無事、向かっていたラーメン屋に到着した。
昼時の日曜日ということもあってそれなりに並ぶことにはなったけれど、思っていたほど混雑していなかった。
「……地域のラーメンとか、何とか系とか。ここなら、色々なラーメンがある」
席に座った奏蕾にメニューを渡しながら、私は言った。
……今更だけど、ラーメンそのものを初めて食べる奏蕾を連れてくるにしては、この店は選択肢が多すぎたのではないだろうか。
それこそ、最初は醤油ラーメンや塩ラーメン、味噌ラーメンしか選択肢がないくらいが、ちょうどよかったかも知れない。
メニューに並んだ文字を前に悩む奏蕾を眺め、私はぼんやりと、前にこの店に来た時のことを思い出す。
……それほど、昔というほど前のことでもない。
それは、私が中学生の頃のこと。
師匠とも呼べる、とある魔法少女と一緒に暮らしていたときのことだ。
……懐かしい。
またあの生活に戻りたいかと聞かれれば、私は迷わず首を横に振るだろうけど、それはそれとして、悪い日々ではなかったと思う。
行きつけというほどでもなかったけれど、少し、いいことがあったりすると、よく2人でここに来ていた。
ここに来た時には、あの人はよくブラックラーメンというのを頼んでいたっけ。
ご当地ラーメンシリーズの一種で、スープが黒いのが特徴だった。
「よし、決めたよ! わたしは、この、どっさり肉ラーメンってやつにする!」
……目の前の奏蕾の声で、ふと、現実に意識が戻ってきた。
奏蕾はというと、山盛りになっているラーメンの写真を指差している。
「……それ、量多いけど大丈夫?」
「問題ない! ……と思うよ! 多分」
……どっさり肉ラーメン。
それは単に麺や肉の量が多いだけでなく、他と比べて異質な太さのわしわしとした麺であり、ゴロゴロとした厚切りの豚肉、スープに浮かぶ濃厚な脂、にんにく、そして山盛りの野菜が特徴だ。
興味本位でチャレンジすると痛い目を見るメニューだけれど……まあ、本人が食べられると言っているし、いいだろう。
「そのラーメンは、カスタムもできる。……ここに、色々書いてある」
「おおー……でも、あんまりよくはわかんないから、一旦全部普通にしておこうかな」
スープの濃さやら、肉やにんにく、野菜や脂といったものの量なんかを、自分で選べる。……とは言え、奏蕾がそうしたように、最初は普通にしておいて様子を見るのが一番無難な選択だろう。
私は、既に頼むものは決めてある。
奏蕾の選択を確認した私は、テーブルの上にあったボタンを押した。
「はーい! ただ今伺います!」
ピンポーンという電子的な音が店内に鳴り響き、それから、店員の張り上げた大きな声が聞こえてきた。
少し待つと、手にメモのようなものを持った店員が、注文を聞きにやって来る。
私は、ついさっき奏蕾が選んだものと、自分が歩きながらあらかじめ考えていた注文を、それぞれメニューを指差しながら伝えていった。
そうして、注文を聞いた店員が戻っていく後ろ姿を、見送った時。
「……ねえねえ、そういえば、さ」
ふと、何かを思い出したかのように唐突に奏蕾が口を開いた。
「前に組織では卯実が二番目って聞いたけど、それなら一番の人って……どんな人なのかな?」
「……それは、あくまで噂話って、ことだったよね」
「うーん、まあたしかにそうだったけど……でも、一緒に戦ってて、むしろ卯実より強い人って、どんな人なのかなーって。もしかして、知ってる人なの?」
たしかに、奏蕾にその話をしたことはない。
少しばかり、話すか話さないか、悩ましい話題ではあるけれど。
……まあ、いいか。
「……私より強い人なら、一人知ってるってだけ。その人は、昔私を拾った人で、パイロハートって名前で、活動してる」
話したいと思う理由がないだけで、話したくない理由があるわけでもない。
ここに来た時に連想したこともあるし、ここでその話が出たのは、何かの縁と思ってみてもいいかも知れない。
「まだ、はねたぬきと契約していなかった頃。怪異もどきに襲われていた時に助けられた。それから私も魔法少女になって……あの人には帰る家がなかったから、似た境遇で魔法少女になった者同士、しばらく一緒に暮らしてた」
……最終的には、私が「毎日カップラーメンでいい加減飽きた」とかそんなことを言った結果、なぜか「それなら別々で暮らそう」ということになった。
あの人は私以上に色々と雑で、本当に、何か特別なことでもない限り毎日毎日カップラーメンの食生活だった。
何年も、何も言わずにその生活に付き合っていた自分は、むしろ、かなり根気強い方だったのではないかと思っている。
「……今の私の戦い方とか、考え方とか、そういうのはあの人から教えてもらった。戦いは引き算、とか、そんなことをよく言ってた」
年齢は、私と一つしか変わらない。
けれど、お互いが中学生の頃にそれぞれ離れて暮らすようになったから、今では、あの人が高校に進学したのかすらもわからない。
少なくとも、同じ学校でないことだけは、間違いないけど。
「あとは、紋華とは仲が悪い……というか、当時は紋華が一方的に避けてて、二人はほとんど面識がない。紋華が言うには、『魔法少女は同類じゃないから嫌』とかなんとか」
同類じゃないと判定したにも関わらず、特に嫌な顔もせず普通に話している奏蕾とは、また違った枠組みにある。
多分紋華にとって、奏蕾は『厳密に分類すれば同類ではないが似たようなもの』であり、純粋な魔法少女は『厳密に分類するまでもなく自分とは違うもの』。
……世間的に距離を置かれ、敬遠される者。
