絶えず鳴り続ける音は、結局のところ何なのか。
それは未だわからないし、もしかしたらあまり悠長にしている場合ではないのかも知れないけれど、それでも、もう少しくらいは手がかりがほしい。
「とりあえず、一旦移動しよう」
「おっけー! ……そういえば、さっき思いっ切り飛び上がった時に木が生えてない開けた場所があったけど、行ってみる?」
「……わかった。それなら、そっちに行こう」
「よし! じゃあ私が案内するよ、ついて来て!」
その場所を見たという時からかなり移動しているにも関わらず、場所をしっかりと覚えているのか、奏蕾は迷いなく動き出した。
私も、その後を、木にぶつからないよう気をつけながら、空中を泳いでついていく。
さっきは、移動するとは言っても、どこに移動するべきかについては、私としては特にこれといってアテがなかった。
見てみたい場所があったというのは、都合がよかったと言えるだろう。
それに、さっきまでいた遮蔽物だらけの場所よりも、開けた場所があるのなら、そういうところの方がいい。
……弓矢に魚群と、私の持ち合わせている手札としては、むしろこういう、木々の多い場所の方が適性があるのかも知れない。
けれど、見晴らしの良い平坦な空間での戦闘の方が、慣れている。
考えながらしばらく移動し、そうしてそこに辿り着いて、立ち止まった。
「……ここ?」
「うん、ここだよ!」
……そこは、確かに、木々の生えていない開けた場所だった。
落ち葉も枝もなく、まるでそこは、人為的に拓かれた場所のようになっている。
「……空、夜だったんだね」
さっきまでいた場所では木々の葉で全然見えていなかったけど、ここからなら、空の様子がよく見える。
黒一色の空を背景に、星がいくつか瞬いている。
大きく輝く星がひとつと、小さく輝く星が無数に。
それらはまるで、円を描こうとしているかのように並んでいる。
……それだけじゃない。
先ほどから聞こえてくる、「カッカッ……」という音にまるで連動するかのように、小さい星の光が増えている。
今はまだ、それらを結んでも円にはならない。
少しだけ、欠けている場所がある。
だけど……音と共に小さな光が増えるにつれ、それは少しずつ埋まっていく。
一応、その星々に向けて軽く矢を放ってみたけれど、別に何かに当たりそうな気配はなかった。
「……もしかして」
小さく呟いたのとほぼ同時、さっきから少しずつ近づいて来ていた、大剣を引き摺る音が止まった。
「あいつらが来たよ!」
「……うん。気付いてる」
二体のエネミーが木々を抜けて、私たちの視線の先に立っていた。
とは言え……まさか、この距離を一息で詰めるつもりだろうか。
私たちも構えるけれど、二体のエネミーは、まるで動く気配がない。
「どういう……」
言いかけて、もしかしてと思い空を見上げる。
……空の上では、小さな星が、既に欠けのない円を描いていた。
「ボー……ン」
先ほどのように、鐘の音が鳴り響く。
その数は、一度だけ。
その瞬間、空に浮かんでいた星々は全て消え、そして目の前に立っていた二体のエネミーもまた、溶けるように消えていった。
「……」
「……」
私たちは、どちらからともなく顔を見合わせる。
奏蕾の顔には、とても困惑しているような表情が浮かんでいた。
さっきまで聞こえていた一定間隔で鳴る音も、すっかり聞こえなくなっている。
空は、まるで奈落の底のような果てしない黒が広がっているだけ。
「……多分、タイムオーバー」
呟いた直後、空から一本の大剣が落ちて来た。
それは、さっきの二本と同じように、影から、大剣の使い手たるエネミーを形成していく。
違うところで言えば……その数がひとつだけだということだろうか。
「おそらく、空に浮かんでいたのは、時計盤。時間以内に倒せないとリセット……みたいな感じだと思う。大きな星がひとつだけあったのは、おそらく、直前に倒したエネミーの数に対応してた」
「えっと……じゃあ、つまり現れたエネミーをひたすら倒していって、数を増やしていくのが、ここのルール、ってこと?」
