしないけれど……はねたぬきは、私以上に見栄えとかそういうのを気にするところがある。
それは、配信するということを意識しているかどうか、といった違いからだろうか。
……そういう意味では、奏蕾が配信をしたいと考えているらしい以上、私も、ある程度は考えてみなければいけないのかも知れない。
「……また、今度別なものを作ってみる。その時は、昨日みたいに奏蕾も一緒に考えてほしい」
「おー……! いいね! 昨日みたいにまたいろいろ試したりするの、楽しみ!」
奏蕾としては、別にあのシャコそのものに思い入れがあったというわけでもないのだろう。
一緒に、ひとつのものを作り出す。……それは、私と紋華、そして時々はねたぬきも混ざる形で、これまで何度もやってきたこと。
そこに昨日、初めて奏蕾が加わった。
それは、昨日で最後というわけでもなんでもない。
「……ごちそうさま」
空になった皿の前で手を合わせながら、今日の予定を考える。
昨日と違って、外は特に雨は降っていないけれど、太陽は雲に隠れている。
テレビの天気予報によると、今日は、一日を通して全体的に曇り空になるらしい。
ひとまず、必要な家事を一通り済ませて、私は改めてソファに腰掛ける。
……テーブルの方では、奏蕾がノートパソコンで何かを見ている。
なんとなく腰を上げて、その後ろ側に回ってみたら、その画面には、怪異もどきと戦う私の姿が映っていた。
これは、そこそこ前の私の、配信のアーカイブだ。
どうしてそんなものを、とは思ったけれど、何の動画を見るかなんて奏蕾の自由。わざわざ口出しするようなことでもない。
私はまたソファに戻り、ゆっくりと腰を下ろす。
「……それ、やってみたいって言ってたけど、イメージとかって固まってるの?」
魔法少女としての、怪異もどき討伐配信。
奏蕾がそれをやるために必要なものは、既におおよそ揃っている。
はねたぬきを通して組織にも既に伝えてあるし、あとはもう、実際に昨日習得した変身魔法で変身して、「魔法少女」として、私と一緒に怪異もどきと戦えばいいだけ。
表向きは、おそらくペアを組んだ、もしくはコラボ配信、という形にすることになるだろう。
インターネット上での配信をしていない魔法少女は、別に、世の中には結構いる。未知の魔法少女が急に画面に映ったとして、驚かれはしても、不審に思われるようなことはないはず。
だから、もう、あとは本人のイメージ次第。
「イメージならバッチリだよ! 今は怪異もどきってどんなのがいるのかなーって、見てるんだ」
「……そう。それなら、よかった」
自信満々な様子なのは、いいことだ。
それに、怪異もどきについて知っておくのも、大切なこと。
……この様子なら、次に怪異もどきが出た時にでも、早速試してみてもいいかも知れない。
静かに大きく伸びをして、スマホを手に取る。
今日は久しぶりに、他の魔法少女の配信でも見てみようか。
……そう思って、動画サイトの中で検索をかけて、画面をスクロールしていると。
「卯実、さっき新しい怪異もどきが現れたって」
「……うん。わかってる」
はねたぬきの言葉と同時に、スマホに組織からの通知が来た。
タイミングが、いいと言うべきか悪いと言うべきか。
少し複雑に思いながらも、私は動画サイトを閉じて通知の詳細を確認する。
……情報によると、今回も前回同様に緊急性はそれほど高くない。場所は結構近くで、推定危険度はそこそこ高め。
緊急性が高くないのは何よりだけど、それよりも気になるのは、やっぱりこの推定危険度の数値だろう。
別に、異常なほど高いとか、これまでに経験したことのない水準とか、そういうわけではない。
……けれど、この数値の怪異もどきとの戦闘が初配信で、果たして問題ないのかどうか。
もちろん、いざという時は私が一人でなんとかすればいいとは思う。
けれど、それはそれで、初めての配信なのにうまく活躍できなかったら……奏蕾は、落ち込んだりするのではないだろうか。
「……」
ちらりと奏蕾の方を見ると、奏蕾は、気合い十分、とでも言いたげなやる気に満ちた顔でこちらを見ていた。
……まあ、いいか。
うまく立ち回れないことが決まっているわけでもないし、仮にうまくいかなくても、それはそれでひとつの経験。それで嫌になったなら、それまでのこと。