あるいは、そうなりかねないような出自や秘密を抱える者。
それが紋華が言う、同類という存在だ。
魔法少女としての師匠的な存在はそのパイロハートであり、異能の使い方については紋華から教わったような部分が多いから……私としては、何とも複雑な関係だ。
「ふー……ん。そっかぁ。いつも思うけど、生まれる前の話を聞くのって、不思議な感じ。私が生まれる前も、みんながいて……そこには、それぞれの過去が、あるんだもんね」
こうしていると忘れそうになるけれど、奏蕾は、まだ生まれて間もない。
それに、直接面識のない相手のことをこうして聞かされるという経験は、おそらく初めてのことだろう。
不思議な感じ、という感覚があるのも……無理はない。
「お待たせしました。どっさり肉ラーメンと、豚骨ラーメン味玉トッピング半チャーハンのセットです」
そうこう話していたら、店員が、注文していた料理を持って来た。
……まあ、この話は一旦、この辺りでいいだろう。
「おおー……山盛りだあ」
まだ気になるのであればまたどこかで聞いてくるだろうし、今は、空腹を満たしたい気分でもある。
それに、奏蕾の顔を見てみれば、目の前に置かれた山盛りのラーメンに釘付けになっている。
……というか、本当に、その量をちゃんと食べ切れるのだろうか。
ダメそうだったら、どうにかして私が残りを食べればいいという話ではあるけど……私は私で、大分多く注文してしまったから、自分の分はともかくとして、残りの分まで食べられるかは自信がない。
食べ物を捨てたり無駄にするのは、個人的な主義としてあまり気が進まないから、どうにか頑張って、食べ切ってくれることを祈るとしよう。
「……いただきます」
「いっただきまーす!」
今回も、こうして無事に食事ができることに、自分なりの感謝を込めて。
手をそっと合わせてから、箸を手に取る。
まずは、麺を一掴み。口元に運んで、啜っていく。
モチモチとした食感の麺には、しっかりとスープが絡んでいる。
次は、味玉。一口齧ると、半熟の黄身が口の中でとろけ、しっかりと染み込んだ塩気が程よく舌を刺激する。
味玉を飲み込んで、それからのこと。
私は箸を一度置いて、今度は、レンゲを手に取った。
……レンゲの語源は蓮華、つまり蓮の花であり、花弁に形が似ているところから来ているのだとか。
中学二年生くらいの頃、雑学にハマっていた頃の紋華がそんなことを語っていたことがある。たしか、自分の異能に『妄獣使い』なんていう一捻り入れた名前を付けていたのも、同じ時期だったような気がする。
……そんなことを、ふと、思い出したりしながら。
私は掬ったスープに息を吹きかけ、少しだけ冷ましてから口にする。
濃厚な豚骨の香りが鼻を抜け、そして、わずかにとろみを帯びた熱が、喉を通った。
それから、今度はそのままレンゲを持って、チャーハンの山を上から軽く切り崩す。
パラパラとした米粒のひとつひとつは、まるで固まることなく、簡単にほどけていく。塩気のバランス加減も、ちょうどいい。
次は、麺。それから、焼豚。
……なんて、そんな風に食べていたら、あっという間に無くなった。
中学生以来で久しぶりに来たけれど、この店の味は、悪くない。
「……ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした!」
しっかりと味わって完食し、私が手を合わせたのとほぼ同時。
奏蕾の前にあった器の中は、すっかり空になっていた。
……そういえば、奏蕾に「ラーメンのスープは残していいものとされている」ということを、教えておくのをうっかり忘れてしまっていた。
飲んではいけないというわけでもないけれど、全部飲むとなると、塩分やらが心配になる。
まあ、今度教えておけばいいか。
ひとまずはしっかり会計を済ませ、私たちは外に出た。
「……そういえば、だけど」
外を歩きながら、ふと気になったことがあったので、私はおもむろに口を開く。
「今日、戦いながら技名みたいなのを言ってたけど、あれって自分で考えたの?」
例えば、ブラスト・ロア、とか。
エクスプロード・ロア、とか。
そういうのを考える発想は、私には、無かったものだ。
「うん! 他の魔法少女の人たちは結構そういうことしてて……なんかいいなーって、思ったから!」
私の技に名前をつけるとしたら、何になるだろう。
スパイラル・アロー、とか?
……いや、あえて直接的に、大渦の矢、とかの方がいいかも知れない。
まあ、やらないけれど。
「……最後あたりの技、少し、長くなかった?」
特に、クアドラプル……なんとかかんとか。
毎回言うのだとしたら、変なところで隙が生まれる原因になりそうな気がしないでもない。
「うーん、そうなんだよねー……。最初のブラスト・ロアとかエクスプロード・ロアとかまではよかったんだけど、それより後のやつは、なんか長くなりすぎちゃったなーって、思いながら、やってた」
……本人としても、一応自覚はあったらしい。
「変えるなら……なんだろ」
「……いっそ少し削って、クアドラプル・コリジョンとか、コリジョン・ロアとかで、いいんじゃない?」
「確かに! ……よーし! 次はもっと、無駄のないスマートな感じでやってみようっと!」
しかし……早くも、次のことを考えている。
やりたくなさそうだったり気が進まなさそうだったりしたら、ということも、とりあえず考えはしていたけれど、その必要は無かったらしい。
次も頑張るぞー! なんて、気合を入れる奏蕾を横目に。
私たちは、家へと帰る道を歩いた。