「……たぶん。そういうことだと思う」
今回も、鐘の音が鳴ると同時に体力を奪われた。
けれど、それは予想できていたからついでに確認してみたところ……吸収してきた量自体は、案外、それほど大きいものではなかった。
その量では、あのエネミーを作り出すだけのエネルギーは賄えない。
大人しくルール通りに狩っていれば、どこかでこの怪異もどきも限界を迎えることになるはず。
「でも、敵の決めたルール通りに行動するのって……どうなの?」
「……よくあること。怪異もどきのルールは、必ずしもこっちに不利益だけをもたらすものとは限らない」
花畑のときも、最終的には足に絡む根の強さで本体を判別した。
奏蕾と出会った時の怪異もどきも、頭以外を狙うことでダメージを与えることができた。
彼らのルールは、彼らに対して有利をもたらすものではあるけれど、その不利を覆せるだけの力があるなら、それは、こちらがつけ入る穴になる。
……逆に言えば、だからこそ最後に追い詰められた怪異もどきはそのルールを捨て去り、本性を表して襲い来るのだろう。
「……まずは、あれを倒す」
ちょうど形が完成し、大剣を構えてこちらの様子を伺うエネミーを見る。
その動物頭の瞳からは、感情らしきものは何も読み取れない。
ごくわずかな膠着の中、最初に行動したのは私だった。
半透明の魚の群れが、一直線に向かっていく。
が、しかし魚たちの攻撃が届くことはなく、それが大剣を横薙ぎに大きく振るったことによって、あっさりと斬り払われていった。
……ここまでは、予想通り。
最初に現れた個体も、同じように対応していた。
「ブラスト・ロア!」
剣を振るったことで姿勢が崩れているタイミングを逃さず、エネミーが次の行動へと移るより前に、奏蕾が空中から熱線を浴びせた。
タイミングは、まさしくジャスト。
回避に移る間も与えず、その攻撃は直撃した。
よろめきながらも、今ひとつどこを見ているのかわかりにくいその瞳が、一瞬、たしかに攻撃の出所である奏蕾を睨んだ。
「……ここ」
私が、小さく呟いたのと同時。
背後から音もなく忍び寄っていた全長三メートルほどのクラゲが、一気にエネミーの全身を絡め取った。
クラゲは、獲物を捕らえたままふわふわと空中に浮かんでいく。
足を浮かせ、腕を絡め取り、確実に抵抗を封じ込める。
動き方、形状共に人間と同様なら、動きを完全に止めるための要点を推測するのはそれほど難しいことではない。
もしも、木々が生い茂るような邪魔になるものが多い空間だったら、こうして、この大きさのクラゲを作り出すことはできなかったけれど……この場所ならば問題はない。
まるで蜘蛛の巣に絡め取られた虫のような状態のエネミーに対し、半透明の魚たちが群がっていく。
……そうして。
そのエネミーは数多の魚たちによって倒され、その姿は消えていった。
「ボー……ン」
「ボー……ン」
鐘の音が鳴り響き、それに合わせて二回、またも体力を奪われる。
エネミーの形が崩れていったのと同時に、空にひとつ、大きな光を発する星が浮かび上がり、そしてまた、一定間隔で時を刻む、「カッカッカッ……」と、音が鳴り始めた。
「……まだ、戦える?」
「もちろん! 全然問題なし、だよ!」
「……そう。それならいい。……だけど、少しでも辛ければすぐに言って。多分、先は結構長い」
一応、念のためにそう言うと、奏蕾は大きく頷いた。
……ちゃんとわかっているのなら、それでいい。
こういうのは、自分の力を過信して退き時を見誤るのが、一番危険。
「ところでさ、時計なら……十二回くらい繰り返したら何か起こったりしそうだよね?」
「……うん。こっちも、同じことを考えてた」
仮に数が一ずつ増えていくのなら、最終的に、鐘の音は合計で百回近く鳴ることになる。
……そのくらいなら、私としては、問題ない。
奏蕾も、それを理解した上で問題なしと言っているようなので、仮にそういう流れでありそうなら、ここからは一気に、ルールに従ってカウントを進めてしまうのが早いだろう。