「……行こう。あと、今日は配信もしようと思う。なんて名乗るかは……決めてある?」
組織には自分たちが向かうという連絡を返して、ソファから立ち上がる。
「うん! もちろん、バッチリだよ!」
「……そう。それなら、いい」
奏蕾の返事を聞き、支度を済ませ、奏蕾とはねたぬきに声をかけて玄関に向かう。
「今回は、推定危険度がそこそこの数値。敵が強かったり異界に変な仕掛けがある可能性があるから、気を付けて」
「わかったよ! 気を付けて戦えばいいんだね!」
「……まあ、そういうこと」
本当にちゃんとわかっているのか不安になるような軽い返事。
まあ、不注意で躓くようなタイプではないと思うから、その辺りについては、それほど心配してはいないけど。
スマホのマップ機能を使いながら、私たちはその場所へ向かう。
そうして、途中、バスやら何やらを利用して、十数分後。
……私たちはその場所に到着した。
そこそこに近場なこともあって、私はこの場所を知っている。
そこにあるのは、一軒の古い洋館。昔は、個人経営の宿泊施設として使われていたらしいけど、数年前にその経営をしていた人が行方不明になってしまい、閉業中。
行方不明の原因としては、おそらく怪異もどき関係だろうと思っているけど……怪異もどきに襲われた場合は痕跡が残らないから、確実なことはなんとも言えない。
まあ、今ここにいる怪異もどきはついさっき発生したばかりのものだから、その行方不明の人とは直接的な関わりはないだろうけど。
「おおー……なんか、雰囲気あるねー」
「……そうだね」
宿泊施設として使われるようになるよりも前は、実際に貴族みたいな人たちが暮らしていたという話もある。
時間の流れによってその人たちの手を離れ、宿泊業を営む人が買い取ったとか。
「異界への入り口は建物の中、二階の一室にあるみたいだッチ」
「……わかった」
「了解! じゃ、行こう!」
当然、所有者が行方不明とはいえここは私有地であり、勝手に入れば不法侵入になる。
だけど、怪異もどきが出現していることや、先に組織を通じて国に連絡を通してあることから、私たちが咎められることはない。
私有地の中を映すことについては色々と条件があったりして、たまに許可が下りないパターンもあったりするけど……今回は、問題なしとのことだった。
「……」
「おじゃましまーす……」
静寂の満ちたその建物の中へと足を踏み入れ、周りを見渡す。
天井からは大きなシャンデリアが吊り下がっており、目の前には大きな階段が見えている。
外観通り豪華な建物だけど、灯りがついていないから薄暗いし、積もった埃や蜘蛛の巣が、あちこちでいくつも視界に入る。
……はねたぬきが言った通りだけど、どうやら建物の中自体は、まだ普通の空間みたいだ。
「……メタモルフォシス」
とりあえず、今のうちに魔法少女の姿に変身しておく。
「メタモルフォシス・イリュージョン」
私がそうしたところを見て、奏蕾も、昨日身につけたばかりの変身魔法で変身した。
……うん。
改めて見ても、これなら、魔法少女が二人並んでいるようにしか見えないだろう。
はねたぬきが言う部屋の前まで歩き、そして奏蕾の方を見る。
「……じゃ、始めよう。いい?」
「うん! わたしはいつでも大丈夫だよ!」
奏蕾の言葉を聞いて、私ははねたぬきの方を見る。
「了解だッチ! それじゃあ、今から始めるッチ」
はねたぬきのその言葉に、私は無言で首を縦に振り、そして軽く気持ちを切り替える。
「……今回も、怪異もどきを討伐する。……だけど、その前に、今日は一人仲間を紹介する」
「はーい! 今日、魔法少女ディープマリンと一緒に戦う、魔法少女? スカイスケイルです! よろしくね!」
スカイスケイル……直訳して、空の鱗。
今の私たちからは視聴者たちのコメントを見ることはできないから、彼女が、どのように見られているのかはわからない。
あまり変なことを言われていないといいけれど……どうだろう。
「……じゃあ、早速行こう」
「了解! 突撃ー!」
……まあ、わからないことを考えたって意味がない。
そんなことよりも、今は目の前のことに集中しよう。
そうして、扉を開いた先に広がっていたのは、洋館の一室……などではなく。
鬱蒼とした、深い森の中だった。