奏蕾が初めて、変身魔法を使っての魔法少女もどきとして怪異もどきと戦った日から、また何週間かが経った頃。
私たちは、また、新しい怪異もどきと戦っていた。
これまでのものとは違い、今回は、緊急性の高い事案。
人が巻き込まれていることが予測されたため、特例として、『転移ゲート』の使用許可が下りていた。
ちなみに、転移ゲートというのは、精霊の使う魔法の一つ。
特定の場所と目の前の空間を接続し、実質的なテレポートを可能とする魔法だ。
組織の規定により、普段は「使用すると世界の安定性が一時的に低下し、さらなる怪異もどき発生を誘発する恐れがあるため緊急の場合を除き使用は許可しない」とされている。
緊急性が高い時は、他にも「インターネット上への配信はしないのがマナー」だったりと、普段と違うことが色々とある。
いくら異界が基本人間のいない場所に現れるものとはいえ、人間のいる場所に現れることが、全くないというわけではない。
だからこそ、そういう時のために事前に決まっていることがいくつかある。
……と、いったところで。
そんな緊急性の高い怪異もどき攻略戦だったけれど、今回はもう、既に佳境に入っていた。
被害者と思われる人たちは、三人とも全員、身の安全を確保済み。
二層構造の水泡で守りながら、私の背後に隠れてもらっている。
今回は、純粋なエネミー徘徊型だった。
彼らが襲われるよりも前に、私たちの到着が間に合ってよかったと思う。
しかしながら、戦闘はもう既に大詰め。
本性を表した怪異もどきの本体に対し、私がフィールド魔法を発動した。
あたり一面、景色は深海の水底に変じている。
「いくよ! ブレード・クロー!」
数多の髪の毛のようなものが集まって一つの大きな塊のようになった怪異もどき。
そこに躊躇なく奏蕾が接近して、五つの爪痕を刻み込もうとしたものの……それは、惜しくもあと一歩といったところで躱わされてしまった。
……しかし。
それを避けることは、予測済み。
私が放った水の矢は、周囲の水を巻き込んで渦を成し、避けた怪異もどきを狙う。
この渦は、フィールド内で連携することを前提に、新しく開発した技。
雪だるま式に渦が大きくなっていくのではなく、より強力な渦の引力により、巻き込んだ水を圧縮して束ねていく。
範囲を無駄に広げないことにより、味方撃ちのリスクを低減。
あとは、それから。
飛来した超密度の矢を、怪異もどきはまた回避した。
「……それなら、射程範囲」
矢が上手く躱わされたかのように見えた、次の瞬間。
それはまるで、突然に爆発したかのように、咲いた。
……突如として現れた、半透明な珊瑚。
その一部が、怪異もどきを貫き呑んだ。
巨大な体躯を持つことが多い怪異もどきを相手するにあたって、渦の範囲は極めて有効。いくら連携成立のためとは言え、単純に貫通力を高めて、それを捨て去るのは勿体ない。
だからこそ、こうして任意のタイミングで、圧縮した水の力を解放することができるような設計にした。
巻き込んでしまうと判断したらそのまま貫通の矢として使えばいいし、問題ないと判断したら、こうして炸裂させることができる。
後出しで範囲を広げられることから、直感的に、「どの程度避ければ回避できる」というのを悟らせないのも、思わぬ収穫といったところ。
「コリジョン・ロア!」
怯んだ怪異もどきに、奏蕾が魔力球の衝突による爆発を叩き込む。
合わせて、私もそこに水の矢を撃ち込んだ。
「……爆ぜて」
そうして、衝撃波に乗じて奏蕾が距離を取った次の瞬間、怪異もどきの体の中心部分から、再び大きな珊瑚が咲いた。
「クロー・クロス!」
咲いた珊瑚が溶けて消えるのと同時、奏蕾が接近してさらなる追撃を加えていく。
既に原型を失いつつあったところに、交差する十本の斬撃によって深々と切り刻まれると……ついに、怪異もどきは耐えきれなかった様子で、その身体は腐り落ちるように消えていった。
「……これで、おわり」
フィールド魔法を解除すると、そこは異界の中ではなく、古びた屋敷の一室に戻っていた。
床一面畳張りの部屋になっていて、障子によって、他の部屋と隔たれている。
そして、よく手入れされていたであろう和服を着た人形が、埃を被ったガラスケースの中でちょこんと座っているのが目を引く。
……なんでも、家族総出で空き家になっていた祖父母の家を整理しようとしたところ、偶然怪異もどきの発生に巻き込まれてしまったということらしい。
極めて不運な出来事だけれど、犠牲者が出なかったというのは、不幸中の幸いといったところだろうか。
「……ありがとうございます! 本当に、死ぬかと思いました……!」
「ありがとうございます! どうお礼をしたらいいか……」
「ありがとう! お姉ちゃんたち!」
救出した人の中の一人、おそらく父親であろう男の人が深々と頭を下げ、それに続くように、追い打ちをかけるかのように礼を言われる。
もちろん、変に心ない言葉をかけられるよりは、全然いい。
……とは思うけど、それはそれとしてこういうのはどうしていいかわからなくなるから、個人的にはあまり得意ではない。
「……別に、当然のことをしただけ。……忙しいので、失礼します」
というか、こういうのはむしろ苦手だ。
なんで返せばいいのかとか、そういうことを考えるのは面倒だし。