もっとも、もし倍々で増えていきそうな流れだったら、十二回繰り返す頃には合計で一万回近く鐘が鳴ることになるから……さすがにやり方を考え直す必要が生じることにはなるけれど。
ひとまず、様子を見ておくのは必要な手順。
数字の増え方の規則性は、次でおおよそ確定するはずだから。
「……来る」
最低限の言葉を発し、顔を見合わせたのと、ほぼ同時。
頭上から、風を切るような音と共に大剣が二本落ちてくる。
……だけど、私たちは、既にそれは知っている。
余裕を持ってそれを避け、大きく後退してそのまま弓を構える。
奏蕾の方を見ると、奏蕾は奏蕾で、大きく広げた両手の先にこれまでに見たものよりも大きな魔力の球を作り上げ、すぐにでもそれを放ってサンドイッチにできるよう構えている。
……二人揃って、あまりにも露骨な待ち伏せである。
配信としてはあまりにも映えない手段ではあるけれど、実際にそれが有効であろうと思われるのだから、仕方がない。
悪いのは、登場パターンを工夫しようとしない怪異もどきの方だろう。
……案の定、影から徐々に姿が形成されていき、エネミーが、そこに出現しようとする。
そうして、形を成した、その瞬間。
「……穿つ」
「コリジョン・エクスプロード・ロア!」
放たれた矢は渦を生み、大剣もろともエネミーを呑み込んで消し。
そして、二つの魔力の球は衝突して大きな爆発を起こし、エネミーの全身を巻き込んだ。
「ボー……ン」
「ボー……ン」
「ボー……ン」
見上げてみれば、空には二つの大きな星が並んでいる。
そして、鐘の音は、確かに三回だけ鳴り響いた。
「……っ」
「……」
三度、体力を奪われる感覚が襲う。
……けれど、予想した中ではマシなパターン。
無言で顔を見合わせて、どちらからともなく頷き合う。
……これなら、やれる。
落ちてきた三本の大剣をまた避けて、それぞれ再び大技を構える。
そして、またエネミーは形を成して。
流れ作業のようにそれらは処理され、鐘の音が響いて星が増える。
降り落ちる大剣の数は、四本、五本と増していくけれど、大剣が自分たちを狙って落ちてくることを利用し、一箇所にまとめることで、何もさせずに対処していく。
その度に響く鐘の音だけは、どうしてもやっぱり厄介ではあったけど……しかし、仕掛けさえわかってしまえばこんなものだ。
「ハァ、ハァ……これでラスト! ……かな?」
「……たぶん。予想が合っていれば」
十二回の、鐘の音が鳴り響く。
さすがに、そろそろ疲労で体が重く感じる頃ではあるけれど、まだまだ動けない程ではない。
一、二、三、四……と、慣れた動きで、大剣を最低限の動きで躱わし、そして、十二を数えた瞬間、大きく距離を取って弓を構える。
鐘の音だけじゃない。
こうして毎回大技を放つのも、疲労の原因。
……だけど、正攻法で相手するよりはずっとマシだ。
「……これで、終わり」
「クアドラプル・コリジョン・エクスプロード・ロア!」
形が成立したばかりの十二体のエネミーに、二人でそれぞれの大技をぶつけ、即座に跡形もなく消し飛ばした。
空には、十二の大きな星が等間隔に並んで、綺麗な円を描いている。
「ボー……ン」
「ボー……ン」
「ボー……ン」
鐘の音は繰り返され、私たちの体力を奪い去りながら大気を震わせる。
「ボー……ン」
「ボー……ン」
果てしないかのように錯覚する中、鐘の音を数え上げる。
数字の増え方の規則性がそのまま反映されるのなら、鐘が鳴る回数は十三回。
しかし、既に星の円……時計盤は完成している。
……果たして、どうなるか。
そう思いながら、数えること十二回。鐘の音が鳴り響いたけれど、しかし、十三回目の鐘の音が鳴るようなことは、なかった。
軽く息を切らせながら、私と奏蕾は、顔を見合わせた。
……その、直後。
鐘が鳴らない代わりとばかりに、星の瞬く黒い空に、パキ……パキ……と、音を立てて、巨大な亀裂が走っていった。