口座からお金を下ろした私たちは、ちょっとした買い物をしてから家に帰った。
奏蕾は、漫画だけでなく、前々からゲームにも少し興味があったらしく、思い切って電器屋でゲーム機などを購入していた。
一方で私はというと、そろそろ定期テストが迫ってきていることもあり、まだテスト範囲も告知されていないけれど、一応参考書を二冊ずつ買っておいた。
学校指定の教科書とワークで大抵は事足りるとは思っているけど、念のため、それらよりも少し基礎的なところから細かく解説しているものを買うことで、補助的な役割を担ってくれるはず。
今日は偶然休日だったけれど、私はたまに怪異もどき討伐のために授業中の学校から抜け出すことがあるし、奏蕾は言うまでもなく基礎知識が足りていない。
お互い、学校の授業に対してなんらかの形で不利を背負っているのだから、対策は何か講じておいた方がいいはず。
参考書を買っていた時に、偶然私の斜め後ろの人……奏蕾の隣の人が、たまたま同じ参考書を買ってレジに並んでいたけれど、特に声はかけなかった。
偶然見かけたのがもし紋華とかだったら別だろうけど、私は、基本的にこういう時に積極的に声をかけることができるタイプではない。
……と、そんなことがありつつも。
無事に家に着いた私たちは、思い思いの時間を過ごす。
奏蕾はというと、どうやら早速買ってきたゲーム機とソフトの開封を試みているようだ。
対して、私はスマホを手に取り、動画サイト……ではなく、登録してある連絡先を開いて、電話をかけた。
「……もしもし」
「はい、どうかしましたか?」
電話をかけた相手は、ミラージュシャインだ。
いつも通りの、彼女の平坦な声がスマホから聞こえてくる。
「今日、振り込まれてた金額が異常に多かった。……金額、間違ってない?」
ひとしきり買い物をした後ではあるけれど、もしも今回の額がミスだったとしても、貯金を使えば返金することは可能。
だけど、お金というのは多くあると思ってしまうと、つい多く使ってしまいがちなものだから、今のうちに、確認しておく必要があると思った。
だけど……私の言葉を聞いて、なぜかミラージュシャインは呆れたようにため息をついた。
「……はぁ。一応、確認しますね。少々お待ちください」
ミラージュシャインのやや気怠げな声の後に、よくわからない音楽が流れ始めた。
多分、電話を保留にしたのだろう。
声が聞こえなくなって、私は小さくあくびをした。
……それから、しばらくして。
スマホから聞こえてきていた音楽がプツリと途絶え、また、向こうの声が聞こえてきた。
「確認しましたが、間違っていません。契約の変更が、主な要因ですね」
「そうなんだ。……それなら、いい」
「……ところで、まさかとは思いますが、このためだけに、わざわざこの番号に電話をかけてきたのですか?」
確認ができたので、私は通話を切ろうとした。
しかし、その瞬間。スマホの向こうから、いつもの調子ではありながらも、どこかまるで怒りを抑えているかのように感じさせる声が聞こえてきた。
「……うん。そうだけど」
「そう、ですか。……以前から、何度かお問い合わせセンターの番号をお教えしていたかと思いますが?」
組織には、一般市民や魔法少女からの問い合わせに対応するための人員がいる。……だけどその人たちは、みんな電話対応で忙しそうにしているイメージがある。
それに、話したことがない人と話すのは、あまり得意ではない。
「こちらも一応確認しておきますが、私たちの関係性はお友達などではないと認識していますが、間違いありませんね?」
「……? うん。急にどうしたの?」
ミラージュシャインはあくまで組織側の魔法少女であり、契約先の相手という感覚が強い。
……もしかして、友達が欲しくなったのだろうか。
まあ、あの性格だし、たしかに友達は少なさそうだ。
「では、私のことを暇な人とでも認識していたりしますか?」
「別に。……暇じゃないなら、電話、切っていい?」
一体、急に何なのだろうか。
こういう回りくどいところが好きにならないのだけれど、果たして本人に自覚はあるのか。
もしミラージュシャインが友達を作りたいと思っているのなら、そろそろ誰かが指摘してあげた方がいいかも知れない。
「……これは世間話ですが、そういえば魔法少女ディープマリンには非公式のファンサイトができていましたね。せっかくですし、同居人に共有されてはいかがでしょう」
「そんな話、聞いたことない。削除してもらうことはできない?」
突然に衝撃的な話を聞かされて、電話を切ろうとしていた手が止まった。
ただ見なければいいだけではあるけれど、それが親しい相手に見られたりするのは、気恥ずかしい。
「残念ですが、こちらでそういった対応を取るにはお問い合わせセンターに直接電話していただく必要があります。世間話で、組織を動かすわけにはいきません」
「……そう」
わざわざこの電話でそれを伝えておいてそういう風に言ってくるのは腹立たしいけれど、そう言われたら、こちらとしてはどうしようもない。
あとで、その番号にかけるとしよう。
メモとかはしていないけど、たしかホームページに載っていたからそれを見て電話すればいいはず。
まあ、面倒だけど。
いや、やっぱり面倒だし、放置でいいか……?