そう思いながら、逃げるように、私はすぐにその場から退散する。
「じゃあねー!」
私に続いて、奏蕾とはねたぬきもまた屋敷を出た。
奏蕾は、特にこういう状況に苦手意識みたいなものは無いようだ。
……まあ、これに関しては、私がただ人付き合いが苦手すぎるというだけだろうとは、思うけど。
「いやー、なんとかなってよかったよー……。みんなのこと、助けられてよかったね!」
屋敷から出たところで、心から安堵したように奏蕾が言う。
ああやってお礼を言われるとむず痒い気持ちがして苦手……ではあるけれど、私にも、そのことに安心している気持ちはある。
「……うん。初めての緊急事案、お疲れさま」
はっきり言って、全員を助けられるかは、かなり運によるところがある。
例えば、緊急と聞いて飛んで行ったら既に手遅れだった、ということもありえるし、そうなったら、どれだけ魔法少女が強かろうとどうしようもない。
今回うまくいったのは、彼らだけでなく、私たちの運も良かったということだろう。誰かを助けられなかった、という経験はあまりいいものではない。
お互いに労ったりしながら、少し歩いて。
近くにあった狭い裏路地の物陰で、私たちは、こっそりと変身を解除した。
……帰ったら、途中だったホラーゲーム配信のアーカイブの続きを見よう。
転移ゲートの魔法で来たけど、スマホのマップで現在地を見たところ、ここは家からそれほど遠くないということがわかった。
これなら、思っていたよりもすぐ帰ることができそうだ。
「あの人たちがファンになってくれたら……わたしたちのファンが、またちょっと増えちゃったかも、だね!」
奏蕾がやや控えめに笑いながら、少しだけ嬉しそうに、そんなことを言い出した。
「ファンの数って……増えると楽しい?」
「面白いよ! わたしたちの戦ってた映像を見返すと、色んなコメントが付いてたりするし!」
……なんだかんだ、奏蕾は、怪異もどき討伐の時の配信を楽しんでいるようで、配信をした時には、決まってそのアーカイブにコメントを見に行っている。
チャンネルそのものの反響なんかも気にしているみたいで、登録者が増えたりするのを見て、たまに喜んでいたりするところも見る。
私には……いまいち、よくわからない感覚だ。
まあ、そういった感覚というのはどうしても人それぞれだし、本人が楽しいのなら、それでいいとも思っている。
「……そう、それはよかった。……私は、あまり興味ない」
「うーん……そういえば、卯実はコメントとか、見ないよね」
私としては、毎回毎回見ようと思える奏蕾の方が不思議だと考えているけれど。
「ディープマリンかっこいい、とか、強くてすごいとか、そういうコメントもいっぱいあるよ?」
……奏蕾は、こういう話になると、よくそんなことを言う。
奏蕾のことだから、まるっきりの嘘というわけではないだろうけど、どうせ、そんなのは少数の意見だろう。
あるいは、もしかしたらそれが本当に事実だったりするのかも知れないけれど、ネガティブなコメントや意見というのは、目に入りやすいし記憶に残りやすい。
ひとつでもそういう意見を見つけたら、また嫌な気分になるだろう。
もしも仮に、今はそういう肯定的な意見が多いのだとしても、それが全てというわけでないのなら、やっぱり見てみようとは思えない。
「私は、いい。……それよりも、今日は作ったばかりの奏蕾の口座に報酬とかが入る予定だった日だし、せっかくだから見に行ってみる?」
ついさっきまでは、帰って動画の続きを見ようと思っていたけど。
それを一旦置いておいて、私は、あえて話題を逸らすことにした。
実際、今日は組織からの報酬のお金が振り込まれる日であるのは事実であり、私のところにも、契約を変更してから初めてお金が振り込まれる。
……とは言え、奏蕾と私で必要最低限分の生活費を除いてそれ以外は全部山分けするような形にしたから、個人的な額として見たら、もしかしたら先月よりも少ない可能性はあると思うけど。
「おー……! そうだった! そしたら、自分のお金で買いたい漫画買えるんだよね!」
素直に喜ぶ奏蕾を見ながら、ふと考える。
奏蕾は、自分にとって興味や関心があることに対しては、極めて高い記憶力や学習能力を発揮する。
……けれど、案外それは全ての物事に対して同じことができるわけではなく、本人があまり興味のないことに関してはその力は発揮されない。
例えば、勉強とか。
義務教育範囲の最低限の知識となるような部分を教えていた時には、まだ色々と新鮮だったこともあってか、かなりのスピードで吸収していっていたけれど……学校の勉強は、人並みくらいの吸収スピード。
ただでさえスタート地点が全然違うのもあって、ここからさらに漫画を好き放題買っていいものとしたら、それこそ学期末のテストを乗り越えられるかが怪しくなる。
「使い切るのは、リスク管理の視点からあまりよくない。使っていいのは、基本的に半分までっていうことにしよう」
……これなら、買いすぎというほどのことにもならないだろう。
そうやって、会話をしながら歩いていたら。
いつの間にやら、目的地の銀行へと着いたので、私もATMで、自分の口座のお金を確認する。
……そこには、漠然と想像していた数字を大きく上回るような、そんな数字が書かれていた。