「そうですね。一応、そのサイトのURLをメールで送っておきました。よろしければ、あとで確認してみてください」
どうしたものか考えていたら、奏蕾がテーブルの上に置いていたノートパソコンから、メールの通知音が鳴った。
「……? なんだろ」
組織からの連絡は、スマホにダウンロードしてある専用のアプリから来るようになっているため、普段は、こうしてメールが来るようなことはない。
……だからこそ、油断していた。
不審なメールは開かないようにとは言ってあるけど、メールそのものを見てはいけない、ということは特に奏蕾には言っていない。
私が止める間もなく、奏蕾はゲーム機の開封を進めていた手を止めて、パソコンの画面に目を向けた。
私も画面を見てみると、それはただのURLではなく、リンクを貼り付けた青色のサイト名になっていた。
組織側には私が奏蕾に基本パソコンを貸しているということを伝えてあるから……おそらく、これはわざわざ奏蕾に見せるためにそうしたということだろう。
「あ、このサイト知ってるよ。卯実のことがいっぱい書いてあった」
……しかし、どうやら奏蕾は、既にそのページを見たことがあったらしい。
ちょっとした反応を見せ、それからまたゲーム機の開封作業に戻っていった。
「……」
私も、何も言わずにスマホを手に取る。
「……ご親切にどうも。じゃあ、切るね」
そのまま、これ以上何も言わせないよう問答無用で電話を切った。
……まあ、既に知っていたのなら、仕方がない。
面倒だし、ページ削除の申請とかは特にしなくていいだろう。
私は、ゆっくりとソファに腰掛ける。
「ねえねえ卯実、これテレビに繋いでみていい?」
動画サイトの視聴履歴から、途中だった動画の画面を開いたところで、ゲーム機開封は既に終わったらしい奏蕾が説明書を読みながら尋ねてきた。
「……うん。どうせ今はテレビ見ないし、好きにしていい」
あくまでテレビはテレビであり、それほど新しいものでもない。
ゲームのモニターとして使うには、正直色々と性能が足りないだろうとは思うけど、まあ、その辺りはやってみればすぐに分かることだろう。
いっそのこと、新しいテレビを買ってしまうのもありかも知れない。
それともあるいは、大型のモニターを買う方がいいだろうか。
スマホの画面を見ながらそんなことを考えていると、ついに、テレビのスピーカーから奏蕾のゲームの音が流れてきた。
「……それ、なんのゲーム?」
画面をちらっと見たところ、それはゲームソフトのスタート画面であり、全体的に暗くて物々しい雰囲気が漂っている。
……それは、どこかでなんとなく、見たことがあるような気がした。
「これは、異界に呑み込まれた六人くらいの人が、一体の怪異もどきから逃げるゲームだよ! 人間も怪異もどきもどっちも人が操作する、非対称PVP? っていうやつなんだって」
なるほど。つまり少々不謹慎な鬼ごっこゲームということらしい。
しかし……やっぱり、なんかそのゲームを私は知っているような気がする。
「逃げる人は脱出口を見つけてそこから逃げるか、一定時間逃げ切るとゲームクリアで、それ以外にも、一時的に魔法少女の力を借りて怪異もどきとかエネミーに立ち向かったりすることもできるみたい!」
説明書を読みながら、奏蕾がゲームの内容を話していく。
それを聞いて、なんとなく、どうして私がそのゲームのことを知っていたのか思い出した。
「で、力を借りて変身できる魔法少女の中に、ディープマリンもいたんだよ! さすがにこれはもう、やってみるしかないなーって!」
大分前に、そうやって姿や名前を使う許可を出すか聞かれたことがある。
その時はいまいちよくわかっていなかったし、ミラージュシャインの口車に乗せられて、深く考えずに許可を出してしまったような気がする。
たしか、ゲームとしての評価としては、「バランスは崩壊してるけど3Dモデルに力が入ってるからキャラゲーとしてなら価値がある」……みたいな評判を、過去にどこかで見かけたことがある気がする。
私が出ていることから既にそのゲームについての話題は流れてこないようブロックしてあるため、今の状況がどうなっているのかはわからない。
私が見た評判は、あくまで、リリース当初の話題が流れてきたのを目にしてしまったというだけのもの。
「……無駄に歴が長いから、こういうよくわからない話が来ることもある。別に、ただそれだけだよ」
チュートリアルをそそくさと済ませると、奏蕾はすぐに自分の操作するキャラクターが力を借りる魔法少女としてディープマリンを設定して、それから、キャラクターメイクを始めていった。
見ている感じだと、どうやら自分の姿に近づけてみようとしているみたいだけど、中々うまくいっていない様子だ。
……まあ、怪異もどきから逃げる普通の人というコンセプトでキャラクターのパーツに羽やら尻尾やらがあるはずがないので、仕方がない。
見ていても分かるくらいのかなりの妥協の末、ようやくキャラクターは完成し、早速インターネットを通じた対戦を、開始していった。
……それから、少しして。
ゲームに慣れてきた様子で、奏蕾は、それをかなり楽しそうにプレイしていた。
しかし……ことあるごとに、私の姿が映るのが、難点だ。
「……ゲーム一時間につき、勉強一時間ってことにしよう」
なんとなく、こうして自分が画面に映る様を見せつけられるのは、気恥ずかしいので。私はそのゲームのプレイに、少し条件を付けることにした。